魔王が倒れたあとも物語はあるだろう
「やあ、おつかれギルビート」
「ミッギッギァギァギァギァ」
「うんうん」
残念ながら蟲語はわからない。俺はカシャカシャしているギルビートくんをつまんで食べた。うーん、簡単だな。なにしろギルビートくんは蟲だ。大きな姿を見せていても、小さな蟲が寄り集まっていたのだ。
勇者がこの森の蟲をひたすら殲滅したものだから、ギルビートくんはかなり魔素を失ってしまった。俺にとってはもう、お手頃に食べられるサイズの蟲さんだ。
普通に考えてこうなる前にどうにかすべきだったが、魔素感知で追うことができないので、一人の人間を探すのはけっこう難しい。何より面倒だったんだろうなあ。どうせ人間に負けるはずがないと思ってただろうし。で、気を抜いてたら勇者に襲撃されて更に弱って俺に食われるという結末だ。
まあやっぱり、魔物の敵は魔物ってことかな。
「やっぱり蟲は小さすぎると思うんだよなあ」
人間を食べるのには有利だ。肌の表面にたまった魔素を食べるというのは、なかなかちまちました作業だから。
大きな魔物から逃げるときにも有利だろう。もっとも俺くらい魔素を感知する能力が強いとあんまり意味ない。食べやすいだけだ。
「でもまあ、よく頑張ったよ。蟲のおかげでこの大陸の魔素は隅々まで回収された。おかげで魔素の込められた装備品が少ない。魔術師も強くなかった。人間はいっぱい死んだ。魔物として正しいことをした、うん、えらい」
魔物の誰もが持つ欲求が、人間を滅ぼすことだ。生まれたばかりの魔物でさえ持っている、意味のない、本能のような願いだ。
魔素がそう言っているのだから仕方ない。
魔物とはそういう生き物なのだ。俺もそう。人間を殺すのは楽しい。ただ前世を思い出してしまったせいか、今を楽しむことに熱心になってしまっただけだ。ほら、人はパンのためだけに生きるわけじゃないとか言うだろ。
楽しくしないとさ。
まあ、誰もわかってくれないけどさ!
「……そういやギルビートくん、部下の扱いも上手かったなあ」
というか個体個体が小さいもんだから、あんまり知能を持たないんだよな。だから自分の完全な手足のように扱って、合体して大きく見せるなんてこともできたわけだ。
全部の蟲を集めるとバカにならない魔素量だったんだよなあ。
もっと一気に森中の蟲を集められたらよかったね。今はもう散り散りだ。
散り散りのまま、人間や他の魔物に食われるだろう。
「ソヒル、おまえも食ったか?」
ひっそりとそこにいる部下に声をかける。勇者は精根尽き果てて倒れているので、ソヒルは近づく蟲を払っている。
払い除けるだけなんてさすがにもったいないよな。
「……はあ。そっすね、まあ」
「別に怒っちゃいないよ? このまま捨てとくより有効活用だ」
「……」
「むしろもっと食って良いんだぞ。もりもり食って成長しな」
「それは……いずれ」
「なんで? 今でよくないか?」
「……っ」
俺が顔を近づけて聞いてやると、ソヒルの体が緊張した。もちろん見た目はアンシーちゃんだ。ふるふると揺れる黒髪が麗しい。ほんとに良い出来だなあこれ。
まあ舐めたいなんて思うのは、造作どうこうの話じゃないんだけどな。
魔素がそこにあるから。
「なあ、今でよくないか?」
繰り返し聞いてみる。どうだろう。食べ頃かな。でも、もっとふくふくに膨れたあとがいいかな。じゃあ、もっともっと食べてもらわないといけない。
「…………今は、だめっす」
「なんで?」
「俺がいないと勇者は育たないっすよ」
「ははっ!」
思わず笑ってしまった。
「ああうん、それが脅しになると思ってるんだ。ソヒル、お前ってやつはほんとうに、賢いなあ!」
まともな魔物なら絶対に理解できないことだ。そもそも勇者を育てるなんて、意味がわからないに違いない。
なのにソヒルは俺の指示通り、しっかり勇者を導き育てている。俺のことなんか理解できないくせに、俺がどうしたいかは理解している。ソヒルでないとできないことだ。
残念だなあ。
じゃあ今は食べられない。食べられないと思えば思うほど美味しそうに見えていけない。
「だってあんたは……」
「うん? なんだ、ソヒル、おまえから俺はどう見えている?」
「暇なんでしょ」
「んん、まあ、そうかな」
「誰に食われるわけでもない。城にこもっていれば安泰っすもんね。だから勇者が要るんだ」
「……ふ」
俺は笑えて笑えて仕方がない。
「ふふっ、本当にすごいなソヒル。すごいことだぞ。自分とは全く違う相手を理解しようなんて、まるで……」
なんてことだ、俺よりも人間らしいじゃないか?
「俺は、あんたの言うとおりにしてるだけっすよ」
「なかなかそれが難しいんだよなあ。言葉だけで伝わるわけじゃなし。おまえじゃなきゃできなかったことだろ」
「俺だってやりたいわけじゃないっすけど」
「食われたくないから?」
「……」
「賢いなあ!」
なんか抱っこしてよしよししてやりたいぞ。まあだいたい魔物ってのは困ったもので、上司に食われないために頑張るが、頑張りすぎると食われる。そんなの常に考えてたら頭おかしくなるよな。だからたぶん知能が低いのだ。
でもソヒルは食われないための立ち回りをして、俺の気持ちを考えている。えらいえらい。頭おかしい。
ああどうしよう、なんだろうこれ?
ソヒル、もしかしておまえって主役?
このまま勇者とすごせばもっと人間みたいになるのかな。そんで最後は結ばれるのかなあ。
「な、ソヒル、っていうかアンシーちゃん、勇者のこと好き?」
「嫌いっすよ」
「おお?」
無関心よりは好きに近いという嫌いなんだろうか。
「どのくらい?」
「まあ……あんたの方がマシなくらいには」
「おっと」
じゃあ脈なさそうだな。かわいそうな勇者ルカ。
とすると俺魔王が倒されたあとにアンシーちゃんが隠しボスとして登場する感じかな。それはいけそうだな。
「なら、勇者に俺が倒されたら、アンシーちゃんが勇者を後ろから刺すといいよ」
ソヒルは賢いしアンシーちゃんの皮もあるから、いい感じに不意打ちできそうだ。残念なのはそれを俺は見られないってことか。
「ま、がんばってくれ。勇者が倒した敵はおまえのものだ。勇者を育てた褒美として、勇者が育ち切るまで食わないでいてあげよう。……あ、他のやつに食われるなよ? それだけは損すぎる」
想像したらやっぱり食べたくなった。
ソヒルは俺の気持ちがわかっているのか、さっさと姿を消した。ちくしょう。




