第十六話 E学級の代表たち
かつて世界中の人々は、「教会」という宗教組織の元、「神」のみを信仰していた。
しかし二百年前、魔王軍との大戦に“勇者一行”が終止符を打ったその直後、マーノウという一人の男が現れた。
まだ戦火の爪痕が残る世界中を旅をし、傷病に喘ぐ民を白魔術で救って回った。
それ自体はご立派なことだし、その男の白魔術の実力も本物だった。
だがマーノウの本性は、詐欺師であった。
自ら〈聖者〉と称し、救世主を名乗った。
確かな実力を持ちながらも、魔王軍が跳梁している危険なご時世には、息をひそめて隠れていた奴がだ。
世界を救うための戦いには、いっかな手を貸さなかった男がだ。
ぬけぬけと救世主を詐称したのである。
あまつさえ旧来の「神」ではなく、マーノウ自身を信仰する教えを広めていった。
しかし、これが効果覿面だった。
奴の白魔術に命を救われた者たちは、涙を流して奴を拝み、喜んで改宗した。
マーノウが旅するごとに、世界中に奴の信徒が増えていった。
さらには弟子をとって白魔術を伝授し、その弟子たちが手分けして傷病者の救済をしと、布教速度を爆発的に加速させたのである。
結果、マーノウが開いた「聖殿」は、世界に冠たる覇権宗教となっていった。
その権勢はやがて旧来の「教会」を超え、完全に取って代わった。
「教会」の神官たちが「神」に帰依し、清貧を旨とし、純粋に信仰を拠り所とするのに対して、彼ら「聖殿」の聖職者たちは、宗教を己の権益に利用する生臭坊主の集まりだった。
だからこそ政治力を蓄えるのに余念なかった「聖殿」のやり方に、純朴で旧態依然とした「教会」は太刀打ちできなかったのだ。
また「聖殿」は白魔術を神聖術だと言い張り、奨励研鑽したため、ほぼ全ての聖職者が治癒の魔術を習得している一方で、「教会」は技術の領分であるそれを神の御業とは決して認めず、会得できる者が稀な白魔法のみを神官の修養とした。
ために両宗教が救うことのできる信徒の数が、土台からして違ったことも、「聖殿」の勢力拡大につながった。
――と。
これらは歴史の生き証人たる俺にとって、全て既知の話である。
しかし今、アナスタシアがとくとくと語り聞かせてくれていた。
初の学級対抗試験の後。
「ささやかながら祝勝会をしましょう」
と、俺とメイチェをカフェに誘ってくれたその場のことである。
丸テーブルを三人で囲み、学生ゆえ乾杯はできないが紅茶とケーキはある。
「そもそも本物の“勇者一行”に〈聖者〉なんかいなかったのよ。それを覇権宗教となった聖殿が、その権勢と時間を使って歴史を改竄したの。魔王を討ち、世界を救ったパーティーの中に〈聖者〉マーノウがいたことにしたの」
アナスタシアが我が事のように悔しげに言った。
まあ、〈騎士〉ナイトハルトの「汚名」を二百年も嘲られ続けたナインベルク家の女からすれば、立ててもない功績で称賛され続ける〈聖者〉と聖殿の有様は納得がいかないだろう。
「そ、そうだったんですね……。わたしはそんな経緯、知りませんでした~」
「ルースはどう? “勇者一行”の英雄伝の愛好者と言っていたでしょう?」
「本当にいたのは〈墓守〉だったという説は聞いたことがある。でも稗史の類だと思っていた。なんにせよ一平民の俺が入手できた情報なんて、たかが知れてる」
「……それもそうね」
まさか俺が〈聖者〉に取って代わられたその本人だとも言えず、無知を装う。
「とにかく奴らは嘘つきだらけという話よ」
「わ、わたしも育ての親の神官様に、聖殿の人たちの真似をしてはいけないと、口を酸っぱくして言われました……」
「いい教えね」
おずおずと言ったメイチェに、アナスタシアが大いにうなずく。
俺も聖殿の奴らの口八丁ぶりはよく知っている。
自分たちの権威権勢のため、歴史改竄するなど序の口。
美辞麗句で信者をだましてお布施を巻き上げ、裏では絹の服を着て酒を飲み、あげく女を囲っての贅沢三昧。
誠実と清貧を求められる神官とは大違いだな。
「話を戻すけれど――聖殿の奴らが口八丁だからこそ、ベイトも聖職者らしくさぞ政治力に長けていて、E学級をまとめ上げたのでしょうね」
F学級にとり、他学級全てがライバルだ。
E学級を率いるベイトは、卒業までこの先何度も戦う相手となるだろう。
それも強敵として立ちはだかるだろう。
アナスタシアの険しい表情は、そう物語っていた。
「ただ……E学級で注意すべきはベイトだけではないわ」
「そういえば試験の時に、末裔は二人いるって聞いたな」
俺は普段から他学級を調査している様子など、おくびも出さずに言った。
「ええ。〈御者〉の末裔、獣使いのノアね」
「と、とっても可愛い人ですよね~」
相槌を打つアナスタシアとメイチェ。
E学級のノアは、今日の試験でも目立っていた。
まあ客観的に見て、栗毛のショートカットが似合う美少女だ。
性格も明朗で社交的。優しくて清楚可憐。
男子にさぞモテるだろう。
獣使いとしても優秀で、試験では学級を二分したチームの片方を率いて、霧と亡霊の迷宮と化した森の中から二本のフラッグを持ち帰っている。
しかも伯爵家のご令嬢。
「今日の試験ではっきりしたけど、E学級はベイトがリーダーでノアがサブリーダーという、実質二頭体制のようね」
「その二人が張り合っていたり、仲が険悪だったりしないのか?」
「むしろ逆ね。良好そのものみたい」
「こ、こここ恋仲じゃないかって言ってる人たちもいますね~」
付け入る隙はないわとアナスタシアが肩を竦め、メイチェがまるで我が事のように照れ臭そうに頬を染めた。
「これはあくまで噂話だけれど――」
アナスタシアが急に声をひそめ、テーブルに身を乗り出して言う。
「次の対抗試験は三つ巴じゃなくて、一対一になるかもしれないわ」
「例年、最初と二つ目の学級対抗試験が同じだからか?」
「知っていたの、ルース?」
「皆、噂話は大好きだからな。俺みたいなぼっちの耳にも嫌でも入ってくる」
「まあ、それなら話が早いわね。とにかく本当に一対一の試験になるなら、私たちの相手はE学級ではないかと踏んでいるの」
「今日の試験がD、E、Fでやったからか?」
「そうよ。初めのうちは実力で近しい同士で競わせようというのが、教師心というものではないかしら?」
「特に反論はないな」
俺は本心からそう言った。
そして気づけば三人とも、紅茶もケーキも平らげていた。
祝勝会だか次へ向けての話し合いなんだか、わからなくなったこの場もお開きになった。
しかし今日試験が終わったばかりで、早や次へと目が向いているアナスタシアの態度は好感が持てる。
なぜなら俺も同じことを考えていたからだ。




