エピローグ
翌日早朝。
校舎の前で待ち構えていたアナスタシアに、俺は講堂横に呼ばれた。
十六英雄の像の前で、いきなり言われた。
「ルース。あなた、やっぱり只者ではなかったわね」
「唐突だな?」
俺が白を切ると、アナスタシアはゆっくりとかぶりを振り、
「まずは謝罪をさせて頂戴。昨日の対抗試験、私の無知であなたには大変な役目を押し付けてしまったわ」
公平を信条とするアナスタシアは、折り目正しく俺に頭を下げた。
「なんのことだ?」
「自分では違うつもりだったけど、私も結局は箱入り娘だったということよ。実家では鍛錬の一環で、狩りは何度もやったことがある。でも庭番や猟犬なしに禽獣を狩るのが、あんなに難しいとは思わなかった。ましてや私はベッド以外で眠ったことがない。夜の森があんなにも暗く、危険で、心細いものだとは思いもしなかった。知識と実際では全然違った。わかる? 学級の皆と一緒で、夜営の時には交代で番を立てられた、私でさえそうなのよ?」
アナスタシアはそこで一旦言葉を区切り、もう一度謝罪するように言った。
「あなた一人でゴールを目指してもらうなんて、あの作戦はメチャクチャだったのよ」
また一つ自分の詰めの甘さに、遅まきながら気づいていた。
もっともこの件は俺にとってなんら問題がなかったので、敢えて指摘しなかったがな。
「あなた、何者なの?」
「貧民の出だと言っただろう? 森の中は危険だが、食べ物は豊富だからな。食うために仕方なく、幼いころから出入りしてたんだ。慣れたものさ」
「…………」
俺はすらすらと嘘を並べてみせる。
一方、アナスタシアは疑惑の眼差しをじっと向け続けてきた。
だが俺が何も白状しないのを見てとると、諦めたように嘆息する。
「……いいわ。私には頼れる味方がいる。それがわかって収穫よ」
「買い被りだぞ?」
「でも私に協力してくれるのでしょう?」
「ああ、約束は守る」
「だったらいいの」
アナスタシアは無理やり割り切った顔つきになると、教室に行こうと俺を誘った。
そしてF組教室。
俺たちが登校するや、クラスメイトたちが押し寄せてきて質問攻めにされた。
「昨日の試験、ルース君が単独一位だったんだって!?」
「てっきりまた迷子になってたと思ったのに!」
「どうやって一位とったんだ!?」
「てかスゴイよね~」
「そーだよ! ルース君のおかげでアタシらの学級が勝てたし!」
「ありがとう! マージ感謝だわ!」
「つーか今まで“最下位”ってバカにしてごめんな?」
ワイワイガヤガヤ、騒がしいことこの上ない。
遠巻きにヒソヒソ噂されるのではなく、俺の周囲がこんなににぎやかなのは、入学して初めてではないだろうか。
しかし目立つのも、俺が手柄を立ててしまうのも好ましくない。
「――褒めてくれたところ悪いが、実は俺の功績じゃない」
これがアナスタシアの立てた作戦だったことを、俺は包み隠さず打ち明けた。
『なーんだ』
『やっぱ所詮は“最下位”じゃん』
という微妙な空気が流れる。
しかし、俺にとっては好都合。
「そう、凄いのは俺じゃなくてアナスタシアなんだ。こいつの知略というか、改めてF学級の代表に相応しいリーダーシップだと思ったよ」
ここぞとばかりに持ち上げ、クラスメイトたちにも印象付けておく。
『確かに』
『最初の試験でも、アナスタシアさんのチームが大活躍だったし』
という納得の空気が流れる。
そして今度はアナスタシアが囲まれる番だった。
「聞いたよ、アナスタシアさん!」
「まーたお手柄だったな!」
「全部、君が考えた作戦だったそうじゃないか」
俺を取り囲んでいた連中が、わっと隣へ移動する。
アナスタシアは困惑頻り。
先ほど、自分で自分の作戦に激しいダメ出しをしたばかりだ。
絶賛されても素直には喜べないだろう。
だからか、
「いいえ、私もまだまだよ。もっといろいろ学んで、もっと優れた作戦を立てられるようにならないといけないって、痛感したばかりなの」
「まだ上を目指してんの!?」
「アナスタシアさん意識高すぎィ」
「でも、だから頼もしいんだよな~」
「オレは最初からついてくって決めてたぜ?」
アナスタシアが本音を吐露しても、謙遜や志の高さだと受け取ったクラスメイトたちが、無限にチヤホヤする。
若干、調子に乗っている奴もいるが、まあアナスタシアがこの学級の中心になっていくのは、俺にとっても悪くない話だ。
一方、アナスタシアの功名が、面白くないのがドリヤンたち。
「もしワタシの足が無事だったら、一番にゴールを決めていたのはワタシなのだがねえ」
と教室の隅に陣取って、盛んに負け惜しみを吐いている。いつもより巻毛をコネている。
しかし、その声は小さい。
入学当初に比べ、本当に小さくなってしまった。
それも当然、今回の試験でもドリヤンはやらかし、ますます立場を失ったからだ。
なんでも別行動をとって百メートルも進まないうちに、ドリヤンが悪路に足をとられて捻挫し、スタート地点まで抱えて運んだデーブ、ガッリともども棄権を訴えたらしい。
情けないにもほどがある。
ダークエルフ女子のカニャが一人で気を吐いて、道なき道を踏破し――テッドの見立て通り――順位こそ最下位ながら、しっかりゴールまでたどり着いたというのにな。
俺同様、夜の森を一人ですごしてみせた辺りも、ドリヤン一党でもカニャだけは意外と実力があるのかもしれない。
とはいえもう誰もドリヤンらを見向きせず、アナスタシアを囲んで褒め称える。
またF学級の勝利を祝う。
「これでオレたち、賞牌四枚獲得だろ?」
「学級対抗試験、二連勝したもんね!」
「ほーんとアナスタシアさんのおかげ!」
「他に四枚持ってるのなんて、A学級だけらしいぜ?」
「じゃあオレたちの実力はA学級と同レベルってことか!?」
「もう落ちこぼれ学級なんて呼ばせねえぜ!」
「アナスタシアさんが率いてくれれば、次もきっと勝てるし!」
などとクラスメイトたちは浮かれきっている。
まあ、そう仕向けたのは俺なのだから、文句はない。
今は好きなだけ浮かれているといい。
束の間の勝利に浸るといい。
成功体験は大事だ。
いつまでも落ちこぼれ学級と蔑まれ続けては、伸びるものも伸びない。
俺たちの賞牌は下位学級相手に稼いだものにすぎず、A学級が上位学級相手に獲得したそれとは、枚数こそ同じだが超えたハードルが全然違う。
皆がそのことに気づくのは、もっと後でいい。
そう――
今後、学級対抗試験はもっと厳しいものになっていくだろう。
次なる相手はD学級か。
あるいはまだ見ぬA、B、Cの上位学級か。
戦う相手が強くなればなるほど、試験の内容が過酷になればなるほど、クラスメイトたちには地獄を見てもらうことになるだろう。血反吐を吐いてもらうことになるだろう。
だが約束しよう。
俺がおまえたちを勝たせてやる。
そして、アナスタシアを勇者にしてやる。
これからも教室の影に潜み、謀略を練り、暗躍して――




