1-11 ネーデの迷宮Ⅳ
※7/23 空行と一部訂正。
バジリスクの体から落ちた魔石を拾う。いつも拾うモンスターの魔石よりも重く、サイズも大きい。色もこの迷宮で拾ったどの魔石よりも黒に近い。
ボスに勝った証を眺めていると、ズキリと、傷口が痛み始めた。
先程まではアドレナリンが出ていて、痛みを感じなかったのか、全身が痛む。特に額の傷が熱を持ったように熱い。ポーション1本では足りないようだ。腰につけたポーチから2本目のポーションを取り出す。困ったことにこのポーションは街一番の安値を誇る道具屋で購入したバッタ物が混じっている。6本ある試験管に入った緑色の液体の内1本はただの色水だ。
道具屋の婆さんの憎たらしい顔を思い出しながらとりあえず口に運んだ。
どろりとした液体が喉を通り過ぎる。すると、痛みが緩和されていくのが分かる。当りを引いたようだ。血を拭うと、傷口もふさがり始めている。
手で擦った程度では血は落ちない。もったいないが水を含ませた布で落とそうと思い入り口近くに置いた鞄を掴む。散々バジリスクが暴れていたが鞄は被害を受けずに済んだ。魔石を中に仕舞い代わりに水と布を取り出し、固まりかけの血を拭った。
「そう言えば、胸当てどこに行った」
下を見ると胸当てが無い。おそらく尾で吹き飛ばされた時に外れたのだろう。その後がやけに身軽になったのを思い出す。周りを見ると瓦礫の山にきらりと輝く物がある。近づくと胸あてがそこにあった。
持ち上げると前側の金属部分がへこみ、留め具も壊れていた。これでは修理も難しいかもしれない。とりあえず持ち帰る事にする。
ほかに何か忘れ物が無いかと確認すると、いつの間にか部屋の中央に宝箱が置かれていた。それだけじゃない。瓦礫も徐々に迷宮に飲み込まれるように消えて、砕けた石柱も元にもどっていた。
迷宮は生きている。
まさしくその通りだった。
壊れた胸当てを手に宝箱へと歩み寄る。跪き、宝箱の蓋へと手を掛ける。
迷宮において宝箱には3つの意味がある。1つが迷宮で死んだ冒険者の装備品が入った宝箱。肉などの遺体は迷宮が食べてしまうが、装備品は迷宮のどこかに出現する。次がトラップの場合。宝箱の形をしたモンスターが手ぐすね引いて冒険者が近づくのを待っている場合。最後はボスの間で現れる宝箱だ。迷宮ごとに出現する系統や種類が決まっており、ネーデの迷宮は耐石化のアクセサリーに特化する。今回の最大の目的が入っているのを期待しながら宝箱の蓋を開けた。
内は財宝で一杯、という事は無かった。アイテムが2つ落ちていた。
1つは指輪。ねじれた形をした指輪に赤色の宝石が嵌っている。もう1つは手甲だった。色は赤色で手の甲からから肘までを防御してくれる。持ち上げるとその軽さに驚いた。今装備している前腕の鎧よりも軽い。そして上等な物に見えた。試しに着けてみようと装備している鎧を外し赤色の手甲を嵌めたがサイズが合わない。1度防具屋に持ち込んでサイズを直してもらおう。ついでに胸当ての修理もお願いするつもりだったから丁度良い。
指輪は効果が分からない以上用心のために嵌めないで置く。もし呪われたアイテムなら厄介だ。これは道具屋に持ち込んで鑑定を頼む。
宝箱からアイテムを全て取ったのがトリガーなのか、音を立てて門が開いていく。それも2つ。
1つは僕が入ってきた門。もう1つは中層へと至る道だ。
迷宮の厄介な所は地上へと戻る道は来た道を戻る事だ。特にボス戦後でつかれたパーティーが地上に帰る前に全滅することもよくあるそうだ。中層に下りたい欲求を堪えて来た道を引き返す。
ちなみに下層のボスを倒した人のみ、入り口にある魔方陣が作動し中層1階へとワープしてくれる。その場合の帰り方はボスの間を通らずに下層11階へとつながる階段を上り地上へと目指す。
途中、地面に白い物体を見つけた。何かと思い近づくと、根元で折れたバジリスクの牙が床に食い込んでいる。それをぼんやりと眺めて、持ち帰れないかと思った。布を取り出し、素手で触れないように包む。戦利品の手甲と指輪と共に牙も鞄の中にしまった。
これでもうここには用は無いな。
ぐるりともう一度ボスの間を見渡す。すでに宝箱も消え、バジリスクの死体や血の海も消え、元の姿に戻っていた。戦った証はボロボロの僕と膨らんだ鞄だけだ。
だが僕の胸は達成感で満たされていた。満足しながら僕は部屋を出た。
セーフティーゾーンに出ると冒険者のグループが驚いたようにこちらを見ていた。
背後で門が閉まり、設置された白いランタンに火が灯る。ボスが新しく生成されている証だ。
順番待ちをしていた冒険者が囁きあう。
「おいおい。上層とはいえソロでクリアしたのか」「まさか。仲間がやられて1人になったんだろ」「いやでも。あいつソロで入った新人だぞ。さっき入ってくのを見た」「誰かあいつに見覚えあるか?」
ざわつく冒険者たちから離れた所を選び座った。鞄の中から砥石と油を取り出し、バスタードソードの手入れを始める。ここから上まで迷宮を突破する必要がある。バジリスクと戦った傷や汚れを、教わったやり方で手入れしていく。同じように歪んだ胸当てをとりあえず首からさげられるように紐を使い括る。出来の悪い看板のサンドイッチマンみたいになったがこれで十分だと納得する。
用心に用心を重ねて1度眠りにつこうと決めた。《トライ&エラー》のセーブポイントを作っておくためと、単純に疲れた。ギルドもボスを撃破した直後が一番危ないと警告している。時刻も22時30分に近い。出発は明日の朝にしようと決めた。
鞄からコートを取り出し、鞄を抱えて横になる。残念な事に1人だと、火の番ができないことに気づく。冷たい迷宮の床に体が震える。これは寒い夜になりそうだ。
眼が覚めた時、セーフティーゾーンは冒険者達でざわついていた。1度時間を確かめるために目をつぶる。時刻は5時過ぎ。こんな時間でも冒険者たちは活発に活動している。迷宮に朝も夜も無いようだ。毛布代わりのコートを畳み鞄にしまい、立ち上がる。寝具無しに迷宮の岩肌に寝ころぶのは体に良くない。少し動くだけで体の至る所からばきばきと音を立てる。
しかし、なにやら様子がおかしい。
当たり前だが寝る前に居たグループはすでに居らず、目の前にはボスを前に新しい冒険者のグループが狭いセーフティーゾーンを埋めるように集まっている。そんな彼らの表情は暗く、視線は門から離れていない。
少し気になったが顔見知りが居るわけでもないので声を掛けるのは諦めて朝食に取り掛かる。携帯食料の残りを口に詰め込み、水で流し込んだ。しかし、15歳の体には足りないのか、腹の音がなる。
(帰ったらオルゴン亭で食事がしたいな)
ぼんやりと帰った時の事を想像しながら荷物を確認する。何も盗られていない。体の調子を確認する。鎧を着て寝込んだため節々が痛むが我慢する。それ以外に問題は無い。気がかりだった毒針の毒は丸薬で完治したようだ。
出発の準備が整ったため鞄を背負い、人ごみを抜けてセーフティーゾーンの階段へと足をかけた。
途端。ざわめきが収まり、凪のような静寂が冒険者たちの間に広まる。
あまりにも静かになったので気になって振り返ると門に変化があった。2つのランタンが消えて門が開いた。それを見た冒険者達の中でため息とざわめきが広まると、打ち消すようにあるグループが自分たちを鼓舞する。そして、互いの武器をぶつけると門の中に消えていった。
特に気になる点は無かった。と思い階段を上る。
11階を前にして、ああ、と足が止まった。
(ランタンが消えていて門が開いても誰も出てこなかった。ということは、先に挑戦したグループが全滅したって事か)
ようやくそのことに気が付いた。
正直、行きよりも帰りの方が順路に詳しいし、何より行きと比べ物にならないほど能力値が上昇した恩恵で攻略が捗る。バジリスクとの戦いを経てレベルが2つも上がったのが拍車をかける。
行きに休憩を入れて15時間かかった道が半分の7時間で地上に着いた時は拍子抜けしたほどだ。
密閉された迷宮の混沌とした空気から解放される。肺は新鮮な空気を歓迎する。1日半ぶりの日光に目がくらみそうだ。地上は穏やかに晴れていた。
ネーデの街への道のりを明るいうちに歩くのは考えたら初めてだった。
街道を行きかうのは何も冒険者だけではない。農民風の男性や、樽を馬車に詰め込んだ商人の隊列が行き交い、遠くの方では騎乗した全身鎧の騎士みたいな群れが、山賊の群れと戦っている。数と装備で優勢な騎士たちが山賊を取り囲み圧倒している。
どれも新鮮な景色で日本では見られないと思うと奇妙な感動が生まれる。おかしな話だがこの世界に送り込んだ神に感謝してもいいと思える。
気になるのはすれ違ったり、遠くからこちらを見ている人と目が合うと怯えられる事だ。冒険者は嫌われるのだろうか?
街に着いたのは正午を幾らか過ぎた頃だった。時間軸では1日半ぶりのネーデの街だったが自分の実感では10日ぶりのように思えた。
迷宮を出た時点で取り出したコートの内側からプレートを取り出し門番へと見せた。
「ん? ああ、お前か冒険者希望……そういえばギルドの職員がお前を探してここまで来たぞ」
髭面の見覚えのある門番が僕とプレート見比べて思い出すように言った。ギルドの職員で思い出すのはアイナさんだ。
「どうしてなのか、知ってますか?」
「何でも非常に弱い新人が夜中にどっかに行ってしまったのを探してるとか何とか。街中探してたみたいだぞ。何したんだ、お前?」
「……さっぱりわかりません」
頬をかきつつ答えながら、口ではそう嘘を吐いたが、内心やっぱり夜中に黙って出ていったのは不味かったかなと思う。
「まあ、あれだ。冒険者っていう命がけの仕事を選んだんだ。そんなお前の心配をしてくれる存在をぞんざいに扱うなよ」
にやりと笑う門番に、バツが悪いように礼だけ言って門を逃げるようにくぐった。
「……ってお前、ちょっと待て! その恰好で行くつもりなのか!?」
背後で何か叫ばれた気がしたが、振り切るように街へ出た。
日中の大通りは人や獣人で込み合っていたが、僕を見ると皆一様に驚いた表情を浮かべ、一歩後ろへと下がったり、慌てて道を譲ったりしてくれる。
おかげで人ごみの中をすいすいと進めたが罪悪感で頭が一杯な僕は周りの様子に気づかずギルドへの道を進む。
(アイナさん、居るかな)
気分は悪い点を取った学校の帰り道。どこかに寄り道しても結局怒られるのは変わらない。よくよく考えるとあんな最弱の能力値の人間がソロで魔物が跋扈し、罠が待ち受ける迷宮に挑むこと自体自殺志願と思われるのも当然だ。ここはひとつ、神直伝のDOGEZAを決めて謝ろうと心に誓った。
誓った所でちょうどギルドに着いてしまった。明るい日差しに照らされた白亜の建物がいまや、悪魔の館のように見えるのは気のせいではない。
覚悟を決めてドアを開けた。
気まずい時に限ってドアは大きな音をたてるのはなぜだろう?
入り口に陣取っていたパーティーがこちらを見て怯えた様に道を開ける。何か得体のしれない物を見るような眼で見てくる。
カウンターを見ると見覚えのある赤い髪の少女がこちらに振り向き、これまたポカンとした表情でこちらを見ている
その少女の向こう側に同じように目を見開き、口を半開きで驚いているアイナさんが居た。
(よりによって、いきなり出くわすのかよ)
正直、バジリスクと対峙した時より緊張するが、アイナさんの方へと向かった。つられて赤い髪の少女が道を譲るように横にどいた。
必死にアイナさんから目線を逸らしながら鞄の口を開けた。中から魔石が小さな山を築く様にカウンターへと積み上げていく。その中で一際大きく、輝いた魔石に2人の女性の視線が引き寄せられた。
「……それ、ボスの魔石!?」
「え!? ……本当だ」
2人の驚きが水面に生じた波紋のようにギルドの中に広がっていく。
とりあえず、僕は緊張した面持ちで用件を言った。
「換金、お願いします」
「とにかくその血まみれの格好をどうにかしなさーい!!」
ギルドにアイナさんの叫びが木霊した。




