3-33 精霊祭 四日目〈Ⅱ〉
迷宮の広間に杭を打ち付ける音が鳴り響く。光量の足りない中央部分にかがり火が轟々と燃え上がる。その作業中も僕ら冒険者は油断なく周囲を警戒していた。
骨組みに天幕を掛けるメーリアさんの背後にレッドスライムが数匹忍び寄ってきた。僕は作業の手を止めて駆けだした。
「メーリアさん! そこを動かないで!!」
「ひゃ、ひゃい!!」
声に身を固くしたメーリアさん目がけてレッドスライムは飛びかかろうとした。牽制する様にダガーを投げる。空中に身を翻していた粘液生物はあっさりと刃を体に食い込ませたと思うとずるりと貫通した。ダガーはそのまま床に食い込み、レッドスライムの死体はメーリアさんの背中に、べちゃり、と張り付いた。縮こまっていた少女の体が余計に固くなる。
同胞の無残な死に方を目にしたレッドスライムは向きを変えて僕へと飛びかかろうとする。だけど、その動きは緩慢で、ひどく億劫に感じた。僅かに三回。バスタードソードを振るっただけでレッドスライムは死に絶えた。あまりにも手応えが無かった。通常のスライムよりも強いレッドスライムは低級のモンスターのはずなのに。
刃に着いたレッドスライムの死体を拭いながら、思い出すのはエルドラドに来たばかりの頃だ。あの夜において普通のスライムはとてつもない怪物の様に思えた。隠密性に優れ、溶解という特殊な殺し方を備えたアサシンのようだった。だけど、今はそれの強化種を、剣を軽く振るうだけで倒せてしまう。
(強く……なったって思っていいのかな?)
まだステータス画面を確認していないが、体が異様に軽い。腕の振りも鋭く、生物の気配も鋭敏に感じられる。少なくとも朝方の僕とは大違いだった。
でも、これじゃあ足りない。
あの赤い龍を倒すのに。こんな程度の成長では決してアイツには勝てない。じりじりとした焦燥感が腹の底を燻る。過ぎ去る一秒が黄金の砂の様に感じられる。
今夜は雨が降っていたからシアラの見た予知には当てはまらないはず。だとすれば最速で明日の夜。僕は、いや、僕とリザとレティは赤い龍と向き合う事になる。
(時間が欲しい! 考えを纏める時間が、どうやって二人を助けられるのか、それを考える時間が欲しい)
こんな所で天幕を張るよりももっと何かできるんじゃないのか。先程から頭の中をぐるぐるとそれだけが回り続ける。出口のない迷宮に閉じ込められた気分だ。
悩む僕に対して罵声が飛んだ。
「おい、F級! ボケっとしてんな! 群れだぞ!」
ホラスが横を通り過ぎながら剣を抜く。いつの間にか作業の手は中断され、出現したモンスターの群れへと皆が駆けだしていた。
火ぶたを切ったのはギャラクさんだった。彼は弓を抜く前に戦闘の準備を始めた。
「《超短文・初級・光》!」
詠唱の完成と共に現れた光が迷宮の薄闇を追い払う。先程まで薄らとしか見えなかったモンスターたちの姿が露わになった。レッドスライムが四体。ゴブリンが三体。スケルトンが三体。そして空中をふわふわと浮く蝙蝠の形をしたモンスター、バットイーターが四体。全て低級だったが数が少々多い。
「まったく。さっきも似たような群れだったのにもう出現したのかよ……レイ、ホラス! まずは弓を持ったゴブリンを! エリザベートはレティシアとメーリアを守れ! 二人は精神力を温存。この程度にいちいち魔法は使うな! バットイーターは俺が。……それとレッドスライムは無視しろ。後で使う!」
「了解!」「わかった!」「了解です」「りょーかい」「わ、分かりました!!」
ギャラクさんの言葉に従い僕らは散らばった。これは事前に決めた事だった。レベルではリザが一番高いが経験と後方から全体を視認できる弓兵という役割的にリーダーはギャラクさんに任した。今の所、彼の指示に不満な点は無かった。
僕は弓を構えるゴブリンに向かう前に床に刺さったダガーを引き抜いた。多少遠回りになってしまい、向うに攻撃をするチャンスを与えてしまう。《光》に照らされたゴブリンが弓を引き絞り、矢を放った。狙いは僕の額に向けてだ。
おそらく手製の矢なのだろう。軸が歪み。ふらつきながら空気を裂く様に飛ぶ。モンスターの膂力があってこそ、人を殺しうる武器だった。その矢を空いた左手で掴んだ。
「ピギィイ!?」
ゴブリンの驚く声が聞こえた。僕も同感だ。矢の描く軌跡が何となくだが読めた。掴んだ矢を折ると、代わりにダガーを投擲した。
ダガーはゴブリンの木製の弓を叩き折りながら胸部深くに食い込んだ。モンスターの口から血が滝の様にこぼれ落ちると、ばたりと後方に倒れた。まず、一体だ。
すると、頭上でバタバタと翼をはためかせていたバットイーターが糸の切れたマリオネットのように落ちてきた。胴体に突き刺さっている矢はゴブリンのとは違いちゃんとした正規品だった。ギャラクさんが撃ち落したのだ。
視線を他に向けるとゴブリンの矢を盾で受け止めたホラスがそのまま距離を詰めた。ゴブリンも弓の距離じゃないと判断するなり腰に提げていた剣を引き抜いた。石を削っただけの粗末な作りだがゴブリンが振るえば人を殺傷するに十分だ。
でも、ホラスの勢いは止まらない。そのまま盾を構えて攻撃を受け止めつつ、片手剣を振るう。ゴブリンは堅牢な守備を突破できずに距離を取ろうと後ろに下がる。
(あそこはホラス一人でも大丈夫、じゃない!)
足を別のモンスターに向けようとした時、見てしまった。ゴブリンは闇雲に後退している訳じゃ無かった。ホラスを誘導していたのだ。こっそりと彼の背後に回ったゴブリンが狙いやすいように背中を向けさせているのだった。
僕はすぐさま弓を構えているゴブリンへと駆けだそうとした。だけど―――強い視線に阻まれた。
そちらへ向くと首だけを回して僕を睨みつけるホラスの鋭い瞳とぶつかった。お前は来るな、と。視線は語っていた。
それを隙と捉えたのだろう。ゴブリンが番えた矢を放った。狙いは無防備なホラスの背中だ。真っ直ぐに飛翔した矢は―――ゴブリンの胸に深々と突き刺さる。
「グボッッ!」
「ガウウウ!?」
驚くゴブリンたちをよそに、横に飛びのいていたホラスは身を翻すと手にした盾をぶん投げた。それこそフリスビーの様に曲線を描いた盾はゴブリンの頭蓋を揺らした。残念ながら本物のフリスビーの様に戻っては来なかった。
その隙にホラスは手にした片手剣を振るい矢の刺さったゴブリンの首に白刃を叩きこむ。半分まで食い込んだ刃を引き抜くと血が間欠泉の如く噴き出した。ホラスの獣じみた行動はまだ止まらない。降り注ぐ血を避けるように駆けだすともう一体のふらつくゴブリンへと飛びかかった。盾があたり朦朧とするゴブリンはホラスの振るう刃の前にあっさりと屈した。
胸を何度も突き刺されたゴブリンは膝から崩れ落ちた。ホラスは最初から織り込み済みだったのだ。自分を狙う、もう一体のゴブリンンの存在に気づいていた。
床に転がった盾を拾ったホラスは特徴的な鋭い瞳を僕に向けると、無言で刃を向けた。互いに一足飛びでは距離を縮められない程遠い。これは僕を攻撃しようとしてるんじゃ無く、突き付けているのだ。お前なんかには負けない、と。無言の宣戦布告を。僕は彼の瞳から目を離すわけにはいかなかった。
「ご主人様にホラス……様! 手が空いているようでしたら、こちらを手伝ってはくれませんか!?」
睨みあう僕らを仲裁したのはリザの声だった。振り返るとスケルトン三体を相手取りながらレッドスライムを殺さない様にしつつレティとメーリアさんを守るという離れ業を披露していた。
僕らはもう一度睨みあった後、彼女の方へと走った。
数分後。レッドスライムを除く全てのモンスターの討伐が終わった。
生き残ったレッドスライムは紐で結われて一纏めに放置されている。その前に長杖を構えたメーリアさんが手を震わせて立つ。隣に寄り添うギャラクさんが彼女の緊張を解きほぐすように語りかける。
「よし、メーリア。準備は良いな。こいつらをその杖で倒しちゃいな。そうすれば経験値は君の物だ」
「ひゃ……はい!」
返事と共に長杖が何度も振るわれる。その度に粘液生物は悲痛な叫びを上げる。何ともいたたまれない光景だった。だけど、必要な行為でもある。この中で一際レベルの低い彼女自身の生存率を上げるためにレベリングは必要だった。だけど、魔法使いとして使える魔法が少なく、回数もそれほど多くない彼女が倒せるモンスターなんてレッドスライムぐらいだ。こうして余裕のある時はレッドスライムを縛り上げて彼女の経験値となってもらっている。
「そういえば、こうして一纏めにしてもフュージョンスライムに成らないんですね」
天幕を立てる作業に戻った僕はギャラクさんに質問した。最初、レッドスライムを一纏めにすると聞いた時、フュージョンスライムでも作る気なのかと慄いたのは秘密だ。
「あれはもっと数が集まらないとならないぞ。……それにしてもこれで四度目か」
作業の手を止めずに呟いたギャラクさんの言葉が僕らの間に染み渡った。迷宮に入って一時間弱。すでにオルドたち上位冒険者による掃除は終わり、避難民の収容を見届ける為の数人を残して彼らは引き上げた。残ったのはD級以下の冒険者と王宮から派遣された魔法使い十人だけだ。
用意された天幕は一つや二つでは無い。全部で五十もある。その分、サイズは小さく、人の背丈より少し低く、横に寝転べば四人で一杯になる程度の代物だ。手分けして組み立てていきようやく終わりが見えてきたころだ。
その間にすでに三度のモンスターの出現を受けていた。今回も含めれば四度目だ。
「これってやっぱり、多い、方なの?」
息を切らしながらレティがメーリアさんに尋ねた。彼女は倒したモンスターを一カ所に纏めている。この後、男衆で掘った穴にモンスターを埋める事になる。モンスターの血は別のモンスターの呼び水になりかねない。迷宮を攻略して次に進むならまだしも、長い時間、同じ場所でジッと耐えるかもしれないのだ。危険の芽は先に摘むべきだ。
レティの質問をこの街に住む冒険者のメーリアさんが答えた。
「わ、私も詳しくは知らないけど最初の三階層ぐらいまではそれほどモンスターは出現しないって聞いてたけど……私にはこれが多いのか少ないのか分からないです」
「多いぞ」「多いな」
メーリアさんの曖昧な返答に対して、ホラスとギャラクさんが断言する様に答えた。僕も薄々とだが多いと思っていた。比較対象がネーデの迷宮だがそれでも最初の一階層目にこれだけの数が出現するには早いペースに感じられた。
「まあ、迷宮も活発に活動する期間や時間がある。元々、アマツマラは精霊祭を開くほどの魔力が溜まっていたんだ。こんなこともあるんじゃないか?」
迷宮に潜る経験の少ない女性陣に対して安心させるようにギャラクさんが口を開いた。何とも言い難い空気の中僕らは黙々と作業を続けて、ついに最後の天幕を立てた。
「ああ、こちらも終わりましたか?」
すると、背後から年若い、子供の声が響く。振り向くと護衛の兵士に守られた魔法使いが広間に姿を現していた。年の頃はレティと同じか少し下かもしれない。ローブの裾が迷宮の床をすれる。被っているとんがり帽子と相まって古典的な魔法使いのように見えた。
「初めましてC-8を担当する皆さん。僕はこの横一列を担当する王宮付き魔法使いのムスタスと申します。避難民の守護をするための魔方陣を形成させていただきます。その間、モンスターの排除をお願いします」
「分かった。……ちなみにどれぐらいかかる?」
「対して掛かりませんよ。十五分ぐらいを目安に。それにこの後も二つ、魔方陣を展開する必要がありますので手早くします。それでは早速やらせていただきます」
ばさりとロープから両腕を引き抜くと白いチョークを握りしめていた。少年、ムスタスはロープが汚れるのもお構いなしに床に見慣れない言語を刻み始めた。
「……何やってんの、これ?」
「魔法言語による魔方陣の構築です。複雑な詠唱が必要な魔法を書くことで発動できます。利便性や発動までの時間などの点で新式魔法に劣っていますが今でも使われています」
「それに魔方陣は補助にも使えるんだよ。あたしも、自分の魔法の威力を増強したいときとかに魔方陣を刻むよ」
リザとレティに囁くように尋ねた。他の冒険者が不思議そうにしていない為エルドラドの一般常識なのだと判断した。二人の説明の淀みなさから間違っていないと確信する。
そういえばファルナもバジリスク亜種との戦いで魔方陣を刻むとか説明していたな。
ムスタスの言葉通り、魔方陣を刻むのに掛かったのは十五分程度だった。その間に五度目の襲撃があったが彼は一心不乱に五十の天幕を囲う円形の魔方陣を刻み込んだ。
「《クローズドサークル》!」
詠唱と共に魔方陣が輝くと天幕を円形の半球が包み込んでいる。薄い光の膜が暗い迷宮でほのかに輝いている。
「これで、良しです。すみませんがどなたか魔石を一つ、これにぶつけてください」
僕は足元で転がるゴブリンの屍から魔石を取り出すと薄い膜に向けて放る。弧を描いた魔石は膜に触れるなり、ばちり、と音を立てて焼け焦げた。
その結果に満足そうに頷くムスタスが解説する。
「ご覧の通り、この結界は魔石を通しません。つまり、モンスターの侵入を防ぎます。とはいえ、あまりにも大量のモンスターがへばり付けば、効果が切れてしまいます。その前に出来る限りモンスターを倒してください。それと結界が壊れたら僕が直しに来ますのでその時はまたよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げると、少年は共を連れて通路へと向かっていた。これで避難民を迎え入れる準備が出来た。
それからしばらくして、四方に伸びる通路の一つから複数の足音が響く。一人や二人では無い。多数の足音だった。全員がそちらに向くと、声が響いた。
「まった! こちらは防衛の増員だ! 避難民と必要な物資を持ってやって来た。武器は向けないでくれ!」
「了解した。こちらは冒険者の代表をやらせてもらっているギャラクだ。歓迎する」
名乗り合いのお蔭で両者に穏やかな空気が流れた。正規兵に率いられた避難民たち二百人が通路から吐き出されていく。どの顔も不安そうに迷宮を見つめていた。今にも天井からモンスターが落ちてこないかと確かめるように目を見開く。
彼らは周囲を警護する兵士たちに促されて小走りに結界を潜り抜けていく。この二百人を二十人で守る事になるのか。改めてその重みを実感していた。
「もしかして……レイか?」
すると、僕を呼ぶ声に振り向いた。紫がかった赤い髪を揺らした少年が灰褐色の瞳に喜色の色を浮かべてこちらを見つめていた。
鍛冶師のニコラスだった。
街で会った時と違い、身には鎧などを付けていた。
「お前、生きてたか!」
「そっちこそ。無事で良かったよ!」
僕らは駆け寄ると互いの無事を喜び合った。
「ああ、積もる話もあるけど、その前に聞かせてくれ。その恰好はどうしたんだ?」
「ん。ああこれか。オレも志願したんだよ。増員のな」
誇らしそうに笑うニコラスに言葉を失くした僕は、しかし、急に表情を硬くした彼を見て二の句を告げなかった。彼の視線が僕の後ろへと向けられていた。
その視線を追って振り返ると、そこには金色黒色の瞳をもつ、黒髪の少女が不機嫌そうに立っていた。彼女の足元に纏わりつく子供たちにも見覚えがあった。いつの間に背後に来ていたのか分からなかった。
「シアラ!? 君もここか―――よっと?」
「いいからちょっと来なさい!」
首根っこを掴まれると強引に引きずられる。女性恐怖症のニコラスは助けてくれなかった。避難民たちから少し離れた場所まで引きずられた僕は急に手を離され、迷宮の床に背中を打つ。
「っう。何すんだよ!」
「何はこっちのセリフよ! アンタこそ、何順調に登場人物を周囲に引き寄せてんの!?」
一瞬、彼女が何を言っているのか分からなかった。ぽかんと呆けていると畳みかけるように彼女は告げた。
「あそこにいる奴らの中に……予知に登場する人物が居るって言ってんの!!」
読んで下さってありがとうございます。




