アフターエピソード
私――エルドリア王国第二王子にして、〈勇者育成学校〉校長ラッセルは、講堂脇に建てられた十六英雄の像を眺めることを、早朝の日課としていた。
この学校に来るような生徒は、やはり多かれ少なかれ“勇者一行”に思い入れがあるのだろう。
登校の道すがら、ふと十六英雄像を眺めにくる者たちが、しばしば見かけられた。
彼らに声をかけ、世間話をするのは私の楽しみの一つであった。
そしてこの日、私より先に来て、十六英雄像をぼんやりと眺めていたのは、F学級の生徒だった。
奇しくも彼とこの場で会うのは、入学式以来これで二度目。
今日ではもう顔と名前が一致している。
ルースという、入試で最低成績をとった生徒である。
なるほど、どこにでもいる凡庸な若者だと「見える」生徒だ。
しかし私の目は、勘は、それを否定している。
像の前でぼんやりと佇む、取るに足らないはずの一生徒が、ここに並ぶ十六英雄たちとも比肩しうる――あるいは凌駕する――傑物のように思えてならないのだ。
「“勇者一行”の英雄譚は好きかね?」
私はそう彼に声をかけた。
「以前、一度お答えしたはずですが?」
彼は像を眺めたまま答えた。
〈教師〉ジャスティンの像を眺めたまま。
「今度は本当の気持ちを聞かせてもらえるかと思ってね」
私は彼の隣に立ち、一緒に〈教師〉像を見上げながら笑った。
「俺が十六英雄に憧れてこの学校に入ったというのが、嘘だとでも?」
「嘘なのかね?」
「空惚けたふりをして、決めてかかるのはやめてください」
彼はさも気分を害したふりをして、この場を去ろうとする。
それを私はしつこく話しかけて、引き留める。
「学校にはもう慣れたかね?」
「少しは」
「学級対抗試験には?」
「あれは慣れません。噂には聞いていましたが、これほど厳しい内容だとは思っていなかった」
「先生たちの報告書に目を通す限り、君には簡単すぎてあくびが出るかと思ったのだがね?」
「カマをかけるのはやめてください。俺みたいな“最下位”のことなんて、ほとんど何も書かれてないでしょう?」
彼の言う通りだ。
二度目のサヴァイバルレース試験では、F学級でリーダーシップを発揮するアナスタシアという生徒の作戦と指示を受け、最初にゴールした。
彼について特記されているのは、その程度のことだった。
一度目の試験の報告書には、ルースのルの字も出てこない。
「もう失礼します」
「まあ、待ちたまえ。校長なんて暇すぎて、生徒と話すくらいしか楽しみがないんだ」
「育成学校の改革というご使命があるのでは?」
「そんなものは私にとっては朝飯前すぎてね。余力を持て余しているのだよ」
「俺は授業についていくのもいっぱいいっぱいですので。では、これで」
「そう私を警戒せずともいいだろう――」
背中を向けた彼に、私は苦笑を向けた。
「校長となった今、私もまた教師なのだ。生徒に対しては公正中立を心がけている。だから、君が心配するようなことはない。君がどんな実力を秘めていようとも、対抗試験で暗躍しようとも、私は見て見ぬふりをするし、ましてや暴き立てて君の意図を邪魔するような真似はしない。成績の考査さえ、本質的には校長の仕事ではないからね。本当に安心してくれていい」
「前にも言いましたが、買い被りがすぎますよ」
「実はこの誤った十六英雄像も不愉快だったのだがね。だから、〈墓守〉ルースの像を建てさせるつもりだったのだが……それもとりやめたよ」
「…………」
私のカマかけに対し、彼の背中は「いったい何の話をしているのだか、理解できない」と全力で訴えていた。
それはもう、役者の如く見事な芝居だった!
だが私の目は――私が持つ特別な目は、彼がその実、警戒レベルを一層高めたことを見抜いていた。
ハハハ。
まったく食えない学生もいたものだ。
そんな彼に私は本題を切り出す。
「君が生徒としてどんな風に振舞い、立ち回ろうと私は関知しない。だが――」
「……だが?」
「――魔族についての問題は、話は別だ。アレは人類全ての敵だ。私の学校に潜んでいたと知って、正直ゾッとしたよ」
私は本心から言った。
ジルヴァ先生から秘密の報告書が上がってきた時は、奴らに対して唾棄する想いだった。
そしてもちろん、報告書には「E学級のベイトという生徒の正体が魔族だった」「詳しい真相は不明。要調査」と書いてあるだけで、このルース君の関与が記されていたわけではない。
それでも私は彼に言う。
「魔族に関する件で、私に協力ができることがあったら、なんでも言ってくれたまえ。それは育成学校や対抗試験とは全く別の問題だ。いくらでも君に便宜を図ろう。もちろん秘密裏に」
「すみません、校長。さっきからあなたが何を仰っているのか、本当にわからない」
彼はそう言いつつ、今度こそ失礼するとばかりに去っていった。
そして、私の特別な目には見えた。
彼の背中にその実、「それだけ確認できれば、もうあなたに用はない」と書かれていることが。
ハハハ。
ハハハハハハ!
なるほど、私が彼に声をかけたつもりで、実は彼の方が私に用件があり、待ち構えられていたということか。
食えない学生だ。本当に食えない奴だよ、“最下位”のルース。
「私は運が良いのだろうな」
そう独白せずにいられなかった。
私校長に就任して初年度で、こんなに面白い学生と出会えたのだから。
彼がこれからの学生生活で何を果たし、何を得て卒業していくのか、それが楽しみでならない。
見守らずにいられない。目を離さずにいられない。
それが私――エルドリア王国第二王子にして、〈勇者育成学校〉校長にして、〈教師〉ジャスティンの末裔、ラッセルなのだから。
これにて完結です!
読んでくださってありがとうございました!
次はもっと読みたいと思ってもらえる作品を書けるよう、精進を続けます!




