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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第3章 精霊祭
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3-36 精霊祭 四日目〈Ⅴ〉

 夜間も降り注いだ雨は日が昇る頃には止み、昨日とは打って変わって快晴の空模様となった。濡れた城壁の上からオルドはすそ野を見下ろした。右手にある雪解け水の溜まった湖は太陽の輝きを受け、さざ波が輝いて反射する。見る者の心を癒してくれる。


 一方で反対側の左手には臭気すら漂わせる異形の徒が集まっていた。その数はおよそ三万程だろう。中級から超級までが入り乱れて一塊の群体をなす。その筋の研究者が見れば極上の光景かもしれないがオルドにとっては忌々しい物だった。


 精霊祭、四日目。開戦間近となっていた。


「ったく。まだ、戦力に余裕があんのかよ、向うは」


 呟いてから彼の視線は自軍の方へと向けられた。城壁上で弓や剣を携えた兵士たちが準備を始めた。三万程の敵に対してこちらが用意できたのは正規兵三千三百.予備兵役千。そしてC級以上で構成された冒険者たち二百九十人。合計すれば四千六百人程度だ。敵の数とは6倍以上違う。


 迷宮に少なくない人員を送ったため城壁側の数はだいぶ減っている。昨日の会議では徴兵をするべきではないかという意見が出たが、碌な戦闘訓練を受けていない一般人に武器を持たせる愚を犯すほど愚かではない。


 それでも彼我の戦力差は著しい。やはり、危険な賭けに出るべきだ。そう考えていたオルドの横に騎士団団長のミカロスが並ぶ。彼の表情は厳しく、憤りを抱いている。


「オルド殿。……本気であの作戦を実行するつもりですか?」


「……くどいな、ミカロス。すでにテオドール王の裁量は受けた。準備も整えてある。それに見てみろ、あの敵の群れを」


 オルドが敵の群れを指すとまるで呼応するかのように威嚇の声が上がる。遠くの城壁まで届く声の波は防衛側の士気を削る。


「あの数が一度に城壁に取りつけば、どうやっても突破される。それを防ぐために誰かがこの役目を担うべきだ」


「でしたら、何も貴方が行くべきでは無い!! 貴方は防衛側の精神的支柱。折れれば冒険者は烏合の衆とかし、兵にも動揺が広がります。貴方の命は貴方一人では無いのです!!」


 ミカロスの叫びは周囲の兵士の注目を集める。だが、ミカロスは省みる事なくオルドに食って掛かる。


「たとえば、そう。ディモンド殿やコンロンなどが居ります。貴方程の実力者では無いが彼らでも十分役目を果たせます!」


「駄目だ。あいつらの技能スキルは乱戦向きじゃない。俺なら全員を連れて帰る事が出来る。それに……この役目を誰かに譲るつもりは無い。俺にやらせてほしい」


「―――ぐぅ。だからといってこんな決死隊じみた作戦でなくとも、もっと人数を増やすべきです!」


「それこそ本末転倒だろう。遊撃部隊の数は少数でこそ意味をなす」


 オルドの意志は固かった。ミカロスはこの男を口で説得するのは不可能だとようやく理解した。すると、彼らの傍に十人の冒険者が揃った。先頭に立つのはカーティスだった。


 彼らの表情はどれも鋭く、戦士の横顔になっている。此方も口で説得するのは到底かなわないとミカロスは悟った。カーティスが代表するかのように口を開いた。


「団長。こっちの準備は終わりました」


「そうか。御苦労。……全員、己が役目を理解したな! 俺達はこれから一体でも多くの敵を引きつける。それだけでここの戦局は幾らか楽になる。だが、決して、捨て石になろうとは思うな! 生きて帰るぞ!!」


「「「応っ!」」」


 オルドの檄に、冒険者たちが応えた、その時だった。城壁が揺れた。距離を取っていたモンスターたちが動き出したのだ。あと数分もしないうちに、敵は城壁に取りつくだろう。城壁上は俄かに殺気立つ。部隊長が兵士に指揮を飛ばし、弓を引き絞る音が何処彼処で聞こえてくる。


「―――ああ、分かりました!! オルド殿!!」


「お、おう?」


 慌ただしく動き出した戦局を前にしてミカロスも決断を下した。


「絶対に、絶対に今日を生き残ってください! 貴方たちも! 死んで役目を果たそうなんて思わないでください!!」


 ミカロスは言うだけ言うと城壁を駆け下りていく。彼は彼の務めを果たしに行ったのだ。


 オルドたち十一人はその背中を見つめながら思わず笑みを零していた。とてもこれから待ち受ける困難に屈しているようには見えない。


「こりゃ、死んだらあの人、御霊まで連れ戻しに来ますよ」


「だな。じゃ、そのためにも全員、死ぬんじゃねえぞ!!」


「「「応っ!!」」」


 冒険者たちはオルドの再度の激励に裂帛の気合で返した。そして彼らは―――城壁の外へと歩を進めた。


 四日目の開幕戦は三万の軍勢と十一人の冒険者たちの激突から始まった。


 オルドたちの立てた作戦は単純だ。城壁に取りついた敵が脅威なら、城壁に取りつく敵の数を減らせばいい。


 何とも頭の悪い策、というか策とも言えない代物だ。しかし、そのような事をしなければならない程、四日目の防衛側は追い詰められていた。魔法工学の兵器も、魔方陣も、増援もまだ来ない現状、籠城戦を続けるのが難しくなってきている。


 城壁を放棄して街の中腹に第二の防壁を築くという案もあった。アマツマラが扇状の街並みということは扇の先端こそ一番戦線が長くなるのは当然だ。その全てに兵を配置して薄い守りを築くより、中腹に防壁を展開して戦線を短くすることで防御を厚くする方が戦術的には正しい。


 問題は二点。一つは街の半分を放棄することになる。現在のアマツマラは昨日の戦いの影響で下層よりも上層の方が、被害が甚大だ。避難施設がそちらの方に集中していたためモンスターの襲撃をより多く受けた結果だ。そのため下層部を放棄することになると避難施設が足りなくなり、結果、迷宮への避難がさらに多くなる。その分、戦力をそちらに回すことになる。


 もう一つは防壁が飲み込まれた前例だ。現在の城壁よりも弓なりに長かった防壁を簡単に飲み込んだ影がいつまた行われるか分からない。街の中腹に設置できる防壁は事実上最後の砦だ。そこを突破されれば後は蹂躙されるがまま。全滅するだろう。


 そのため、やはり城壁を主体とした籠城戦しか選択肢は無かった。だけど、昨日の戦闘で城壁が打ち壊されなかったのはひとえに上級、超級のモンスターが動かなかったことに尽きる。


 仮にそのランクのモンスターたちが城壁に取りつけば夕方ごろには城壁は突破されるかもしれない。


 だから、彼らは城壁に取りつこうとする上級、超級のモンスターたちを優先して撃破する遊撃部隊としてすそ野に降り立った。


 彼らの眼前にモンスターの軍勢が津波のように襲い掛かる。オルドはその先頭に向かって、大斧を振り下ろした。


「《岩盤隆起》!」


 大地に突き刺さった大斧から放たれた戦技は大地から岩盤を掘り起こした。放射状に広がる岩盤は次々に捲れ上がり、突撃したモンスターたちは城壁に辿りつく前に隆起した岩盤に叩きつけられる。先頭が潰れても、後続は止まらず次々と岩盤にぶつかる。そしてさらに続いた後続によって押しつぶされていく。


 続けてオルドは技能(スキル)を発動する。


「《先駆けとなる我に続け》! さあ、野郎ども! 暴れるぞ」


 《戦士ノ鼓舞》Ⅳにより、更に強化された冒険者たちは鯨波を上げて捲れ上がった岩盤を坂道のように昇り、モンスターの大海原へと飛び込んだ。




「相変わらず、無茶をしますね。うちの団長は」


 城壁の上からロータスはオルドを見送っていた。彼女も昨晩の内に明かされたこの作戦に反対した一人だった。当たり前だ。彼女にしてみればアマツマラの住人が全滅するのとオルドを始めとする『紅蓮の旅団』の団員が死ぬ事。どちらが耐えられないかといえば、後者だった。ましてや愛する男の死地への旅路。作戦を中止するか生き残る確率を上げるため周囲を団員で固めるか、せめて自分も同行させて欲しいと頼み込んだ。


 だが、答えは拒絶だった。全員を連れて帰るつもりでいたが、万が一という場合もある。自分の死後、クランを纏められるのはロータスだろうと考えて、彼女を連れて行くのを拒否した。冒険者の中から生き残りやすい技能スキルや戦い方を持つ者を優先的に選んだ。


 結局、彼が団員から同行者に選んだのはカーティス一人だった。俺は死んでもいいんですか、とカーティスは笑いながら文句を言っていたがいつもの如く、団長と共に死線に飛び込んだ。


「なーに黄昏てるのかしら、ロータス」


 背後から鋭利な声が掛けられるとロータスの細い肩が震えた。振り返る前から声の主が誰か彼女には分かっていた。ロテュスが冷たい瞳をロータスに向けている。昨日は期せずして連携を取ったが、母娘の会話はこれが初めてだった。背筋を伸ばして母親に向き合った。


「……お久しぶりです。……母う―――」


「―――私を母と呼ぶな。……エルフの掟を破りし王族は私の身内には存在してはならないの」


 激しい拒絶の感情が母親から娘へと注がれる。周囲の兵士は迫りつつある脅威を前にして険悪な空気を放つエルフの母娘によって動きを止めてしまう。


「まったく。……私たち王族は王家の血を絶やさないように同族以外と番になるのを禁じたはず。それを忘れて森を抜け、ヒトの男にうつつを抜かすとは」


「……お言葉を返すようですが、王家の血なら弟が居るではありませんか。その掟は弟が引き継げば」


「あの子に何かあれば残りは貴女一人。貴女はあの子の予備・・よ」


 その一言がロータスの中の琴線に触れた。全身の血が沸騰したかのように沸き立ち、怒りが形を成して口から吐き出される。


「私は! 貴女のように淫蕩にふけ、複数の男と交ぐわう女ではありません!!」


 彼女は背負っていた弓をくるりと回すと矢を番えて引き絞った。照準はロテュスに合わさっている。


 そして、彼女は反転すると背後に迫っていたマンティコアの群れに向けて戦技を放つ。


「《凄風散聚せいふうさんしゅう》!」


 精神力の込めた戦技は矢の周囲に嵐の如き風を纏わせる。飛翔した矢はマンティコアを易々と貫くなり、嵐が巻き起こった。モンスターの爪や骨が風に乗ってまき散り群れを攻撃していく。たった一発で上級モンスターが十体程倒されてしまった。


「……配置につくのでこれで。……『双姫』殿」


 ロータスは城壁から屋根へと飛び移り、遠ざかっていった。ロテュスは娘の方を向くことなく城壁に取りつこうとするモンスターを見据えていた。




 レッサーデーモンの斧を掻い潜り、膝頭をひじ打ちで砕く。モンスターといえど二足歩行の弱点は脚なのは変わらない。崩れ落ちるレッサーデーモンへカーティスは追撃を掛けようとしなかった。攻撃を掻い潜って懐まで距離を摘めたのに止めを刺さずにあっさりと離脱した。


 斧を杖のようにして立ち上がろうとするレッサーデーモンは去りゆくカーティスの背中を濁った瞳で見ていた。だが、突然怪物の視界はずるりとずれた。背後から迫っていた冒険者の一撃で頭部が横に両断されたと気づく前に絶命した。


 カーティスは戦場の中で風のように動き、蜂のように一撃を与えるとすぐさま離脱する。ヒット&ウェイを繰り返していた。これこそが彼をこの決死隊に参加させた理由だった。


 冒険者の中でも少数派の拳を主体にして戦う彼は一撃必殺では無く手数で戦う男だ。彼はモンスターが一撃を振るう間に何発も拳を叩きこむ。逆にいえば、彼はモンスターを倒すのに相手に一撃を許してしまうという側面があった。そのため自然と闘いを積み重ねていくうちに避ける事に特化した技術は技能スキルへと昇華する。


 《死地ノ境》Ⅳ。能動的パッシブ技能スキルの一つだ。彼は感覚で危険な場所を探り当てる。アマツマラへの輸送任務の時も後方部隊の指揮を任されたのは本人の性格や力量に加えてこの技能スキルもあったからだ。


 彼はこの遊撃部隊の中でモンスターの動きや、体勢を崩す先駆け的な役割を担っていた。敵の懐に飛び込み、一撃を与えて離脱。傷ついた敵は刹那の間、カーティスに意識を向ける。その隙を突くように他の冒険者が止めを刺す。それ以外にも囲まれそうになる味方を脱出させるために包囲に穴を開けたり、回復をしようとする仲間の代わりに敵を引きつけたりとまさに八面六臂の活躍ぶりだった。


 その分、彼にかかる負担は著しい。危険な場所を理解できる技能スキルは確かに便利といえる。だが、四方を敵に囲まれている状況で逃げ場なんてない。秒を刻むごとに切り替わる危険地帯をすり抜け、時に踏み込むことで活を見出す行為は着実にカーティスの気力を削いでいく。


 だが、彼は決してくじけない。なぜなら、彼の担ぐべき御旗が傍にいるからだ。


「どっせい!!」


 オルドが斧を振り回すと、ミノタウロスの大斧を打ち砕いた。トロールやオークなどが肉付きの良い巨人系モンスターならミノタウロスは鋼のような筋肉を持った巨人系モンスターだ。人のような四肢に牛のような頭を持つ超級モンスターはその体躯に見合った大斧を振るっていた。それなのにオルドの一振りで砕かれ、返しの一撃で縦に両断された。


「はは。相変わらずのご活躍ですね、団長」


「あん? お前か、カーティス。そっちも無事そうだな」


 戦端を開いた一撃を放ってからオルドは単身モンスターの津波を掻き分けて超級モンスターばかりを相手取っていた。無謀といえる戦い方だが、現実に彼はまだ生きている。その出鱈目ぶりに決死隊の士気は上がる。


「とはいえ、大分混乱を巻き起こせたようですけど、やっぱり城壁にも取りつき始めてますね」


 迫りくるレッドパンサーの顎を膝で打ち砕いたカーティスは城壁へと視線を向けた。めくれ上がった隆起は根元から崩れおちて小山を築いている為視界を遮るものは無かった。敵の進軍の真ん中に目がけて発動した戦技によって敵は三つのグループに分かれた。一つは中央に飛び込むように現れたオルドたちを狙うグループ。残りの二つは突然出現した壁を迂回する様に周り二つに分かれたグループたち。オルドたちの目的である足止めは敵軍の三分の一を押さえたことになる。僅か十一人で一万の軍勢を足止めしているのだ。 それでもたった十一人で倒し切れるとは思えない。戦闘が始まり一時間近くたち、目ぼしい超級、上級モンスターを倒してきた。この場を離脱するには絶好のタイミングかもしれない。


「どうします? 一度離脱しますか?」


 戦力は貴重だ。こんなギャンブルに重要な戦力を使いつぶす訳にもいかずカーティスはオルドに問いかけた。新たに表れたミノタウロスの首を切り落としたオルドはしばし考えて口を開こうとした。


 だが―――その先の言葉は地響きによって遮られる。


 どしん、どしんと杵で大地を打ち付けるような等間隔の揺れと音だった。カーティスはその揺れをまるで、足音・・のようだと感じてしまった。


 果たして彼の予想通りだった。


 それはまさに足音だった。


 一つ目の巨人が踏み鳴らす振動がすそ野へと広がっていく。その巨体を何処に隠していたのか。メスケネストの迷宮深層、最下層の主。キュクロプスが戦場に姿を見せた。


読んで下さってありがとうございます。

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