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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第3章 精霊祭
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3-32 精霊祭 四日目〈Ⅰ〉

 アマツマラの迷宮は正確に都市の真下にあるわけでは無い。入り口はバルボア山脈の横穴にあり、そこから下へと降りて行く。普通の迷宮ならモンスターの脱出を警戒して出入口は狭くし、もしもの時に備えて封印できる備えが付く。


 だが、鉱山としての側面を持つこの迷宮は朝日が昇れば鉱夫や職人が潜り、夕日が沈むころには採掘された鉱石を運ぶために間口を広くし、トロッコを通すためのレールさえ通っている。


 吊るされたランプを頼りに階段を下りた僕ら、冒険者一行は迷宮の最初の広間へと降り立った。


 最初に抱いた印象は―――広い。


 天井までの高さはそれ程でもないが縦横に長く、四方の壁に沿って吊るされたランプが無かったら生えているコケだけでは光量が足りないだろう。恐らく学校などにある体育館よりも遥かに広い。それが一つの階層に五十もあれば面積でアマツマラの都市よりも広いかもしれない。これなら一つの広間に二百人は収容できる。


 ランプの淡い光に照らされて無造作に積み上がっている鉱石や石炭、シャベルやトロッコが陰影を作る。自然と、冒険者たちの何人かは武器を構えていた。リザも初めて入る迷宮に圧倒されていたが、周りの空気に反応して剣を抜いた。僕も釣られて武器を抜くがそれをオルドの声が押しとどめた。


「武器を仕舞え! ここは迷宮だがセーフティーゾーンだ。モンスターの出現は無い」


 その言葉に納得いく。確かに迷宮特有の邪気は感じるけど、ひりつく様な悍ましい視線は感じない。武器を抜いた冒険者たちは武器を仕舞いだすとオルドは説明を続ける。


「この中にアマツマラの迷宮が初めての奴もいるだろうから先に説明しておく。この迷宮は人の手である程度操作されている迷宮だ」


 オルドの言葉に冒険者たちがざわつく。無論、僕も同じだった。『冒険の書』に迷宮をコントロールする術があるなんて書いてなかった。傍にいたリザとレティが視線で問いかけてくるが心当たりがないのか首を横に振った。


「《ダンジョンクリエイト》。もう使える術者は存在しない伝説の魔法だ。シュウ王国の始祖はその魔法を使い、この迷宮を鉱山として使えるように改造した。まず、迷宮の広間はどの広間もこのように縦横に長い正方形だ。天井の高低はまちまち。高い広間だと飛行系モンスターが出現するかもしれない」


 全員が食い入るようにオルドの言葉に頭に刻み込む。特にD級以下の冒険者たちにとっては生死を分ける情報かもしれないのだ。一言一句聞き逃さない様に耳を傾ける。


「広間から伸びる通路は短く、ほぼ真っ直ぐだ。罠の類は少ないが無いわけでは無い。出現するモンスターは上層三階までならどれも初級から低級まで。数もそれほど多くない。頻度に関しては一時間当たりに二度から三度。毒や麻痺などの状態異常には気をつけるように。……まず、俺たち上級冒険者たちが露払いをする。D級以下はギルド職員の指示に従い掃除が終わった広間に避難民を受け入れる準備をしろ。完了した広間から順次受け入れを済ます。朝には敵の進軍が再開するはずだ。それまでには終わらせる必要がある」


 言葉を区切るとオルドはC級以上の冒険者を前に集合させて何かを説明し始めた。代わりにここまでついてきたギルド職員の一人が冒険者たちの前に姿を現す。贅肉で塞がった瞼の中で眼球がごろごろと動く。その人に僕は見覚えがあった。ギルドの職員のヌルスという人だ。たしか精霊祭の特別地域の担当をしていたはずの商人ギルドの職員だったはず。この非常事態に垣根を越えて協力しているのかもしれない。迷宮の雰囲気に圧倒されているように上擦った声が響く。


「え、えー。D級以下の冒険者の総数は凡そ三百人。それを五十の広間で区切ります。なので、一つの広間に六人ずつ配置されます。……あ、ご安心ください。後から兵士や志願者などの増員が来ますので、今は設営の為の六人だと思って下さい。それではまず、このセーフティーゾーンに残る六人を呼び出します」


 リストに視線を落としていたヌルスに冒険者の側から抗議めいた質問が跳んだ。組み合わせはそっちで決めるのか、と。


「えー、はい。基本、レベル40以上の冒険者を中心に前衛、後衛、壁役、回復役などをバランスよく組み合わせています。そのため診療所にて治療していたヒーラーの方も呼んだのです。……あ、ちなみに戦奴隷の方は基本的に主人の方と同じ組になっています。申し訳ありませんがクランやパーティー単位では組んでいません。ご了承ください」


 その言葉に幾らかの不満は噴き出したがヌルスは取り合わずに六人の名前を読み上げた。僕は心の中でホッとしていた。傍にいたリザも同じだった。本当なら安全な場所に居て欲しいレティを目の届く場所においておける。


 選ばれた六人がギルド職員の指示に従い避難民を収容する小さな天幕を構築していく。僕らはそれをお手本にして自分たちの時になったら同じものを作る事になる。その間にオルドたち上級冒険者の群れは三つに分かれて広間を出ていく。


 三方の壁にはそれぞれ重厚な門が道を阻む様に設置されている。A級冒険者を先頭にそれぞれのグループが門を潜り抜けていく。実に豪華な顔ぶれだ。いくら露払いに時間を掛けられないからといって過剰戦力にも程がある。


 天幕の張り方を教わった僕らに向けてヌルスは冒険者の組み合わせを発表する。同時に告げられる番号の広間に向かうらしい。広間の並びは縦に十、横に五つと規則正しい並びらしい。手前から奥までの縦軸を1、2、3とし左から右の横軸をA、B、Cとする。ちなみにこのセーフティーゾーンは一階層のC-1となる。何人もの名前が呼ばれていき、呼ばれていない人の方が少なくなる頃。遂に僕らの名前が読み上がる。


「次! C-8。レイ、エリザベート、レティシア、ホラス、メーリア、ギャラク!」


 随分と奥の方に回されたな。セーフティーゾーンのある広間から見て真っ直ぐ進んだ先だ。普通の迷宮とは違うといっても奥に行けば行くほど危険度は上がっていくはず。気をつけないといけないな。うん。


 そう、現実逃避をした僕の耳にこの三日間で聞きなれた男の声が聞こえた。


「げっ! あのF級と同じ組かよ!?」


「け、喧嘩しないでくださいっスよ」


 そちらを振り向くと天を見上げて頭を掻きむしるホラスと、そんな彼を慰めるようにマクベがとりなしていた。いつの間にか詰め寄っていたリザが耳元で囁いた。


「あの者はたしか……ご主人様に好ましからぬ感情を抱く方でしたね。……なにか敵意が増しているように伺えますが?」


「この三日、ずっと彼とは噛みあわなくてね。……参ったな。また、組むことになるのか」


 残りの二人の得意な戦い方が分からないがリザと僕を合わせれば前衛は三人。恐らく残りは中距離か遠距離の冒険者だろう。だとしたらホラスとまた肩を並べる事になる。一抹の不安を感じてため息を吐くとリザが再び耳元で囁く。


「どうしましょうか。……何でしたら一度、シメ・・ましょうか」


「はいぃ!?」


 リザの口から出たとは思えない物騒な言い方だった。思わず素っ頓狂な声が出てしまう。周囲の奇異な視線に構わずリザに向き直った。


「その言い方、誰から聞いたの?」


 きょとんとこくびを傾げるリザが不思議そうな表情を向けた。常の凛とした佇まいとは違う、素の少女の姿だった。桜色の唇が動く。


「ファルナから、『ホラスがレイに絡むようならシメちゃっていいから』と許可を頂きましたが……シメルとはどういう意味なのでしょうか?」


「うん。忘れていいから」


「ですが」


「うん。お願いだから忘れよう」


 食い下がったリザだが迫力に負けたのか頷いた。後でファルナに説教しておかないと。……それにしても僕とホラスの仲が悪いなんてどこで知ったんだろう?


 ともかく、話の流れを変えるべく僕は口を開いた。


「ところで残りの二人、えっと、メーリアとギャラクに聞き覚えはある?」


 正直に言えば、心当たりが無くてもよかった。リザの記憶からシメルなんて単語を忘れさせたかったからだ。ところが意外な事にリザがありますと答えた。


「ギャラクは分かりませんが、メーリアなら今日、いえ、もう昨日ですか。とにかく戦場で一緒になりました。確かあの辺りに」


 リザの青い瞳が冒険者の群れの中から目当ての人物を探そうと彷徨う。だが、逆に人ごみを掻き分けるように近づく少女の方が先に声を掛けた。


「エ、エリザベートさん。お、お久しぶりです」


 小柄な少女の大ぶりな動作に合わせて三つ編みが揺れた。顔をあげた拍子にずれたメガネを少女は直した。とても冒険者とは思えないよう穏やかな雰囲気に出で立ちの少女だった。手にした樫の長杖と首から下げたプレートが冒険者の証の様にキラリと光る。


「あ、あの。メーリアと申します。魔法使いですけど、駆け出しなので旧式はおろか新式すら二つしか使えません。……ごめんなさい!!」


 急に謝られてしまう。僕とレティがきょとんとする中、リザが庇うように発言した。


「メーリア様ご自身はこう言っておりますが、魔法の使い方などには目を見張るものがありますし、位置取りなども悪くありません」


「そ、それはファルナさんやエリザベートさんが助けてくれたからっす。わたしはいつも組んでるパーティーじゃ怒られてばっかりで」


 彼女はそういうと肩を落としてしまう。なんだか両肩からどんよりとした空気が空間を侵食する様に滲みだした。どう慰めようか悩む僕に対して大きな声が掛けられた。


「お! やっぱりお前らの事か! 聞き覚えのある名前だなーって思ってたんだよ」


 親しげな声に振り返るとメーリアと同じように人ごみを掻き分けた青年がこちらに向かって手を振る。身軽な軽鎧に背負った弓と矢筒からすると弓兵なのだろう。肩まで伸びたダークオレンジの髪がドッレド風に纏まっている。


 灼けた肌に人懐っこい笑みを浮かべた、年のころは二十代中頃だろうか? その青年は真っ直ぐこちらを見つめている事から僕らに声を掛けたのだと思う。


 だけど、


「すいません。どちら様でしょうか?」


「あっれぇー!?」


 僕には全く心当たりが無かった。確認のためリザやレティ、それにメーリアさんにも視線を振った。だけど、彼女たちは首を横に振る。《トライ&エラー》が巻き戻りの技能スキルである以上、頼りになるのは持ち越せる記憶だけ。いつもとは言えないが出来る限り、目についた異変や異常については記憶してきたつもりだった。それだけにあんな目立つ人を見落としたとは思えなかった。


 先程のメーリアさんと同じように肩を落とした青年は、しかし、彼女と違いすぐに立ち直ると自分を親指で指しながら自己紹介した。


「俺の名前はギャラク。見ての通り弓を得意とする冒険者だ。……ちなみにレイ、それにそこの二人も。ゴルゴン商会の若旦那を守る時に一緒に戦ったのを忘れちまったんかよ」


「……ゴルゴン商会?」


「それも覚えてないのかよ! 奴隷市場の、ほら、初日に一緒に門を目指して走ったべ」


 そこまで言われてようやく記憶の蓋が開く。思い出した。彼はシアラたちを所有する奴隷商人、ハインツさんの護衛を請け負っていた冒険者の一人だ。魔法の矢マジックアローなる特殊な矢を使っていた人と顔が一致した。


「それによ。昨日、お前が兵器を持って撤退する時も援護してやったんだぜ。それなのに俺の事を忘れてんなんて、ヒッデーヤツ」


「えっと、すいません。今思い出しました」


「お! そうかい、そうかい。そいつは良かったぜ!」


 喜怒哀楽がハッキリした人なのかもしれない。黙っていれば整っているといえる表情がコロコロと目まぐるしく変わる。だけど、そのお蔭で先程まで委縮していたメーリアさんがクスクスと微笑んでいる。もしかしたら、彼女を気遣っての行動なのかもしれない。


 一瞬、和やかになった雰囲気。だけど、それをぶち壊すように咳払いが聞こえた。いつの間にかマクベと別れたホラスがやって来た。


「『紅蓮の旅団』所属のホラス。LV26のE級だ。見ての通り前衛の壁役が得意だ」


「お、自己紹介の流れか。改めて『流転の楽団』所属のギャラク。レベル32のE級さ。弓は得意だがもっと得意なのはこの笛さ!」


 ギャラクさんは懐から木製の横笛をなぜか自慢げにひけらかした。やはり、考え過ぎでただの馬鹿な人なのかもしれない。


「『楽団』だから笛を吹くの?」


「いや、逆さ。うちのクランは音楽をこよなく愛する冒険者以外はお断りなんだ。だから全員が楽師兼冒険者なのさ!」


「冒険者の方が兼業かよ!」


 思わず突っ込んでしまった。誤魔化すように咳払いをしてから自己紹介を進める。


「えっと……所属無しのレイと言います。LV25のF級です。前衛が出来ます。それとこっちが」


「戦奴隷のエリザベートと申します。主はレイ様。LV44のG級。同じく前衛を」


「戦奴隷のレティシアでーす。ご主人さまはレイ様だよ。LV15のG級。回復、支援魔法を使えます」


 三人の視線がリザに向かった。どれも驚いたようなリアクションだった。


「LV44! そりゃ、あんだけ、強い訳だよな」「ひゃー。同じランクだったなんて」「LV44がなんでコイツなんかと!!」


 納得、驚愕、嫉妬。三者三様の感情を浮かべていた。その中でもホラスだけは僕に敵意を向きなおした。視線が雄弁に語りかける。俺とお前のレベル差が一つしか違わないのか、と。


 じっと、睨みあう僕らが険悪な空気を放つと慌ててメーリアさんが自己紹介を始めた。


「わ、わたしは『ティンカーベル』所属のメーリアです。あ、あのLV9のG級です。魔法使いですけど使える魔法も二種類しかありませんし、そんなに使えませんし、そのごめんなさい」


 最後の方は消え入りそうなぐらい小さな声だった。僕から視線を切ったホラスが苛立ったように口を開いた。


「ああ? LV9だと? お前、いつ冒険者になったんだよ?」


「ひぅ。 あ、あの二週間前です」


「二週間だと! それじゃあ、駆け出しじゃねえかよ! 重要な遠距離の片割れがこんなのしか居ねーのかよ。くっそ!」


「おい、ホラス。口が過ぎるぞ」


 口汚く言いのけたホラスを窘めようとすると彼の鋭い瞳が僕を捉えた。


「はっ! 運がいいだけの奴に、駆け出し冒険者ばっかの組なんて。なんて運が無いんだろうな、俺は」


「いい加減にしとけよ、ホラス」


「あ? やる気かF級。ちょっと活躍したからって舐めた口きいてんじゃねえよ」


 僕らは自然と距離を詰めていた。互いに武器を抜かないだけの理性が残っていたのだろう。示し合わせた様に拳を握り―――するりと間に入ったギャラクさんに阻まれた。


「はい、そこまで」


 彼は僕らの片腕を掴んで引っ張ると、駒の様に回した。回る視界の中背中を押されて一歩、二歩と弾かれた。振り返ると同じようにホラスも振り返っている。いつの間にか距離が開いていた。


 どうやらギャラクさんは僕らの重心を僅かに傾けるだけでお手玉の様に扱ったみたいだ。とてもLV32の弓兵の仕業とは思えなかった。


「お前らに何があったか知らんが、俺達は冒険者でクエストを受けた側だ。受けた依頼はきっちりとこなす。これ、冒険者の必須な心得だぞ」


「……はい」


「……ふん」


 僕らはバツが悪そうに視線を互いから外した。ギャラクさんは困ったようにため息を吐き、メーリアさんはオロオロと挙動不審に陥り、リザは静かに殺意を滾らせ、レティが姉を必死に止める。


 とにかく、この六人と増員のメンバーで避難民二百人を守る事になった。


 ……随分と幸先は暗いが。


読んで下さってありがとうございます。

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