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15 大丈夫



 ハワード男爵家の雰囲気は日を追うごとに悪化した。


 男爵と夫人は息子の行動についての意見の食い違いから冷戦状態のようになり、当のマイセンは自分が与えられた仕事へのストレスから酒を飲む量が増えた。愛人であるジュリアは上手くその怒りを宥めているようだったが、発散出来ない鬱憤はすべて彼の妻へと向かった。


 マリーの部屋の窓は厚い木の板で塞がれた。


 それは男爵夫人の提案で、一日中ぼうっと外ばかり眺めている正気のない嫁への教育なのだと彼女は主張した。マイセンもまた、反対はしなかった。


 気が立ったらマイセンは妻の部屋へと向かう。「マリー!マリー!」と声を荒げた彼がマリーの部屋へと向かう姿は鬼のようで、部屋の中でいったい何が行われているかなど使用人は知らなかったし、知りたくもなかった。



「僕はときどき思うんだ」


 朝食のパンを千切りながらマイセンが口を開く。


「真の領主は僕なんじゃないかってね。ガーランドのやつ、役立たずでしかない。そのくせ帳簿を見せろと最近言って来るんだ。守秘義務があると言ってやったよ」


「んまぁ!そんな難しい言葉をマイセンは知ってるのねぇ~私たちの坊やがお利口で嬉しい限りだわ」


「マイセン様こそ領主に相応しいですものね」


 すかさず合いの手を入れるジュリアはハワード家にとって今や必要不可欠な存在となっていた。


 使用人たちは不安そうに顔を見合わせる。

 彼らは自分たちが泥舟に乗っているような気さえした。


 その後ろで新人のメイドは小さく溜め息を吐き、いつも通り別皿に取り分けた食事を銀の盆に載せて手に持った。盛り上がる食卓に背を向けてひっそりと食堂を後にする。


 様々な写真や絵画が並ぶ廊下を抜けて、メイドはこの屋敷ですでに忘れられた存在となりつつあるマリーの部屋へと向かった。





 ◇◇◇





「わぁ……今日はお肉があるのね、嬉しいわ」


 マリーはなるべく明るい声でそう言った。

 無理矢理笑おうとして、切れた唇が痛む。


「マリー様………」


「なにかしら?」


「こんな扱いはあんまりです。私は最近お屋敷に来たばかりで、あまり事情は分かりませんが……マリー様はマイセン様の妻でいらっしゃるのに、どうして……」


 大きな口を開かなくても良いように、メイドは肉を小さく切り分けてくれた。マリーは感謝を伝えながらフォークを受け取る。


「私には上手く出来なかったの。マイセンの妻として振る舞うことは、私には難しかった」


「…………、」


「でもジュリアが居てくれて助かったわ!きっと彼女なら元気な子供を産むし、愛人というよりもうハワード男爵家にとっては妻同然よ」


「マリー様……!」


 若いメイドはマリーの肩に手を置いて名を呼んだ。

 大きな瞳に涙が浮かんでいるのが見てとれる。


「お逃げください、マリー様!貴女にとってここは地獄です!窓は塞がれて、外の世界を見ることも出来ない。こんなのは幽閉ではないですか!」


「どこへ?」


「……え?」


「私にどこへ行けと言うの?貴女が知ってるか分からないけど、私は貴族令嬢なんかじゃない。生まれは平民だし、ずっと遠い田舎町から来たのよ」


「だけど、」


「逃げたってのたれ死ぬだけだわ。雨風が凌げて食べ物をいただけるんだもの。私はこれで大丈夫よ」


 まだ何か言いたげなメイドの手を安心させるためにそっと撫でて、マリーは食事を続けた。


 大丈夫。それは自分を落ち着かせるための魔法の言葉であって、現状に目を向けないための精神安定剤のような役割も持っていた。


 大丈夫、きっと大丈夫。

 もう逃げ出すことなど考えてはいけない。



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