第二十四話 呵々狂笑
「滅びたのではなかったのか……」
瞳のない奴の眼球を見て、俺は愕然となって呟いた。
魔族。
魔族……っ。
魔族…………!
二百年前にこの俺の手で、魔王とともに滅ぼしてやったと思っていたのに!!
「確かに魔王陛下は暗殺者どもに討たれた。魔族は力を失い、衰退した。だが決して滅びたわけではない。そしてこの二百年間、力を蓄えてきたのだ」
ベイトだったものは、人族に向けた憎悪とともに吐き捨て、また豪語した。
そして、地面に転がるベイトの頭へと、左手を向ける。
掌から魔力の鎖を伸ばし、憤怒の形相のままもう物言わぬ彼の頭を繋ぐ。
あたかもモーニングスターの鉄球の如く、俺へと目がけて振りつけてくる。
俺が〈教師〉から学び、極めた魔術とは本質が違う――
本物の魔法だ。
魔族が本領とする純粋魔法だ。
ベイトだったものが全身に纏う桁外れの魔力もまた、奴らの最盛期を彷彿させる。
鉄球代わりにされたベイトの頭部が唸り、どこか恨めしげな目で俺をにらみながら迫る。
その威力、その速さともに、先の《ハイドラバイト》のようなチャチな技とは次元が違う。
俺は敢えて、その一撃を額で受けた。
眉間が割れ、盛大に流血した。
ずいぶんと久しぶりに見た自分の血だ。
俺が生きている証だ。
だがすぐに〈墓守〉の天技が作用し、額の傷を塞いでしまう。
それでも流れた血はここにある。
俺は右手で拭うと、真紅の染料代わりに右頬へペイントする。
あたかも原始の時代の戦いの儀式の如く!
「ハハハ! ハハハハハ! アハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
気づけば俺は笑っていた。
■ったように笑っていた。
腹の底から愉快な気分が込み上げてくるのは、いったい何十年ぶりだろうか。憶えてない。
「何がおかしい、人間!」
魔族が再び左腕を振り、ベイトの頭部を叩きつけてくる。
複雑な軌道を描いて迫るそれを、今度はしっかりと見極める。
跳躍して回避する。
そのまま〈拳士〉の妙技である《軽気功》を用い、綱渡りならぬ鎖渡り。波打つ魔力の鎖を足場に逆走し、魔族との間合いを一気に詰める。
「洒落臭いわ!」
ベイトだったものは、魔族の鎖を自在に消失させた。
しかし俺は足場がなくなる寸前、ジャンプして最後の距離を詰めていた。
同時に〈商人〉の天技を使い、《秘密の収納庫》から一振りの剣を引き抜いている。
紫電閃く刀身を持つ、この魔剣の銘は〈雷公ジンライ〉。
振りかぶり、俺は哄笑した。
「そうか! そうか……! 害虫の如くしぶとく生き残っていたかハハハハハハハハ!」
「不遜! 魔族を虫呼ばわりするなど許されぬ!」
魔族も右手に携えていた業物を両手構えにして応じ、たちまち十合斬り結ぶ。
奴の剣の方が保たず、刀身が半ばで斬り飛ばされる。
泰平の世に生み出された「業物」程度が、魔王軍との戦いの時代に鍛えられた「本物」に敵う道理がない。
堪らず魔族は後方に飛び退る。
魔力で強化された肉体は、十メートルの距離を一足飛びにする。
そうやって間合いを切ると、詠唱だのなんだのを抜きに《上位火球魔法》を三連、まとめてこちらへ撃ち放ってくる。
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
俺はタガが外れたように笑いながら、委細構わず突撃。
そして〈武士〉の奥義《天下無斬》で迎撃。飛来する三つの火球を全て斬って落とす。
と同時に俺も《極大火球魔術》をお返しする。
「剣と魔術を同時に操るだと!? しかもこれほどの精度で!?」
ベイトだったものは瞳のないその目を剥いた。
そう、これが〈剣姫〉の天技だ。
当時世界最高峰の魔法剣士であり――
俺が愛したマリアから継承した、《剣魔合一》だ。
魔族は堪らず前方に《極大障壁魔法《アルルミ・フォトス》》を張り、俺の《極大火球魔術》をどうにか凌いだ。
魔力の壁を打ち砕き、炸裂した炎の中を、俺は〈鉄人〉の巧技《金剛猪突》で突っ切る。
むしろその爆炎をブラインドに使い、魔族に肉薄する。
哄笑とともに斜めに斬り伏せる。
否――斬る寸前、ベイトだったものの姿が掻き消えた。
さすが害虫は生き汚い。
事前準備必須、制限回数も厳しい《転移保険魔法》が発動し、また十五メートルほど距離をとった位置へ瞬間移動していたのだ。
「なっ、何者だ、貴様!?」
ベイトだったものは、苦しみ喘ぐように誰何した。
「魔族を皆殺しにする者だ!」
俺は嗤笑しながら斬りかかった。
一方、魔族は藁にも縋る気持ちか、転がっているベイトの頭部へ再び右手を向け、苦し紛れに魔力の鎖で繋ごうとする。
「――魔族め!」
しかし俺は〈戦士〉の裏技である《ソードウェイブ》――遠距離斬撃ともいえる剣波を放ち、魔族が伸ばしたその右腕を笑いながら斬り落とす。
「――マリアたちの仇め!」
と同時に《極大稲妻魔術》を奴の頭上から降らし、電光で貫く。
この剣魔連携、二方向同時攻撃に、ベイトだったものは全く対応できなかった。
強力無比の雷撃を浴びた奴は、全身を痙攣させて一瞬、動きを止めた。
その一瞬さえあれば、俺なら充分。
間合いを詰め、奴の顔面を右手でつかみ、そのまま地面へ叩きつける。
わしづかみにしたまま、俺は握力と魔力を振り絞る。
「いくらでも涌いて出るがいい。いくらでも俺の前に現れるがいい。――虱潰しにしてやる」
そしてベイトだったものの顔面を握り潰してやった。
ここまで快い感触を味わったのもまた、数十年ぶりのことだった。




