ゲームフェイズ2:大広間1
それから暫し、バカとタヌキとヤエの3人で待機していた。
待機中は、のんびりお喋りをしていた。タヌキがよく喋り、バカがよく頷き、そして、2人でヤエに話を振ると、ヤエは少したどたどしくも応じてくれる。
そんな具合に3人でお喋りしていると、少しずつ、色々なことが分かってくるのだ。
「……元々は、陸上やってました。長距離。中学生の頃からずっと」
ヤエがそう話してくれたのを聞いた時、バカは、『ああ、なるほど!』と納得した。
というのも、ヤエは女子としては少々背が高く、それでいて細身で……けれどちゃんと運動している人特有の筋肉のつき方をしていたので。
「でも事故で、脚、こうなっちゃって……今はもう辞めてます」
「そっかぁ……」
ヤエの様子を見ていて、バカはなんとも居た堪れない気持ちになった。
……真面目に長距離走をやっていたのであろう女子高生が、事故で脚を失ってしまったのだ。その本人を目の前にして、なんと言葉を掛けたら良いものか、分からない。
『こういう時、陽とかたまとかビーナスとか、土屋のおっさんとか……上手に言葉が出てくるのになあ』と、思う。彼らくらい頭が良かったら、バカもこういう時に何か、気の利いたことが言えたのだろうか。
……ちなみに、海斗もこういうのはちょっぴり苦手だ。最近、バカもそれが分かってきた。海斗の言葉はすぐに出てくるものじゃなくて、じっくり考えられて、その上で出てくるものなのだ。それ故に海斗の言葉はとっても綺麗で、バカはそれらの意味を理解しきれないながらも、なんだか好きなのである!
「それは、お辛いですね……」
そしてタヌキもこういう時に言葉を掛けるのは苦手なのか、しゅん、として丸くなっている。バカはそんなタヌキを励ましてやるべく、もそ、と背中を撫でてやった。
……そうしていると、やはり気まずかったらしいヤエが、また、そっと口を開く。
「……大学、スポーツ推薦で行こうと思ってて……でも、この脚だと、そういう訳にもいかないし、そもそも、普通の大学も……」
そこで、ふ、とヤエは口を噤んで、少し、視線を床に彷徨わせた。
「……ごめんなさい、変な話して」
「あ、ううん。話、してくれて嬉しいぞ。ごめんな、ごめんな、俺、こういう時、どういう風に何言えばいいか、わかんなくてぇ……」
そしてバカもまた、視線を床に彷徨わせておろおろする。
「俺、就職だったら、紹介できるんだけどなあ……大学はさあ、俺、行ったことなくってぇ……。タヌキはある……?」
「あ、はい。一応、大学、行ってましたよ。でも流石に紹介できるものでもないので……」
更に、タヌキも視線を床に彷徨わせ始めることになる!3人揃って、床を見つめることになってしまった!
そうしてそのまま、なんとも気まずい時間が流れ……。
「……ええい!ヤエさん!」
……しかし、それを切り裂いたのは、タヌキであった。
「その、私では何のお力にもなれませんが!せめて、撫でていってください!」
……そうしてヤエもバカよろしく、もそもそ、とタヌキを撫で始めた。
バカとヤエでタヌキを撫でている。ひたすら、撫でている。
タヌキはなんとなく毛艶がよい。普通のタヌキよりフサフサである。なので、撫でていてなんとなく気持ちいい!
……タヌキを撫でているヤエを、ちら、と見てみると、少しばかり、表情が安らいで見えた。『アニマルセラピーってやつだな!』とバカは納得すると同時に……タヌキってすごい、という結論に至った。言葉が無くても、人は人を慰めることができるのである!すごい!
そうしてタヌキ撫での会(タヌキにとっては撫でられの会)が開催されて少しすると、ふぃーん、とエレベーターが上がってくる音が聞こえるようになる。
バカ達が『おっ!』と身構えつつそれを待つと……。
「海斗ぉおおおお!」
「ああ、樺島……やっぱりお前のチームは攻略が早いな……」
疲れた様子の海斗達が戻ってきたので、バカは早速、海斗に飛びつきにいくのであった!
「そっちはどうだった?」
「ん?『おめでとう!』って英語で書いてある布がくす玉から出てきた!あとケーキと酒とご飯あった!」
「……まるで状況がつかめないんだが……平和だったんだな?」
「うん!」
さて。
そういう訳で、バカと海斗は互いの情報交換を始める。また、周りにはむつと孔雀とデュオもやってきて、タヌキとヤエも一緒に全員で、バカと海斗の会話を聞く姿勢になってしまった。まあ、効率が良い。
「……こっちは塔に登って、カードを回収して、その瞬間から崩れ始める塔を脱出して、今に至る」
「わ、わああ……」
「人生で一番、真剣に走った……」
海斗の話を聞いて、バカは大いに納得した。海斗の前髪が汗で額に張り付いていて、まだ呼吸は荒くて……激闘があったのだろう、とは思われていたので!
「……まあ、そういう訳でカードは手に入った。これ」
孔雀が見せてくれたカードを覗き込めば、そこには塔の絵が描かれている。成程、本当に『塔』だったらしい。
「俺達の方のは……えーと、ヤエが持ってる!」
「これです」
そしてバカ達の方も、カードを出す。こちらは何やら、女性が描かれていて、下の方に『The World』と書いてあるものだ。海斗が『世界、か……』と呟くのを聞いて、バカは『ああ!これ、ワールド、かあ!』とにっこりした。バカは英語がろくすっぽ読めないのである!
「あの、海斗さん、海斗さん。その、お疲れのところ申し訳ないんですが、ちょっとよろしいでしょうか」
そして、そんな海斗の前に、タヌキがぴょこんと飛び出す。
「……『4』のアルカナルーム、だな」
「はい。話が早くて何よりです」
海斗は、タヌキが何を言うのか予め分かっていたらしかった。海斗はやっぱり頭がいいのである!
「なら……ええと、すまない。デュオさん、同行をお願いしても?」
「え?……ああ、そういうことか。分かった。同行するよ」
更に、現在、腕輪が付いていないデュオも同行して3人で『4』の部屋に入ることにしたらしい。『できれば七香と五右衛門が戻ってくる前に済ませたい』と、3人急いで出発するのを見て、バカはちょっぴり心配になってきた。
「……大丈夫かなあ」
四郎のことも心配だし、四郎が帰ってこない部屋へ赴く海斗達のことも心配である。だが、止めることもできない。
バカは、海斗とデュオとタヌキが入った個室が床へ沈んでいくのを、只々見送るのだった。
……そうして、バカは『大丈夫かなあ』と心配になりながら、しょんぼりと待つ。
海斗もタヌキも居なくなってしまったので、バカは1人、しょぼん、とベッドに腰掛けているばかりだ。
……すると。
「あの、樺島さん。ちょっといいかな」
そこへ、むつがやってくる。バカは、『おや?』と思いながらも、勿論ウェルカムの姿勢である。こうやって、誰かが話しかけに来てくれるのは嬉しいことなのだ。
「その、変なこと聞くようなんだけど……樺島さんって、ここを全員で出たい、んだよね?」
「おう!そうだぞ!」
ちょっぴり遠慮がちに聞いてきたむつに対して、バカはにこにこと胸を張る。
「えーと、それは……なんで?」
……が、『なんで』と聞かれてしまうと、バカは困ってしまう!
さっきまで胸を張っていたバカだが、『なんでかなあ』と考え始めるとすっかり困ってしまって、背中を丸めて、うんうん唸りつつ頭の上に『?』マークをいっぱい浮かべることになってしまい……。
「……その方が、悲しくないから、かなあ」
……しかし、バカはちゃんと、結論を出せた。
何故なら、バカは既に、『人が死んじゃって悲しいデスゲーム』を、経験してきているので。
「うん……誰かが死んじゃうのって、悲しいだろ?」
「……うん」
バカが考えながら話すと、むつは思うところがあったのか、こくん、と深く頷いた。
……こうして頷いてくれるむつであるならば、きっと分かってもらえる。バカはそう元気になって、にょきにょきと元気に伸びるタケノコが如く、次第に背筋を伸ばしていく。
「あのな、だから、誰も死なせたくねえんだ!だって悲しいから!それに、生きてたら友達が増えるかもしれねえし!」
「と、友達が?」
「うん!……あのな、海斗もそうなんだ。俺達、『前回の』デスゲームで知り合って……それで、全員で脱出して、一緒にミニストップのソフトクリーム食べて……その後も一緒に遊んだり、飯食ったり……でも、もしあの時に誰かが死んじゃってたら、俺、友達になるはずだった人と友達になれずじまいだったんだ」
ちょっとだけ、『あの時デスゲームの中で、全員を助けずに終わっていたら』を考える。
今、友達である皆と、『最初から友達じゃなくて、これから先も友達じゃない』としたら。
……それはとっても、悲しいことだ。だからバカは、全員が生きていてくれてよかった、と思っている。
同時に……全員が生きていてくれたから、バカには友達が沢山増えた。その喜びもまた、バカは知っている。
皆が生きているからこそ生まれた今を、バカは、心の底から愛しているのである!
自分の目標を再確認できたバカは、ちょっぴり自分のことを誇らしく思う。
「だから俺、できるだけ、皆に死んでほしくねえ。それで、できたら仲良くなりてえし、仲良くしてくれなかったとしても、やっぱり生きててほしいし……」
バカは、ほややん、と笑顔になりながら、あまりにもデスゲームに相応しくないことを、思うのである。
「……皆、幸せになれたらいいよなあ」
むつは、そんなバカの言葉を聞いて、少しばかり茫然としていた。だが、ほわ、と息を吐き出して、目を数度瞬かせると……嬉しそうに笑ったのであった。
「……うん。そっかぁ、樺島さん、ほんとにいい人だねえ」
「そ、そうか?えへへ……」
「そう!孔雀に似てる!」
「孔雀に!?マジでぇ!?俺、あんなに頭よくねえぞ!?」
バカが『嘘ォ!?』とびっくりしてクソデカボイスを発すると、流石に孔雀にまで聞こえたらしい。孔雀は、『何の話だ……?』と怪訝な顔をしてこちらへ歩いてくる。
それを見たむつは、くすくす笑いながら孔雀を手招きした。一緒に話そうよ!ということなのだろう。
バカとしても、孔雀とはお喋りしてみたいので大歓迎である。何せバカは……孔雀が『駒井燕』であることを、確認しなくてはならないので!
……と、思ったのだが、その時。
「みなさーん!只今戻りましたー!」
ぽんぽこぽーん!と擬音が聞こえてきそうなほどに元気よく、タヌキがぽこぽこ跳ねてくる。その後ろに海斗とデュオが続き……そして。
「うわぁああああああ!四郎のおっさぁあああああん!」
「あー……なんだ、心配かけた、らしいな……?」
……四郎が、帰ってきた!バカは大歓喜である!よかった!よかった!




