3.悪役令嬢は聖女として降臨できるのか?
スライムに生まれ変わってから七日後、私は神託の聖女として地上に降りることになった。
――のはいいんだけど、厄介ごとの予感しかしないのよねー。
そのへんの状況を簡単に説明しておくわ。
まず、私は雲間から帯のようにさす光の中を、自然な立ち姿でゆっくりと降りていくの。
そして人々が空を仰ぎ見る中、堂々と、優美に、神秘的に、慈愛を振りまきながら地に降り立つの。
これはいいのよ。天から遣わされし聖女、そのものズバリの演出だから。
問題は、降りる場所なのよ。
神託で示されたその場所は、広場に断頭台があった場所、いわゆる処刑台跡なの。
そこは今、厳重に警備された立ち入り禁止区域になってるわ。
武装した大勢の兵士、王宮魔導士の精鋭たち、さらには教会の僧兵団まで勢ぞろいしているのよ。
えっ? それの何が問題なの? 殺到する群衆から聖女を守るためじゃないの?
そう。普通はそう思うわよね。
でもね、そうじゃないの。
それだけの戦力が、もしかすると私の敵に回るかもしれないのよ!
しかも、よ。
そうなった原因の大半は、ダール様にあるの!
あの日、ダール様の魔法に飲み込まれて、私は断頭台ごと消滅した。
ところが、同じように魔法に飲み込まれた刑吏たちは、傷一つ負わずに助かってたの。ダール様の、文字通りの神業でね。
彼らの命まで奪う必要はないから、ダール様はそうしたんだと思う。
でも、それが原因で、プルミエル王国は大騒ぎになった。
刑吏たちも消えていれば、たいした騒ぎにならなかったと思う。
大罪人が神の裁きを受け、近くにいた者たちは不運にも巻き込まれた。そんなふうに受け取られ、刑吏たちの不運さが話題になる程度だろう。
消えたのが私だけだったら、騒ぎにすらならなかっただろう。
大罪人が神の裁きを受けた。それで終わりだ。
断頭台だけが消えていれば、神が私の処刑を止めたと受け取られ、違う方向で大騒ぎになっていただろう。
実際の話、ダール様なら、そうすることもできたはずだ。
でも、それだと私を代行者にできない。当然、懸案事項も解決できない。だから、この選択をしなかったんだと思う。
そして、私もそれに感謝している。
なぜかって? それでメンツがつぶれた者たちがどうなるかとか、何をするのかとかを考えたら……ねえ。私の元家族もその中に入ってるし……。
話を戻すわ。
あの日のことを見た、知恵が回る人たちは、こう思ったの。「人知を超えた者の明確な意思が感じられる」とね。
そしてみんなが考えた。私を消したのは神か、それとも悪魔か。いや、私は消えたのではなく、連れ去られたのだ。何のためにそんなことをする、等々。
やがて教会内で始まった論争は、王侯貴族も巻き込み、国中に広がっていったの。
そんな中、出所不明の噂が流れた。
『悪魔に助けられた大罪人が、聖女を騙って処刑台跡に現れる』というものよ。
教会関係者じゃない私も知ってたように、聖女は秘密でも何でもない。聖女の噂も偽物の噂も、生きているうちに数回聞けるぐらいには流れるそうなの。
でも、タイミング的には最悪だと思わない?
それなのに、よ。
ダール様は『処刑があった日から一週間後、聖女が処刑台跡に降臨する』っていう神託を下しちゃったのよ!
神託なんて、そう滅多にあるものじゃない。親子三代で誰も聞いたことがないのが当たり前なの。
状況が状況だから、神託を受けた当の枢機卿本人でさえ、「これ、本物か?」と思ったらしいわ。
そして面倒なことに、聖女を騙るのは大罪で厳罰なの。見つかって捕まろうものなら、市中引き回しのうえ一族郎党打ち首獄門なのよ。
偽物だったら捕まえなきゃいけない。でも、悪魔が邪魔をするかもしれない。
結果として、国も、教会も、処刑台跡に相当な戦力を投入せざるを得なくなったってわけ。
ダール様には、私なんかじゃ及びもつかない考えがあったんだと思う。
でもねぇ、面倒になりそうなことをわざわざしなくても、とか思っちゃうわけ。
「それじゃネージュ、頑張ってこい!」
「はい、ネージュ・プリエール、行きまーす!」
主役機っぽいセリフを残し、私は降下を開始した。
あ、プリエールっていうのは、私の新しいラストネームよ。元のより聖女にふさわしいでしょ?
☆
目的地上空に到着。
まずは、天候操作魔法で雲間を作る。いい感じで光がさした。
超強化した視力が、人々が空を見上げるのを捉えた。
次は、光魔法でキラキラなエフェクトをちりばめる。
超強化した聴力が、人々のどよめきを捉えた。
さて、私は聖女として歓迎されるのか、それとも偽物として捕まるのか?
これだけの演出をしておいて捕まったりしたら、もう笑うしかないわね。
果たして人々の反応は……?
よっしゃー! 大多数が肯定的!
ふっふっふ。それじゃ、いよいよお待ちかね。聖女のお出ましと行きますか。
私は全身に青い光を纏い、重力操作魔法を使ってゆっくりと降下する。
風魔法を併用して、髪とスカートを軽くなびかせる。
もちろん、スカートの中はニチアサのアニメ並みに完全ガードよ。
☆
雲って、思ってたより高いところにあったのね。
ずいぶん時間が経ったのに、まだ人がちゃんと見えないわ。これじゃあ、「見ろ!! 人がゴミのようだ!!」って言えないじゃない。
ん……? あ゛……。
なんてこと!
私、とっても重要なことに気付いた!
私の目に人が人として見えてないってことは、空を見上げてる人にも私がちゃんと見えてないってことじゃないの!!
あ゛ーーーっ、マジで無駄な時間を使っちゃったわ!
私はいったん姿を消し、人がちゃんと見える高さまで急降下した。
空気を切り裂くような音がしたけど、そんなのを気にしてる場合じゃない!
私は手頃な高度に着くと一時静止。再び姿を現し、最初と同じようにして、ゆっくりと降下し始めた。
ん?
青い髪の女性が、偉そうな人たちに何やら力説してるわね。
ときどき私を指さしたりして、いったい何を話してるのかしら?
あ、終わったみたいね。
あら? 偉そうな人たちが、部下に指示を出してるわ。
あ れ ?
兵士の皆さん、私に向けて弓を構えてませんか?
宮廷魔導士の人たち、私に向けて呪文を唱えてませんか?




