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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第3章 精霊祭
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3-38 精霊祭 四日目〈Ⅶ〉

 振るわれた大斧がキュクロプス亜種の足首を抉る。A級の渾身の一撃は軽くない傷跡を残したものの、まるで大木の幹に切れ込みを入れた程度にしかならなかった。巨漢のオルドといえど身長差は五倍以上違う。足元に群がるオルドたちを追い払うように振るわれる足を躱して合図を送る。


 すると、カーティスのほか数名の冒険者がオルドの着けた傷口とは反対側から攻撃を重ねた。両側から削られた足首はキュクロプス亜種の巨体を支えるにはおぼつかない。片足だけだったが不安定に揺れた。咄嗟にもう片方の足を跪いてバランスを取る。自然と、頭が下がった。


 オルドたちの目論見通りに。


「全員! 戦技を頭に向けて放て!!」


 四方から冒険者たちの戦技が嵐のように放たれる。下手に距離を詰めれば仲間の攻撃に誤爆されかねないから中遠距離の戦技だけだ。単眼の頭部は爆炎に包まれる。そして、止めを刺さんとオルドが跳躍する。


「《毀棄爆裂ききばくれつ》!!」


 立ち込めた噴煙を散し、更なる爆炎がオルドすら包み込むほど上がる。カーティスを始めとする冒険者たちはつばを飲み込んでその威力に圧倒される。自分たちのようなB級とは違う、その威力に。


 全員が固唾を飲んで見守る中、煙からオルドが降ってきた。目視する限り、彼は無事のようだ。大地に着地するなり周囲に向けて叫んだ。


「全員、反撃が来る! 下がれ!」


 反射的な行動だった。何故と問うたり、硬直していたら死んでいただろう。輪になって囲んでいた冒険者を薙ぎ払うように三叉戟が振るわれた。大地を抉り、そこにあった肉塊が弾ける。


 風が吹くと頭部を包む噴煙は掻き消え、冒険者たちの齎した傷跡を晒す。単眼の怪物は頭部の右半分まで吹き飛ばされ、残りの半分も焼け爛れ、とても正視できない状況だ。なのに、まだ生きている。


 それどころか傷口が蠢いたと思うと膨張しだした。止める間もなく、あっという間に傷口が塞がった。火傷の跡も潮を引くかのように消えている。カーティスが忌々し気に起きた現象の原因を叫ぶ。


「《自己再生》かよ!」


「だな、足の方の傷も見てみな」


 オルドの指摘に全員の視線が足首の方へと向かった。両側から削り取ったはずの足首も、元から傷口など無かったかのように復元されていた。キュクロプス亜種は再び立ち上がろうとする。そうはさせまいと冒険者たちが攻撃を仕掛けるも決定打にはならない。キュクロプス亜種は向かってくる敵に対して三叉戟や開いた手を使って追い詰める。


「マジ、で、どうやって、倒すんで、すか!?」


 サイズ差がこれだけ違う相手の一撃は掠めただけで瀕死に陥る。鬱陶しそうに羽虫を振り払う動作だけでも躱すのに命がけだった。特にカーティスは超近距離の近接型。自然とキュクロプス亜種に肉薄する。だから、分かる事もある。


「こいつ、全然、消耗して、無いすっよ!」


「だよな!!」


 オルドが大斧で三叉戟を上へと弾き飛ばしながら同意した。モンスターといえど無限の力を持っているわけでは無い。魔石に籠められた魔力が消費されていけば比例する様に消耗する。各層部のボスは他のモンスターと違い巨大な魔力を込められた魔石を有すため、生半可の戦い方ではさほど消耗されないこともある。


 だが、すでにキュクロプス亜種との戦端が開いてから三十分以上経過したのに。依然として勢いは止まらない。衰える気配が無いのだ。


 すでにオルドは戦技を三つも放ってしまい、回復しなければ精神力切れが近い。他の冒険者たちも似たような状況だろう。しかし、この十一人の内、誰か一人でも欠けたら、一気にここを抜かれてしまう。それほどまでにキュクロプス亜種は強かった。


「でもまあ、こいつの、お蔭で、予想外の戦果は、手に入りましたけどーぉおおお!!」


「少し黙って戦え、カーティス!」


 目を狙って飛んだカーティスが裏拳によって弾かれる。ガードが間に合った彼は絶叫を上げながら大地に叩きつけられるはずだった。だが、それを救ったのはこともあろうにモンスターだった。もっとも、屍がクッションになっただけだが。


 柔らかな死骸の上に激突したカーティスは瞬時にその場を離れる。その判断は正しかった。キュクロプス亜種の三叉戟が死骸を貫いた。


 この死骸の山がカーティスのいう、予想外の戦果だった。キュクロプス亜種の周りで動くのはもうオルドたち冒険者だけだった。後は城壁に取りつくか屍として大地に横たわっているかの二つだった。キュクロプス亜種はスタンピードのモンスターの例に漏れず、とにかく人を襲おうとするあまり、周りの状況に目もくれなかった。


 結果、同じようにオルドたちを狙おうとしたモンスターを吹き飛ばしても気にした様子は無かった。少なく見積もっても開戦時に居た軍勢の二割近くを討ち取ったのはキュクロプス亜種だった。オルドたちが倒したモンスターを含めれば一万ものモンスターを撃破したことになる。当初の目論見以上の戦果だった。


 時折、城壁に目をやれば向うは散発的に城壁上まで突破されてはいるが、決定的な敗北はまだ迎えていない。急ごしらえに用意したバリスタはちゃんと効果を発揮している。モンスターの数を減らせたことも事態を好転させた要因だ。


 つまり、このキュクロプス亜種をどうにかできたら、四日目の戦局はこちらに大きく傾くのだ。


(それが―――一番の難関だけどな!!)


 オルドは再び頭を下げさせようと足首を狙ったが大斧は先程とは違う手ごたえを伝える。肌が固く、傷口が浅い。


「こいつ、《自己進化》も持ってやがる!」


 冒険者たちはオルドの言葉に凍り付く。この巨体だけでも手に余るというのに守りも完璧なのか。厄介にも程がある。


 カーティスが屍の山を越えてオルドの方に近づく。的を絞らせない為走るオルドと並走しながら言葉を交わした。


「やっぱり、魔石を狙いましょう!」


「そりゃ、分からんでもないが。胸にはあれがあるんだぞ?」


 二人の視線はキュクロプス亜種の胴体へと向かった。そこには赤い皮膚が―――無かった。代わりに鈍く光る胸当て(・・・)があった。胸当てというよりも巨大な鉄版が皮膚と癒着したかのようになっている。どれだけ暴れても隙間らしきものは無かった。


 あの胸当てのせいで先程から全ての攻撃が魔石を狙うのではなく頭部を狙う攻撃になっていた。モンスターにとって魔石は心臓といえる。砕かれるだけで、一撃で死ぬため、巨大なモンスターや手ごわいモンスターと戦う際に魔石を狙うのは冒険者のセオリーだ。それを知っているかのような備えだった。


 カーティスの拳でも、オルドの大斧でも傷を負わす事は出来ても貫くまでは行かなかった。他の冒険者が挑んでも同じ結果だった。そのため、次にモンスターの弱点としてあげられる頭部を狙ったのだが《自己回復》によって阻まれる。おそらく《自己進化》によって防御力が上がり、先程の戦技の嵐を越える威力を集めないと駄目になっているはず。


 どんどん不利な状況が重なっていく中、それでもオルドたちの中に重傷者が出ていないのは魔鎧の加護以外にもあった。キュクロプス亜種の攻撃方法が大雑把すぎた。とにかく三叉戟を振るうか、手足を振り回すか、思い出したかのように火の粉を全身から散らす程度だ。十分脅威ではあるが落ち着いて戦えば対処できる攻撃ばかり。いましばらくは大きく事態は動かないとオルドは考える。


 だけど、このまま消耗戦が続き、相手ばかりに有利な状況が重なれば勝敗は決したも同然だった。もちろんオルドたちの敗北として。


 そんな時だった。


 並走していたカーティスが「あっ……」、と呟いたのは。


「おい、どうかしたか?」


 問いかけるとカーティスは聞き取れない声量で口をまごつかせるばかり。だが、男の目に光が宿っているのだけは分かった。すぐさまオルドは全体に指示を出した。


「すまん! 一分だけ持ちこたえてくれ、俺とカーティスが離脱する!」


 冒険者たちは絶望的な表情は浮かべなかった。むしろ。ふてぶてしく笑うと、


「なーに、俺たちだけで五分は持ちこたえて見せますよ!!」「いやいや、俺一人でも十分ですよ」「何でしたら、倒しておきましょうか?」


 などと軽口をたたく。まだ、士気は高い。そう判断したオルドはカーティスの襟首を掴んでキュクロプス亜種から距離を取った。その間もカーティスは思考の海に没頭したままだった。


 大地に放り投げられてようやく自分の置かれた状況に気づく。こういう時のカーティスが頼りになるのはオルドの経験則だ。


「で? 何か思いついたのか?」


「……えっと。思いついたといいますか。その……危険なやり方ですけど……いいっすか?」


「モンスター相手に危険も糞もねえだろう」


 オルドがそう返すとカーティスは違うんだよな、と呟きながら思いついた策を述べた。


 それは確かに―――危険な策だった。


 だが、やってみる価値はあった。






『拳士』カーティスは言ってしまえば目立った功績の無い冒険者だ。二つ名を持ち、B級とランクは高いが『紅蓮の旅団』全体で見れば五位、六位ぐらいの実力者。自分の班を持てるような器でもない。


 だけど、そんな彼が今、己の全力を賭けて超弩級モンスターに挑むことになる。


「全員! 力の限り、ありったけの戦技を放て!! 狙いは何処でもいい!!」


 宣言通り一分で戻ってきたオルドは戦場に着くなり冒険者たちに告げた。全員の精神力が底を突くのも承知で叫んだ。それも狙いは何処でもいいという曖昧な命令だった。


 しかし、冒険者たちはたった一言。


「「「了解!!」」」


 と、短く答えると己の得物に精神力を籠め始めた。一片の迷いも躊躇いも無く、戦技の準備に入った。彼らは信じているのだ。『岩壁』のオルドなら間違わないと。


 その信頼を間接的に肌で感じたカーティスは己の策に迷いを感じていた。それを察したかのようにオルドがカーティスの肩を小突いてから、配置に着いた。


(ああ、そうだ。俺はこの背中に憧れてここまで来たんだ。俺は策を信じてくれたあの人を信じればいいんだ)


 心の中を覆っていた迷いも不安も消えていく。後は合図を待つだけだった。


 キュクロプス亜種は刹那の間、迷うそぶりを見せる。自分から距離を取りつつも大技を繰り出そうとする冒険者たちを狙うか、それとも自分に向かって真っすぐ詰めよるオルドを狙うか。その意識の空白を狙うようにオルドは号令を下す。


「全員、放て!!」


 九条の戦技がキュクロプス亜種目がけて放たれた。頭、目、腕、胸、腹、足。的が大きい分、外す事だけは無かった。だが噴煙の中でもキュクロプス亜種が健在なのは誰の目にも明らかだった。


 だが、キュクロプス亜種は動きを止めている。すかさずオルドは新式魔法を放つ。


「《超短文ショートカット低級ロー岩ノ壁ロックウォール》!」


 すると、オルドの前方の大地が揺れ、岩壁が複数出現した。まるで岩の階段のように。それはキュクロプス亜種の胸の位置まで続く。オルドはその上を飛ぶように渡り、遂にキュクロプス亜種の懐に潜りこんだ。


 だけど、《自己再生》で回復したキュクロプス亜種はオルドの行動を見ていた。巨人はまるで羽虫をはたき落すように空いた手を振るう。


 まるでハエ叩きで虫を叩くように外から内へと手を振った。先程から繰り返された光景だった。長物を懐の敵に振り回すほどキュクロプス亜種は愚かじゃ無かった。ゆえに行動が読みやすく、警戒していれば避けられる攻撃だ。


 なのに―――オルドはその攻撃を受けてしまった。外から内へと振るわれた掌はまるで分厚い壁に殴られるかのような衝撃をオルドの全身に与える。


 そしてそのままオルドの体は弾かれた。


 三叉戟を持つ方の手へ・・・・・・・・・と。


「グギャアアアアア!!」


 加速の着いたオルドの一撃は三叉戟を握る手首を両断した。そのままの勢いで地面に叩きつけられたオルドはすぐさま立ち上がる。大斧を放り棄てると手首を着けたままま落下する三叉戟の柄尻へと飛びついた。穂先はキュクロプス亜種の胸へと向けて固定する。様子を伺っていた冒険者たちもその時になって作戦の全容を理解し、オルドの元に集結した。


 そして、オルドはカーティスに向けて合図を送る。


「今だ、やれ!」


「《超短文ショートカット上級ハイ鏡面分身ドッペルゲンガー》!」


 カーティスの詠唱により新式魔法が発動した。準備を整えていた彼から離れた所にカーティスと同じ顔、同じ武器、同じ構えをとる狼人族ヴォルフが出現した。それは紛れも無くもう一人のカーティスだった。


 《鏡面分身ドッペルゲンガー》。幻術系魔法で自分の分身を敵に見せつける魔法は幾らでもある。だが、実体を生み出す魔法となると数が限られ、消費する精神力も膨大だ。カーティスが作れた分身は僅か五秒程度。後は戦技を一つ使える程度しか残らない。


 だけど、それで十分だった。


 低く構え、大地に両手を付けていたカーティスたちは、風のように走りだした。技能(スキル)では無い。身に着けた鎧の加護、《加速》を発動した。まさに風のように走るカーティスたちは真っ直ぐ、キュクロプス亜種の背後に向かって走る。


 手首を切られたキュクロプス亜種には気づかれていない。彼は大地を蹴り上げ、飛んだ。鏡映しの分身も同じ行動をとる。


「《流星脚》!」


 残った戦技を己の武器。足に籠めて戦技を発動した。加速の着いた体は更なる加速を付けてキュクロプス亜種のあるポイントへとぶつかった。


(二段階の加速に、戦技の威力。貫くことは出来なくても重心を崩すことぐらいは出来るはず!)


 カーティスたちはキュクロプス亜種の膝裏に一撃を与えた。


 自然と、キュクロプス亜種は前に向けて膝をつこうとして―――待ち構えていた己の三叉戟の方へと倒れた。


 自らが作りし、矛と盾。軍配は矛の方に上がった。







「へえ。鍛冶王以外にあの亜種を倒せる人材がまだ居たのか」


『窓』越しに戦局を眺めていたクリストフォロスは驚嘆の声を上げた。先日負った傷跡はまだ残っており、下半身は消失したままぷかぷかと浮いている。悍ましいほどの生命力だった。


 彼は『窓』を操作すると喜び沸き立つ冒険者たちの中の中心にいる禿頭の大男の顔立ちを記憶した。そして、手を払うと『窓』を消した。


「これで候補は二人・・。果たしてどちらかがそうなのか、それともどちらも違うのか。一体どうなるのでしょうかね……ねえ、あなたはどう思いますか?」


 クリストフォロスは傍らに沈む物体へと声を掛けた。しかし、返事が無い事でようやく思い出した。


「ああ。そういえば死んでいましたね。……それにしても迷宮の最下層の主でありながらこの弱さ。……まあ、楽が出来ただけ良しとしましょう」


 遺体への興味を失くしたクリストフォロスは反転すると迷宮の広間の中央に向けて手を広げる。


「《角よ、起これ》」


 すると、広間から天井まで突き刺さるのではないかという巨大な角が出現した。それは赤龍の額に癒着している角に酷似し、より禍々しさを放っていた。


「これで準備は完了ですね」


 薄らと酷薄の笑みを浮かべるクリストフォロスの背後で迷宮の主が迷宮に食われるかのように沈んでいく。その怪物の目は―――二つあった。


読んで下さって、ありがとうございます。


総合評価がまさかの5桁に届きました。1章を書き上げた時にはこんなに多くの方に読んで頂けるとは思っても居ませんでした。

読んで下さった方々や、ブックマ、評価、そして感想などを書いてくれた方々にお礼申し上げます。本当にありがとうございます。それと、3章終了までもうしばしのお付き合いを頂ければ幸いです。

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