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勇者ルカ

「なん、だ……?」

 疲れ切った体を持ち上げて、ルカは遠い空に煙が上っていることに気づいた。

 周囲にはウォーグラスの残骸が散らばっている。小さな植物が魔物に変じたそれらは、一つ一つは弱いが数が集まると厄介だ。町に入り込んでしまうと、小さいだけに簡単に駆除しきれなくなる。町から遠いうちにどうにかするべきなのだが、この討伐を引き受けたい冒険者はあまりいない。

 厄介な仕事をルカが引き受け、時間をかけて終わらせたところなのだ。

「……襲撃か!」

 上がる煙は多く、火の色さえも見えた。そしてそこは朝に出発した場所、自分の住まう町なのだ。

「くそっ!」

 もつれる足を必死に動かして走る。

(また……なのか!? また、俺は失うのか!)

 故郷の村が燃え上がる姿が、ルカの頭に繰り返し浮かぶ。何もない小さな村だった。人々は畑を耕して暮らし、ルカの両親もそうだ。いずれ自分もそうなるのだろうと、ほんのわずかの不満とともに思っていた。

 物足りないけれど幸せな未来は、あの日にすべて消えてしまった。

 小さかったルカは両親によって地下収納に隠された。絶対に声を出さず、助けが来るまでじっとしていろと言われ、泣きながら耐えた。地上で大きな物音がするたび、手掘りの小さな空間には土埃が舞った。このまま潰れるのではないかと怯えた。

 だが生き残った。

 両親も村人も多くが死んだ。救援に来た冒険者に助けられて、ルカは今暮らす町へとやってきた。冒険者ギルドの人々に助けられなければ、物乞いになるか、すでに餓死していたに違いない。

(必ず助ける! 今なら、俺の力なら……!)

 魔物を倒す力があるのだ。

 ルカは必死に走った。間に合えば、間に合えさえすれば、ああ、どうして自分はこんな依頼を引き受けたのだろう。走っても走っても町は近づかない。

 炎の色ばかりが近くなり、悲鳴と喧騒が聞こえる。

「あ……っ」

 あくびをした門番に見送られて出たはずの、町の入口にたどり着き、ルカは膝をついた。

「あああああああ!」

 そこに蠢くのは魔物ばかり、そして人々は地に伏してぴくりとも動かない。土は血の色、建物は炎の色をして、今にも崩れ果てようとしている。

「こんな……っ、こんな、ことが……!」

 離れていたわずかな時間で、すべてが終わってしまった。すべてが奪われてしまった。

「……貴様らぁっ!」

 ルカは剣を握って立ち上がった。

 うろつく魔物の一匹に斬りかかる。

「ギィィィィィッ!」

 あまりに呆気なく魔物は両断され、地に落ちた。

「なぜだ! こんなっ、この程度のものに!」

 どうして人々が命を奪われてしまうのか。わからない。ルカには、まるでわからない、理解できない、したくない。

「うああああああ!」

 ルカが剣を振り下ろすたび、魔物が切り裂かれていく。それらはまるで無抵抗の紙のようだった。斬り捨て斬り捨て斬り捨てるたび、ルカの怒りは消えるどころか膨れていく。

「なぜっ、なぜだ!」

 これほど弱い魔物に、どうして皆やられてしまったのか。どうして。ギルドの皆はどうしていたのか。

 魔物を打ち払いながら進み、ルカはついに冒険者ギルドの前にまでやってきた。

「ああ……」

 もはや想像していたとおりに、立派だった建物はただ炎の寝床と化していた。

 あかあかと照らされる、見知った姿がどれも動かない。何も持たないルカを育ててくれた女が血にまみれて燃えている。うっすらと見える奥、倒れた背中だけでもわかる美しい女は、ルカになにかと声をかけてくれた。幼い頃から憧れだった剣士さえ、剣を握ったまま倒れている。

「……誰か、誰……か!」

「全員死んだぞ。もれなく」

「……っ!?」

 ルカは剣を構えた。

 燃え上がる建物の中、優雅に佇んでいるものがいる。人の姿をしていた。だが、人であるはずがない。

 それは気取ったような調子で口を開いた。

「おまえが最後だな。ふむ……ということは、おまえが勇者か?」

「何……?」

 闇が見えた。

 火に照らされてもなお暗い、闇の凝った姿。まるでぬくもりのない、石のような瞳がルカを見る。口元は笑っていた。実に楽しげに、抑えきれないというように、むずむずと弧を描くのだ。

「この町に勇者がいると聞いたのでな、殺しに来たのだ。ほら、そういうものだろう? 勇者の芽は早いうちに摘んでおかなくては」

「……」

 何を言っているのかわからない。勇者などというのは、伝説、おとぎ話だ。子供が憧れるだけの存在だ。

「ん? 勇者がわからないか? あれだ、強く優しく諦めることを知らず、魔を倒す力を持つという者だ。そういうやつがいると、魔物としては困るんだ。すごく困るんだよ。滅ぼされちゃうからな。わかるか?」

「……」

 何なのだろうか、これは冗談だろうか。自分は夢を見ているのか、わけがわからない。これほど無駄口を叩く魔物には会ったことがない。

「よし! そういうわけだからな、おまえが勇者かどうかを確かめてみよう!」

「な……っ!」

 衝撃が来た。

 攻撃の正体がつかめないままに、ルカは腰を落とし剣を構えた。呼吸をすると熱が肺に入り込む。あおられた火がこちらに向かっているのだ。

(風?)

 魔物の背に黒い、巨大な片翼が見えた。それが起こした強風なのだ。

(ならば恐れることはない!)

 ただの風、こうして踏みとどまっていられるならば問題ない。ルカは足裏にしっかりと大地を感じながら、一歩踏み出そうとした。

「うん」

「……!」

 魔物との距離が突然に縮まる。ギュリ、と濁った音をたてたのはルカの剣と魔物の鉤爪だ。

 攻撃を受けたのだ。どうして受け止められたのか、ルカ自身でも不思議に思うほど刹那のことだ。

 あまりに強い怒りが、時の流れの感覚さえ殺しているのかもしれない。ルカの頭に理屈などなく、すべては反射の動きだ。

(殺す)

 必ず殺す、とただ思う。でなければどうして失われた彼らの命に報えるだろう。

(助けられたのに!)

 間に合えさえすれば、きっと。だが間に合わなかった。自分の命を助けてくれた人たちの恩に、まるで報えていない。叱られてばかりだった。褒められることを一度もしていない。

 深い悔恨は怒りに変わって燃えている。

「消え去れ!」

 まっすぐに、流星のように剣を振るった。あとのことなど考えてもいない。過剰な力を加えられた腕の骨がきしみをあげたが、ルカは気づいてもいなかった。

 全身をただ使い捨ての道具にして、渾身の一撃を放つ。

 それは確かに魔物の胴を割いた。そのはずだった。しかし魔物が身を引いたのか、両断には足りなかった。

 致命的なことだ。魔物に内蔵などはないため、それを潰したところで殺すのは難しい。どこにあるかわからない核を偶然壊すか、あるいは分断して生物として存在できないようにさせなければならない。

 切り口から体液がこぼれ出すが、強い魔物はそれだけでは死なない。

「うん、やっぱりまだ修行が必要だな」

 その言葉を聞いたのが先か、意識を失ったのが先か。


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