後日談1 聖女は、もう語らない
神殿の奥は、静かだった。
祈りの声も、足音もない。
石の冷たさだけが残っている。
フィオナ・セレネは、ひとり跪いていた。
神託は、来ている。
今も、変わらず。
ただ――
以前のように、言葉にならない。
神の声が、消えたわけではない。
むしろ、はっきりと聞こえている。
だが、それを口に出す前に、
一つの問いが割り込む。
――それは、誰の言葉になるのか。
かつては、考えなかった。
神の声は、神の声だと信じていた。
受け取り、伝えればいい。
そこに、自分は存在しない。
そう思っていた。
だが、違った。
言葉を選んだ。
伝える順を決めた。
曖昧な部分を、分かりやすく言い換えた。
善意だった。
混乱させたくなかった。
けれど、その結果、
誰かを裁く言葉になった。
リリアナ・ド・ヴァルフォード。
あの令嬢が、
断罪の場で一度も声を荒らさなかった理由を、
今なら分かる。
彼女は、神を否定しなかった。
聖女を責めもしなかった。
ただ、
「裁きとして扱えるのか」
それだけを問い続けた。
フィオナは、膝の上で手を握る。
――私は、神の言葉を語っていたのだろうか。
それとも、
神の言葉を使っていたのだろうか。
答えは、もう出ている。
神託は、道を示す。
だが、裁きを下すものではない。
それを、
人が“裁き”に使った。
そして、自分は止めなかった。
罰はない。
地位も失っていない。
それが、余計に重い。
「……次は」
フィオナは、小さく呟く。
「次は、
すぐには語らない」
言葉にする前に、
考える。
自分の理解が、
誰かの人生を決めてしまわないか。
沈黙は、逃げではない。
責任の形だ。
神殿の鐘が、遠くで鳴る。
フィオナは、立ち上がらない。
祈りもしない。
ただ、
聞いている。
神の声と、
自分の心の、
両方を。
そして初めて、
それが聖女という立場に
本当に必要な姿勢なのだと、
理解していた。




