5.悪役令嬢には自業自得がつきものです
私が降らせたのは、傘が無くても雨宿りをする人はいないような小雨。
そんな雨がパラパラと降る。
王都の人たちは、小雨程度じゃ傘をささない。年齢、性別、身分の高低に関係なく、持っていてもささないの。
親兄弟がそうだし、周りの人もそうだから、みんな自然とそうなるの。
当然、私も同じよ。この程度の雨なら、濡れても全然気にならない。
そんな中、明らかに浮いてる人たちがいるのよね~。
カンのいい人は、そ~っとそこから離れてるわ。
誰が見ても「ちょっと普通じゃない」と感じるのは5人。
偽物と、彼女の周りにいる4人の兵士よ。兵士のうち1人は、そこそこ偉そうな恰好をしてるわ。
私が雨を降らせたとたん、4人の兵士は大急ぎで偽物に駆け寄った。
そして、偉そうな人がマント――偉そうな人だけが着けてる――を脱いで、4人で偽物の頭の上に広げたの。
これはもう、怪しいなんてものじゃないわ。ハッキリ言って、真黒よ!
4人の頭の中には、偽物の髪を濡らさないことしかないみたいね。
あ、ひょっとしたら、もうひとつあるかも。あのフォーメーションなら、ヤバいと思ったら、すぐに偽物を隠せるわ。
どちらにしても、「自分たちが周りからどう見られるか?」ってことを考える余裕は、1ミリもなさそうね。
予想してた以上におバカすぎて、笑いをこらえるのが大変よ。
おかげでひとつスッキリしたわ。
私、少し疑問だったのよ。
先に現れた偽物が聖女として扱われたのは、自然な成り行きだと思う。
でも、同じ青髪の私が現れたとき、なぜ彼女の言い分が一方的に通ったのか? それが疑問だったのよ。
普通に考えたら、両方から言い分を聞くわよね?
でも、偉そうな人が偽物の仲間にいたら、話は違ってくる。
偉そうな人が本物だと断言したら、誰も疑わないし、疑えない。ハッキリした証拠がなけりゃ、異議なんて唱えられないわよね。
見たところ、偉そうな人は中隊長クラス。
バレたら一族郎党打ち首獄門の大罪を企てるには、ちょっと小物な気がするわ。
もしかすると、偽物には、もっと偉い人が関わってたりするかもしれないわね。
まあ、それは今考えることじゃないわ。
もう雨は要らないわね。
それじゃ、最後の仕上げといきますか。
私は偽物一味を指さし、威厳たっぷりに人々に告げる。
「そこに己が身を偽っている者たちがいます。その者たちは、偽りを洗い流されると困るようですね」
人々の視線が偽物一味に集まる。
近くにいた人たちは、申し合わせたような動きで偽物一味から離れる。
兵士たちが素早く偽物一味を取り囲み、次々と武器を向ける。
偽物一味は「しまったー」って顔でオロオロしてるけど、残念ね。もう遅いわよ。
☆
偽物一味は捕らえられた。
待っているのは形だけの取り調べからの極刑。まあ、自業自得よね。
私は地上に降り立った。
それを待ってましたと言わんばかりに、3人が私に歩み寄ってくる。
先頭は教会の偉い人。偉い人なのに偉そうな感じがしない、柔和でいい感じのおじさまよ。
後ろの2人はモブじゃない僧兵。1人で兵士の一小隊に勝てるレベルの強者たちね。
おじさまは歓迎の意を前面に押し出し、私に名乗る。
「ようこそ、聖女様。教会で枢機卿を務めるマランです」
枢機卿という地位は、大神官に次いで№2。
大神官は象徴的な地位なので、実質最高位と言っていい。
枢機卿は3人いる。私に極刑を言い渡したのは、その中の1人なの。私の反応からわかると思うけど、マランさんじゃない人よ。
聖女の地位は、枢機卿と同等。なので、お互いを敬称で呼ぶのが習わしとされてるわ。
私はカーテシーでマランさんに返す。
「初めまして、マラン猊下。ネージュ・プリエールです。全能なる神ダール様の命により、プルミエルに参りました」
「聖女ネージュ様、プルミエルの教会は、貴女を歓迎します。教会へご案内します。どうぞこちらへ」
☆
兵士たちが人々を分けて道を作り、僧兵に先導される形で、私は教会へと向かう。
隣にはマランさん。
歩きながら、偽物が現れたいきさつを教えてくれた。
雲間から神々しい光がさしたので、誰もが空を見上げた。
しばらくすると、轟音とともに大地と大気が震えた。
誰もが神の御業だと畏れ、慌てて地に伏した。
そして顔をあげたときには、青い髪の女性が処刑台跡に立っていた。
流れをまとめると、こんな感じよ。
…そう。私、最初からやらかしちゃったのよ。
ダール様の知識をもらったから、それがよーーーくわかるの。
大地と大気を震わせた轟音の正体は、私が音速を超えたときの衝撃波よ。
あの時は急降下することしか頭になかったから、何も考えずに全力を出しちゃったの。
今考えれば、降下速度はそこまで上げなくてもよかったと思うわ。
そも、最初から姿を消して手頃な高さまで降下して、そこから降臨の演出を始めてれば、偽物の出る幕はなかったと思う。
図々しくノコノコ出てきたとしても、その場で捕らえられるのがオチだったと断言できるわ。
私が偽物扱いされたのは、自業自得だったのよ…。
☆
教会に近付くと、神官の人たちが慌ただしく出ていくのが見えた。
神官は3人。護衛の僧兵は10人近く。
これは、相当な大事件が起きたってこと…よね…?
プルミエルの神官が教会を出るのは、僧侶では手に負えない事態が起きたとき。
具体的に言うと、強力な悪霊が出たとか、重病人や重傷者が多数出たとか、そんなときよ。
一応言っておくと、プルミエルに医者はいない。病気やけがの治療は、教会の仕事なの。
ついでに言うと、神官1人の能力は、僧侶10人ぐらいに相当するわ。
そんな神官が3人も、しかも緊急で出向くなんて、どんな大事件が起きたっていうの!
「ネージュ様、私は少し急ぎます」
「はい、どうぞお先に」
事の重大さを察し、マランさんが少し足を速める。
フッ、さすが枢機卿。教会の最大戦力だけのことはあるわ。
ついていけてるのは一部の僧兵だけ。並の僧兵は完全に置き去りね…。




