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ニンゲン未満(☆)

 ペットとして人間に飼われている動物達がニンゲン未満に遭遇した時、その反応は様々だ。ちなみにニンゲン未満とは、こう言う生き物の事だ。(↓)


挿絵(By みてみん)


 幾度も言っているが私はニンゲンに興味は無く、更にどちらかと言うとニンゲン未満も好きではない。しかし何故か人種を問わず三歳以下のニンゲン未満共には嫌になるくらい好かれる。理解不能。ムーミン体型のジェイちゃんと違い、私なんぞゴツゴツしていて抱かれ心地も悪いと思うのだが、コアラのようにくっつかれて困る事も多い。コアラなら困らないんだけどね。

 上の写真は私の仲良しキラちゃんの息子マーカスくん。キラちゃんは中国人と白人のハーフの凄い美人さんで、マーカスくんもオムツのモデルにでもなれば良いのに、と思うほど可愛い……見た目は。(ちなみに白人のお父さんのルックスは普通。)

 マーカスくんは現在九ヶ月なのだが、彼が産まれてからと言うものの、私はキラちゃんから電話が掛かってくる度に何と無くドキリとしてしまう。

「明日、どうしても外せないミーティングがあって、でもベイビーシッターがいないの! イズミ、明日ヒマ?」

 世紀末かと思うほど忙しいです。と言いたいのをグッと堪える。相手は私のスケジュールを知り尽くしているのだ。嘘は通用しない。

「大丈夫、大丈夫、四時間くらいで帰ってくるから!」

 四時間?! 赤ん坊どころか弟妹もいない私はオムツを触った事など人生で一度もないのだ。それをイキナリ四時間とか、ハードル高過ぎだろうッ?!

 幸いマーカスくんはニコニコと非常に機嫌の良い子なのだが、「脳の健全な発達の為に常に外部刺激を与え続けよう!」という両親の教育方針のせいで一分足りとも一人遊びが出来ない。決して大袈裟に言っているわけではない。彼を泣かせない為にトイレも我慢して四時間ぶっ通しでニンゲン未満と遊び続ける私。積み木でテーブルをゴチゴチと叩いてゴキゲンなマーカスくん。テーブル傷つくなぁ、と思ったが、マーカスくんの機嫌の方が大事なので見て見ぬ振り。ゴチゴチゴチガツンッ!と自分の指を叩き潰して大泣き。なんでやねん。四十時間ぶっ通しで働いた時よりも精神的にナニカがゴリゴリと削られる。


 疲弊し切っているのは私だけで、我が犬共はニンゲン未満に興味津々だ。穏やかで性格の良い吹雪なら解るが、なぜ人嫌いのエンジュがマーカスくんを見て大喜びで尻尾を振っているのか、と不思議がるキラちゃん。

「は? そりゃマーカスくんがまだニンゲンとして認識されてないからじゃん」

「……え?」

「エンジュはニンゲンは嫌いだけど、動物は好きだからね。彼女にとって十歳以下の子供は仔犬程度の認識なんだよね。特に垂れ流し状態のマーカスくんなんて、ニンゲンへの道程は遥かに遠い」

「そーゆーシツレイなこと言わないのッ」とジェイちゃんに怒鳴られる。


 エンジュは仔犬の年齢(というか週齢)によって遊び方を変える。産まれて二週間以内の仔犬は嫌い。興味の無いフリをするどころか、蹴っ飛ばして歩いている。生後三週間、ヨロヨロと仔犬が床を這いずり出すと、ニヤニヤと笑いながら仔犬の腹の下に鼻先を突っ込んで乱暴に転がし、仔犬がミューミューと鳴きながら起き上がろうと必死でもがくのを実に楽しげに眺めている。起き上がるとまた転がす。エンジュによって七転び八起きの精神を鍛えられる仔犬達。

 生後五〜六週間、仔犬が駆け回り出すと、初めは寝転がってレスリングの相手をし、仔犬の身体が大きくなるにつれて立ち技が増えてくる。そして時々、仔犬を壁の隅などに追い詰め、仔犬がそこから一歩でも動こうものなら「ガッ」とか牙を剥いて脅している。仔犬は困った顔でビクビクしているが、エンジュはゆっくりと尻尾を振っているので、アレは遊んでいるつもりなのだ。ただ楽しいのはエンジュだけ。

 数年前、日本から親戚の子供達が遊びに来た時のこと。

「イズちゃ〜ん、なんかエンちゃんがモエちゃんに意地悪しとる」とスッちゃんがご注進に来た。スッちゃんとモエちゃんは小学五年生だったのだが、体の小さなモエちゃんは三年生くらいにしか見えない。そしてエンジュにとって、モエちゃんは生後二ヶ月くらいの仔犬という判断だったらしい。リビングルームの隅にモエちゃんを追い詰め、モエちゃんが逃げようとすれば「ガッ」とか言ってニヤついていたエンジュが私に怒られたのは言うまでもない。ちなみにモエちゃんはそんな扱いを受けたにもかかわらず、エンジュが大好きだ。

 小学五年生のモエちゃんが生後二ヶ月の仔犬なら、生後九ヶ月のマーカスくんはトイレの躾の出来ていない生後三週間の仔犬程度だろう。ヨロヨロと椅子やコーヒーテーブルの端に掴まって伝い歩きをしているマーカスくんの匂いを嗅いでいたエンジュが、不意に後ろからマーカスくんの脇に頭を突っ込み、グイッと持ち上げた。バランスを崩して尻餅をついたマーカスくんを更に鼻先で突いて仰向けに転がす。

「エンジュッ!!!」

 エンジュに転がされたことよりも、私の怒鳴り声に驚いて泣き出すマーカスくん。エンジュも一応耳を伏せて反省したフリをしているが、その眼にはどこかウズウズしているような光がある。隙があればマーカスくんを転がして遊びたいと思っているのだ。

 機嫌を直したマーカスくんが凄いスピードで匍匐前進を始める。目指すは犬の水皿。部屋の隅のコード。エンジュと吹雪のヨダレでドロドロのヌイグルミ。自分用の綺麗なオモチャなんぞに興味はないのだ。その後ろを興奮の面持ちで付いて回るエンジュ。マーカスくんの手に届かないように隠したヌイグルミをわざわざ取りに行き、「引張りっこしてあそぼーぜ」とでも言うようにマーカスくんの顔に押し付ける。大喜びで薄汚れたヌイグルミに手を伸ばすマーカスくん。ヤメレ。

 そして暇さえあればマーカスくんを舐め回している。定期的に虫下しを飲まされている彼女に回虫などはいないが、それでも汚い。ヨダレが嫌いな私は自分が犬に舐められるのも嫌いなのだ。

「マーカスは地面を這いずって目についたモノは全て口に入れているから、エンジュのヨダレくらい全然構わない」とキラちゃんは言うが、とりあえず口だけは舐めさせないように見張る。


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


 エンジュは完全にマーカスくんを仔犬扱いしているが、しかしキッチリと一線を引いていることが一つある。それは、絶対に噛まないという事。


挿絵(By みてみん)


 エンジュは仔猫だろうが仔犬だろうが、相手が動物なら歯を使って遊ぶ。決して怪我はさせないものの、口を噛み合い、首根っこや足を噛んで引っ張り、仔犬の頭がエンジュの口の中にすっぽりと収まっている事すらある。しかしマーカスくんに舌を掴まれても、少しばかり嫌な顔をするだけで甘噛みすらしない。当たり前だ。人にペットとして飼われている犬に教えるべき最低限且つ最重要のルールは、「オスワリ」でも「マテ」でもなく、「人を噛んではいけない」ということ。相手がニンゲン未満なら尚更だ。

 それにしても、多くの動物達は子供に対して非常に寛容だと思う。耳をしゃぶられても口の中に手を突っ込まれても、「チッ、仕方ねえなぁ」と溜息を吐きつつ我慢している。しかし我慢にも限度があるので、そこは被害者(動物)の為にも大人が気を付けてやらねばならない。

 私にはアメリカ人のハーフの従兄弟がいるのだが、こいつが全くもって手に負えないような乱暴で我儘なガキだった。私が小学生の頃に我が家に遊びに来た従兄弟(幼稚園生くらい)は、我が愛猫ミルクくんを見つけると嬉々として押さえ付け、こねくり回し始めた。ヤメロと言って聞くようなガキではない。ミルクくんは決して人を噛んだり引っ掻いたりはしないので、従兄弟の乱暴はエスカレートしていき、遂に逃げようとするミルクくんの尻尾を掴んで持ち上げた。

「プギャーッ」と叫ぶミルクくんと呆然とする我が家族達。

「Stop it!」と叔母さんに頭を殴られてミルクくんを床に落としたものの、従兄弟に反省なんてする可愛気はない。皆に怒鳴られても懲りずにミルクくんを追いかけ回す。ミルクくんは外に逃がしてやったが、いつもなら五時のチャイムでイソイソと家に戻ってくる彼は、その日はかなり遅くまで帰って来なかった。

 そしてその数年後。

 我が家にオーストラリアから友人家族が遊びに来た。その一家にも小さな男の子がいたのだが、その子は我がアホ従兄弟と違い、非常にお行儀が良くて可愛い子だった。皆で楽しくランチをしていると、朝から外に遊びに出ていたミルクくんがランランラン♪と家に帰ってきた。

「Oh, look! Kitty!」と男の子が楽しげにミルクくんを指差した瞬間、ミルクくんが凍りついた。そして突如、「ン〜〜マオ〜〜ウギャギャギャギャ〜〜」と狂ったように叫び出した。後にも先にも、大人しいミルクくんのあんなに錯乱した姿は見たことがない。開き切った瞳孔で全身の毛を膨らませ、化け猫のような雄叫びを上げ続けるミルクくんにめっちゃ怯えるオーストラリア人達。言葉にせずとも「日本の猫コワッ!」と思っているのがありありと解った。

 相手が大人であれ子供であれ、ミルクくんが日本人に対してこんな態度を取ったことは無い。そして茶髪黒目でガキの癖にガタイの良い我が従兄弟(成長後はラグビー選手)と、金髪碧眼でほっそりとしたオーストラリア人の少年では似ても似つかない。共通点は唯ひとつ。『英語』だった。

 確証は無いが、どうもミルクくんは従兄弟との遭遇以来、『英語を喋る子供』がトラウマになったらしい。この数年後に同じ家族が再び家に来たが、その時も英語を聞いた途端に「ンマオ〜〜」と叫び狂っていた。


 ところで我が従兄弟の家には猫が二匹いたらしい。叔母曰く、従兄弟が家に帰ってくると猫達は蜘蛛の子を散らすようにベッドの下や棚の上など、従兄弟の手の届かないところに逃げ隠れていたらしい。そしてこの猫達には爪がなかった。従兄弟に乱暴されても反撃して引っ掻かないように、という事らしいが、動物の尻尾を掴んで持ち上げるようなバカガキ、一度こっぴどく引っ掻かれればいいのに、と内心思ったことは否めない。

 私は小学校に入ってから犬猫に噛まれたことは一度もないが、それ以前は猫にも犬にも幾度となく噛まれた。無論甘噛みや絆創膏で済むかすり傷ではなく、手に穴が開いてダラダラと流血する勢いで噛まれている。身体部品一部欠損などという事態にも陥らず、よくぞ無事に幼少期を乗り切った、と過去の自分にしみじみと驚いているが、まぁ「食事中の野良猫を撫でようとした」とか「本気で吠えている人嫌いな犬に抱きつこうとした」とか、自分の方に噛まれる理由があったのだから仕方無い。こういった経験を積み重ねることで自然と相手の意思を読むことを学び、危機回避出来るようになるのだろう。

 我が犬共は決して人を噛まない。けれども事故でない限り、私は彼等が耐えられないような苦行を強いたりはしない。間違って吹雪の尻尾を踏んづけたりすることはあるが(だって台所や洗面所でいつの間にか真後ろで寝転んでたりするんだもん)、しかし吹雪も「わざと意地悪されたわけでは無い」と理解しているから、踏まれてもギャオンと泣くだけで、決して噛んだりはしない。

「あぁ、ゴメンゴメン……ってか、そんな所に寝そべってるほうが悪いんでしょ! バカ!」とか私に逆ギレされてもスゴスゴと引き下がる。しかし穏やかで大人しい吹雪だって、人間から意味の無い暴行を受け続ければ、やがて人を信用しなくなり、己の身を守る為に人を噛むようになるだろう。


『優しい巨人』の通り名を持つ吹雪くんだが、彼には一風変わった性癖がある。

 ジェイちゃんの親友が生後二ヶ月程になる娘のバークレーちゃんを連れて家に遊びに来た時のこと。生後二ヶ月のニンゲン未満には全く興味を示さないエンジュに対し、吹雪は尻尾を振りながら熱心にバークレーちゃんの匂いを嗅いでいた。しかし私に怒られるのでバークレーちゃんを舐めたりはしない。

 数分後、ふと見ると、吹雪が何かを咥えてやけに嬉しげに走り回っている。

「フブ、それナニ?」と声を掛けると、急いで見せに来る。

 それは、バークレーちゃんの靴下だった。

「あぁ、靴下が緩くて、すぐ脱げちゃうんだよねぇ。吹雪くん、拾ってくれてありがとう」などと吹雪に礼を言いつつ、取り返した靴下をバークレーちゃんに履かせる友人。そして数分後、再び靴下を咥えて走っている吹雪発見。

「アレ? もう脱げちゃったんだ?」と不思議がりながら靴下を履かせる。何かがおかしいと思い、台所からこっそり覗いていると、皆の意識がバークレーちゃんから逸れた瞬間に吹雪がバークレーちゃんに近付いた。そして小さな足を傷付けないよう、器用に前歯を使ってそっと靴下を脱がす。

「吹雪ッ」と私に怒鳴られた途端に腰が抜けそうなほど驚く吹雪。あの驚き具合からすると、イケナイ事だという後ろめたさはあるらしい。しかしその後も幾度となくバークレーちゃんに近寄っては、実に物欲しげに彼女の靴下の臭いを嗅いでいた。

 この一件以来、『ニンゲン未満の靴下フェチ』と通り名を改めた吹雪くん。一体バークレーちゃんの靴下の何がそんなに彼の心に響いたのか。彼が他のニンゲン達の靴下にそのように執着したことはない。いや、もしかしたら私が知らないだけで、夜中に洗濯カゴに鼻を突っ込み、ジェイちゃんの靴下の臭いなんかを嗅いで独り悦に入っているのかも知れないが……。

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