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怪物と呼ばれる呪われ英雄に嫁いだ亡国の不憫姫ですが、こんなに幸せでいいのでしょうか  作者: 遥彼方
第一章

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寝坊

 頭の下にあるのは、枕より硬くて温もりのある何か。鼻先に触れる布地からは、いい匂いがする。落ち着く香りが心地よくて、顔をすり寄せると頭の上に重みが加わった。それもまた、妙にヨルズの心を安らがせた。


 気持ちいい。こんなに穏やかな気持ちでいられるのはいつぶりだろう。


 ゆったりとした微睡みの中、まぶたの裏で感じるのは、朝にしては温度が高く黄色い光。その光を知覚した途端、急激に意識が浮上した。


 これは、まさか昼。まずい。寝過ごしてしまった。

 さっと血の気が引く。決まった時間に起きなければ、折檻される。

 ヨルズは飛び起きようとして、失敗した。


 誰かの腕の中にいる。起きようと動いたのに、抜けるどころかその反射でぎゅう、と力をこめられてしまったのだ。

 広く硬い胸。厚みのある腕。男だ。

 誰、と混乱してから、昨夜のやり取りを思い出した。

 そうだ。一緒にベッドで眠ろうと提案したら、ヴァナルガンドに抱き枕にされたのだ。


 良かった。ここは塔じゃない。

 ほっとしてヴァナルガンドを見やれば、ゆっくりと上がったまぶたの下から、朱金の瞳がのぞく。焦点の合わないぼんやりとした瞳が、ヨルズを見るともなしにとらえた。


「……おはよう」

「おはようございます」


 昨日と全く違う、ふやけた声が心臓に悪い。寝起きの無防備な表情は、怪物とはかけ離れていて、普通の青年だ。


「あの、起きて下さい」


 罰せられないとはいえ、早く起きなければ。使用人たちには、朝食の準備やこのあとの段取りがある。きっと今か今かと待っているはず。

 祖国の侍女たちは冷たかったが、ここの使用人たちは優しい。彼らを待たせるのは忍びない。


「起きている」


 そう言ってヴァナルガンドが背中を丸める。頭の上にあごが乗り、乗せていただけだった腕がしっかりとヨルズの背中に回った。

 

「起きていません。半分寝ているように思います」

「もう起きる」


 起きると言ったものの、ヴァナルガンドに動く気配がない。声も寝ぼけて力がなかった。

 困った。どうやらヴァナルガンドは朝が弱いらしい。仕方がない。自分だけでも先に起きようとヨルズは身をよじった。


「わたくしは起きますから、離してください」

「初夜の後だ。寝坊したところで誰も気にしない」

「わたくしが気にします」


 確かに、初夜の翌日というのは咎められないものだが。初夜といってもヨルズとヴァナルガンドの間にそういった行為はないのだ。


「俺とこうしているのは嫌か?」


 会話を経て覚醒してきたのか、声が硬さを取り戻してきた。


「い、嫌ではありませんが。こんなに遅い時間に起きたことがありませんし、その」


 頭の上からヴァナルガンドのあごが離れ、覗きこまれる。朱金の瞳に射抜かれて、ヨルズは視線を落とした。


「ここに来てから使用人たちには、よくしてもらいました。妻としての役割も果たしていないのに、彼らを待たせては申し訳がたちません」


 夫婦の行為を経て、ヴァナルガンドの力を安定させること。ひいては世継ぎを生む事。それが妻の大きな役割であり、それらを期待されてヨルズはここにいる。皆が優しく接してくれているのはそのためだ。なのにヨルズは応えられていない。


「俺もうちの者も、君に役割など求めていない。君が気にすることはない」


 頬に指が添えられて視線を上げると、朱金の瞳と口元に小さく笑みがにじんでいた。


「うちの使用人たちは、俺などより君の味方のはずだが。何か言われたか」

「いいえ。家族のように温かく接してくれて戸惑っています」

「そうだろうな。むしろ説教を食らったのは、あんな形で君を無理矢理連れて来た俺の方だ」


 ヨルズが首を横に振ると、ヴァナルガンドが可笑しそうに喉をならした。


「うちの者は世話焼きで遠慮がないからな。鬱陶しかったらはっきり言ってくれ。特に家政婦長は口うるさい」

「鬱陶しくなどありません。ただ、どうしたらいいのか分からないのです。わたくしは、さぞかし無愛想で感じの悪い女でしょう」


 望まれる王女を演じ、失敗を恐れる日々だった。今まで誰かと会話らしい会話もしてこなかった。

 笑いかけられた時、どうすればいいのだろう。褒められた時、なんと返せばいいのだろう。


 答えを持たないヨルズは、結局無反応を貫くばかり。至らなくて嫌になる。


「それも心配はいらないな。君は礼儀正しく何でも出来る。見習えと怒られた」


 おどけるように片方の眉と肩を上げた。その声と仕草には、使用人に対する親しみが含まれていて、ヨルズは首をかしげた。


「ヴィーグリーズ国は身分差があまりない国なのですか」


 ヨルズは他国のことを知らないが、文化や習慣の違いはここでの数日間で既に感じている。

 調度品や衣服のデザインの違い、食材や味付けの違い。

 何よりも使用人たちと、一応女主人であるヨルズとの距離の近さ。彼らの態度の温かさや気安さに驚いた。それらはもしかして、国風なのかと思ったのだ。


「いや。この国にも身分差はある。うちが少し特殊なだけだ」


 頭を一撫でされて、重みが消える。ヨルズが半身を起こすと、ベッドから下りたヴァナルガンドが口の端を上げた。


「引き留めて悪かった。そろそろ起きよう。あらためてうちの者を紹介する」

お読み下さりありがとうございます。

ブクマ、ポイント、とても励みになります。


不定期更新ですが、なるべく週一で更新出きるよう頑張りますので、よろしくお願いします。



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― 新着の感想 ―
[良い点] (これは感想欄を先に見ると「甘い……甘い……」とざわざわしているんじゃないか? そうに違いない……!(・∀・))  と、思いながら見に行ったら本当にそういう感じでした。  良いですね。い…
[一言] 更新お疲れさまです。 ヴァナルガンドとヨルズのじれったいやりとりが、たまらなく好きです。王道のどちらがベッドで寝るか問題からの、翌日腕の中に、もうにやにやが止まりません。ふあああ、最高かよ…
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