勘違い
お……重い……。
く……苦しい……。
息苦しい……。
お……おぼれる……。
く……空気……。
空気を……。
最後に、上に向けて手を伸ばした。
何か目の前に変な生き物が居た。
顔はりん、体は白い芋虫みたいだ。
たぶん、夢の続きなのだろう。
もう一度、夢の中へ……。
「む~~む~~む~~」
何か切迫感の感じられる唸り声を上げながら、のた打ち回りはじめた。
仕方ないのでもう一度目を開ける。
芋虫のりんは顔を真っ赤にして何かを訴えていた。
「む~む~む~」
しょうがないので、口をふさいでる猿轡をはずしてやる。
……猿轡?
「これ、はずして~~はやく~はやくして~」
りんの声は恐ろしく切羽詰っていた。
寝ぼけた頭でりんの体を改めて見る。
白い芋虫とおもわれたそれは、ぐるぐる巻きにした布団だった。
丁寧に縄で縛ってある。
縄で縛って……。
あああああ~昨日、外すの忘れてた~~~~。
「はやく~~~はやく~~~あおちゃん~~~」
りんは一刻の猶予も無い様子で訴えている。
俺はあわてて、布団の縄を解きにかかる。
く、結び目がめちゃくちゃ硬くなってる。
なかなか解けないぞ。
「はやく~~~~~」
なかなか……解けない……あ、解けた。
と思ったと同時に、ものすごい勢いで、りんが駆けていった。
ドン「痛い~~」ガン「いた!!!」バシ「うみゅ~」
ガチャ、ガチャ、バタン。
何か色々ぶつけてたようだ。
最後にトイレのドアが閉まる音がしたから、もう限界間近だったんだろう。
悪いことをしたかもしれん。
気が向いたらあやまっておこう。
焼いた食パンに野菜サラダ、デザートにリンゴで、飲み物はホットコーヒー。
まさに洋風のモーニングといった感じだ。
今日はいつもより早く起きたから、朝食も優雅にゆっくりと取れる。
これからも早起きしてみるのもいいかもしれないと思う。
でも、まあ朝の5分の睡眠は何よりも貴重だといって明日もまたギリギリなんだろうな。
「あおちゃんでしょ……今朝のあれ」
そんな優雅な朝食だと言うのに、目の前に座るりんは不機嫌そうにしていた。
「なんのことだ?」
たぶん、昨日布団でぐるぐる巻きにしたことだろうとは思いつつたずね返す。
「朝、起きたら私、布団で春巻きにされてた事だよ!」
プンプンと音が聞こえそうなくらいに、ほほを膨らませている。
面白いので、
「しらないぞ?寝る前に巻き寿司になって遊んでたんじゃないのか?」
とついつい、からかう方に舵を切る。
「昨日はちゃんと、あおちゃんの監視を……じゃない、なんでもない」
りんにジト目を向けると、あわてて目をそらす。
「監視って聞こえたんだが?」
あれはやっぱり監視のつもりだったのか?
もう高校生なんだから、もう少しやり方というものがあるだろうに……。
「うんん、監視なんてしてないよ」
首を左右に振りながら答えてくる。
ま、目は泳いでたけどな。
この調子だと、何故とか聞いても答えそうにないし、ほおっておくことにした。
それにしても、一晩寝ても続けるとか、りんにしては続くな~。
ま、ミノ虫にした事はなんだかんだで、うやむやにできた。
朝の件で思い出したのだろう、りんは今日一日俺の監視(?)を続けていた。
りんは友達から聞かれても適当に、
「さっきからなにしてるの?」
「あおちゃんを見張ってるの」
「浮気の兆候でも見つけたの!?」
「うん、そんな感じ」
「えええええ~」
って感じで答えていた。
まて、浮気云々の前に付き合ってないだろう。とか、適当なこと言ってるんじゃないぞとか。言いたいことはたくさんあった。
りんの周りの女子の目がものすごく冷たくなった気がした。
そして、男子からは殺意を向けられていた。
「東堂さんがいながら」とか言いながらわら人形なんて出すな!
りんは授業中、黒板や先生ではなく、俺の方を見たままで、なんども注意を受けていた。
昼休みは少し離れた位置から俺が食べるのを見ていた。
放課後は
「今日は用事があるから先帰ってて」
とか言って一緒に帰らずに、5mほど離れた位置からずっとつけてきていた。
りんにしてはよく続くよなと感心すらした。
でもまあ、もうそろそろ限界だろうなとも感じてはいた。
何か行動を始めて、妙なトラブル起こさないことを祈るばかりだ。
「あおちゃん、自首するべきだよ!」
家にもどってきて、PCを立ち上げようとしてるところにりんが来て、リビングまでつれてかれた。
そして、まじめな顔をして言い放った言葉がこれだ。
うん、どこで、どうなって、どんな結論からそうなった!?
端的に問い返してやる。
「は?」
「あおちゃん、隠すと罪が重くなるんだよ!」
りんは真剣にいってくるが、どこからそんな話が出てきた!?
このところ様子がおかしかったのはこのためか……。
それにしても、誰だ?こいつに変なこと吹き込んだやつは。
まあ、それはともかく、俺はりんに無言で近づく。
「く……口封じは罪を重ねるだけだよ、あおちゃん!」
うん、まだ言ってる。
まずは、りんのこめかみにグーを当てて……。
グリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリ
「で……落ち着いたか?りん」
「頭が~頭が~ぐあーん、ぐあーんする~~~」
りんはこめかみを押さえて唸っている。
う~んやりすぎたか?
だが、今のうちだな。
ダメージの残ってる今なら正直に言うだろう。
「で、どういうことだ? 説明しろよ。りん」
りんを睨み付けてみる。
「自分の心に手を当ててみるといいよ」
うん、心に手を当てるんじゃなくて胸に手を当てるだからな。
それはともかく、このままじゃ聞き出すのにも時間がかかりそうだ。
それも面倒だ、ここはひとつ……。
両手でグリグリのジェスチャーをしてみる。
りんはビクンと震えると、すぐにしゃべりだす。
最初からそうしてれば話は早かったんだ。
「薬は薬物で道頓堀で違法なんだよ!」
…………。
……。
まったく、早くは無かった。
というか、さっぱり意味が解らなかった。
「は?」
りんはあせって繰り返す。
「お薬が違法で薬物で逮捕なんだよ!」
どんどん意味不明になっていく。
だめだ……。
こいつに説明させたのが間違いだった。
聞き方を変えよう。
「りん、それ誰から聞いた?」
りんはキョトンとして、
「え?誰からも聞いてないよ~ポスター見たんだよ」
「ポスター?」
なんか引っ掛かるななんだった?
いつものバカだと思って軽くスルーしたような……。
「うん、学校で見たやつ。『薬物ぜったいだめ!!』だよ!!」
「………………」
…………。
……。
まさかこいつ、俺が覚せい剤とか麻薬とか使ってるとでも思ってたのか!?
でも、なんでいきなりそんな事を?
後……”道頓堀”が薬物に何の関係が?
「りん、一つ聞いていいか?」
「な……なに?」
りんは姿勢を正してこちらを見る。
「道頓堀ってなんだ?」
「あおちゃんそんな事も知らないの!?お薬飲んでパワーUPするやつだよ~~~~」
「……」
薬を飲んでパワーアップ?
道頓堀……どうとんぼり…………。
まさ、ドーピングか!?
”ド”しかあってないぞ。だがりんだからな。
「もしかして、りん、ドーピングの事がいいたいのか?」
「それそれ!」
うれしそうに頷くな。
う~ん、それにしてもドーピングか。
りんがドーピングという事を知ってた事に驚きだが……。
まあ、理解できなくはないのかもしれない。
検証は完全には終わってないが、『勇者の証』の効果で能力が変化してる可能性はあるのだ。
魔法も実際にどれだけショボクても使えた事だし、レベルUPで能力値がUPしてる表示があったのだから、実際の能力も上がってる可能性はある。
実際にいくつか心当たりもあるのだ。
まあ、それをりんがドーピングと考えたのは、りんにしては冴えすぎてると言ってもいいかもしれないが、考えとしては妥当だ。
「うん、解った。りんは俺がドーピングしてパワーUPしてると思ってるんだな?」
「そのとおりだよ!だから早く自首しなくちゃダメだよあおちゃん」
やっと理解できた。
だがなりん、お前は大前提から間違えてるぞ。
それは……。
「りん、ドーピングはオリンピックとかで違反であって、違法ではないんだぞ!!」
「????」
りんは不思議そうに、
「違反だから違法なんでしょ?」
と首をかしげる。
「オリンピックで反則負けになるだけで、違法じゃないんだよ」
「え?え?」
「風邪薬でさえドーピング検査で引っ掛かることがあるくらいだしな。それで逮捕されるようなことがあったらたまらないよ」
りんは突然あわてたように……。
「ど、どうしよう、あおちゃん! 私、風邪薬飲んだことある! 逮捕されちゃうよ!!」
違うだろりん。
そして、りんが風邪ひいた事があるのに結構驚く、バカは風邪ひかないって言うのに……。
ああ、そういえばりんは去年、夏風邪ひいてた様な気がするな。
夏風邪ならバカでも引くんだな。
「りん、ドーピングが違法ってのが間違いだからな」
「え? でも、あおちゃん。薬もってるだけで逮捕されたとかニュースであるよ」
うん、微妙に情報がおかしいな。
「大麻とか覚せい剤とか。そういう麻薬とかが法律で禁止されて所持もダメになってるんだよ」
「そうなの?」
「ドーピングは体に悪い影響が出ることはあっても法律で禁止って訳じゃないぞ」
まあ、一部禁止になってる薬物があるかもだけど、その辺細かいことは知らないからな。
「そうなんだ~安心した~。って、あおちゃん、体に悪いんじゃダメじゃないすぐにやめないと」
ほっとした表情を一瞬見せたりんだけど、すぐに気がついてお説教モードに。
「健康は大事なんだよ、あおちゃん……………………………………
………………………………………………………………………………
……………………………………………………………………………………」
うん、無駄に長い。
さてどうしたものか。
ちゃんと説明してもりんが信じるかどうか。
そもそも、俺自身はっきりと解ってるわけじゃないからな。
でもまあ説明してやらないと納得しそうに無いからなしょうがないか。
「りん、実はな……」
俺はどうせりんは信じないだろうとあきらめながら、説明を始める。
俺自身半信半疑な『勇者の証』の説明を……。




