現れた、あいつ
今日は一人で家に帰る。
そういえば、りんと別々に学校から帰るのは久しぶりだな。
あいつは、今頃生きているのだろうか?
先生達……すごい剣幕だったしな。
まあ、居眠りするならするでもう少し賢さを身に着けるべきなんだよなりんは。
そんな事を考えてると突然、
「きゃーーーー」
女子の何か尋常じゃない悲鳴が聞こえてきた。
聞き覚えの無い声なので知らない女子だと思う。
そこで、一瞬、このまま逃げるか、様子を見に行くかに迷う。
彼女の声は命の危機を予感させる説得力があった。
行ったら確実に命の危険にさらされる。
だからと言って、何があったかわからないのもそれはそれで危険だ。
その時、ふとあの力の事を思い出す。
そのまま走り出す……悲鳴のあった方向へと。
俺は、その時初めて『勇者の証』の力を頼る事にしたのだ。
悲鳴のあったと思われる場所は校門へ向かう並木道。
この時間ならそれなりの数の生徒が下校のために歩いているはずだが、今は人影がまったくない。
まずったかもしれない。
悲鳴が上がったとなれば、それなりの数の生徒が集まってくるはずだ。
それなのに、まったく人影が無いと言う事は一目見ただけでその場にいるのは危険と思ったということか。
もしくは、周りの人間を全て消し去る何かが起こった……それはないか、最低限、血の海や死体の山などの被害者が残ってるはずだ。
そんな、跡形も消えてしまうなんて魔法じゃあるまいし…………魔法……!?
一瞬、よぎった魔法という言葉に恐怖を感じた。
俺は知っている。魔法と言うのが存在してる事を。
「まさか、魔法使いの仕業なのか?」
ひとりでに口から漏れる。
俺は、動揺を無理やり押さえ込むように、周りを警戒する。
風が木々を過ぎる音。
遠くで鳴るサッカーか何かのホイッスルの音。
音楽室でいきなり鳴った楽器の音。
その一つ一つにビクリとする。
1秒が1分にも10分にも感じられる。
逃げよう。
俺はこの場を一刻も早く離れようとする。
あ……足が動かない。
なぜだ……。
動け……。
動け、動け、動け、動け。
まさか……魔法なのか?
急いで自分の足に目を向けると、小刻みに震えていた。
震えてる……。
「おれは……怖いのか?」
震える声で口にする。
それでやっと理解できた気がした。
警戒するとか自分で思っていたが、怖くて動けなかっただけなのだと……。
俺は目をせわしなく動かす。
並木道の木々さえ、いきなり動き出して襲ってきそうな気さえする。
すぐに、RPGの樹木型のモンスターが頭に何体か浮かぶ。
土の中から、突然襲ってくるモンスターを思い出す。
どうしたらいい?
どうしたら……。
ついに恐怖に押しつぶされそうになってる時、俺はそれを見つけた。
それは一本の細い煙だった。
木の根元の方から立ち上がっている。
一瞬、ダイナマイトが浮かんだが、煙の根元をみてすぐに打ち消す。
「なんだあれ?」
恐怖も忘れて、口から漏れる。
木の根元に黒のかばんが落ちている。
まあ、それは問題ない。かばんから煙が昇っていても。
問題は……。
かばんの上に鎮座している物体だ。
丸い、ぷるんぷるんとした、透き通った青色の……。
「水饅頭?」
思わず口にしたとおり、大きくて青い水饅頭、そんな表現がぴったりの物体だった。
俺は、水饅頭を良く見ようと近くによっていく。
そして、煙の正体を理解した。
カバンが水饅頭に溶かされていたのだ。
溶かされる?
その言葉に、何かが浮かびそうになったその瞬間。
水饅頭が一瞬震え、そのまま弾丸のように俺に向かって飛んできた。
俺は反射的に右に躱す。
『勇者の証』を手に入れる前だったら完全に躱せなかった。
「いつぅ……」
左肩からかすかに痛みを感じた。
目を向けると、制服の右肩が溶けて、軽いやけどをした肌が見えていた。
完全には躱しきれなかったのか……。
それにしても触っただけでやけどなんて、直撃したらどうなる。
改めて、恐怖に身を包まれそうに成るが、相手が水饅頭ではシリアスになりきれない。
そもそも、あの申し訳ていどについた目と口はなんだ……。
あまりにコミカルな外見にどうしても真剣になれないのだろう。
それに……なんか、どこかで見た覚えがあるんだが……。
なんて思っている間にまた飛び掛ってくる。
今度は予備動作の水饅頭の震えるのを見て回避を始めたので余裕で避けられた。
「く、何とか倒すしかないか」
このまま簡単に逃げ切れると思えない敵に、戦う決意をする。
しかし、素手で殴っても此方が焼かれるだけだ。
手にしてるかばんでとも思わないでもないが、中身もろともダメになるだろうし、そんなに威力があるとも思えない。
俺はすばやく周りを見回す。
「何かないか? おっと」
水饅頭の突撃を躱しながら必死に武器を探す。
あれなら、なんとかなるかも。
俺が目をつけたのは。
木の近くに立ててあった『○×年度卒業生 寄贈』と書かれた木製の看板だった。
力ずくで引っこ抜き看板の棒の部分を手に水饅頭に向かい合う。
「今度はこちらの番だ」
思いっきり振りかぶり、エイヤと叩きつける。
ジュバという音と共に水饅頭に思いっきりめり込んだ……そう思った。
しかし、看板を引き抜いてみると、水饅頭の形の穴が大きく開いていた。
「これでも効果ないのか!?」
一瞬俺の動きが止まったところに、またもや飛び込んでくる。
慌てて地面に転がり避ける。
どうしたらいい?
看板すら武器にならなかった。
このままでは、躱しそこねるか、体力が尽きた時点で終わりだ。
何か……。
何か……。
考えていて、一瞬敵から目を離したのだろう。
気がついたときには目の前に水饅頭が飛んできていた。
「くっ」
慌てて体を地面に投げるが、左腕に直撃を食らった。
「ぐあっ」
左腕に焼けたような痛みが走ると共に、殆ど動かなくなる。
目を向けると、グロテスクな感じに焼け爛れていた。
痛みで叫びだしそうになるのをこらえていた時、ふと思い出す。
そういえば、回復魔法を使えたな。
すぐに、「回」と自分に向けて回復魔法を唱えてみる。
ほんの気持ち程度、痛みが引いた気がした。
回復はしてるようだが、雀の涙だった。
治療は戦闘終わってからするしかない。
敵の攻撃を避けながら回復するのは、あきらめる事に決めた。
回復効率が悪すぎる。
かといって、攻撃する手段がないのは変わらない。
どうするか……。
「あああああああ」
そこで、大事な事を思い出した。
俺には回復の他に火の魔法も使えるのだ。
役に立つかは解らないが、間接攻撃できる手段には違いない。
やるしかない。
俺は敵の動きを見極める。
魔法と言っても1発じゃ倒せるわけはない。
それにMPも無限ではない。
全部当てるつもりでいく。
そのために敵の動きを見極める。
何とか攻撃を避け続けてる。
すると、水饅頭は攻撃のために突撃すると、着地後少し動かなくなる事がわかった。
「よしそれなら」
俺は次の攻撃をかわすと同時に。
「火」
水饅頭に右手の平を向けながら呪文を唱える。
小さな火の粉はゆっくりと進み何とか敵の硬直時間中に着弾する。
「ピギャーーーー」
水饅頭は初めて鳴き声を上げる。
おお、何気に効いているのか?
そこからは、死闘となった。
俺はひたすら『火』の魔法を連発した。
相手も死に物狂いで攻撃を連発する。
左足、右太もも、背中などを焼かれて回避すらままならなくなってきたとき、ついに敵が倒れる。
動かなくなったと思うと、光の粒に分解されて跡形もなく消えてしまった。
後に残ったのは、焼け焦げた真っ黒な物体だ。
恐る恐る手に取ると、かろうじてスマホだった事が解った。
もしかして、落ちてたかばんの中のスマホを食べていたのか?
それを俺が焼いてしまったのか?
少し、元の持ち主に罪悪感が沸いたが、まあ気にしないでおく事にした。
こうして、俺の最初の戦闘は辛うじて勝利を収めた。
戦利品は……『黒焦げのスマホ?』……。
もうちょっといい物が欲しかったかも。




