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【暗躍】真の実力を隠した最下生、影の参謀としてクラスメイトたちを勝利へ導く【下剋上】  作者: 福山松江


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第十八話  噂話

 教室のあちこちから、俺とノアのことを噂する声が聞こえてくる。

 誰もが俺のことをチラチラと盗み見している。

 ミュカ――育成学校にはカレシを見つけるために来たと言って憚らない、恋愛脳のハーフエルフ――などは我が事のように「ステキよね~」とうっとりしている。

 とにかく一騒動だ。

 朝のホームルームが始まるまで、とても収まりそうにない。

 F学級でも“最下位(ワースト)”の俺と、E学級でも高嶺の花の美少女という取り合わせは、それだけ普通あり得ない話、誰もが気になって仕方ないロマンス、あるいはスキャンダルだということ。


「意外と手が早いのね、ルース」


 俺が席に座るなり、隣の席のアナスタシアに白い目で見られる。


「い、E学級のノアさんとおつき合いしてるって、ほ、本当なんですかルース君!?」


 引っ込み思案のメイチェまで、涙目になって俺の机まで詰め寄ってくる。

 俺は肩を竦め、


「誤解だ。たまたま散歩していたところに彼女と会って、彼女の飼い猫に妙に懐かれて、エサをやっていただけだ」

「つまり将を射るために、まず馬ならぬ猫を射た、と」

「風評被害だ、アナスタシア」


 実は極めて正鵠を射た指摘なのだが、俺は空惚けて否定する。


「わ、わたしもその猫ちゃん、見かけたことありますっ。ノアさんがいつも連れてますよね、教室とかでも。白くてとっても可愛かった記憶がありますっ」

「そうだな、虎縞の可愛い猫だ。だからエサをせがまれたら、ついついやってしまいたくなったというわけだ」

「あなたみたいな人にも、動物を愛でる気持ちなんてあるの?」

「無論あるさ」


 アナスタシアの正鵠を射たツッコミその2に、俺は大嘘で即答する。


「ルース君は優しい人ですもんねっ。猫ちゃんにせがまれたら、無視なんてできないですよね」


 メイチェのその言葉は本心半分、そう信じたい気持ち半分という様子だった。

 一方、アナスタシアは俺を白い目で見たままだったが、


「相手の気持ちになってみろ。E学級の人気者が、わざわざ俺みたいな冴えない“最下位(ワースト)”を恋人にすると思うか?」

「……そうね。そう言われれば、確かに納得できるわ」


 アナスタシアの俺を見る目が元に戻った。

 普通の男だったら釈然としない気分になっただろう。

 メイチェだけが「そんなことないですっ。ルース君はす、す、すすすっ、すてきな男の子だとおまいますっっっ」と必死でフォローしてくれて、救われたことだろう。


 ともあれ二人の誤解は解けた。

 他のクラスメイトの誤解は……まあどうにもならないし、どうでもいい。


「それにしても、どうして急に噂話が広まったのかしら?」

「さあな。俺とノアが会っているところを目撃して、言いふらした奴がいるんだろう」


 俺はさも興味なさそうに答えたが、その実、犯人はわかっていた。


「ねー、色男クーン。結局どのコが本命なのー?」


 と自分の席から大声で、俺をからかってくる、そいつ。

 ドリヤンの取り巻きの一人で、ダークエルフ女子のカニャ。

 なぜ彼女が犯人だと特定できているか?

 簡単な話だ。

 昨日、下校した俺の後ろを、カニャがこっそり尾行していたことに、気づいていたからだ。

 俺とノアの密会を、カニャがずっと覗き見していたことに、気づいていたからだ。

 むしろこいつの好奇心を刺激するように俺は誘導したし、あの場を目撃させればこうやって言いふらしてくれると計算していたからだ。


 つまりは次の学級対抗試験へ向けての布石である。


    ◇◆◇◆◇


 一方そのころ、E学級の教室。

 ノアは朝から弱り果てていた。

 E学級でも彼女とルースの逢瀬が、尾ひれ付きまくりで散々に噂されていたからだ。


「F学級のルース君て、どんな子なの?」

「全然聞いたことないってか、目立たない子だよね?」

「あたし、ちょっと聞いたことある。確か入試“最下位(ワースト)”がその人じゃなかった?」

「エエッ。ノアちゃんてもしかして物好き!?」


 仲の良い女子たちがノアの机を取り囲み、質問攻めにしてくる。

 こういう空気に慣れていないノアは、もうたじたじだ。


「ご、誤解ダヨっ! ルース君とは一緒にエサやりしてただけだよっ」


 といくら訴えても、友人たちは「そんなに照れなくてもいいじゃない~」と面白そうにするばかりで聞いてくれない。

 むしろ恋話(コイバナ)の一つもしろと、そんなことばかり聞きたがる。

 しかし友人たちは悪意がない分、まだよかった。

 ノアたちを遠巻きにするクラスメイトの中には、批判的な態度を隠さない者たちもいた。


「他学級の奴とつき合うとか、それアリかよ?」

「ねー。敵じゃんねー」

「対抗試験の時とか、そいつと本気で戦えるのか?」

「困るよね」

「ノアさん、ウチのサブリーダーなんだから、しっかりして欲しいよね」


 ――などと散々な言われようだ。

 ノアの形のよい眉がハの字に下がる。

 ルースとはただのお友達同士だと、誤解が解ければ皆も交友を認めてくれるだろうか?

 いや、今この状況で事実を訴えても、言い逃れのための方便だと思われるのがオチだ。

 ノアが必死になればなるほど、言い訳じみて聞こえるだろう。

 困った。弱った。どうしよう……。

 そんな想いが頭の中でグルグルと堂々巡りする。

 ところが――


「いい加減にしたまえ、君たち」


 登校してきたベイトが、聖職者特有の説教口調で皆に告げた。


「他学級の生徒たちは、互いに切磋琢磨するためのライバルであって、敵ではない。まして親の仇でもない。わかるかね? 確かに対抗試験では本気で競い合うべきだ。しかし試験以外では親愛の情を育む――それこそ分別ある人間の態度というものだし、実行できることは素晴らしいことだと私は思う」


 そう一同にとくとくと説きながら、ノアの方へとゆっくりやってくる。


「ノア君。対抗試験ではその彼とも、全力で競い合ってくれるね? (しゅ)に誓って――いや、君の信奉する何かに懸けて約束してくれるね?」

「う、うん、もちろんダヨっ。対抗試験では、私はこの学級のために全力でがんばる!」

「聞いたか、諸君!」


 ベイトは聖職者らしい芝居がかった仕種で、両手を大きく広げていった。


「私はノア君を信じる。彼女の誠実な人柄は諸君とてずっと見てきただろう?」


 そう言ってぐるり、教室を見渡す。

 反論する者はいなかった。

 級内で多くの信頼を集めるベイトの意見だ。納得する者が多かったし、できなかった者も表立って反対するのを避けた。すれば級内で孤立するのが目に見えていた。


「そういうわけだよ、ノア君。これからも誰憚ることなく、そのルース君と仲良くしたまえ。それが友情なのか恋情なのかと、いちいち釈明する必要もない。君の気持は君だけのものだ」

「うんっ……。ありがとう、ベイト君」

「ははは、礼などいらないさ。私は当たり前のことを当たり前に説いただけだ」


 ベイトは朗らかに笑い、謙遜した。

 しかし教室のあちこちから、「いいこと言うよね」「さすがベイト君だよね」と感心の声が聞こえた。

 ベイトがますますE学級の人心をつかんだことが知れた。

 ノア自身、ルースとの友情がこじれずにすんで、ベイトの人徳に心から感謝していた。


    ◇◆◇◆◇


 しかし俺とノアが恋仲だという噂話は、急速に収まっていった。

 最初のうちこそ「どんな逢瀬をしているんだろう?」と下世話な好奇心丸出しの連中が、こっそり覗き見に来ていたのだが。

 俺たちがただ動物と触れ合い、エサやりに終始するばかりで、連中が期待するような色っぽい展開など全く発展しそうにないのを見て取ると、「しょーもな」と興味を失っていった。

 やはり俺がF学級の“最下位(ワースト)”で、ノアがE学級屈指の美少女だというのが、大きく作用しているのだ。

 釣り合いがとれていない二人だから、「やっぱ恋仲なんかじゃない」「ただ趣味の合う友達同士だった」という説得力が増し、周囲も勝手に思い込んでくれる。

 人の噂も七十五日どころか、半月も持たなかったわけだ。

 下世話な好奇心で、覗き見してくる奴はいなくなった。

 俺は晴れて「E学級を代表するノアさんと仲のいいモブ君」「名前なんだっけ?」という、目立たないポジションに落ち着いていく。

 都合がいいし、計算通りでもある。

 俺たちはもう誰気兼ねなく、放課後の動物触れ合いタイムを続けた。

 そして暦は五月に入り――

 二度目の学級対抗試験が告示された。

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