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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第3章 精霊祭
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3-40 精霊祭 四日目〈Ⅸ〉

『紅蓮の旅団』E級、ホラスは家族を養う為に冒険者になった。


 数年前、故郷がモンスターの襲撃で蹂躙され、両親を亡くしたホラスは身寄りを失くし、十歳にして二人の弟妹を養うことになった。周りの大人たちは言葉では心配はしてくれるが手を差し伸べてくれない。それどころか、弟妹を売り払え・・・・ば身軽になると囁く始末。


 この二人を守れるのは自分だけだ。そう、考えたホラスは父母の溜めていた金を村長に渡し、弟妹をしばらくの間面倒見て欲しいと頼み、単身冒険者の門を叩いた。年若い健康な体しか財産の無い彼に稼げる手段なんてそれぐらいしか無かった。


 冒険者になるのに年齢は問題なく、支度金を受け取った彼は自分がどう生きるのか考えてから剣と共に盾を購入した。冒険者という危険な職業で稼ぎつつも、弟妹の為に死ぬわけにいかない。矛盾したかのような問題に出した答えが盾だった。


 冒険者にとって盾を装備するのは珍しくは無い。片手を常に塞ぎ、片手剣や短槍などの片手武器のみしか装備できないため火力が低くなるのは仕方ないが、徒党を組んで戦う冒険者にとってそれは大した問題では無い。むしろ、敵の攻撃を一身に浴びる最前線に赴くため、ある種の花形職でもあり、怪我などの為に常に人手不足でもある。縁も所縁も無い田舎出の新人冒険者でもあちこちから声を掛けて貰えた。


 彼の生来の気質とバックボーンが関係したのか、彼は壁役として便利な技能スキルを習得し多少なりとも成長した。いくつかのパーティーを経て、ファルナから誘われたことを契機に『紅蓮の旅団』にも加入した。年下でありながら燃えるような意志を体現した彼女に惹かれた事も参加した理由だったが大きなクランの方が、実入りが大きいというのも理由だった。事実、『紅蓮の旅団』に参加して以来、弟妹への仕送りの量も多くなった。


 だけど、今のホラスは伸び悩んでいた。


 レベルの壁だ。


 いくらモンスターを倒してもレベルの上昇が鈍いのだ。原因は何となくだが理解していた。彼は危険な行為を嫌う。死ぬことを恐れ、生にしがみ付いてしまう。それが悪とは誰にも断じられない。だけど、彼の体はそれを善とは認めないでいた。


 壁を破る事が出来るのは何時だって勇気を持った人間の一歩である。


 冒険王の残した言葉が彼を苦しめる。いつしか、『紅蓮の旅団』内に自分よりも年若の後輩が加入し、先輩として振る舞うようになった彼にとって稼ぐための手段に過ぎなかった冒険者という職業はいつの間にか、もう一つの居心地の良い家族クランに居続けるために必須な事柄へと昇華された。それでもレベルの伸びは悪く、遂には停滞してしまう。


 年下でありながら団長の娘として着実に成長するファルナに対して抱いていた憧れも、次第に情けない自分への焦燥へと変わっていく。


 そんな時に現れたのがレイだった。


 ホラスにとって衝撃的な登場だった。モンスターの返り血を浴びてギルドのカウンターにバジリスクの魔石を置いた少年の姿は。


 それだけじゃ無かった。行方をくらましたファルナを追ってもう一度迷宮に潜り、彼女を亜種の牙から連れて帰り。その夜に地鳴りを起こす怪物相手に一撃を与え、奴隷を助けるために単身モンスターの群れに立ち向かう。このスタンピードにおいてもホラスとオルドを城壁の向こうに逃がす為に殿を引き受けた。恐れを知らない『英雄』のように彼の瞳には映ってしまう


 自分ならその時、どうするのだろうか? 


 おそらく、足がすくみ、一歩も踏み出すことはできない。踏み出そうとすれば故郷に残した弟妹の事を思い出してしまう。彼らの為に冒険者になったのに今では鎖のようにホラスを縛った。スタンピードの最中でも口を突くのは低レベルの者と組むことへの不満ばかり。心の底から自分が情けなく思えてしまう。


 足踏みする自分をあざ笑うかのように跨いでいくレイの事がホラスは嫌いだった。自分の越えられない一線を悠々と超えるレイが羨ましかった。


 レイに対する態度の刺々しさには惚れた女への恋慕と嫉妬の入り混じった感情から来ていた。






 ホラスに呼び出されて数分。険悪な雰囲気を感じて心配そうにしていたニコラスに別れを告げた僕らは結界の内側でかつ、天幕から少し離れた場所で腰を下ろしていた。奇しくもそこはこの前リザ達と食事を取った場所だった。


 腰を下ろしてから少しの時間が経過したがホラスはいまだに何かを喋ろうとする気配は無かった。口を動かそうとして閉じるという怪しい動作を何度も繰り返す。


 この時間はまだ、僕の班が防衛担当だ。ニコラスたちが今も結界の外側を警戒して結界の傍を歩哨として警戒している。五人しかいない状態なので一人でも欠ければそれだけ他の人に負担がかかるため早く戻りたい。しかし、ホラスは一向に口を開こうとはしない。しかたなく、僕から話題を振ってみた。


「ホラスはさ……趣味はなんかあんの?」


「……あ? んだ、そりゃ」


 ホラスがいぶかしげに眉をひそめる。僕も口にしてから何を口走っているのだと思ってしまう。いくら沈黙に居心地の悪さを感じたからといってこんな質問は無い。だけど、一度口にした以上、引っ込める訳にはいかない。


「ホラスはどうも僕の事が嫌いだろ? それはきっと互いの事を知らないからだと思う。この先、戦局がどうなるか分からない。もし、僕らの不仲が原因で部隊が壊滅したら目も当てられない。せめて普通に話せるぐらいの間柄になりたいと思ってさ」


 適当に言葉を捲し立ててみたが、内容は紛れも無く本心である。この先―――赤い龍との戦いにおいてホラスが登場する以上、彼と連携を取る必要もあるかもしれない。場合によっては指示を出すこともあるかもしれない。


 その際にいちいち、反感を抱かれては上手くいくものもいかなくなる。どこかで和解とまでじゃなくても、普通の関係にまで戻しておきたいと考えていた矢先に誘われた。これを逆にチャンスに変えよう。


 ホラスは少し遠い目をした後、ポツリと呟いた。


「……貯金」


「……貯金が……趣味なの?」


 僕のテクニックでは貯金から話を転がすなんて出来ません。


 想定していたのとは違う回答に曖昧に返すしかなかった。ところが、ホラスは頷くとポツポツと自分の身の上話を始めた。


 幼い頃、故郷がモンスターに襲われた際に両親を喪い。僅か十歳で冒険者になり、以降、稼いだ金は全て弟妹に送っている。そのため自分に費やす金銭はごく僅かで、自然と貯金するしか趣味が無くなったとの事だ。貧しい村に寄り添って生きる年弟たちはそうでもしないと奴隷に身を落とさせてしまう。彼の言葉の端々に弟妹への張りつめた責任感が滲む。


「だから、俺は死ぬのが怖い。……俺が死んじまえばアイツらは路頭に迷う。まだどっちも十になっていない。奴隷として買われる末路なんて碌な物が無い。良くて新式魔法を埋め込まれた奴隷になるか、その才能も無ければ鉱山などで働かされる労働奴隷。……妹はその筋の変態貴族に買われるかもしれないな。……ある意味、主人を決められる戦奴隷の方が生き残れる確率は高いぜ」


「ホラス……」


 僕は目の前で肩を落とす男に掛けられる言葉が無かった。彼は彼なりに冒険者として戦う理由があり、それはきっとみんなそれぞれにあるのだろう。


 ―――死にたくない理由として。


「この盾を選んだのも自分だけは生き残れる確率を上げるための備えだ。……笑っちまうだろ。マクベはこんなオレなんかを慕ってくれてるんだぜ。死ぬことに怖がって怯えるオレなんかをよ」


 ホラスは自嘲めいた笑みを浮かべる。僕は咄嗟にそんな事ない、と口にした。


「そんな事ない。死ぬのを怖がるのは人として当たり前の事だ。僕だって―――」


 同じだと続けようとしたが、ホラスが被せる様に口を開く。


「―――お前は違う! お前は死ぬことに怖がってない。オレなんかとは違うんだ。……団長と同じなんだよ、お前は。龍のブレスに対してその身を投げ出せる英雄(・・)と同じなんだよ」


 ―――その一言は酷く頭に来た。


 気が付くと僕はホラスの胸倉につかみ掛っていた。


「こんな、こんなできそこないの英雄が居てたまるか! 龍を目の当たりにして体が動けなくなって、人を救えるかもしれない力を持ち合わせながら、大きな流れに飲み込まれるままの英雄なんて居てたまるか!!」


「……お前、何を言ってんだよ?」


 魂を絞り出したかのような絶叫は迷宮内に響く。ホラスはあっけに取られた顔を浮かべ、少し離れた天幕から人々が顔を覗かせ様子を伺っている。僕は彼らの視線から逃げるように駆けだした。ホラスは止めなかった。






 結界の外で、僕は迷宮の床に突っ伏していた。自分の行為のあまりの恥ずかしさに悶え死ぬかと思ってしまった。


(うわあああああ! 僕は何をホラスに向かって感情的になってんだよ!!)


 胸を搔き毟って心臓を抉りだしたい。もっともそれをしたら自殺になってしまうが。


 一方でホラスに胸の内をさらけ出して、自分の中にあった『恐れ』を明確に出来た。


 そう、僕は赤龍を恐れていた。


 かつて遭遇した魔人ゲオルギウスよりも、闇の住人である頭領よりも、今まで戦ってきたどのモンスターよりも。心が龍に屈服してしまった。僕がゲオルギウスや頭領に立ち向かえたのは、アイツらが理不尽の塊だったからだ。不条理の権化のように近しい人を奪おうとしたから立ち向かえた。


 だけど、赤い龍に食われて死んだ時間軸において、僕は赤い龍に対して生物として敵わないと感じたのだ。生物としての格が違う。理不尽的なまでの破壊その物を体現する龍に対して心が敗北を認めていた。


(何てザマだ。強い力も、知力も、運も無い。何も無い僕に唯一残っているのは心だけだと思っていたのに、剣を交わす前から白旗を振っていたなんて)


 龍と目線を合わせた瞬間、僕のちっぽけな勇気なんて砕け、龍の胃袋で溶かされた。その成れの果てが今の僕だった。龍を倒すだの、勝つなんて口にしているのは自分の弱さに向き合いたくない弱気の心が生み出した幻影だ。自分に言い聞かせていただけの現実逃避に過ぎない。


 それに加えて、このスタンピードが始まってから僕は一つの罪悪感を抱いていた。


 《トライ&エラー》


 死亡した際に時間を巻き戻せる力。


 神が何故か僕に寄越した技能スキル


 もし、僕なんかのような弱い奴じゃ無く、例えばオルドやテオドール王がこの技能スキルを持っていたら。きっと、被害は少なく済んだはずだ。


 いや、そもそも僕がもっとこの力を使えば、もっと多くの人を救えた選択肢があったかもしれない。でも、僕はこのスタンピードの最中、ずっと流れに身を任せて目を瞑るように死者の群れを直視してこなかった。


 直視できなかった。


 だけど、通り過ぎた背後から、詰み上がった屍の山が語りかける。


「お前は俺達から逃げた」


 責めたてるように、なじるように、怨むような声が聞こえてくる。死者の声が耳を塞ぐ手のように纏わりつく。


「知らなかったわ。最近の迷宮にはお金が落ちてるのかしら」


 すると、背後から凛とした声が死者の声を切り裂くように投げかけられた。声だけで誰だかわかった。今一番会いたくない人物が僕の予想通りに立っていた。


 声の主、シアラがいつの間にかそこに立っていた。


「……危ないから、結界の外に出てくんなよ」


「大丈夫。死の影は誰にも出ていないわ。少なくとも直ぐに危険な事にはならない」


 すました顔で言うなり、シアラは僕の横に座る。僕も体を起き上がらせて、ちゃんと座り直した。結界の中は光の膜自体が幾らか発光しているし、かがり火のお蔭で明るい。その明かりに背を向けて座る僕らの前に影が伸びている。迷宮の闇を見ていると龍を思い出してしまうのでそこに視線を固定させた。


「……悪いわね」


 急に、シアラは口火を切った。何を謝っているのか分からずに居ると、彼女は続けて口を開いた。


「アンタと……ホラス? の話を立ち聞きしたのよ」


「ああ、成程。……情けない所を見せたね」


「そうね。……でも、アンタの情けない所は……そこじゃ無いわ」


 シアラが何を言いたいのか分からなかった。思わず、彼女の方に顔を向けると、金色黒色の瞳とぶつかった。まるで、心の底を見透かすような不思議な色に逃げるように顔を背けようとした。だけど、シアラの細い指がそれを許さなかった。


 むぎゅ、と頬を抓られて固定される。この女は僕の頬に恨みでもあるのだろうか。


「アンタの情けない所はこの眼よ」


「……眼がどうかしたんだよ」


 シアラの指を振り払って逆に聞き返した。


「アンタさ。ワタシに龍を倒すって言ったよね。でもね、その時の眼が死んでいた・・・・・のよ。怯えて、怯えて、心が砕けていた。アンタは自分で自分を誤魔化すためにワタシに言ったのでしょう」


 どきり、と。心臓が跳ねあがる。自分でも自覚していなかった心の奥底の怯えを彼女は僕の眼から読み取ったのだ。僕は動揺を隠す為に平静を装った。


「……ああ、そうだよ。僕はアイツの目を見た瞬間に、恐れを抱いた。……あれには勝てな―――」


 ―――ぱしん。


 僕の弱音を遮る乾いた音が、シアラが僕の頬を叩いたのだと気づくには少しの時間を要した。じんじんと熱く痛みを訴えてくる。


「……シアラ?」


「それがアンタの勘違い・・・よ! 恐れを抱いて相手を大きく見過ぎ。アンタはね、龍なんかよりも恐ろしい絶対的な物、死の運命を捻じ曲げたのよ。それに比べたら、古代種なんてただのでっかいトカゲ・・・よ!」


 彼女のあまりの言い草に思わず口がぽかんと開いてしまう。シアラはヒートアップしたのか背中から気炎を上げて言葉を継ぐ。


「死の影に囚われた子供の命を救い、運命に打ち勝った男が龍ごときに怯えてんじゃないわよ!!」


 シアラの指が僕を貫くかのように真っ直ぐと伸びた。


「ワタシは、アンタに賭ける! アンタならどれだけ理不尽な未来であっても覆せると信じている。そんな男が病人の譫言みたいに倒す、倒すって言ってんじゃないわよ。男なら目の奥に強い信念を持って挑みなさい!!」


 まるで、シアラの魂を絞ったかのように熱い言葉の塊が全身を打つ。指先まで冷えていた体に熱い血潮が流れ込む。彼女の言葉は先程まで蹲っていた自分から弱気という衣を剝がそうとする太陽のようだった。


「……初めて会った時はあんなに死にたがっていたのに」


 衝撃から立ち直った僕が言うと、シアラはすました顔を浮かべる。だけど、耳が真っ赤になっているのは気恥ずかしさからだろう。


「希望を見つけたからよ。どんな結末になろうと、人は精一杯足掻くだけなのよ。例え泥臭くてもね」


「ああ―――そうだよな。そうだったよな」


 胸の中に灯のように温かなナニカが生まれた。


 そうだった。例え敵わない相手と思っても精一杯足掻くことしか最初から僕にはできないじゃないか。


 それなのに今の僕の姿は何だ。リザやレティという守りたい人が出来たことで、逆に怯えてしまった。絶望的な未来を前にして死ぬことを躊躇うようになっていた。独りぼっちは嫌だと思って、あの二人と共に居る事を望んだら、いつの間にか失う事を恐れた臆病者に成り下がっていた。


「ありがとう、シアラ。僕は決めたよ……どれほど、残酷な未来でも絶対に諦めることなく、生き延びてやる」


「……ふーん。少しはまともな面構えになったじゃない」


 どことなく嬉しそうに顔を綻ばせながらシアラは結界の中に戻った。


 その背中に向けて声なき宣誓をした。


(僕は絶対にリザもレティもシアラもニコラスもホラスもギャラクさんもメーリアさんも、そして他の人たちも全員生きて帰らせる。例えそれが何百回もの挑戦を必要とする地獄の路だとしても、絶対に越えてやる)


 覚悟は決まった。


 後はやり遂げるだけだ。


読んで下さって、ありがとうございます。


次回の更新は11月23日を予定しております。


やっと、レイのウジウジモード終了。

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