卵(☆)
卵には夢がある。
哺乳類でありながら卵を産むカモノハシやハリモグラは勿論のこと、手近なところではカマキリの卵なんかが見つけやすい。
大きな丸い目、人間相手でも鎌を振りかざす好戦的な態度、捕えた獲物をムシャムシャバリバリと喰い千切る丈夫な顎。私はカマキリが大好きだ。カリフォルニアでは滅多に見かけないが(二十年間にたったの五回)、実家の周りには立派なオオカマキリが沢山いて、夏はカマキリ対スズメバチの熱い戦いなんかを観戦していた。そして晩秋には卵でパンパンに膨らんだ腹を抱えたメスがヨロヨロと道路を歩いていたりする。
犬の散歩中にカマキリ母さんを発見すると、ビニール袋に捕獲してイソイソと家にお持ち帰りし、庭に放してやった。私の密かなカマキリ・ファーム計画のお陰で、冬になると我が家の庭の低木には焦げた発泡スチロールのようなオオカマキリの卵が幾つも付いていた。
そして春。発泡スチロールひとつにつき数百匹のチビカマキリ達がニョロニョロと現れる。生まれたてのカマキリは足や触覚が薄皮に包まれていて、芋虫のように体を捩らせながら卵から脱出するのだ。そして脱出直後に薄皮を脱ぎ、チビチビカマキリが誕生する。最終脱皮まで羽はないが、身長一センチにも満たないチビの癖に勇ましく鎌を振り上げる姿は親そっくり。世界一可愛い虫はカマキリの子だと思う。
小学三年生の春、教室でメダカを飼っていた。柔らかな藻に産み付けられた直径一ミリ程の透明な卵を見つけると、親に喰われる前に卵の付いた藻を切り取って子供専用の水槽に移動する。小さな卵達は数日もすると僅かに黄色味を帯び始め、二つの黒い点のような目玉が現れる。そして卵の中で目玉がクルリンクルリンと動き出し、約一週間で孵化する。
私はこの目玉クルリンクルリンが好きで、休み時間は飽きもせず無数の目玉達と見つめ合って過ごした。そう言えば今でも無数の目玉が身体中に浮き出した蛙の絵などを描くのが好きだが(本人は可愛いと思って描いている)、その根っこは案外この辺りにあるのかも知れない。
我が師匠カズ兄ちゃんは家の裏に大きな池を掘り、山から冷たい水を引き、それを使ってニホンイシガメの飼育と繁殖を行っている。数年前に始めた趣味……いや独自の自然保護プロジェクトなのだが、現在池を泳いでいる子ガメその他の数は三十匹。今年は四匹の親ガメが計25個の卵を産んだそうな。
この膨大な数の卵を超高確率で孵化させて育て上げる師匠の腕前にはつくづく感心する。イシガメは清流に住み、ちょっとしたことですぐにカビ系の病気になるのだ。ある程度の大きさになったら放流してやるつもりらしいが、その前にカズ兄ちゃんの家は池だらけになる予感がする。
ちなみにカメは温度依存性決定で、孵化時の温度が性別を決定する。師匠曰く、イシガメの臨界温度(雌と雄が1:1の確率で産まれる温度)は28.8度。それより低いとオス、高いとメスが産まれる確率が上がるらしい。そしてカズ兄ちゃんは毎年きちんとオスメスの数を調べ、バランスよく産まれるように温度を調節しているのだ。
大人になっても幼少期から嗜好及び行動の変わらない自分(と私)のことを師匠はウーパールーパー的幼形成熟と呼ぶが、やはりそうでなければ流石にここまでは出来ないだろう。ウーパールーパー万歳。
世界中で毎日何種類もの生物が絶滅している。ニホンイシガメも準絶滅危惧種で、カズ兄ちゃんの住む田舎の方でもめっきり数が減っているらしい。
「繁殖させて放流して……でもよくよく考えればニホンイシガメが減っているのは生きていける環境が無くなっているからで、カメはそれに対応して消えていってるだけなのかもなぁ」と言うカズ兄ちゃん。
「それでも、少なくとも自分の周りの生き物だけは守ってやりたいなぁ」
カズ兄ちゃんの愛魚
カズ兄ちゃんの愛猫(注:ゴミ箱に捨てられているわけではありません。)
卵と言えば、やはり鳥。
先日、ポロ用の広いフィールドで馬を走らせていたら、見晴らしの良い草原の真ん中に張り紙付きの椅子が置いてあった。張り紙には、「踏まないで! チドリの奥さんの巣があるの!」と書かれている。そして椅子の下からそっと覗く、アメリカチドリの奥さん。
チドリは普段は湿地や海岸に住んでいるが、繁殖期には乾いた草地に巣を作る。そして敵が近づくと、羽根が折れた振りをして大声で泣き叫び、敵を巣から引き離す。しかし馬に乗ってギャロップしていたら、幾ら足元で羽をばたつかせても、注意を引くどころか気付かれないまま踏み潰されるのがオチだろう。だから親切な誰かが椅子を置いてくれたのだ。
チドリの雛はヒヨコやウズラ等と同じく毛の生えた状態で産まれ、そして孵ってすぐに自分で歩き回ることが出来る。写真でしか見た事がないが、めっちゃ可愛い。これは是非チドリの赤ちゃんにお会いせねばならぬと思い、毎日乗馬がてら草地に遊びに行った。しかし卵は私が日本へ帰った直後に孵り、私がカリフォルニアに戻ってきた時にはすでに巣立っていた。無念。
しかし世の中、卵に夢をみるヒトばかりではない。
私の友人に私と同じ名前の方がいる。仮にいずみさんとお呼びしよう。いずみさんはウズラの卵が苦手だ。彼女は美味しくて有名なお寿司屋さんで働いていたのだが、ウズラの生卵なんかを見ると、口に出さないまでも「ゲロゲロ」と思っているのがありありと伝わった。あんな可愛い(そして美味しい)モノがなぜ嫌いなのか。
「だって高校の時に凄いトラウマ経験しちゃったんだもん!」と口を尖らすいずみさん。部活の合宿か何かで、彼女他数人が料理を作る当番だったらしい。お喋りしつつ家庭科室に入った彼女達が目にしたモノは、ウズラの卵と孵った雛達……。
日本のスーパーで売っているウズラの卵はかなりの高確率で有精卵だ。日本の夏真っ盛りの暑さの中、何の因果かパッケージ内で孵ってしまった雛達はすでに息絶え、異臭を放っていたそうな。
「でもそれってさ、孵ってたから良いものの、孵る寸前に気付かずに茹でちゃって、殻を剥いたら茹でヒヨコが出てきました、って言うよりマシなんじゃない?」
「ヤダもうやめてよっ!」
それしてもなんでそんな古い卵(ある意味新鮮だけど)が生徒達に与えられたのか、非常に気になる。
大学の生物学の授業で鶏の卵の成長を観察した事がある。一人に数個の受精卵が与えられ、それを中身を傷付けないように殻を割って滅菌されたプレートの上に出す。上手くいけば胚が育ち、雛になっていく様子が肉眼で観察出来るのだ。殆どの卵は数日で死んでしまう。私の卵も、三つのうち二つは一週間程しか保たなかった。しかし最後の一つは二十日間生き延び、見事に毛の生えたヒヨコになった。透明な皿の上でベチャッと寝そべる濡れたヒヨコくん。最後の頃は薄っすらと瞼を開くこともある。中々壮絶な光景だ。
普通の鶏卵は21日で孵る。見事に育ったヒヨコくんをニマニマと笑いながら眺めていると、通りかかった教授が咳払いした。
「プレートで育ったヒヨコは21日目に死ぬんだよね。よく解らないんだけど、多分卵の殻に何かヒヨコを起こす物質が含まれているんだと思う。とにかく、君のヒヨコがプレートから立ち上がって歩き出したりはしないから、期待しないでね」
「じゃあ21日目に卵の殻をヒヨコに貼り付けてみていいですか?」
「……多分無理だとは思うけど、好きにすれば?」
そして彼の誕生日であるべき日、私のヒヨコくんは全身に割った卵の殻をベタベタと貼り付けられたが、やっぱり起きて立ち上がる事はなかった。血管や膜のようなモノで繋がっていないとダメなのかも知れないし、たとえ浸透性の物質であったとしても、市販の無精卵の殻と最終ステージまで成長しきった有精卵の殻では色々と違うのだろう。
ところで先ほど調べてみたところ、「ニワトリ 卵 成長過程」でネット検索すればプレートで育つヒヨコを観ることが出来るので、興味のある方はどうぞ。
高校の頃の話だ。
両親の寝室には庭へ直接出るドアがあったのだが、そのドアの庇にモッキンバード(マネシツグミ)が巣を作った。モッキンバードの mock とは真似して馬鹿にするという意味だが、彼らはその名の通り、他の鳥や虫、犬や猫、果てはカエルの鳴き声まで真似してみせる。そんな多芸なモッキンバード君のファンだった我が家族は、モッキンバードのカップルを怯えさせないように気を使い、ベッドルームのドア使用禁止令を出し、雛が孵るのを楽しみにしていた。だって巣は精々高さ二メートル程の場所にある。雛が産まれたら見放題なのだ。
しかしそろそろ卵が孵るという早朝、モッキンバードの巣はカケスの襲撃を受けた。どうやらカケスのカップルも近くに巣を作っていたらしい。カケスは縄張り内に他の鳥の巣があるのを良しとはしない。自分よりも一回り体の大きい鳩の雛ですら突つき殺してしまうくらいなのだ。モッキンバードのカップルも必死で応戦したようだが、騒ぎに気付いた父がドアを開けた時にはモッキンバードの卵はすでに巣から蹴り落とされ、粉々に割れて成長半ばの雛が転がり出ていた。無念。
モッキンバードの巣が襲われてから数日後。
「ねぇねぇ、イイコト教えてあげようか?」
疲れ切って学校から帰って来ると、母が何やら得意気に庭を指差した。
「今日の朝ね、庭の芝生の真ん中に、カラスが卵を落としてったみたい」
マッハのスピードで庭に駆け出る私。グリーンの芝生の上には、ウズラよりも一回り程小さな真っ白の卵がコロリと転がっていた。カラスの卵ではない。カラスは他の鳥の巣を襲って雛や卵を盗むことがある。食べるつもりで盗んだ卵を何かの拍子に落としてしまったのだろう。
卵を拾った私が咄嗟に取った行動は、シャツをめくって腹で直接温めるというモノ。幼稚園児の頃、祖父母の庭で鶏が産んだ卵を座布団に置き、その上に腹這いになって温めていたが、高校生になっても同じ事をしているのだ。傍目には余りにも馬鹿っぽいが、しかし笑ってはイケナイ。私の手は夏でも冷たいので、腹にでも入れなければ卵を温める事は出来ない。人間の体温は鳥よりも低いので腹に入れても充分とは言えないが、クーラーの効いた部屋の空気に晒しておくよりマシだろう。そして卵には適度な湿度が必要だ。鶏の卵なら38度弱で湿度50%くらいだろうか。私が高校の頃に住んでいたベーカーズフィールドという町はモハベ砂漠の端にあり、夏の湿度は20%前後でカラッカラ。 人肌から僅かに放出される湿度でも与えなければ、卵が干からびる。
高校生の私は幼稚園児の私とはやはり一味違う。ちゃんとそこまで考えて行動していたのだ……! なんてことは全く無く、単に『卵→腹』という幼稚園児時代から綿々と受け継がれる本能に従っただけ。なんたってアホロートルですから。
卵を腹に抱いたままウロウロと歩き回り、巣材を集める。空のジャム瓶に三分の二ほど水を入れ、瓶の口にガーゼを張り、その上に巣の形にほぐしたコットンを置く。瓶の中の水が蒸発して『巣』の湿度を保てないかなぁと思ったわけだが、出来れば加湿器が欲しいところだ。ってか孵卵器が欲しい。しかし生きているか死んでいるかわからんような卵の為に孵卵器を買ってくれるほど、我が親共は甘くない。瓶の巣に入れた卵を勉強机の電球の下に置く。手をかざしてみると、暑過ぎず寒過ぎず、ホカホカと心地良いくらい。湿度を逃さない為にもう少しなんか工夫をした方がいいかなぁ、などと考えつつ、完成した即席孵卵器の中で大人しく眠る白い卵を見つめてニヤニヤしていると、通り掛かった母がせせら笑った。
「朝からずっと庭に転がってて、スプリンクラーの水まで浴びて、そんなの死んでるに決まってるじゃん。そんな変な巣なんかで孵るわけないでしょ」
「そう思うなら、なんでわざわざ卵が転がってるって教えたわけ?」
「卵を見たら喜ぶかと思ったから」
どうもよく分からんヒトだ。死んだ卵を見て誰が喜ぶというのだ。しかしそんな夢のないニンゲンの言葉に耳を貸すようなワタシではない。夜中もランプを点けっぱなしにして卵を温め続けた。
そして数日後。ふと卵を電球に透かしてみると、数ミリの黒い点があった。むむむ、コレはもしや……とドキドキしつつ、数時間毎に転卵するついでに電球に透かして見る。気のせいか、黒い点は段々と大きくなり、そして遂に点を中心としてクモの巣状に細い線が現れた。線は数を増やし、太くなり、そしてジッと観ていると、ドクンドクンと規則正しく脈を打っている。夢を見すぎて寝惚けているわけではない。どうだ!とばかりに半信半疑の母に見せてやったところ、「はあああ?! 心臓が動いてる?!」と叫んでいた。
「生きてることが証明されたらか、今後の健康な育成の為に孵卵器買って」
「机のランプで充分元気なんだから、孵卵器なんて要りません」
財布の紐の固いオンナだ。今から考えれば、母なんかではなく、父に頼めば良かった。父が可愛がるのは猫だけだが、しかし彼はこういった「面白いモノ」には目が無いのだ。
それにしてもこりゃ大変なことになった、とニマニマする私。胚と血管が見える様になるまでに数日かかったということは、この卵は産みたてホヤホヤでカラスに誘拐されたのだろう。鶏の卵なら温め始めてから約21日で孵る。卵の大きさから言って雀よりもずっと大きい鳥だろうが、それでも精々二週間程で孵る筈だ。つまりあと十日もしない内に生まれてくる。それまでに卵の形状から鳥の種類を調べ、餌や飼育の準備をせねばならぬ。場合によっては生きたコオロギや新鮮なイモムシ的なモノが大量に必要になるやも知れぬ。想像するだけで母の悲鳴が聞こえるようだが、意識の外にシャットアウト。
今の時代なら卵の種類くらいネットで簡単に調べられるが、なんたってグーグルが作られて間も無い旧石器時代のお話ですからね。調べモノは埃臭い図書館に行くか人に聞くのが普通だった。図書館に行くのが面倒だった私は、家庭教師をして下さっていた方の紹介で地元の大学教授の電話番号をゲット。見ず知らずの大学教授にいきなり電話して庭に転がっていた鳥の卵の種類を聞くとか、なんて迷惑なヤツなんだろう。しかし話を聞いた親切な教授は、「多分それは嘆き鳩の卵だと思うよ」と教えてくれた。
生まれたての鳩の雛は高タンパク質・高脂質の素嚢乳が必要だ。人間用離乳食のドロドロチキンに茹で卵の黄身、ヨーグルト、ビタミンB・E・C等を混ぜればいいか、などと考える。生後三日以内の雛は消化酵素が足りないので、獣医に犬用消化酵素を貰って餌に混ぜる必要があるのだが、残念ながらその頃の私はそこまで知らなかった。
愛らしい雛の誕生を夢見て(生まれたての雛はシワシワで結構不気味なルックスだが愛は盲目だから大丈夫)、そわそわワクワクと胸をときめかせながら卵を見つめ続ける日々。卵の中の黒い点は益々大きくなり、やがて電球で透かしても中身が見えなくなった。
それにしてもこんな雑な即席孵卵器で孵っちゃうとか、卵の生命力は侮れない。しかしこの孵卵器、決定的な欠陥があったのだ。あと三日ほどで孵るハズ……! と期待にパンパンに膨らんだ胸が弾ける寸前、事件は起きた。
その日、ランランランと鼻歌交じりに学校から帰って来た私は、自室のドアを開けた瞬間に心臓が止まりかけた。
机の上に置かれたアメリカの劣悪馬鹿ランプ。メイド・イン・アジアのどこかの大国。この馬鹿ランプ、スタンドとアームを繋ぐ部分のネジがすぐに緩み、触らなくても勝手に倒れてくるのだ。そしてぐにゃりとだらし無く曲がった先には、孵る寸前の私の大事な卵ちゃんがあった。手で触れないくらい熱い電球と卵の距離、約五センチ……!
一日経ち、二日経った。ランプ事件から三日、四日、五日……一週間が過ぎても卵はピクリとも動かない。卵を手に入れてから三週間目、電球に透かして中を見ると、ぎっちりと詰まっていた筈の卵の中には小さな空洞があり、液体がチャプチャプと揺れていた。
今でも時々考える。あの卵は本当に死んでいたのだろうか? そりゃ100%に限り無く近い確率で死んで腐って溶けてたんだろうけどさ、でもこの目で見るまではどうしても納得がいかないのだ。実は卵に穴を開けて中を覗いてみようとしたのだが、「そんなキタナイこと止めなさいっ」と喚く母に閉口して、結局卵はそのまま土に埋葬した。でもやっぱり、夢が溶け消えたという現実を受け入れる為にも、卵の中身を見るべきだったと後悔している。
卵には夢がある。
貴方が獣医や作家やアスリートの卵ならば、貴方という存在にも夢があるのだ――などと言うのは勿論冗談で、悪いが私はニンゲン如きに夢なんぞ感じない。私が夢を感じるのは虫や鳥や魚やカメの卵だけだ。だから今日も沸騰した鍋の前で、投入寸前のパッケージ入りウズラの卵達をジッと見つめている。
ニホンイシガメの写真はカズ兄ちゃんからの提供です。カズ兄ちゃん、ありがと〜♪




