ゲームフェイズ1:大広間5
「……七香って、笑うんだなあ」
「そ、そうだな……」
そうして、リプレイが終わってからしばらく、バカと海斗はぽかんとしていた。
……それだけ、何か、破壊力があった。鉄面皮の七香が、あのように笑う瞬間を見てしまったら、何か……『今まで機械だと思っていたものが人間だった』というかのような……そういう衝撃が、あったのである!
「ど、どうしよう。全く予想していなかったものが見えてしまって、僕は気が動転している」
「お、俺もなんか天丼してる……」
「天丼じゃない。動転だ。だが『同じリアクションを繰り返している』ということと捉えれば『天丼』でもあながち間違いじゃないんじゃないか?いや、しかし」
「なー、海斗ぉ、ほんとに天丼してるんだなあ……」
海斗が頭を抱えて『?』マークを頭の上にいっぱい浮かべている様子を、バカも同様に『?』マークを大量放出しながら眺めていた。
こういう海斗は珍しいので、なんだか得をした気分である。職場にイノシシの群れが攻めてきた時くらい得をした気分!
さて。
「ま、まあ、ひとまず分かったこととしては……どうも、七香さんは嘘を吐いていた、のではないか、ということだな」
「えっ?そうなのか!?」
海斗が推理し始めたのを見て、バカはびっくりしながら正座した。さっきの情報だけで『七香が嘘を吐いている』とは、一体!
「そうだろう?だって、今、七香さんはアルカナルームに居る。そして、さっきのリプレイは……『最後に人が出てきた時』だが、それが『七香さんが最初に7番アルカナルームを攻略し終えて戻ってきた時』だとすると……彼女の証言と矛盾する」
「そうなのか!?」
バカはびっくりした。バカには嘘も矛盾も分からないのである!
「ああ。彼女は、僕とお前とタヌキがここに戻ってきた時、『大広間に戻ってきてからは特に誰とも会っていない』と言っていた。つまり、さっき見たように笑う理由が、無い。……彼女が唐突に、虚空に向かって笑いかけたのでなければ、だが」
「えええ……何も無いとこに向かって笑ってたら、こわいよぉ……」
「だな。僕もそう思う……。アレは、その、誰かが大広間に戻ってきたのを見て、それでの反応だった、と思う。つまり……考えられるものは2つだ」
海斗は、バカの前で指を2本立てて見せてくれた。ピースサインである。なのでバカも、同じようにチョキの手にしてみた。こういうのは形から入りたいバカである。
「1つは、七香さんが明確に嘘を吐いていて、『僕と樺島とタヌキと四郎さんの4人が解散してから、僕と樺島とタヌキの3人が戻ってくるまでの間に七香さんが大広間へ戻ってきていて、そして、そこで誰かと会っている』というもの」
「うん」
「もう1つは、『七香さんは僕らと別れた後、また7番アルカナルームに戻り、そしてまた大広間に戻ってきて、誰かと会った。その上で、今、3回目の7番アルカナルーム……』というものだ」
「ええええ……」
バカは、混乱する頭の中を整理しながら、一生懸命考える。
……が、要は、『七香は何故か、大広間と7番アルカナルームの間をいったりきたりしている!』ということになってしまうので、バカは『なんでぇ!?』とますます混乱するしかない!
「……七香が行ったり来たりする理由って、あるかぁ……?」
「分からない。しかし、『アルカナルームへは何度でも入れる』ということは大きな情報だな。同時に、これがあるからこそ、今、僕は困っているんだが……ほら、七香さんが笑いかけた相手、というのが、誰なのか全く分からなくなっただろう?」
「え、あ、そうなのか……?」
「……例えば、タヌキがここへ先に戻ってきて、七香さんと落ち合って、それからまたお互いのアルカナルームへ戻っていって、今、ここにどちらも居ない、ということはあり得る。そしてそれはもちろん、五右衛門さんとヤエさんのチームでもそうだし、デュオや四郎さんについてもそうだな」
バカは早速理解が追い付かなくなってきたが……ひとまず、『七香は多分、誰かと会ったんだなあ』というところだけは確からしいので、それだけ覚えておくことにした。
……七香が虚空に向けて笑いかけたのでなければ、だが。しかしやはり、七香が虚空に向かって笑いかけていたら怖いので……誰か居たのだろう、と思うバカなのであった!
「……むつさんの証言を全面的に信じるのであれば、彼女が何も言っていなかった以上、七香さんが、むつさんと孔雀が戻ってきたのを見てあの笑顔になった訳ではない、だろう」
「うん。むつも、七香が笑うって知らないと思う!」
バカは大いに頷く。むつの話しぶりは、そういうかんじだった。……そして、むつが嘘を吐いている、とは、どうも思いにくいのだ。
「だろうな。僕もそう思う。……となると、七香さんは誰に笑いかけていたのだか……」
……むつと孔雀ではないだろう、としても、やはり分からない。他に、デュオとタヌキと四郎と五右衛門とヤエが居るのだ。分かりっこないのである!
「まあ……もうじき分かる、か」
だが、海斗はそう言って、中央の床のモニターを見つめた。
「もうそろそろ、時間だからな」
……モニターに表示される残り時間は、あと5分となっている。
そうしてバカがにこにこしていると……他の個室が、『にょにょにょ……』と生えてきた。
「あっ!樺島さーん!海斗さーん!」
……そして、そこから飛び出してきたのは、タヌキである!
「タヌキぃい!無事だったんだなああ!」
「はい!無事です!タヌキは無事ですよー!」
ぽんぽこぽーん!と元気にやってきたタヌキを抱き留めて、バカは、きゃっきゃとはしゃぐ。
……タヌキとバカは、『ところであのでっかい剣、なんですか!?』『拾ってきた!かっこいいだろ!』『はい!かっこいいです!でもなんか物騒ですよ!』とやり取りしていた。バカは、『そっかぁ、物騒かぁ……』と、ちょっぴり反省した!
……と、やっている間に、他の個室もやってくる。
「ああ、もう結構集まってるみたいだね」
個室がまた1つ増えたと思ったら、デュオも戻ってきた。やはり、1人で『2』のアルカナルームを攻略していたのだろう。
更に、七香が個室から出てくる。彼女も戻ってくることにしたらしい。
「あららら、アタシ達、結構ギリギリだったみたいね?」
そして、最初に別れたきり、顔を見ていなかった五右衛門とヤエも戻ってきて……。
……そして、四郎が帰ってこない。
「あれ?四郎のおっさんは?」
バカは、きょろきょろ、と見回したのだが、やはり四郎は帰ってこない。
「……個室がまだ1つ、沈んだままだ。ということは、まだ攻略中、ということだろうな」
海斗の言う通り、デュオの個室……『コクマー』に位置する個室が、まだ床に沈んだきりだ。あの個室は『4』のアルカナルームに繋がっているようなので、大方、あの先に四郎が居るのだろうが……。
「まあ……発表フェイズ中に大広間に居なければならない、というルールは無いからな。別に、戻ってこなくても問題は無いわけだが……心配だな」
「うん……」
バカは、『四郎のおっさん、大丈夫かなあ……』と、少ししょんぼりした。
全員でここを脱出したいバカとしては、どうにもこの状況で現れない四郎に不安が募る。
……だが結局は、ゲームフェイズの終了を示す金が鳴る。
リンゴン、リンゴン、と響き渡る鐘の音を聞きながら、バカ達はそれぞれ、モニターを覗き込みに行くのだった。
覗き込んだモニターには、現時点でのカード所持数が表示されていた。
1番……海斗が、0枚。
2番……デュオが、2枚。
3番……タヌキが、2枚。
4番……四郎が、1枚。
5番……五右衛門が、0枚。
6番……むつが、0枚。
7番……七香が、1枚。
8番……ヤエが、1枚。
9番……孔雀が、3枚。
そして10番のバカが、2枚である。
「……現時点で、場には12枚のカードがあることになる、か……」
海斗が『攻略済みの部屋の数だけ、ちゃんとあるな』と確認して呟く。バカは『成程、そういうところに気を付けなきゃいけないんだな!』と頷いた。
「四郎さんはこの場に居ないけれど、それでも、ここに居る全員のカードを集めたら、1人は既に脱出できる、ということになるね」
……そしてバカは、いよいよ、このデスゲームの難しいところがやってきたことを知る。
ここからが、大変なところなのだ。
「皆に聞いておきたいんだが……『願いは叶えられないが必ず脱出する方法がある』としたら、それに乗る人はどれくらい居る?」
さて。最初に口を開いたのは、海斗である。
やや緊張気味の面持ちではあるが、堂々としていて格好いい。バカは満面の笑みである!
……だが。
残り7人は、きょろきょろ、と互いを見ながら、手を挙げそうだったり、挙げなかったり。
……デュオと七香と孔雀は、手を挙げる気は無いのだろう。そういう反応である。
一方、タヌキとむつは、『手、挙げようかなどうしようかな』とばかりに、互いを見ており……。
……五右衛門とヤエは、それぞれ、ちょっと顔を見合わせて、挙がる気配の無い手をふらふらさせている。
「……今、手を挙げない人については『話には乗れない。脱出の為にカードを奪う』という方針ということでいいか?」
そんな彼らを見回して、海斗がやはり緊張気味にそう問いかけると……。
「あー、ごめんなさいね。怖がらないで?アタシ、『願いを叶えるためにあんた達を殺す』って言いたい訳じゃないのよぉ」
……五右衛門が、そんなことを言い出した。
「と、いうと……?」
海斗が『なら話し合いということか?』とばかり、五右衛門に問い返すと……五右衛門は、苦笑しつつ言った。
「えーと、ねえ……アタシ、別に、脱出できなくても、いいのよね」
「ええええええ!?なんでェ!?」
なのでバカは、大変びっくりした!脱出できなくてもいい人がいるだなんて、想定外である!




