第二十二話 サヴァイバルレース
試験当日。昼前。
俺たちF学級は、ロマールの森のすぐ南に集合していた。
推奨順路である林道の、入り口となっている場所だ。
教師陣やE学級はまだ到着しておらず、自然雑談タイムとなる。
不安げな様子で、アナスタシアに話しかけたのは優等生のリックだった。
「最後にもう一度確認するんだけど、本当に今回の試験では作戦とか必要ないんだね?」
「ええ。全員で協力して狩りや採集をして、一人も脱落者を出さずに支え合いながらゴールを目指す――強いて言えばそれが作戦ね」
「だけど相手は僕たちより実力のあるE学級で……」
「不安な気持ちはわかるわ? だけど私も熟考の末、今回の試験内容なら王道こそ最良という結論に至ったの」
「……わかった。僕も代案があるわけじゃなし、アナスタシアさんの意見に従うよ。学級のために全力を尽くすから、試験中何かあったら遠慮なく指示して欲しい」
「ええ。ルーン魔法騎士のあなたにそう言ってもらえるのは、本当に助かるわ」
「見習いだよ、まだ僕は」
リックは生真面目に訂正して、仲の良いクラスメイトたちの元へ戻っていった。
アナスタシアが「作戦ナシ」と言ったのは、もちろんフェイクだ。
敵を欺くにはまず味方から。
俺がE学級より先に単独ゴールを決めるという当初の作戦から変更はないし、アナスタシアたち本隊は囮になってもらう。
さりとて脱落者が五人出ればその時点で失格のため、彼女たちにも慣れない森での狩りや夜営をがんばってもらわなくてはならない。
その折に、学級最大の実力者で人望にも優れたリックの存在は、大いに助けとなってくれることだろう。
一方、この期に及んで非協力的な者たちもいた。
「アナスタシア――キミ風情の指示を受けるなどと、ワタシたちは遠慮させてもらうよフフフ」
「真剣勝負で仲良しごっことかタリィことやってられっかよ」
「支え合いだあ? 足手まといとツルむなんてゴメンなんだよぉ」
「つーことでウチら勝手にやらせてもらうからヨロ~」
問題児ドリヤンと取り巻きどもである。
前回の試験で大恥をかいた手前か、今回の試験ではアナスタシアの作戦に反対こそしなかったものの、彼ら四人は別行動をすると言って聞かない。
推奨順路は使わず、道なき道を最短距離で突っ切って、先にゴールを決めるつもりらしい。
ドリヤンたちが学級に勝利をもたらせば、またデカいツラができるというさもしい狙いだ。
人の好いリックが彼らを心底案じた様子で、
「順路を使わないのはテッド先生でも遅れるという話だったのに、それでもやるのかい?」
「キミは本当にイイ子ちゃんだねえ、リック。教師の言葉をいちいち鵜呑みにするのは、ワタシはどうかと思うんだがねえ」
「ドリヤンさんの言う通りだ。別にルールを破るわけじゃねえんだ」
「それはそうだけど……」
「おいらたちだって分別はつけてんだ。わかれや優等生。な?」
ドリヤン一党にしては珍しく的確なことを言うが、ちゃんと頭を使った結果というよりは、単に自己正当化の方便をひねり出しただけだろうな。
アナスタシアがドリヤン一党に軽蔑の眼差しを向け、
「別行動はいいけれど……迷って棄権なんて結果だけは、絶対に避けて頂戴」
「フフフ、バカも休み休み言いたまへよ。タキトール侯爵家の令息たるこのワタシが、そんな間抜けを踏むわけがないだろうにねえ」
「こっちにゃカニャがいるんだぜ?」
「ダークエルフなんだ、森の中ならエキスパートよ!」
「ってわーけー」
今日も今日とてイキり散らすドリヤンたち。
吐いた唾を呑み込む羽目にならなければいいがな。
◇◆◇◆◇
そうこうしているうちにE学級の生徒たちがやってきた。
クラスメイトを率い、先頭を歩くのは聖職者ベイト。
続いてノアの可憐な姿も見える。
試験中は馴れ合わないという意思表示なのだろう、ノアは俺と目も合わせない。
ただ彼女の肩に乗るビアンカが、まるで俺へ向けて手を振るように白い尻尾を振っていた。
続いて試験時間が迫り、教師陣も現れる。
今日はEとFの担任だけでなく、“最深淵に到達した六人”が勢ぞろいという厳重な監督体制だ。
「よーし、一丁始めようかあ!」
パーティーリーダーにして最強戦士、育成学校の首席卒業生、現在はA学級担任のボーンが陽気に宣告した。
前回試験ではD組担任グスタヴがそうだったが、長々とした前口上を好まないらしい。
さすが辺境や魔境と呼ばれる危険地域で、命懸けの冒険をしてきた男たちは実際的だ。
ボーンは俺たちにいちいち整列させず、すぐにも試験を開始させた。
彼の合図で、両学級の生徒が林道に突入する。
といってせいぜい速足程度だ。
それも森に入っていくらもしないうちに、皆が歩調を落としていく。
徒競走ではない、長丁場の遠足なのだから、ペースを守らなければすぐにバテてしまう。
「どうやらE学級も、全員一塊になって移動するみたいね」
俺の隣を歩くアナスタシアが、わずかに先行するE学級の様子を見て言った。
レースに自給自足要素が含まれている以上、結局それが無難だろう。
ただしゴールが近づき、もう新たに食料を集める必要がないところまでくれば、健脚の者だけで少数精鋭チームを作って、先を急がせるのは大いにアリだろうがな。
そして両学級が(一見として)同じ戦略をとったため、早や別行動を始めるドリヤンら四人は相当に目立った。
「じゃあな、ウスノロども!」
「おれっちらは一足先にゴールさせてもらうぜ」
「キミたちはせいぜい脱落者を出さないよう、ゆっくり来たまへよ」
「バイバーイ」
林道が北西方向へ大きく曲がったところで、ドリヤンたちはコースを外れ、獣道さえない森の中を真っ
直ぐ北上していった。
それを見たE学級のベイトたちは最初、「すわF学級の作戦か」とばかりに警戒していた。
しかし別行動を始めたのが精鋭チームでもなんでもない、ただの問題児たちだと知るや、「落ちこぼれ学級は足並みもそろえられないのか?」とばかりに苦笑し、無視を決め込んだ。
「……いい面汚しだわ、あいつら」
「堪えろ。無駄なエネルギーを使うだけだぞ」
屈辱に震えるアナスタシアに、俺はお手本の如く無感動に忠告した。
それからさらに小一時間ほど歩いたころだろうか?
行く手に池が見えた。
わずかに先行していたE学級が足を止めると、ベイトが何やら周りに指示を出し始める。
「どうやらここを拠点に狩りを始めるようね」
「昼食と休憩をとって、それから移動再開という感じだろうな」
「私たちも倣いましょうか」
E学級が足を止めている間に俺たちは先行し、少しでも距離を稼ぐという戦術的判断もないではないが、アナスタシアはそうしなかった。
当然だ。今回の作戦では俺以外の生徒全員が囮(ドリヤンらは例外)。ゆえにE学級とペースを合わせて、互いに姿が見える距離感を保った方が相手も安心、油断するという計算だ。
アナスタシアがリックとミュカに指示を出し、三人がそれぞれチームを率いる。
リックは狩りの心得がある者たちを連れて、野鳥や野兎を獲りにいく。
ハーフエルフであり森にも精通したミュカは、仲の良い者たちを連れて、食べられる木の実や茸を獲りに行く。
アナスタシアは残りの者と、池の近くで薪の伐採をし、また煮沸消毒で飲み水を確保する。
なお俺は今回はミュカのチームに交ぜてもらった。
〈狩人〉の特技《環境適応:森》も習得している俺は、さりげなく近くの者を誘導し、食用茸や野生の果物を次々と発見・採集させた。
同時に俺一人が一昼夜保つだけの木の実を確保すると、そのままはぐれたふりをし、単独行動を開始した。
林道から離れ、皆を置いて、森の奥へ奥へと。
例の川を目指して、西へ西へと。
◇◆◇◆◇
《環境適応:森》の他、〈海賊〉の巧技《絶対方向感覚》を持つ俺はその気になれば――前回の試験同様――どれだけ鬱蒼たる森であろうと、高速で移動することができる。
が、今回は敢えてピクニックでもするように、のんびりと川を目指した。
やがてせせらぎの音が聞こえてきて、首尾よく発見した後もそれは変わらない。
今度は川に沿って、森が開けた畔の部分を歩き、のんびりと北を目指した。
もしアナスタシアが見たら「もっと急ぎなさい!」と目を剥くだろうが、構わない。
無論、俺も別に散策気分を楽しんでいるわけではない。
俺にそんな情緒は残っていない。
敢えてのんびりと歩いているのは、対照的なまでに殺伐とした理由で――
不意に、空気が変わった。
拡散した魔力の波動が横合いから押し寄せ、結界魔法(あるいは魔術)が俺のいる一帯を覆いつくしたのだ。
それも並大抵の結界じゃない。
魔王が斃れて二百年、この泰平の世では滅多に使い手もいないだろう。
名を《局聖域》という――




