第十三話 仕込みと仕掛け
試験当日。午前。
俺たちはD、E学級とともに王都郊外、ロマールの森の前に集合した。
個人個人のやりとりは別として、俺たちが他学級の生徒とまともに顔を合わせるのは、入学式以来のことだった。
あれからおよそ半月、互いに学校に慣れてきた頃合いだし、事情もわかってきている。
「見ろよ、F学級の奴ら。自信のなさげなツラの奴ばっかだぜ」
「やる前からもう戦意喪失?」
「さすが落ちこぼれ学級よねークスクス」
などという陰口が、他学級からたくさん聞こえてくる。
さらにはガラの悪い生徒たちが、面と向かってきて痛罵してきて、
「聞いたぜ? F学級、本物の“勇者一行”の血を引いてる末裔が、一人もいないんだってな?」
「いくら落ちこぼれ学級だからって、ただの一人もいねえってのはヒドくね? なくね?」
「いやいや、いるじゃーん! 面汚しの〈騎士〉ナイトハルトの末裔が一人」
「“落伍者”じゃねえか!」
「ギャハハハ」
「こりゃオレらが負ける気はしねーな!」
と、さんざんに俺たちを嘲笑する。
陰口を叩いた連中も、クスクスと忍び笑いをしている。
一方、罵声と嘲弄を浴びせられたF学級の生徒たちは、ますます意気消沈。
アナスタシアのように屈辱で震えている者や、イケメン優等生リックのように苦笑いで堪えている者もいるが、少数派だ。
虚栄心の塊であるドリヤンだけが、いつもより乱雑に亜麻色巻毛をコネながら言い返す。
「阿呆なのかねえ、キミたちは。“勇者一行”の末裔など、そうそういるわけがないだろうにねえ。大方下賤の生まれだろうが、これだからオツムのない猿がワタシは嫌いなのだよ。どうせディスるのなら、もっと頭を使って言葉を選びたまへ」
と、よほど腹に据えかねているのだろう、反論が長い長い。
そのドリヤンの台詞を聞いて、他学級の奴らは失笑、大爆笑。
F学級の生徒さえ微妙な顔つきになっている。
ドリヤンが無知をさらしてしまったからだ。
「ええ~? そっかなあ~?」
「E学級のウチでさえ、二人もいるけどなァ?」
と煽り返される始末。
そう、いるんだよ。
〈勇者〉パーティーの血を引く末裔って奴らは、けっこうな数が。
二百年前、俺たちは世界中を旅した。
その各地で英雄と崇め奉られた。
俺たちはどこへ行っても歓迎されたし、宿泊と滞在は全て王侯貴族や地の名士たちが面倒を見てくれた。
そして、その折に必ずせがまれたのだ。
「ウチの娘に胤をつけていってくれないか」
「歴史に名を残すだろうあなたたち英雄の血を、当家に引き入れ名誉にしたい」
「ぶっちゃけ我が家にもっと箔を付けたい!」
――等々、実際はもっと婉曲的な言い回しだったが。
当時、〈剣姫〉マリアと恋仲だった俺や、旅に出る前には妻帯していたナイトハルト、身持ちの固い〈教師〉は固辞したが、大半の男どもはノリノリだった。
特に〈勇者〉ビリーはすけべ野郎だしすぐ調子に乗るし、求められる数も当然一番多いしで、世界中に奴の胤を蒔き散らかしていった。
それから二百年だ。
“勇者一行”の血を引く者など、ネズミ算式に増えている。
別に珍しくもないという理由がわかるだろう?
ビリーが自制心とは無縁な男だったおかげで、他でもない〈勇者〉の血筋が最も稀少価値がないという皮肉な事態まで起きている。
一方、もし自分が末裔ならば、次代の“勇者一行”の名誉を得んと志すのも不思議ではないし、育成学校としても大歓迎。入試で有利に働くと思われる。
結果として〈勇者育成学校〉には、それなりの割合で末裔がいることが予想できる。
――と、それらの事情を何も知らないドリヤンは、赤っ恥をかいたというわけだ。
アナスタシアと違ってよほど甘やかされて育ったのだろうが、少しは勉強するべきだな。
おかげでF学級も一緒くたにされて、「やっぱ落ちこぼれは落ちこぼれだわ」と、ますます嘲笑われることになる。
アナスタシアが「いい迷惑だわ」と、小さく呟くのが聞こえる。
当のドリヤンなどマジでキレる五秒前という様子だった。
が、結局この愚か者が暴発することはなかった。
時間となり、教師陣三人が現れたからだ。
D、E、F、それぞれの学級の担任が、俺たちの前に立つ。
ジルヴァら“最深淵に到達した六人”と呼ばれる、当代最高の冒険者たち。
D組担任が代表し、「整列」と生徒に命じる。
生真面目さ、頑固さが顔つきに表れた中年である。
それでいて聖堂騎士という聖殿の要職にありながら、地位を捨てて冒険の世界に身を投じたという異色の経歴の持ち主で、名はグスタヴ。
俺たちが学級ごとに整列し終えるのを待ち、訓示する。
「これより学級対抗試験を行う。各自、正々堂々と競い合うように――とは言わない。臨機応変であること、そして多士済々であることこそ“勇者一行”に求められる資質であり、たった一つの価値観に全員が染まる必要など全くないと私は考える。ゆえに君たちは己が主義を貫き、矜持に恥じることなく、勝利のために持てる全力を尽くして欲しい」
元聖職者とは思えない、綺麗事を廃した発言。
感銘を受けた様子の生徒もチラホラと見える。
グスタヴの訓示は以上で、ルールの再確認等も一切行わなかった。
説明と質問受付の時間は三日前に既に設けており、この期に及んで理解できていないような粗忽者は、相手にしないという厳格な態度。
一方で温情措置である転移のペンダントが、生徒全員に配布される。
それも済むと、いよいよ学級ごとに移動開始。
スタート地点がバラけていないと、いきなりぶつかることになって、試験の意味合いが全く変わってしまうからだ。
それぞれの担任に率いられ、森の外縁に沿って進んでいく。
三チームで動くと決めていた俺たちF学級は、その移動の間に自然と、各チームごとにわかれて歩くようになっていた。
「今日はよろしくね、アナスタシアさん!」
笑顔でそう言ってきたのはハーフエルフのミュカだ。
仲の良い者たちと一緒に、アナスタシアのチームに入ることになっていた。
クラスメイト各自が好きなリーダーを選ぶと最初聞いた時、人望厚いリックのチームにばかり人が集まって、友達のいないアナスタシアの元には俺とメイチェしか来ないのではないかと危惧していたがな。
リックと学級を二分する人気者のミュカが、意外や参加を希望してくれたおかげで、アナスタシアチームは全十一人と立派に体をなすことができた。
なおリックチームが十四人。
ドリヤンチームが八人である。
横暴なドリヤンの元に人が集まるのも異様だが――取り巻き三人を除けば――普段から彼らのパシリにされたり、特に目を付けられている生徒が、強制的に組み込まれていた。
「リック、アナスタシア、諸君らに負けはしないよフフフ」
そのドリヤンがチームメイトを手下のように率い、巻毛をコネコネしながら豪語する。
戦う相手は他学級のはずだが、この狂犬は見境なく噛みつかずにいられないらしい。
まったく先が思いやられる。
「状況によってはチーム同士で協力すべき局面もあると思うが、ドリヤンたちとは望めそうにもないな」
「それどころか私たちが確保したフラッグを、彼らが奪おうとするのではないかと心配だわ」
俺とアナスタシアは声をひそめて相談した。
ただでさえ落ちこぼれ学級だというのに、級内に不和まであるとなれば割と致命的である。
あくまで普通に勝負すれば、の話だが。
先導していたジルヴァが足を止め、ここがF学級のスタート地点だと教えられる。
森がわずかに開け、一応は獣道が奥へと続いている場所だ。
ジルヴァは遠隔通信用のマジックアイテムである水晶球を取り出すと、他二学級の担任たちと準備ができた旨を申告し合う。
そして、俺たちに向けて告げる。
「ただいまより学級対抗試験を開始する。おまえたちの健闘を祈る」
俺たちは一斉に森の中へと突入した。
しばらくは一緒に獣道を移動し、功を焦るドリヤン、負けじと焦るアナスタシアという順に道を外れ、それぞれのチームメイトが後を追う。
俺たちアナスタシアチーム十一名は、道なき道を草木をかき分けて進み、森の奥へ奥へと。
特に目印があるわけではなく、闇雲な移動になるのは仕方がない。
だが、フラッグの数は全百本。
幸運も手伝ってか、チームは早速一本発見することができた。
ジルヴァの説明通り特に隠しもせず、変哲のない木と木の間に立っていた。
ポールの高さは二メートルほど。旗は原色で形は三角。
近くを通れば見逃しようがないほどに目立つ代物だった。
「やった!」
「一本確保だね、アナスタシアさんっ」
「運ぶのは力自慢のおいらに任せてくれ~」
フラッグを囲んで、はしゃぐチームメイトたち。
その隙に俺はメイチェに耳内する(全傍点)。
「……なにか、嫌な気配がする」
「え、どういうことルース君」
戸惑うメイチェ。
当然だろう。嫌な気配というのは俺の嘘で、彼女には何も感じられないのだから。
だが俺は作戦を続ける。
「……わからない。わからないが、故郷で一度こんな空気を味わったことがある」
声をひそめてメイチェに詳しく説明する。
「ただしメイチェが何も感じていないのなら、俺の勘違いかもしれない。そして、杞憂で皆を不安にさせるわけにはいかない」
言外にメイチェのことは、他生徒と違って信用しているのだと含みを持たせる。
彼女の目に喜びと力が宿ったのを確認して、
「はぐれたふりをして、少し周りを見回ってくる。そして、もし俺の予感が杞憂でなかった場合――皆を頼めるか、メイチェ?」
「う、うんっ。わたしの白魔法をチームのために役立てるって、ルース君に約束したもん」
「ありがとう。メイチェは頼りになるな」
そう言って俺は、そっとチームの元を離れた。
〈兇手〉の極技である《完全気配遮断》を使用すれば、誰も気づけない。
単独行動を開始する。
俺が目指したのは、ロマールの森の中心部だ。
〈狩人〉を手本に習得した特技《環境適応:森》と、〈海賊〉の巧技《絶対方向感覚》も鍛えた俺は、鬱蒼たる森の中を平然と高速で進んでいく。
ほどなく目的の大木の元へ。
一際背が高く、ロマールで最も古い、森の主たる大精霊の棲み処だ。
「待たせた。始めてくれ」
俺はその古木に向かって無感動に話しかける。
二百年前、世界最高の精霊使いだった〈霊媒〉ナシェリの皮膚感覚さえ〈教師〉は解析し、その指導を受けた俺は、多くの霊的存在と会話が可能だった。
三日前の晩にもここに来て、話をつけておいた。
果たして森の主は俺の要望を聞き届け、その強大且つ神秘の力を発現する。
にわかに霧が湧き起こり、ロマール全体を覆いつくしていく。
五メートル先も見えなくなるような、濃密な霧だ。
これで仕掛けはOK。
そして、後もう一つ。
同じく三日前の晩に仕込んでおいた「それら」を現世に放つため、俺は〈魔女〉が得意とした極大魔法を元に、〈教師〉と一緒に再構築した魔術へと集中した――
◇◆◇◆◇
メイチェは不安を押し殺し、アナスタシアの後をついて森を歩いていた。
本音を言えば、ルースが探索に出てしまったのは心細い。
でもそのルースに「頼む」と言われたのだ。
ここで頑張れなければ、彼に寄せるほのかな想いなど嘘になってしまう。
だから震えを隠して皆と探し歩いていたのだが――
「霧が出てきたわね……」
忌々しそうにアナスタシアが言った。
実際、視界を覆いつくすような濃霧が、あれよあれよという間に湧き起こる。
「ちょっ、これヤバくね!?」
「なんも見えないんだけどー!」
「恐い……っ」
「皆、はぐれないように一度足を止めて!」
にわかにチームが浮足立つ中、メイチェはさほど動揺していなかった。
いつもなら真っ先にパニックに陥っているだろう彼女が。
(ルース君の予感が当たった!)
という驚きの方が勝っていたのだ。
さすがルース君! と思う一方、感心ばかりもしていられない。
「み、みんな、わたしの周りに集まってくだ、くだ、ください……っ」
チームメイトに訴えるが、いきなりの濃霧で混乱中の皆の耳には届かない。
もっと勇気と声を振り絞らなくてはいけない。
自分でもわかってはいれど、声が上ずるばかりで上手く出せない。
そんな風にメイチェがまごまごしている間にも、事態はもっと深刻になる。
この霧があたかも邪悪な存在で、まるで忌み子を産み落としたかのように――
真っ白な視界のかから、いきなり現れたのだ――
蒼褪めた顔の亡霊が、ボーッと。
「きゃあああああああああああああ」
「なにこれナニコレなにこれ!?」
「ゆ、幽霊だ! 幽霊が出たぞおおおおおおおおおおっ」
「畜生、こんな真昼から!?」
チームメイトの悲鳴が次々と木霊する。
そう――
濃霧の中から現れた亡霊は、一体限りではなかったのだ。
気づけばメイチェたちは取り囲まれていたのだ!




