3-31 精霊祭 三日目〈Ⅻ〉
11/10 一部のシーンを訂正。
ヤルマルの衝撃的な発言によりざわつくギルド前でオルドは瞑想するかのように両目を瞑る。ここに来る前にテオドールと交わした会話を思い出していた。
アマツマラの、いやシュウ王国の頂点に君臨する男は供も付けずたった一人で作業を続けていた。鎧もマントも脱ぎ捨て上半身をさらけ出した男の肌に玉のような汗が浮かんでいく。炉から吐き出される熱気は尋常では無くその余熱だけで人は燃えるかもしれない。
そんな過酷な環境の中でテオドールは鋼と向き合っていた。体から蒸気が立ち上り修羅の如き形を作り、余人を近寄らせない殺気を発していた。だが、明かりの落ちた暗闇から音も無く忍び寄る禿頭の大男は気にした風も無くテオドールに声を掛けた。
「こんな時間から鍛冶ですか……陛下」
「……こんな時間だからだ。オレの技を持ってしても刀を作り出すのに二日以上はかかる。次に赤龍が来た時に手ぶらでは格好がつかんだろ」
嘯くテオドールはオルドの来訪を予期していたかのように振り返った。先程までの殺気は霧散していた。
「それで? 準備は整ったか?」
「ええ。ヤルマル殿がギルドにて緊急集合を全冒険者に伝えました。あと二十分もしない内に陛下の提案が実行に移されます。……随分とリスクの高い作戦ですが」
「お前は反対か、オルド?」
オルドは顔に深い憂いを刻み込んでいる。苦渋の決断を下すように重い口が開かれた。
「正直に言えば……大反対です。A級の俺たちはまだしもせめてC級冒険者も参加せるべきかと思います」
「駄目だ。冒険者は貴重な戦力だ。C級冒険者は一人で我が兵の十数人以上に相当する。今日の撤退戦で数を減らした分、他所に回せる余裕が無いのはお前も理解できるだろう」
テオドールの言葉は厳しくも正論だった。オルドは何も言い返せずに押し黙ってしまう。彼の脳裏にはD級の娘の姿が焼き付いていた。こうなる事を一番恐れていただけに彼の絶望は一段と深い。
そんな葛藤するオルドに背を向けるとテオドールは作業を再開する。
「お前も冒険者部隊の指揮官として作戦の説明する役目があるだろう。そろそろ時間だ」
オルドは背を向けた王に向けて頭を下げてその場を離れる。その際、ある物が王のそばに置いてあるのが目の端に捉えていた。
―――それは青い液体の入った瓶だった。
「大規模攻略って何をさせるんですか!?」
オルドの意識を現在に引き戻したのは群衆の質問だった。年若い冒険者には馴染の無い単語なのだろう。
大規模攻略とは複数のクランによる共同での迷宮攻略を指す。メリットは万全の支援体制を迷宮内に構築できる点だ。ランクの高いクランだとしても冒険者のレベルにはバラつきがある。足並みを揃えて全員で迷宮に潜ると足を引っ張る恐れがある。だが、複数のクランが一堂に会せば高レベル冒険者のみで構成された探索パーティーが下に向けて出発できる。その次のレベル帯の者達が組めば迷宮内のセーフティーゾーン以外にベースキャンプを構築したり、撤退時の支援などが行える。迷宮に深く潜る時のリスクを限りなく減らせる。
一方でデメリットは多岐に渡る。迷宮で得た報酬の分配。経験値の取り合い。個々の冒険者の秘匿情報。なにより会って間もない冒険者同士での連携などは高レベルであっても容易では無い。そもそも、迷宮は上層、中層、下層とブロック事に分かれ、各ブロックのボスを撃破した者は以後、次のブロックまでの転移魔法陣が使える。大規模攻略はギルド黎明期や未発見の迷宮などにしか使われなくなった産物だ。名前だけ知っているが内容に詳しくない冒険者の方が多いかもしれない。
そんな産物をこの非常時に行う理由が冒険者達には理解できなかった。騒めきは自然とギルドへの不信と疑念が加わり罵声へと変化していく。 無論、放たれた罵声は全てヤルマルへと向かった。
「こんな時に迷宮に潜れだって!?」「状況が分かってんのか? 街がこんなで、俺達も傷ついて疲れ切っているのに!」「赤龍が現れて頭が行かれちまったのか!?」「黙ってないで説明して頂戴!!」
正に言葉の暴風の様だった。予想していたとはいえ罵詈雑言の嵐は老体のヤルマルの体に鞭を打つような物だった。咄嗟にオルドが前に出ようとしたが、それを遮ったのは誰であろうヤルマルだった。彼は強い瞳で語り掛けていた。この怒りは正当で、誰かが贄となって受け入れなければならない、と。強い覚悟を秘めた瞳にオルドは大人しく引き下がった。
しばらくして冒険者たちの怒りは出尽くしたのか、肩で息をする頃になってヤルマルが口を開いた。
「見ての通り、アマツマラは大打撃を受けた。街の半分近くが損傷を受け、特に人が纏まった数収容できる建造物等は狙い撃ちされたかのように壊されている。ここに来るまでの間に避難施設から溢れた民の天幕を見たと思う」
冒険者の多くがヤルマルの言う光景を見ていた。天幕の中で身を寄せ合う人々の姿を。朝日が昇れば再びやって来るモンスターたちに怯えた人々の姿を。
「そこで王政府は緊急避難として一万の避難民を収容できる場所として……アマツマラの迷宮に目をつけた。都市に在住する冒険者たちなら分かっていると思うがあの迷宮は広い」
ヤルマルの言葉に同意するような声が投げかけられた。本来、迷宮とは十数個の広間を無作為に繋ぐトンネルの如き通路が伸び、至る所に罠が仕掛けられ、モンスターが手ぐすねを引いて待ち構える。迷宮自体が冒険者を拒絶すかのように己の構成を組み換え、ゴールへの道程を複雑にする。
だけど、アマツマラの迷宮は大きく違う。冒険王が残した遊戯の一つ、『囲碁』の盤上の様に規則正しく並べられた広間と通路は年に一度しか構成が変質しない。壁は脆く、希少なはずの鉱石が山のように掘り出せ、罠がほとんど無い。アマツマラの迷宮が冒険者を拒絶していたら、シュウ王国の今日までの繁栄は無かったと言えよう。
その点からすると一万人の収容は不可能ではないと思われた。懸念されるモンスターの出現に関してギルドが熱心に情報を収集し、その情報を元に定期的に排除するためのクエスト発行している。確実とは断言できないがある程度の予測が立てられるから安全は確保できるはずだ。―――むしろ、地上に居るよりもよっぽど安全かもしれない。ヤルマルの説明に次第に冒険者たちもそう思えてきた。だが、次の説明に入ると彼の声色が低くなり、冒険者の不安を掻きたてた。
問題は人手だった。上層部9階層、中層部5階層、下層部2階層。全部で16階層のアマツマラの迷宮は一つの階層に着き50の広間が存在する。そのうちの最上部。上層1階に避難民を放り込めば一つ辺り二百人は収容できる。一つの階層に広間は五十。仮に、それを全ての冒険者で警備するとして一つの広間に十二人程度しか送れない。一日中モンスターが出現するかもしれない為交代で休む必要がある。半日事で交代したとしても六人だ。二百人をたった六人で守るという事になる。これでは守り切れる保証なんてない。何より、その作戦にC級以上の冒険者は参加できない、と宣言された。
「スタンピードが始まってから迷宮には誰も立ち入りしていなかった。そのため迷宮内にはモンスターが発生していると思われる。その駆除にC級以上の冒険者が当たる。その後、避難民の収容と各広間の安全の確保はD級以下の冒険者だけで行ってもらう」
動揺が冒険者に走る。指名されたD級以下の冒険者はもちろんだが、彼らと共に在ったクランやパーティーからの反発が再び罵声を生み出す。友を、仲間を、家族だけをそんなリスクの高い作戦に送り込めるか、と。罵声を切り裂くようにヤルマルは大音声を上げる。
「分かってほしい! C級以上の上級冒険者抜きで外の軍勢に敵わない。かといって一万の民を見捨てる訳にもいかない。……アマツマラの迷宮最上層階は初級から低級のみのモンスターしか確認されていない。危険度は地上よりも低い。むしろ向こうのほうが安全かもしれないな」
最後の方を自嘲気味に老人はつぶやいた。ヤルマルの疲れ切った表情を見て、冒険者たちの怒りは鎮火していく。彼らも心の底で理解している。こうでもしないと無為に生命が散らされると。静まり返った冒険者に説明は続く。
「無論、全てをD級以下に任せるつもりは無い。正規兵二百人。予備兵役の内、三百人。それと有志の者達、二百人の七百人が避難民の防衛に参加する。そこにD級以下の冒険者約三百人が合わさり合計千人で一万人を守ってほしい。……もっとも防衛の要は迷宮に関する知識や経験が豊富な君たち冒険者となる」
ヤルマルは説明が冒険者に染み渡るまでの間、口を噤む。意識だけは紛糾していた会議の方に向いていた。
テオドールの提案はあまりにも予想外すぎた。地上でモンスターの脅威に晒すのを避けるために民を地下に追いやる。それも、迷宮へと送り込むなど常軌を逸していた。だが、テオドールの意見に最初に賛成を示したのは意外にもヤルマルだった。
「アマツマラの迷宮の上層一階層には初級から低級モンスターしか出てきません。ある程度の戦闘経験を積んだ兵士や、予備兵役。それに鉱夫や鍛冶師などは鉱石を取るため迷宮にたびたび入り戦闘を経験しています。増員さえできればD級以下の冒険者と増員部隊による大規模攻略が可能かと思います」
謁見の間に集った者達は誰もが渋面を作る。当たり前だ。誰が好んで民をあからさまな死地へと向かわせる奴がいる。いくら、迷宮に向かわせる一万人が王国にとって優先度の低い存在だとしてもそれを安易に認めるわけにはいかない。
だが、彼らに王の突飛な案を越える名案は無かった。結局、この作戦が実行されることになる。
ヤルマルが回想を終える頃には冒険者たちは覚悟を決めた。彼らも肌で実感しているのだろう。あまりにも人道にもとる策だが、明日の夕暮れを見られないかもしれない一万人を救う術はこれくらいしかない事に。冒険者たちの精悍な頼もしい顔がランプに照らされて浮かび上がる。
「それでは作戦について、こちらの『岩壁』のオルド殿から説明してもらう。……頼むぞ」
「……おうよ」
手渡される拡声器と共に視線がオルドへと移る。冒険者たちの前に集まったオルドは作戦を説明する。
「まず、C級以上の冒険者が露払いとして攻略を開始する。D級以下は解放された広間から避難民の受け入れと配置について欲しい。とりあえず五十の広間を夜の内に落とす。これから十五分後に攻略を始めるから冒険者たちは支度を済ませてから迷宮前に集合!」
ある種、一方的な宣言であったが冒険者たちは概ね理解した様に頷くと夜の闇の中各々の目的の為に動き出した。入れ替わるようにヤルマルとロテュス、ディモンドたちがオルドへと近づいた。
「始まったわね。……どう考えても正気な作戦とは思えないわ」
ロテュスの言葉にディモンドも頷いた。テオドールの方針としては増援が来るとされる精霊祭五日目までこの防衛策を続けるつもりだ。丸一日以上、日のあたらない地下空間に一万人を送るのだ。それも戦闘経験のろくに無い非戦闘員を。彼らに圧し掛かるストレスは計り知れない。
それに不安材料は他にもある。仮に、一人でもモンスターの餌食にあえば、恐怖が密室に充満する。それがもし外に向けて発散されたら? 向かう先は身近にいて守護してくれている者達へと向かう。冒険者たちと避難民の間に血が流れるかもしれない。
これしか策が無いとはいえ……あまりにもリスクが高い策だった。
「仕方あるまい。どちらにしろ、幕は開いちまった。ヤルマル殿。手はず通り解放された広間から順に避難民の収容を職員に。選定は……オリバーのリストで」
「分かっておる。……このようなリストに頼ることなど業腹物だが今は仕方ないのう」
ぼやく老人を無視してオルドはA級冒険者に向く。
「いいか、俺たちの役目は可及的速やかに迷宮に巣食うモンスターの排除だ。朝になればまたモンスターの群れが城壁目がけてやって来る。それまでに一眠りはしときたいからな」
「「了解」」
返事を受け取ったオルドはその後もいくつかの指示を出したのちアマツマラの迷宮へと向けて出発した。
「アマツマラの……迷宮か」
僕は人ごみを掻き分けてギルドからの支給品を受け取った。ついでに折れてしまったバスタードソードの代わりを受け取った。相変わらず粗悪品だが背に腹は代えられない。
ふと、横の二人に視線を向けると表情を硬くして支給品を受け取っていた。レティがこうなるのは分からなくも無いが、リザが表情を硬くするのは意外だった。強くなることに貪欲な彼女の事だ。迷宮に意気込んでいるとばかりだと思っていた。
「リザ、レティ。どこか体に痛い所でもあるのか?」
尋ねると二人は揃って首を横に振った。だが、表情は晴れる事は無く、口を噤んだままだった。僕はリザの晴れた青空のような瞳をじい、と覗きこんだ。すると、観念したかのようにリザが口を開いた。
「申し訳ありません。私たち姉妹は迷宮が初めてなので……少々不安を抱いておりました」
リザの発言に僕は驚いてしまった。迷宮に潜った事が無いのか。だとしたらリザのレベルはどうやって上げたのだろうか?
疑問が視線に交じっていたのかリザが説明してくれた。
「前の主、闇ギルドのクロトは私達を商品としてでは無く護衛として扱っていました。そのため道行く困難の排除の為に戦う事はあっても、これまで迷宮に潜るという経験はありません」
「じゃあ、リザは地上のモンスターだけでそのレベルまでに達したの?」
「はい。……もともと奴隷になる前から鍛えていたのが功を奏しました。それに闇ギルドは表を歩ける商売ではありません。夜の闇に紛れるように移動したのも一度や二度ではなく、その度にモンスターの群れに襲われてきました。経験値を稼ぐのに困った事はありません」
リザの口ぶりには何の気負いも無く、淡々とした内容だったが、それは並大抵の努力と道程では無かっただろう。地上に進出したモンスターは代を重ねるごとに経験値が目減りしていくと『冒険の書』に書かれている。そのくせ、強さは同じように比例して弱くなんかならない。ある日突然、生まれた子供が動物になって初めて危険が消えるのだ。今回のスタンピードの群れなら経験値はフルに手に入るが地上にて暮らすモンスターからレベルアップ分の経験値を得るにはその分多くのモンスターを倒す必要がある。
おそらく、リザはレベル以上の多くの戦いを経験したに違いない。彼女の強さの一端を垣間みた気がした。そんな彼女でも迷宮とは未知の存在。分からないという事は人をより不安の暗闇へと誘う。
僕は大げさに自分の胸元を叩いてみせた。ニコラスの鎧の加護が発動して見えない壁が一瞬現れた。
「なーに、大丈夫だよ。スライムに追い回された僕だって、生きて帰ってこれたんだ。あの時の僕より強い二人なら絶対に生きて帰れる!」
力強く保証するかのように告げた。二人は少し、面喰ったかのような表情を浮かべると、くすり、と笑ってくれた。どうやら緊張は解けてくれたようだ。
僕らは迷宮に持っていく荷物を受け取ると人の流れに乗ってアマツマラの迷宮の方へと向かって行く。坂道を上り、工房などがある地区を通り過ぎ、城の前まで右に折れた。
そのまま城を囲う城壁沿いに進んでいき―――やっと止まった。
冒険者たちの背中で迷宮の入り口は見えなかった。僕はリザとレティに待っているように伝えると人を掻き分けて前に進む。そして迷宮の入り口が見えた。
それはバルボア山脈の山肌の一部をくり抜いたかのような大穴だった。だけど、分かった。伝わってくる不気味な雰囲気は間違いなく迷宮固有のものだ。
精霊祭四日目。午前零時過ぎ。
アマツマラの迷宮の大規模攻略が開始された。
読んで下さってありがとうございます。
百話目達成です。前にお伝えした通り、外伝は3章が終わってから投稿します。
でも、おかしいです。百話も掛けてるのに、精霊祭編が終わらない。




