3-34 精霊祭 四日目〈Ⅲ〉
結界に包まれた五十の天幕は整然と並べられている。その中に避難民二百人が吸い込まれていく。このC-8に集まった避難民たちの多くは奴隷商人とその商品、つまり奴隷たちだ。後で知ったが、この迷宮に送られた一万人はどうも、貧乏人や犯罪者などのヒエラルキーの下層の人間が多くを占めていた。
迷宮の基本として奥に行けば奥に行くほどモンスターの出現率や個体数、なにより迷宮の空気と言えば良いのか、暗く濁った空気が濃くなる。迷宮に慣れた冒険者でもあまり長期間滞在したくない場所だ。
そんな危険な場所に送り込まれたのだ。どの顔も怯えが浮かび、身を寄せ合って周囲を見回していた。薄暗い闇の中からモンスターが這いずり出てくるのではないかと怯えた目を向けている。こんな所に長くいれば精神に悪影響を及ぼすかもしれない。彼らのような人種が選ばれたのは……犠牲も止むなしという王国の考えからなのだろうか?
彼らが、冒険者や兵士の姿を捉えるたびにほっとしたような表情を浮かべる。それがこちらにとっても救いのように感じた。誘導するリザやレティやメーリアさんだけでなく気難しそうなホラスも笑みを作って避難民の受け入れを手伝っている。
僕とシアラはそんな人の列から少し離れた場所で密談を続けていた。僕らの視線は結界に吸い込まれる人たちでは無く、避難民の誘導をする方に向いている。シアラが集まった二十人のうちの数名の顔を指さした。
「まず、一人目はアイツよ」
彼女の白魚のような柔らかな指がホラスを捉えた。次いで指を滑らせていく。正規兵の一人と会話を交わすギャラクさん。誘導していたリザやレティとばったり会ってしまい、距離を取って挨拶をするニコラス。そんな彼を不思議そうに見るメーリアさんを順次指す。
「少なくとも、この四人とアンタの奴隷二人。そしてアンタにワタシを含めた八人が予知に出てたわ」
「すまないけど……ちょっと時間をくれ。考えを纏めたい」
シアラに断りを入れてから僕は思考の海へと潜る。彼女の説明だと夜の時刻に赤い龍と戦う。その際に身近にいる冒険者たちの年頃は若く、数は二十人程度。僕、リザ、レティ、シアラの四人は確定。そして新情報としてニコラス、ギャラクさん、メーリアさん、そしてホラスが居ると。
気味が悪いな。なんだかどこかの誰かに舞台を整えられている気分だ。逃げ道を塞ぎ、状況を構築され、抗う事もできずにその時を迎えさせられそうだ。
ともかく、新しく判明した四人の戦力は……言っちゃ悪いが赤い龍相手にすれば微々たるものだ。いや、鍛冶王やオルドとかを除けばどれも同じだ。戦力になりそうな冒険者なんてそうは居ない。それにしても分からないのは鍛冶師のニコラスがそこに含まれるという事だ。夜に僕らが一緒にいる理由が分からない。どんな事があればそうなるんだ。
そこまで、考えてから、頭の中に一筋の光明が差し込んだ。僕はポツリとつぶやく。
「そうだよ……考えるべきは予知のシーンその物では無くその前を考えればいいんだ」
訝しげな表情を浮かべるシアラに向き直った。
「その予知のシーンだけを切り取って考えようとするから情報が足りないんだ。そこに至るまでの連続した流れを想像したらある程度、予知に関する状況が想像できるはずなんだよ!」
シアラも理解できたのか金色黒色の瞳を見開いた。僕は畳みかけるように彼女に告げた。
「予知した場面をもっと詳しく教えてくれ。そこに至るまでの可能性を詰めていけば自ずと赤い龍の出現時期が分かるかもしれない。そうすればオル……僕なんかよりも強い冒険者に協力を頼める!」
彼女は真剣な表情で頷いたけど、しかし、直後に表情を曇らせて予知の場面について語りだした。
「もっと詳しくといっても……たいしたことは分からない。周囲の街並みは大抵壊されているか燃やされていて火の手が上がってるの。龍との距離はある程度は離れている。ワタシたちは地上にいて相手は城の上に着地してるの」
「城? じゃあ、城に赤い龍は現れるんだ」
「そう。赤くて縞々の龍が城の先端を踏みつぶしているのをワタシたちが見上げる構図―――」
「―――ちょっと待った」
懸命に思い出そうとする彼女を遮った。齟齬が発生した。僕の見た赤い龍と彼女の語る赤い龍の姿に。
「しま……しま? 少なくとも現れた赤い龍に縞々なんて無かったよ。赤い鱗がびっしりと覆っている全身真っ赤な龍だったよ」
「……変ね? ワタシの予知に出る赤い龍には黒い縞が表面に走っていたわよ」
「それじゃあまるで、別の龍じゃないか!」
口にしてからその恐ろしさに体が震える。あんな人智を越える怪物がもう一体出現する? そんな事があってたまるか。だけどシアラは僕の予想をはるかに超える考えを口にした。
「もしくは、強化された姿かもしれないわ」
「―――っ!! それは……それは……」
二の句が告げなかった。シアラの予想の方がすんなり受け入れられる。怪物がもう一体いるよりも怪物が更なる力を発揮する方が自然といえば自然だ。僕にとっては最悪の方に自然だった。
凍り付く僕に対してシアラは龍の事を詳しく語るように命じた。彼女なりに自分の予知と僕の見た光景を比較してみるつもりなのだろう。僕はシアラに今日の開戦時に赤い龍と遭遇した一連の事を伝えた。もちろん、一度殺された時の事は黙っていた。すると、彼女は話を聞くなり僕の両頬を引っ張る。
「にゃにすんだひょ」
「遠くから見たとかじゃなくて、龍の吐息を浴びたなんて馬鹿げたことを言うからよ。寝ぼけているのかと思ったけど……どうやら本当らしいわね。……それで? 感想は?」
彼女は指を放すと、そう尋ねた。捻られた頬が熱い。だけど、赤い龍との遭遇を思い出すだけで体の芯が凍り付くような恐怖が全身を蝕み、熱なんて奪い去る。僕の姿だけで口で語るよりも雄弁に彼女に伝わったようで何も言わなかった。
しばらく考え込む彼女に対して僕は赤い龍と対峙した時に思いついた考えを口にしていた。
「君の見た予知はどんな経緯を通ってもその予知に収束するって事でいいんだよね?」
「え? ええ、そういう事になるわ。前にも言ったかもしれないけど少なくとも予知に登場している人物はその予知が起こるまでは何が起きても生き残る。そうね。だからアンタも赤い龍から生き延びれたのよ」
それは、半分正解で半分不正解だ。僕の主観だと一度赤い龍に食われて死んだ。だけど《トライ&エラー》によって生き残り、オルドの助けを得て、生き残れたに過ぎない。他の登場人物は出演が確約されているからそれまでは生き残れるかもしれないが、どうやら僕はその範疇に含まれていない。
逆にいえば、予知に出演が確約されている赤い龍もそれまではどうやっても生き残るという事でもある。正直、今日の鍛冶王ことテオドールの圧倒的な戦闘力を見て、ここで赤い龍を倒せるんじゃないかと期待したが、少なくとも王国側から龍を退治したなんて話は無かった。
僕らが赤い龍と対峙するまでに赤い龍を排除するという手は使えない。戦闘その物を回避する事は出来ない。だとすれば生き残る為に残った方法は一つしかない。
「どうやったら、僕らであの龍を倒せるんだよ」
「……。ちょっとまって、アンタ。まさか―――」
「―――おーい! F級! 打ち合わせするから女を口説いてんじゃねえ!」
僕の呟きに何故か眦を釣り上げたシアラが詰め寄ろうとしたのを遮ったのはホラスの声だった。振り返ればいつの間にか避難民の収容は終わり、冒険者や兵士たちも結界傍に集まっていた。
「……まあ、いいわ。後で時間を作って頂戴。アンタの勘違いを打ち砕いてやるわ」
「僕の勘違い? それって一体」
シアラは一方的に告げるとそのまま小走りに結界へと走り寄りそのまま光の膜の向こうへと消えていった。僕も走って打ち合わせを始める集団に向かう。すると、リザとレティが不安そうにこちらを見ていた。彼女らにはシアラが予知能力者で、赤い龍と対峙することは伝えてあった。聡い二人の事だ。僕らの密談内容を直ぐに理解したのだろう。周りに気を使い口には出さないが視線だけで問いかけてくる。
「ごめん。後で話す」
二人に囁くと輪の中に加わった。口火を切ったのはシュウ王国の正規兵の証たる鎧を着込んだ兵士だった。先程ギャラクさんに対して声を掛けていた男だ。
「私はハジャクと申します。まず、騎士団団長のミカロスより命じられた任務の確認をします。宜しいですかな」
二十代後半の畏まった口調の青年は粛粛と任務を果たそうとする。全員の視線が彼に集まった。
「まず、第一に我らの役目はこの広間に集まった避難民たちの防衛です。期間は不明。ただ、ここから先は避難民たちには知らせないでほしいのですが、向かってきている増援が明後日……では無いですね。日付が変わって明日には一万。明後日には四万送られてきます。よって団長は明後日の増援を待って逆に攻勢に打って出るおつもりです」
全員の表情が喜色とも困惑とも取れない表情で固まる。これまで先手を取られ続けた今回の防衛戦においてようやく逆に攻め込むというのは確かに頼もしかった。だが、それでも敵には上級、超級のモンスター。それに赤い龍という怪物が控えている。増援といっても所詮は兵士。はたして攻勢に転じて勝てるのだろうか。それにもう一つ、懸念がある。
「つまり、四日目は手持ちの戦力だけで防衛戦を行うつもりなのか」
ギャラクさんが代表する様に指摘した。増援が遅れるならまだしも、早まるのはあまり考えにくい。だとすれば地上はただでさえ減った戦力で防衛することになる。
「その通りです。上は今日が分かれ目だと考えています。……そのため、こちらにこれ以上の増援は有りえません。一応、上は出来たばかりの秘策を投入するつもりですが戦局次第では、冒険者の方々は呼ばれる可能性もあります。皆さん出来る限り怪我を避けてください」
「だな……それで、実際の防衛はどう行う。いくらなんでもこの人数で一日中守る必要はないだろ?」
「それなのですが……申し訳ありません。我ら兵士は訓練の為にこの迷宮に潜ってはいます。ですが多人数による安全性の高い訓練。それも一カ所にとどまって防衛という経験はありません。そこで実際の指揮は冒険者の中からお願いしたいのですが……」
申し訳なさそうなハジャクさんの申し出に冒険者五人の視線は自然とギャラクさんに集中した。十の瞳に見つめられた彼は観念したように頷く。
「わーったよ。……とりあえず、そっちの増員のレベルや武器。それと魔法の有無を教えてくれ」
仕方なさそうに言いながらも役目を果たそうとするギャラクさん。ハジャクさんも身内の情報を彼に伝えていく。兵士は正規兵が四人。予備兵役が六人の計十人。レベルは正規兵だけなら22~27ぐらいなのだが、予備兵役たちは一回り低い。彼らの中で魔法を使えるものは居らず、弓兵が二人。どちらも正規兵だった。そしてハジャクさんが残りの人員に話を進もうとすると、ホラスが待ったをかける。
「ちょっと待ってほしい。さっきから気になってたが、そこの四人。……兵士じゃないよな。鍛冶師か?」
ホラスの言う通り、その四人は冒険者とも兵士とも違う。男三人に女一人の四人は使い込まれた鎧に身を纏うが、戦闘に馴染んでいるといった雰囲気は無かった。だけど、一方で迷宮の空気に馴染んでいるようだった。
代表する様に女が一歩前に出た。オリーブ色の髪は碌に手入れされていないのか痛み、顔には火の粉を浴びたような火傷の跡がちらほら見えた。その顔に僕は見覚えがあった。思い出そうとする僕にレティが小声で答えを告げた。
「あの人。鍛冶王の工房で会った人だよ」
言われて思い出した。突如始まったレティのアーマーファッションショーの際に声を掛けてきた女性だった。彼女はちらりとこちらに、特にレティに視線を向けた。しかし、それも一瞬。彼女は視線をホラスに合わせた。
「君の言う通り私と後ろの子は鍛冶師。残りはここで日夜働く鉱夫よ。ご覧の通り日頃戦闘訓練をしているわけじゃない素人よ」
「だったら―――」
「―――でもね。後ろの二人は太陽が昇り、沈むまで一日中、この迷宮で鉱石を掘っている。それがどういう訳か分かるかしら?」
口を開こうとしたホラスを妙齢の女性は有無を言わせない迫力で抑え込んだ。畳みかけるように言葉が放たれた。
「彼らはこのアマツマラの迷宮に関して冒険者たちよりも長く潜っている。それに私たち鍛冶師は自分の作った物を実地で試験し、自分で鉱石を掘る為にこの迷宮にソロで潜るの。少なくともそれぐらいの実力があるってことよ。……納得したかしらボウヤ?」
「―――むう……」
ホラスは気難しそうに唸る。反論材料を探して視線が彷徨うが観念したように頭を下げた。彼女は満足そうに頷き、ギャラクさんに向き直った。
「騒がせてしまってごめんなさい。私の名前はマエリス。元冒険者の現鍛冶師よ。よろしく」
「こちらこそ。頼もしい女傑に歓迎するよ」
彼女は続けて後ろに控えていた三人の名前と武器を教えた。ニコラスも含めたこの四人は、残念ながら全員接近戦を主体とするメンバーだった。しばらく悩んだ後ギャラクさんは方針を発表した。
「まず、第一に。俺達の中で唯一の回復役であるレティシアちゃんは結界の中にいる事。体力と精神力を温存するために体を休めていてほしい」
告げられたレティは一瞬不満そうな表情を浮かべたが自分の重要性を認識して頷いた。続いてギャラクさんは自分を含めた遠距離攻撃のできる四人について言及する。
「俺たち四人は二組に分ける。片方が起きている間、片方は休む。組み合わせは俺とメーリアだ。残りはそっちの二人でいいかな」
彼らは互いの顔を見合わせた後、首を縦に振った。特にメーリアさんは首が千切れんばかりに大きく振る。初対面の相手と組むより多少は知っていて頼れる人物のギャラクさんの方が良かったのだろう。
そして、ギャラクさんは僕とリザとホラスを順に見た。
「前衛は十五人いる。そこでお前ら三人を隊長に組を分ける。一組五人だな」
納得の判断だ。モンスターに慣れている冒険者を一纏めにするよりも分けた方が効率は良い。それに僕としては内心、ホラスと組まずに済んでホッとしていた。どうもこのスタンピードの間に彼の僕への憎悪が高まっている気がする。どこかでそれが悪い方に作用するかもしれないとひやひやしていた。赤い龍との戦いに彼も加わる以上、どこかで歩み寄る必要はあるけど。
反対意見が出ないのを確認するとギャラクさんは前衛組を、レベルなどを考慮して振り分けた。リザの班には予備兵役から一人。それと鉱夫二人とマエリスさんだ。先程まで揉めていたホラスとマエリスさんを同じ班にせず、この中で一番レベルの高いリザに一番低い鉱夫を組ませる関係上、元冒険者のマエリスさんを入れたのだろう。
ホラスの班には予備兵役二人と正規兵二人が付く。その中にはハジャクさんが居た。ホラスの態度を見てワザと戦闘訓練を受けている兵士と予備兵役だけで固めた。
僕の所には残りの人員、ニコラス。それと予備兵役が三人ずつだ。ニコラスが頑なにリザとマエリスさんとの組を拒んだため、男だらけのグループとなってしまった。随分と暑苦しく感じるぞ。それにレベル平均が一番低いように思えた。だけどギャラクさんは再考すること無くハジャクさんにこれで良いかと確認を取った。彼は頷くと、残った伝達事項を口にする。
「それと、避難民の世話を行ってほしい。具体的には炊き出しや病気など体調を崩している者が居ないかなどを目視でもいいから見て欲しい。一応、避難民自身が自分で動くことになっているが環境が環境だ。どうなるか分からない」
「ああ。それは重要だな。前衛組を三班に分けたから順番でこなそう。一つが防衛組。一つが世話組。一つが休憩組を順番に回そう。もちろん手すきの奴も手伝うように」
全員が頷くとその後ハジャクさんが水や食料を始めとした生活物資やポーションなどの戦闘に必須な物資の詰まった木箱を結界の中に運び、僕ら防衛側はその木箱たちを囲うように寝袋を敷くように伝えられた。彼は言葉にしなかったがこれは内部の人間を警戒しての行動だと全員が何とはなしに理解した。
そして、まずはホラスの班が防衛に当たる事になった。その間リザと僕らの班は体を休める事になる。もっともすでに時刻は三時を回っている。一眠りしたらすぐに朝食の準備が待っているのだが。
寝袋に潜りこんだ僕は目を瞑ってからようやくステータス画面を開いた。見慣れた本から自分の能力値を確認した。
LV.52 称号.スライムに負けた男
HP.408 MP.56
STR.216 END.251 DEX.226 MAG.29 POW.186 INT.119 SEN.241
バルカンで倒したモンスターの数なんて覚えていなかったが随分とレベルが上がっている。だけど、素直に喜べない。この迷宮での戦いで気づいた。急激なレベルアップによって上がった能力値を持て余している。
そして。
(あの赤い龍に勝つにはこれじゃ足りない)
眠りにつくまでの間、自分の無力さが腹立たしかった。
読んで下さって、ありがとうございます。




