第十九話 二度目の学級抗試験の始まり
放課後のホームルーム。
教卓に立つジルヴァが冷淡に告げる。
「次の学級対抗試験が決まった。日程は一週間後。場所は前回と同じロマールの森。対戦相手はE学級となる」
「つまり今度は三つ巴じゃなくて、一対一ってことですか?」
「そうだ」
挙手して質問した優等生のリックに、ジルヴァは淡々と首肯した。
俺は隣の席のアナスタシアと、互いに顔を見合わせ、うなずき合う。
今度の試験は一対一で、相手はE学級だという俺たちの予測が的中していた。
ジルヴァが説明を続ける。
「試験の内容はスタート地点からゴールまで、一昼夜かけてのレースとなる。どちらかの学級の、誰か一人でもゴールにたどり着いた時点で勝利となる。なお食料の持ち込みは許されない。ゆえに単純な速さ比べではなく、自給自足しながらゴールを目指す、サヴァイバル色の強いレースとなる」
試験内容を聞いて、教室のあちこちから不平の声が漏れる。
町育ちの者も多いだろう。
狩りなどやったこともないという者が大半だろう。
森の中で自給自足、また夜を過ごすと聞いて、面倒さを感じない者が少ないだろう。
だがジルヴァは不満声を黙殺し、教卓の真ん前の机にいるリックへ命じて、一枚の紙を学級全員に配布させる。
ロマールの森の地図だ。
といってもひどく杜撰な概略図で、スタートからゴールまで一本の線が引かれているだけ。
またその線は森の中心部を大きく迂回し、曲がりくねっている。
「この線が順路ということですか、先生?」
「いや。あくまで最も通行に適した林道というだけだ。このルートなら道幅も広く、水場にも困らない。だが、おまえたちに考えがあるのならば、そして森の中ならば、自由に移動して構わない。ただし最短距離のつもりで道なき道を突っ切っていっても、よけいに時間がかかるだろうことを忠告しておく。テッド先生が実験済みだ」
挙手したアナスタシアの質問に、ジルヴァが冷厳に答えた。
“最深淵に到達した六人”のメンバーにして、当代一流の狩人であり大盗賊のテッドをしてそうならば、生徒が真似をしても不可能だろう。
大人しく地図に描かれた林道を行こう――そんな空気が教室に満ちる。
さらにアナスタシアやリック、ミュカといった意欲も積極性もある生徒たちが挙手を続け、ジルヴァとの質疑応答が続く。
「必ず森の中で一泊しなければいけないルールでしょうか?」
「そんなことはない。可能ならばすぐにでもゴールへ到着してよい。ただしおまえたちの実力では、どんなに急いでも一昼夜かかるだろうと、これもテッド先生の見立てだ」
「自給自足は最初から諦めて、空腹を我慢してゴールを目指すのは問題ありませんか?」
「大いに問題がある。ルールには抵触しないが、空腹を抱えて悪路を、しかも長距離移動するのはまず不可能だ。同様に睡眠不足もな。途中で倒れるのがオチで、危険ゆえに推奨しない。なお学級内から五人以上の棄権者、脱落者を出した場合、その学級は失格となることを言い添えておく。またこれには病欠等を含むこともな」
「もし誰か一人先にゴールできても、他に五人以上ゴールできない生徒がいたら、勝ちではなくなるということですか?」
「その通りだ」
「FとE学級、どっちも脱落者を五人出した場合はどうなるんですかー?」
「両方とも失格だ。仮にA学級とC学級がレースに勝った場合、敗者となる学級が四つ出たという計算になる」
またここでジルヴァは、獲得できる賞牌の数にも言及した。
前回の三つ巴戦では、一位の学級は二つ、二位の学級が一つの賞牌を与えられた。
そして今回の試験では、勝った方の学級が賞牌を二つもらえるとのこと。
両失格を含み、負ければ〇だ。
「他に何か質問がある者は?」
「えっと、また戦闘になってしまいますかー?」
「いや、今回はあらゆる妨害行為を厳禁とする。あくまで自給自足しつつゴールを目指す、その能力と創意工夫の試験だ。我々教師陣が魔法によって監視するので、こっそりやればバレないなどと考えないことだ」
「もし前回みたいに霧が出たら、監視が難しくありませんか?」
「ないとは思うがその場合は、試験を中止し延期とする」
今回は戦闘ナシと聞いて、あからさまに安堵する者が続出した。
森でのサヴァイバルは億劫だが、それなら前回よりまだマシだと。
一方でメイチェのように、前回の学級対抗試験のおかげで少しは度胸がついたという面構えの者も、わずかながら増えていた。
いい傾向だ。
「他には質問はないか? ならば説明は以上とする。試験まで一週間、よくよく体力を養い、体調を整えておくことだ」
ジルヴァは最後まで冷淡に告げて、教室を後にした。
俺たちもまた下校の用意を始めた。
◇◆◇◆◇
その日の放課後、アナスタシアは行きつけのカフェに来ていた。
珍しくメイチェの方から誘ってきて、「作戦会議をしましょう」と提案されたのだ。
紅茶とケーキが二人の前に給仕されるのを待って、
「感心したわ、メイチェ。あなたがこんなに対抗試験に前向きになってくれたなんて」
「え?」
「え?」
メイチェがきょとんとなり、アナスタシアもきょとんとなった。
「今から試験の対策会議をするのではないの?」
「ち、違いますっ。る、ルース君をノアさんにとられないための作戦会議ですっ。こんなこと相談できるのアナスタシアさんだけですからっ」
「…………」
アナスタシアは絶句した。
F学級で恋愛脳といえばハーフエルフのミュカだと思っていたのだが、ここにも一人いたか。
いや、きっと以前のメイチェはそうではなかった。
ルースとの出会いが、生真面目な彼女のタガを外してしまった。
(恋心ってこことまで人を変えるものなの……?)
恐ろしい、とアナスタシアはドン引きだ。
しかしメイチェはこっちの気も知らず、涙目になって訴える。
「最近、ルース君がノアさんに構ってばっかりで寂しいっていうか、このままじゃノアさんと交際するのも秒読み段階じゃないかって不安なんですっ」
「でも二人はそんな浮いた関係ではないのでしょう? “最下位”のルースではやっぱり釣り合いがとれないと、もっぱらの話だわ」
「みんな、ルース君がどれだけカッコイイか知らないから、笑ってられるんですよっ。このままじゃノアさんもルース君の魅力に気づいて、好きになっちゃうに決まってますっ」
(これが恋は盲目というやつかしら。恐ろしい)
「二人がおつき合いすることになったら、アナスタシアさんだって悲しいでしょうっ?
「私が……?」
考えたこともない話を振られて、アナスタシアは困惑した。
しかしメイチェに思い詰めた顔で凝視され、少し真面目に考えてみる。
友達のいないアナスタシアにとって、ルースは貴重な相談相手だ。
勇者を目指す自分に、協力すると最初に言ってくれた人でもある。
好意がないと言えば嘘になるだろう。
しかし、それがあくまで友情の類なのか、恋心の類かというと、まるで定かでない。
次代の勇者になるため、剣や学問に邁進してきたアナスタシアは、色恋沙汰にとにかく疎い。
「……そうね。確かに相談相手がいなくなるのは困るわね」
「でしょう!? そうでしょう!?」
「でもルースがノアさんのような素晴らしい恋人を射止めたのだとしたら、私はきっと祝福すると思うわ」
「そ、その言い方はずるいですよっ。わ、わたしだって多分お祝いしますっ。心の中で泣きながらっっっ」
「ふふ、メイチェはお人好しね」
「アナスタシアさんこそっ」
涙目のまま拗ねるメイチェが微笑ましくて、アナスタシアはくすくすと笑う。
でも、これでこの話は打ち切る。
(やっぱり私は試験を勝ち抜くのが大事。色恋沙汰なんて考えてるヒマはない)
だからメイチェに告げる。
「彼にも声をかけておいて正解だったわ」
「ふぇ? なんのことです」
「だから、今から学級対抗試験のための作戦会議よ。その相談相手よ」
言ってアナスタシアは、対面に座るメイチェの向こうへ視線をやる。
メイチェも慌てて背後を振り返る。
「ぴゃ!?」
と仰天して奇声を上げる。
気まずい顔も見せずそこに立っていたのは――他でもないルースだった。
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