第47話 まずは大掃除
『僕は彼女の様子を見ていよう。君は片付けを頑張りたまえ』
「そーする!!」
急激に解凍装置が動いたのか、蒸し暑い上に嫌な臭いが充満し切っている。微かに判別できたのは、香ばしい薫りから察するに『コーヒー』。
適当に燃えるゴミを袋に入れていく途中、コーヒーの焙煎した豆が床にいくらか散らばっていた。
(……コーヒーこだわるとか、趣味合いそう)
少しずつ戻ってきた奈月の記憶にも、病院食に『コーヒー牛乳』を飲むことはあったが。おやつ代わりにとブラックコーヒーは飲ませてもらっていた。
一日一杯かどうかの制限だったが、これからは好きに飲めるのだ。今さっき屋台で購入してきたコーヒーもそうだが、温め直すにしてもキッチンはと振り返れば。
何かを実験した後かのように、濃い茶色の液体がシステムキッチンの上に広がっていた。適当なタオルで拭いてから捨て、電気が通っていることを確認出来たら。まずはキッチン周りだと捨てられるものは重点的に袋に詰めた。
ある程度いっぱいになったら、まだ解凍したてで臭ってはいても廊下へ。その繰り返しを五回ほどしてから、次は濡れてはいてもまだ使えそうなジョイントマットを繋げて『床』を作った。
おそらく空気中の冷気が一気に解凍されたせいで、凍っていた室内がベシャベシャなのだろう。奈月も既に汗だくだがここで冷えては風邪を引くので我慢した。
次は使えるタオルがないか、と棚を見てみれば。
「あーあ。お互いに好きなキャラくじの景品しかないじゃん? けど、仕方ないから」
梱包したままのそれらしかなかったが、背に腹はかえられぬとも言うではないか。保存版だったかもしれないが、今回は拝んでから封を切った。ジョイントマットの上に念入りに並べてから……次は毛布類がないか、ベッドの方を漁ってみた。
「着るものまでキャラ系って……態とか、ほんとに好きだったら。性格もよきゃ、完全に惚れる。惚れていいらしいけど」
様々な並行世界での『奈月』を取り込み、多くの知識と経験をこの身体に擬似体験させてきた。死ぬ手前もあれば、そうでない楽しい生活とか。
そこにいつも、『お互いがいない』のを代償にして……矮小の特異点として現実でもこの程度でとどめたのだ。言い出しっぺは奈月だけのつもりが、奈月を『人柱』にすることで引き離せる期間を必要最低限。
着る毛布は微妙に乾いていたため、腕に抱えながら他の毛布をタオル類の上に敷く。そして、紗夜らしい女性の容態はどうかと風呂場を覗き込めば。
『今し方、目が覚めたようだよ?』
宗ちゃんの言葉を聞き終わるのが先だったかはわからない。だけど、向こうの咲夜以上に大きな瞳が可愛い女性が起きているとわかり、奈月は濡れるのも構わず抱きついていた。
「……ごめん、『さっくん』今まで頑張ってくれて」
思い出したのだ。紗夜の役割を。
小さい頃の接触からすべてを『入れ替わり』させてくれたのが、紗夜自身だったのだ。髪も切り、男性と偽るような雰囲気で見せて、呼び方にも意識を向けさせて……転校と見せかけた最後の別れでは本当の姿を見せてくれた。
《どうしたって離せない、一蓮托生の最愛》
時間も何もかもを代償に、お互いを引き離すことで……お互いの被害を出来るだけ矮小化させた。
精神疾患に見えた症状は全て『並行世界での相互』を身体に組み込ませていたのだ。
現実世界とあの世で『臨床体験』がある人間扱いが高尚と思われているように。
ふたりを今日まで引き離すことで、得られた最後の絆だったのだ。
だから、今『本当』に起きた紗夜の慌てようはすごかった。
「え、あ、えぇ? 私、どこ……え? なっちゃん?? 奈月……くん? え、本物?? 私、今誰??」
「……お互い誰でもない。全部ほんと」
「……えぇえ?? 濡れてるけど、あと何したんだろ?」
「いつ凍ったかも覚えてない??」
「あ、うん。シゲくん経由のモニター募集あった仕事してて、適当でいいからお風呂入った??」
「……藍葉ちゃんにしっかり怒られようか?」
「…………なんか色々限界してた自覚はあるよ」
とりあえず、身体を見られるのはいきなり恥ずかしいからと……着れる服がないか毛布以外にも色々探してやった。この際、下着なんて今更だ。
『ボクは何か用があった時にでも使ってくれ』
宗ちゃんのAIナビは一旦終わりらしく、買ってきた飲み物は何故か風呂場でいっしょに飲むことになった。
次回は金曜日〜




