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少年、明日を信じて

近頃の父は、仕事帰りにお土産を買ってくることが多い。僕も薄々は感付いていたが、会社勤めで家族との時間を持てないことを気にしていたようである。


ただ、そのお土産が甘菓子に偏りすぎてはいまいか。母はともかくとして、僕は甘いものがあまり好きではない(プリンは除く)。

まあ脳の活動には糖分が重要というから、これは不器用なりに息子を案じた父からの、受験をがんばれというメッセージに違いない。ありがたく頂戴するとしよう。


「マルマルさん、クッキーは好きかね」


「うん」


「そうかそうか。たんとお食べ」


居候の嗜好と一致しているのは、単なる偶然だろう。


母はどうか。

僕の母親は、我が母ながら、よくできた人である。

我が家に転がり込んできたお姫さま(笑)が可愛くて仕方ないらしく、あれこれと身の回りの品を買い与えてやっているようだ。


そのことと、僕の小遣いが消失したことの関連性を問い質してみたところ、母は言った。


「わたしは、あなたの代わりをしてあげてるんです。感謝しなさいね」


まったく意味がわからなかったので、その真意を問うてみた。


母は、まだまだ未熟な息子に呆れたようである。お手数をお掛けします。


「あなただって、マルマルちゃんが可愛い格好をしていたら嬉しいでしょう」


そんなことはない。僕は即座に否定した。

たとえ彼女がどのような出で立ちをしていたとしても、そう仮に男性だったとしてもだ、僕の態度が変わることはない。


人間が万物の霊長類とされるゆえんは、その精神性であり、僕が心を動かされるとしたら、それは内面の美しさ以外ではありえない。

そうなるよう育ててくれたのは、他ならぬ両親である。


自信をもって断言する息子に、その母親は少し遠い目をしてから、何を言うでもなく静かにフェードアウトしていった。あれ、お母さん……?


つまるところ、僕が受験勉強に勤しんでいる間に、我が家は着実にやつの侵略を許しつつあったのだ。


そのことに僕が気が付いたのは、十二月の初旬にもなろうかという時期であった。




(多少は知恵が回るようだが……)


おれはそう甘くない。一筋縄で行くとは思うな……。少年がマルマルを見詰める視線には、ひと欠片の油断も見られない。


二人掛けのテーブルを挟んだ向かい側の席で、チョコパフェをついばんでいる少女を睨んでいる。


金髪に碧眼の、異国情緒あふれる少女だ。


二人はいま、桜並木通りの喫茶店にいる。


学校侵入未遂事件からこちら、すっかり引きこもりと化してしまった彼女を、社会復帰させるために連れ出したのだ。


「美味しい?」


「うん!」


「そう」


経過は順調である。念願だった甘くてほろ苦いビターチョコとの対面に目を輝かせているマルマルに、少年の頬がゆるむ。この調子なら、来年の雪が溶ける頃には無事に自分の殻を破れそうである。


あのような糖分のカタマリを食べようとは、自分なら思わないが、嗜好は人それぞれだ。


休日のランチタイムだ、豊富なデザートメニューを取り扱っている人気店ということもあり、店内は女性客でひしめき合っている。


だから、もちろん少年はクラスメイトと出食わす可能性を考慮に入れるべきだったし、当然そうした。


いざというときのためにメンテナンスしておいた、牛の着ぐるみを装着しての万全の態勢である。


門前払いされるかもしれないという危惧はあったが、受付の女性店員は引きつった笑みで店長を呼んでくれた。

そして現在、子供にローキックをされている。

小学生低学年だろうか、やんちゃな男の子である。


しかし好奇心は猫を殺すという。

静かな殺意を芽生えはじめる少年であったが、


「こら! 牛さんが可哀想でしょ」


ホントにね。


その母親と思しき女性に頭を下げられて、「お気になさらず」と紳士的な対応をする。


母親に引きずられていくクソガキに、鶴の構えを披露することも忘れない。


席に座り直して、少年は思った。


(限界だ)


店内は暑い。まるで灼熱地獄だ。


(……いや、まだイケる。おれはこんなところで終わる男じゃない。そうだろ?)


ぐったりとしながら、自己暗示に余念がない牛さん(中学校最高学年)。


一部始終を見ていたマルマルが、言う。


「ところでみっちゃん、その格好は何のつもりだ」


「いま、それを言うのか」


友人なら第一声でツッコんでくれるだろうに。

一言でもいい、家を出発する前に「ない」と言ってくれれば、このようなアトラクションに挑戦する事態は避けられた筈だ。なぜ言わない。

少年は、着ぐるみの中でうめいた。


「はあ、はあ。……ぐっ」


「……そんなにツラいなら脱げば良かろ」


「おれは、子供たちの夢を、この国の未来を守る……!」


受験戦争真っ只中の少年が、着ぐるみの中で吠えた。


それは、きっと感動的な光景だった。

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