発表フェイズ1:大広間2
周りが全員、『おや?』という顔をしている中、バカと海斗の会話は続く。
「勿論、タイミングは今じゃない方がいい。万一、『10』の腕輪が無くなってしまうと、他の部屋に入る時の組み合わせが制限されることになるからな。他のアルカナルームが粗方片付いてからにした方がいいだろう」
「そっかぁ、分かった!あっ、でもこれ、首輪と違って、両手でつかめねえからなー……できっかなぁ……」
「……なら、僕の腕輪を破壊してくれてもいい」
「あっ!それならできそう!いや、でもまずは俺の腕輪に挑戦してみてえなあ!よし!やってみっかぁ!」
ということで、既に一度、筋肉でデスゲームを破壊してきた2人はにこにことそんな相談をしていたのだが……。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよぉ!何!?腕輪の破壊って、何!?」
一番立ち直りが早かったと見えて、五右衛門がそう、疑問を呈してくれた。これが、デスゲームを筋肉で破壊したことが無い人間の正常な反応であろう。
「ああ、こいつは鋼鉄の首輪ぐらいなら引き千切れるんだ」
「そうだぞ!俺、パワーには自信あっから!」
だがバカは勿論、海斗も最早、筋肉的解法を知ってしまっているのだ。よって、2人にはもう、『0』の1つの答えが見えてしまっているのである。
……『腕輪を破壊すればよいのでは?』と……。
『信じらんなぁい……』と五右衛門が絶句している。タヌキは『わああ……わあ……』と、震えている。他の面々も、思い思いに反応してくれているのだが……。
「……俺は、壊すならデュオさんの腕輪がいいと思う」
孔雀がそんなことを言い出したので、バカは『なんで!?』と驚いた!
「……俺の?理由を聞いてもいいかな」
デュオはそう言いつつ、少し上の空だ。……何やら、頭の片隅で計算している様子である。
「『2番の腕輪』は無くてもいいからだ」
「……成程ね。えーと、1、5、8の部屋は後に回す、っていう想定かな」
「ああ。そうだ」
……孔雀とデュオのやり取りを、バカはぽかんとして眺めている。……2人のやり取りの意味が、全く分からない!
「ちょ、ちょっと!孔雀!今のどういう意味!?説明!説明して!お願い!」
バカ同様、こちらも意味が分からなかったらしいのは、むつである。むつが声を上げると、タヌキが『私からもお願いします!』と両前足をぽふんと合わせてお願いし始めた。ちょっとかわいい。
……そして、そんなお願い2人前を受けて、孔雀は説明し始めてくれたのである。
「今、残ってる部屋は『0、1、5、8、10、12、16、19、20、21』の10個。その内、『0』は現時点で攻略不可能だからパス。『1』も、まあ……『0』に挑めるようになってからの方が望ましい。同じ理由で『5』と『8』もそうだとして、『10、12、16、19、20、21』の6部屋を先に攻略したい、とする」
ふんふん、とバカは頷く。既によく分からなくなりつつあるが、まだなんとか分かる。
「この6部屋の数字の合計は『98』。今、この場に居る全員の数字を足すと『51』。……1人2回アルカナルームに入ると考えて98を2で割ると49だから、2が要らない」
「どういうことぉ!?何!?俺、バカだからなんも分かんねえよぉー!」
そしてここからはもうバカには完全に分からない。バカは嘆いた!
「大丈夫だ、樺島。お前は分からなくてもいい。結果だけ教えてやる」
「分かった!」
が、海斗が生暖かい笑みを向けてくれたので、バカは心底安心した。海斗が居てくれて本当によかった!よろしく!
「えっ……えーと、そんなにうまく分けられる?」
が、むつはバカよりは頭がいいらしく、『えーと、えーと』と指折り数えながら計算している。なのでバカは、むつのことをまたちょっと尊敬した。バカは『俺、バカだからなあ……』と考えるのを諦めてしまうので……。バカの諦めの良さは美点であるが、むつの粘り強さだって美点なのである。
「分けられる。まず、先に攻略する6部屋を2つに分けると、『21、16、12』と『20、19、10』になる」
バカは最早何も分からないので、ただ『ほげえ』と聞いていることにする。とりあえず、孔雀が頭のいい人だということだけは分かった!
「えーと……21を『樺島、ヤエ、タヌキ』、16を『俺、むつ、海斗』、12を『七香、五右衛門』で組み、次の20を『俺、むつ、五右衛門』、19を『樺島、海斗、ヤエ』、10を『七香、タヌキ』で組めばぴったり収まる。それでいて、2番を一度も使う必要が無い」
孔雀がさらさらと暗算でそう答えを出したのを聞いて、バカは『ひぇっ』と息をのんだ。
孔雀の今の計算は、バカにとってはまるで海を割るかの如き所業なのである!つまり、神がかっているのだ!
なのでバカは、拍手した!孔雀に向けて、『全然わかんねえけどすげえ!』という思いを込めて、只々、拍手するのだった!
「……そうだね。なら、その方針でいこうか」
そして、デュオはというと、なんと、賛同してくれた!バカ、びっくり!
「……腕輪を壊すなら、それこそ『0』以外のアルカナルームを全て攻略した後でもよいのでは?」
が、そこで異論を唱えたのは七香である。デュオは少し驚いたような顔をしていたが、『まあ、そうなんだけど』と苦笑する。
「いや、七香さん。これは意味があることなんだ。腕輪に数字が無い人……『0』の人がもし生まれたならば、その人は『どんなアルカナルームにも余分に同行することができる』人員になる。安全にアルカナルームを攻略するなら、人は多い方がいいよね?」
デュオの意見に、七香は一応納得したようである。そしてバカは、『よく分かんねえけど、デュオは悪いやつじゃねえってことか……?』と首を傾げた。
『安全第一!』はバカの脳髄にしっかりと刻まれた社訓の1つである。なので、『より安全に!』という意見は、バカにとってはよい意見なのであった!
……ということで。
「え、えーと、じゃあ、やるぞ!」
「ああ。よろしく」
バカは、デュオの左手首の腕輪を、がち、と掴んでいた。
……デュオの腕輪は、灰色の地で、空色の不透明な宝石がついているものだった。バカは、そんな腕輪をがっちり掴むと……むん、と、引っ張った!
「よっしゃぁああああ!勝ったぁあああああ!」
……そして!見事、デュオの腕輪は真っ二つに引き千切られたのであった!やったね!
「デュオ!怪我、無いか!?大丈夫か!?」
さて。腕輪に勝利して大喜びのバカであったが、それはさておき、デュオの手首は心配である。バカが腕輪と一緒にデュオの手首にまで勝利してしまっていたら大変なのだ!
「ああ。ちょっとひっかき傷になったくらいだ。大丈夫だよ」
が、デュオには大した怪我は無かったようである。とはいえ、腕輪を引き千切る時にひっかき傷はできてしまったようだったが……。バカは、『よりせーみつに、よりせーかくにできるようになりてえなあ……』と、ちょっぴり思った。
「それにしても、すごい力だね」
「おう!俺、こういうのは得意だからさあ!こういうのあったら、任せてくれよな!」
「そうだね。そうさせてもらおうかな」
デュオは微笑んで、バカに手を差し出してくれた。なのでバカは喜んで握手した!握手握手!
……握手してから、ふと、『そういや、この体はタヌキの体なんだよなあ……』ということを思い出してちょっと複雑な気分になったのだが……だが、どうにもちょっとだけ、『デュオはいい奴かもしれない』と思い始めているバカなのであった。
「さて。発表フェイズはもう終わってるみたいだし、試してみようかな。……どこかのチームに同行させてもらうよ。俺込みでもエレベーターが動いたら、『腕輪を引き千切ると0番扱いになる』っていう証明ができる」
「よし!じゃあデュオ、俺のチームに来るか!?ん!?そもそも俺、誰と一緒のチームだっけ!?」
「樺島さん!樺島さん!最初は私とヤエさんと一緒に『21』のアルカナルームですよ!忘れないでください!」
……ということで、早速、バカ達は動くことになった。
『21』のアルカナルームには、『バカ、ヤエ、タヌキ』の3人が。
『16』のアルカナルームには、『孔雀、むつ、海斗』の3人が。
『12』のアルカナルームには、『七香、五右衛門』の2人が挑むことになる。
……そして。
「デュオさん、もしよかったら『16』のアルカナルームに一緒に来てくれないか」
孔雀が、そう申し出た。
バカは、『おや?』と思った。てっきり、『七香と五右衛門のところが2人だけだから、きっとそこにデュオが入るんだな!』とばかり思っていたのだが……。
「俺もむつも、戦闘向きの異能じゃない。人が多い方がありがたいんだけれど」
なんと。どうやら、孔雀とむつは、戦えない異能らしい!……バカは、焦った。だって、海斗も戦えない異能である!そりゃそうだ!バカにとって海斗が外付けの頭脳であるのと同じように、海斗にとってバカは、自衛のための武器であるのだ!
「そういうことなら、そうさせてもらおうかな。七香さんと五右衛門さんがよければ、になるけれど……いいかな?」
「構いません」
「えーと……んー、ま、別にいいわよ。孔雀チームに不安が大きい、ってことなら、その方がいいわ。そっちをよろしくね」
どうやら、デュオは無事、孔雀チームに入ることになった、らしい。
……デュオが海斗を守ってくれるなら、バカとしては安心である。とはいえ、デュオが悪魔かもしれない、という情報があるので、バカとしてはちょっと不安でもあるのだが……。
そして一方では……。
「……ヤエちゃん、大丈夫そう?」
五右衛門が、心配そうにヤエを見つめていた。
「はい。大丈夫、です」
ヤエは緊張気味の小さな声でそう言ってはいるが、俯いたままで、少し不安そうである。
……さっき、五右衛門とヤエは一緒のチームだった。そして今の様子を見ても分かる通り、2人はそれなりに仲良しになった、のだろう。多分。
ヤエとしては、折角仲良しになった五右衛門と別のチームになってしまうのは不安かもしれない。バカもその気持ちはなんとなく分かる。分かるので……。
「ヤエ、あの……その、もし歩くのしんどいとかあったら、俺、おんぶするからな!」
どう声を掛けてよいか分からなかったバカだが、ひとまず、声は掛けようと思った。
却って相手を傷つける言葉もあるが、それでも、何か話してみないことには関係を築くことが難しい。バカは、『俺、バカだからなあ……。もっと頭よかったら、もっと何か、言えたのかなあ……』と、ちょっとしょんぼりした。
「あっ!樺島さん!でしたら私も!私のことも運んでいただけませんか!?タヌキボディだと、歩くのが遅くて!このとおり、ぽてぽてとしか、歩けなくて!」
……が、そこにタヌキがぽんぽこぽん!とやってきたので、バカはちょっとだけ元気を取り戻す。
そうだ。ぶつかっていって、それからやり方を考えるのがバカのやり方だ。ここで躊躇っていては、どうしようもない。
「その代わり!頭脳労働!よろしくなぁあ!?タヌキもぉお!俺、バカだからぁ!何もわかんねえからぁ!」
「成程!えーと、私も正直なところ、頭脳労働が得意というほどではないです!ヤエさん、よろしくお願いします!」
「えっ……」
バカが『当たって砕けろ!』の精神でヤエに言葉をかけてみたところ、タヌキも一緒になってヤエにお願いし始めてしまった。当然、ヤエは困惑していたが……。
「……こちらこそ、よろしくお願いします」
……ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ笑って、そう言ってくれたので、バカもタヌキも、満面の笑みである!
多分、バカはヤエとも仲良くなれる!




