第64話 サブリーダーはお怒り
政樹はサーシャの検査が終わったとの知らせを受け、診察室に向かったのだが。そこには彼女の兄であるクロードも既に到着していた。不機嫌丸出しだが、この場合仕方がないので医師は『ごゆっくり』と一旦退室してくれたが。
「……なんで、お前なん?」
開口一番にそれかと言われても、政樹以上にサーシャが選んでいたのだからと彼女は兄の背に軽くこぶしを叩きつけていた。
「お兄ちゃん。私が自分で選んだの。きと……政樹さんは半分くらい巻き込まれただけ」
「せやかて? パートナーシップ制度でちゃんと結んだ旦那候補やろ? この不愛想野郎に」
「かっこいいのに」
「のろけか!」
「……とりあえず。サーシャの身体面の問題は」
「生意気に呼び捨てすな!」
「……お前も同じ苗字なのにどうしろと」
「はん!」
ああ言えばこう言うくらいに話がうまく進まない。ひとまず、クロードが必要以上のことを言わないから妹の身体検査は特に異常がなかったのだろう。
仕方がないので、奈月らが下にいることを告げようと切り替えた。
「本命の加東くんらは、無事『生還』してた。まだいつもの調子には切り替えが整っていなくとも、会話くらいは高校生レベルで抑えてやってくれ」
「……あいつ。俺んとこの『ナツ』を蹴飛ばしてくれたんに」
「それは『ハル』の方もだろ?」
お互いに担当していた『四季』にブロックを切り分けたサーバー内で活動はしていたのだが。世界災害を機にコールドスリープに入り、意識を並行世界へとVRMMOのようにしてダイブしていたのだ。期間はわずか二ヶ月であれ、ほかの協力会社の人間たちもどれくらい『起きた』かの確認が不十分。
今はともかく、精神病疾患からの『バイタルチェック』を整えないと『誰も』『元に戻らない』というややこしい状況なのだ。そのため、順番にスリープから『起きて』もこの状況程度で済んでいることが奇跡に近い。
一般人、要人関係なく、『役割』を持つ人間とて、並行世界を支えている『役割』の存在の意識を共有してて忘れてしまうのだ。半分は『終わった』ことなのだからと。
「えっと、お兄ちゃん」
「……十分くらいにしとき。もう帰ってええらしいから、準備してくる」
「うん」
サーシャが政樹とふたりきりになりたいのはわかり切っているので、ここは仕方がないとクロードは引き下がってくれた。彼は並行世界だとパートナーはいたはずだが、近くにいないことから『疑似体験』でもさせられていたのだろうか。雅博のAIを担当していた錯覚のあるあそこで、得た記憶はおぼろげだがたしかにあったはずだが。
「……ゆっくり解凍していたせいで、大丈夫だったか?」
「あ、はい。政樹さんに処置していただいたおかげもあって」
「敬語。普段はいいのに」
「無理、です。憧れの先輩といっしょなので……」
「自分でわざわざ俺のために動いたのに?」
「……必死でした。兄から状況を聞いたときは。誰もパートナーがいないのなら、意識を保つのも難しいはずですし」
「自己犠牲はよくないけど……ありがと。『起きた』ら美女発見で焦ったけどな?」
「え? 私、そんな」
「メメとあとで会ってみろよ。絶対言われる」
「メメ?」
「俺のはとこで、雅博のパートナー」
それから、クロードが迎えに来るタイミングでメメらもこちらの病室にお邪魔してくれ。サーシャは『クロニクル=バースト』発案者ともいえる奈月との出会いに、最上級のお礼とばかりに深く深く腰を折っての謝礼を告げるのは……政樹は、飽きないとさらにおかしい気分になった。
次回は水曜日〜




