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ままならない世の中

「がんばる秋津さんを見てると、おまえがいかに下らない人間かがわかってくる。努力しない人間に価値はないな」


「自覚がないようだから言っておくが、おまえの成績が平均以上をキープしているのはおれの弛みない努力の成果だぞ」


少年とマキが教室で他愛ない世間話をしていると、相づちを打っていた委員長が唐突に嘆きはじめる。


「おれは、この三年間で何も成し遂げられなかった……」


そんなことはないと言ってやれたらどんなに素敵なことだろうと、少年は思う。


「…………」


深刻な表情で黙り込む級友に、委員長は求めていた反応とは違うと異議を申し立てる。


「いや、何かあるでしょ。何か言ってよ」


「委員長……」


二の句を継げずにいる少年に、委員長は傷付いたような表情をした。


「それ! あなたたちが無意味にプッシュしてる委員長キャラのせいで、おれは損をしてる」


「例えば?」


少年の机に片手をついて佇むマキの声は鋭く、一切の容赦がない。

カミソリを喉元に突き付けられたような、独特の存在感がある。


少しひるんだものの、委員長は続けた。


「委員長なのに勉強ができないとか、しっかりしてないとか……果てには委員長なのに元気とか!」


言っているうちに段々と思い出してきたらしく、勢い込んで少年の机に平手を叩き付ける。


「委員長なのに元気て!」


猛り狂う委員長に、少年が声を掛ける。


「どうした、珍しくキレてるな」


「その顔! なんで嬉しそうなの。そんなにおれの不幸が楽しいの。この悪魔っ、みっちーは鬼子だよっ」


鬼子ね……。


ますます笑みを深めて、少年がゆっくりと椅子を傾ける。組んだ足のひざの上で、指先が閃くように踊っていた。


人の不幸は蜜の味というが、おおむねその通りだと認めざるを得なかった。何も人間に限った話ではない、生きとし生ける生物は他人の幸福に快感を覚えるほど奇怪な生態をしていないという、単にそれだけの話だ。


とっさに目を逸らした委員長を窮地から救ったのは、意外にも副委員長の瀬波叶だった。


「うるさい」


と一言、委員長を冷たく一瞥する。

あいにくと童顔のため凄みはなかったが、常日頃から躾られている委員長は震え上がった。


次いで、叶は少年を睨み付ける。


「…………」


「ん?」


彼は即座に冷笑を解凍して微笑みに変換すると、首を傾げて無関係を装った。


さも人畜無害そうな顔をしているが、この三人の中で飛び抜けて残酷なのが彼だ。


叶は少年との衝突を避けて、マキに言う。


「マッキー。いま、わたし少しナイーブになってるの。そっとしておいて」


マキは片眉を上げて、ちらりと萠の様子を窺ってから快諾した。


叶と仲が良い秋津萠が、誘拐犯からの要求を逆探知している刑事のようなジェスチャーをしていたため、自分たちの手には負えないと判断したのだ。


少年と委員長を伴って、自分の席へと移動する。


数ヶ月前、中学生活で最後の席替えだからと好きな者同士で班分けをした際、前列か後列かで意見が分かれた少年とマキはあえて同じグループに属することをよしとしなかった。

そういうところが、この二人にはある。


かくして無事に退避を終え、委員長がほっと胸を撫で下ろす。


「うわあ、びっくりした。機嫌が悪いと八つ当たりするんだよ、みっちーの影響でしょ」


本人がいないところで陰口を叩くのは、委員長の悪い癖だ。陰湿な悪意こそ感じないものの、見ていて気分の良いものではない。

マキは憮然として言う。


「一緒にするな。こいつは八つ当たりなんて絶対にしない。他人にまるで期待してないからな」


「マキくん、人を冷血人間みたいに言うのはよしてくれないか」


知ったふうな口を叩くのは、マキの悪い癖だ。すかさず反論した少年だったが、友人の眼差しは思いのほか真剣である。


「委員長はな、最悪の場合おまえが何とかしてくれると思ってる。はっきりと言っておいたほうがいい。瀬波に何をした」


「決めつけるな」


少年は憤慨する素振りをしつつ、内心で舌を巻いた。ほぼ当たっている。


叶の不機嫌の理由は、先の勉強会でマルマルとお近付きになれなかったことに起因する。


緊張して全然喋れなかったらしい。


挙動不審な叶に、すっかりマルマルも警戒してしまった。


お互いに会話の糸口が掴めないものだから、「あー」だの「うー」だの言い合っているうちにお開きになってしまった。


あまりのポンコツぶりに、少年は萠の家庭教師を買って出ねばならなかった。


意外と言えば、まあ意外な結果だった。



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