第十一話 学級対抗試験
俺たちが入学してから半月が経ち、いよいよ初の学級対抗試験が告示された。
午後のホームルーム。
教卓に立つ担任ジルヴァが、時に板書を交えて説明する。
「今回の試験ではABC学級とDEF学級にわかれ、それぞれが三つ巴の戦いとなる」
「つまり僕たちの相手はDとE学級ということですか?」
「そうだ」
確認をとったリックに、ジルヴァはしかつめらしく首肯した。
彼のように熱心に聞いている生徒もいれば、私語や居眠りをする生徒もいる。
ジルヴァは講義中と同様、前者には素っ気なくも真摯に応対し、後者は無視して咎めない。
「試験会場は王都の郊外、ロマールの森を使う。試験時間は三時間。我々教師陣が森の各所に百本の旗印を設置し、試験終了時にいくつ確保できているかを競い合う。これが基本ルールだ」
「フラッグは隠されているのですか?」
「いいや、大きくて非常に目立つものだ。ただし森自体が獣道もほとんどなく、視界も悪く、非常に迷いやすい土地だということを注意しておく」
「持ち運びに支障が出るサイズですか?」
「男子生徒一人がかかりきりになれば、十本程度は持ち運ぶことが可能だろう」
アナスタシアも加わり、リックと交互の質問する。
他の生徒はもう二人に任せきりだ。
さらにアナスタシアが鋭く質問する。
「試験終了時に確保できた数を競うということは、途中で紛失した場合は無得点ですか?」
「そうだ」
「他学級に奪われた場合もですか?」
「そうだ」
聞いて生徒たちが一斉にどよめいた。
「え、じゃあもしかして戦闘になるかもしれないってこと!?」
「オレたちより入試成績がよかった奴らと!?」
「聞いてないよ!」
「私も今、説明したばかりだからな」
武術に自信のない生徒たちが悲鳴を上げる中、ジルヴァはあくまで冷淡に指摘した。
「逆におまえたちが他学級の確保したフラッグを奪えば、得失点差を大きくつけるチャンスだということだ」
「無茶ですよ!」
「アタシ、勝てる自信なんてないよ!」
しかし一部の生徒たちの悲鳴はやまない。
俺が懸念していた事態に、早くもなったということだ。
学級対抗試験では戦闘が起こり得る。
そして、臆病な生徒ばかりではこの先、勝ち抜いていくことはできない。
もっとも今回に関しては、戦闘行為を回避しても勝利できるルールなので、この問題が致命的というほどではないが。
一方、クラスメイトの阿鼻叫喚を、心地よさそうに聞いていたのはドリヤンだ。
臆病な生徒たちを嘲笑い、また亜麻色巻毛の先をコネコネしながら豪語する。
「未来の勇者たるワタシにとっては、願ってもない試験だねえ。DとFのザコどもから次々とフラッグを奪取してあげて、このドリヤン・タキトールがF学級だなどと何かの間違いだったということを証明してあげようフフフ」
「キャハ! ダーリン、かっこいいじゃん!」
ドリヤンの膝の上に座っていたダークエルフの女生徒が、べったりしなだれかかる。
先日のカフェでの騒動の時はいなかった、三人目の取り巻きだ。
ダークエルフという種族は露出の高い衣服を好むのだが、彼女も例に漏れずか、制服を改造して肌も露わな煽情的ファッションに仕立てている。
名前はカニャ。
大方ドリヤンの財布目当てだろうが、まるで情婦のようなポジションに収まっていた。
「他に質問はないか?」
「武器や魔術の使用に関して制限はないのですか?」
リックが真剣というか深刻な声音で質問した。
ジルヴァが酷薄な声音で答えた。
「どちらも自由だ。制限はない」
「それでは人死にが出ませんか!?」
「試験中の戦闘行為は認められているが、殺害に及ぶのは原則許されない」
「原則って……」
「禁を破れば厳しいペナルティーを課す。ただしだ。本気と本気で戦えば、加減を誤り『事故』は起こり得る。またその殺害が故意か否かも判断をつけるのが難しいだろう。その場合は仕方ない、ペナルティーは必要ないと学校側は考えている」
「…………」
担任の返答が予想だにしなかったものだったのか、リックがもう声を失った。
他の生徒たちもだ。
どよめきを起こす元気もなく、メイチェをはじめ多くの者が顔面蒼白になっている。
「諸君――ここは〈勇者育成学校〉なのだ」
自分たちがどこに入学したのか自覚を持てと、ジルヴァは冷厳に告げた。
勇気と実力なき者が次代の“勇者一行”に選ばれることなどあり得ず、卒業後の栄誉もないのだと。
「ただし、我々も鬼ではない。そして、おまえたちはまだ入学したてのヒヨッコだ。一応の安全措置は用意してある」
ジルヴァは言うと教卓の上にペンダントを取り出した。
透明な石のついた、銀のチェーンの首飾りだ。
試験当日、全員に配ることを前置きし、
「もし身の危険を感じたら、躊躇なく試験を棄権しろ。このマジックアイテムはその意思を感知し、おまえたちを安全な森の外へ一瞬で転移させる。またおまえたちの意識が途絶えた時もペンダントが自動的に働き、棄権と見做される。試験中は居眠りしないように気を付けることだな」
今この時も居眠り中の生徒への皮肉に、あちこちから乾いた失笑が漏れる。
とにかく安全装置の存在を知って、笑う気力を取り戻した者がチラホラいた。
「おまえたちも次代の“勇者一行”を目指すなら、たとえ戦闘行為に自信はなくとも、このペンダントを使って生き延びる程度の危機管理能力は見せてくれ」
ジルヴァの正論に、今度こそ誰もぐうの音も出せなかった。
俺からすれば、本当にお優しい措置だと思う。
まったくジルヴァらしいというか、二百年経ってますますその傾向が強まったというか、口ではキツいことを言うくせに、考え方は相当に甘い。
あまり厳しくても、落ちこぼれ学級がますます不利になるだけなので、助かる話だがな。
◇◆◇◆◇
そして、放課後。
アナスタシアは退室したジルヴァの代わりに教卓に立つと、下校しようとするクラスメイト全員を呼び止めた。
三日後に行われる学級対抗試験に向け、作戦会議をしようと提案した。
「いいね、僕も賛成だ」
「あたしもー!」
女子に人気のあるハンサム魔法騎士のリックと、男子に人気のある可憐なハーフエルフのミュカが賛同したことで、学級の全員が席に座り直した。
「まず、私の話を聞いて頂戴」
アナスタシアは黒板に簡単に図示しながら、クラスメイトに説明を始める。
「森のあちこちに散らばるフラッグを集めるには、私たちはなるべく少人数のチームをたくさん作って、手分けして探索するのが効率いいわよね?」
「うん、確かにその通りだ」
「だけどその場合は、より人数で勝る他学級のチームと遭遇して、各個撃破されてしまう恐れがある。これもいい?」
「それも確かに」
「そもそもあたしたちって戦闘が得意な人ばっかりじゃないし、チームを少人数にするっていっても限度があるよねー」
「付け加えれば、ほぼ同人数のチームで他学級と交戦になったら、F学級の僕たちの勝ち目は薄いと考えるべきだね」
「ええ。楽観するのではなくて、状況は悪い方悪い方を想定しておくべきだわ」
アナスタシアが音頭をとり、リックやミュカが相槌を打ち、また意見する。
自主性というよりはリーダーシップの有無なのだろう、他の生徒たちはやはり三人に任せきりだ。
「そこで提案なのだけれど――」
アナスタシアはまさに学級を引っ張ることのできる人物で、対抗試験に挑むための作戦を自ら立案し、堂々と発表した。
先日は苦手だと言っていたが、学級に勝利をもたらすための努力を惜しまなかった。
「チームを小分けにするのではなく、敢えて学級全員で固まって動くというのはどうかしら?」
しかしまあ、奇策の部類だな。
にわかに起こったざわめきも、そのことを物語っている。
「質問いい、アナスタシアさん?」
「ええ、ミュカ。どうぞ」
「それだとフラッグをちょっとしか見つけられなくない?」
「確かに。でもその代わり、見つけたフラッグは絶対に確保できるわ。三十三人で固まっていれば、たとえD学級の精鋭チームが襲ってきても奪われないでしょう?」
「なるほど、安全策ってわけだね」
「リックの言う通りよ。ただしフラッグを持っている他学級のチームと遭遇できれば、遠慮なく奪い取ってしまうつもりだけれど」
「それも三十三人いれば楽勝だよね!」
安全策と聞いて最初にリックが、次いでミュカも好意的に反応した。
アナスタシアも総括した。
「これは必勝には程遠い作戦だわ。でもF学級である私たちが少しでも勝率を高めるためには、このやり方が最善だと思う」
戦うこと自体を恐れている生徒たちへの、強い配慮まで含まれた作戦だ。
根が優しく、体を張って弱者を守る気性の、アナスタシアらしい作戦といえる。
さらには戦闘を厭う生徒たちに、こうやって徐々に慣れさせようという思惑もあるか。
なかなか考えたものだ。
ホームルームでジルヴァから説明を受けた後、この短い時間で思いついた作戦としては。
しかしやっぱり、アナスタシアのそれは詰めが甘い。
彼女は賢い人間なのだろうが、そもそも策謀だとか計略を企画するのに、向いてない性格に思える。彼女が苦手だと自己申告している通りだ。
生まれついての騎士なのだ。
アナスタシアの先祖で、俺にとっての亡き親友――ナイトハルトもそうだった。
俺が〈教師〉から謀略の類も熱心に学んでいたのに対し、「頭を使うのはルースたちに任せる!」と快活に笑っていた。
……懐かしい、思い出だ。
「他に質問はない? だったら私の作戦で決定ということでいいかしら?」
「フフフよくはないねえ」
アナスタシアの確認に、横槍が入った。
上手く皆の意見をまとめるができたと、安心しきっていたのだろうアナスタシアは、突然の異議にぎょっとなっていた。
「そんな後ろ向きな作戦では、ワタシはちっともよくないねえ」
ニチャアとした口調でイチャモンをつけているのは、ドリヤンだった――




