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マッチョ

 カタカタカタカタカタカタ。

 

 今日も元気にチュチュが滑車を走らせている。尻尾や足が引っかかって怪我などしないよう、チュチュの滑車はツルツルのお皿型で、ついでに最近流行りの音の少ないタイプだ。それにしてもよく飽きないな。このエネルギーを発電に使いたいモノだ。


 初めて滑車をケージに入れた時、チュチュは滑車の何たるかが理解できなかった。滑車に乗って後ろ足で立ち、バランスを取りながら初心者サーファーのようにユラユラと頼りなげに揺れている。そしてなぜかカボチャの種をわざわざ滑車の中で食べる。滑車はカボチャの種でゴミだらけだ。


 そのうちに滑車の隅をカリカリと前足で引っ掻き始めた。元々砂に穴を掘って生活するタイプのネズミだからか、それともケージなんかで暮らしていると精神的に不安定になるのか、ケージの隅をバババババッと凄い勢いで掘る砂ネズミをよく見かける。チュチュはそのような病的掘り掘り行為には勤しまないが、しかしケージに突如現れた異物はとりあえず掘ってみる事にしたらしい。


 不意に滑車がクルリと回った。チュチュが驚いたように動きを止め、少し考え、そしてまた滑車を掘り始めた。滑車が回り始めた。


 カタカタカタカタカタカタ。


 早い早い。摩擦の少ないタイプの滑車だからか、もう凄い勢いだ。ジェイちゃんがおぉっと感動の声を上げ、エンジュが興味津々で水槽に鼻面を押し付ける。


 カタカタカタカタカタカタ。ピタッ。


 チュチュが不意にピタリと動きを止めた。

 しかしクルマは急には止まれない。

 チュチュが滑車から放り出され、ケージの壁に激突した。


 一瞬チュチュが死んだかと思った。


 私とジェイちゃん及び二匹の犬が息を詰めて見守る中、ふらふらと起き上がったチュチュがやや呆然とした表情で辺りを見回した。彼の小さな王国である平和な水槽の中でその身に一体何が起きたのか、よく分からないようだった。

 しかし数秒後、チュチュは再び果敢に滑車にチャレンジした。


 カタカタカタカタカタカタ。ピタッ。


 滑車から投げ出され壁に激突するチュチュ。

 息を飲む観客。

 ふらふらと立ち上がり、再び滑車に挑むチュチュ。


 そんな事が10回程繰り返され、ついにジェイちゃんが吹き出した。


「前々からうっすらと気付いてはいたんだけど、チュチュってお世辞にも賢いとは言えないよね」

「失礼な。ジェイちゃんは噛むけど私のことは極力噛まないようにしてるんだから賢いじゃん。っていうか、この幾多もの失敗にもめげない彼のチャレンジ精神を敬おうよ」

「いやいや、生物にあるべき基本的学習能力に欠けてるって。オマケにこれだけ壁に激突し続けてたら益々バカになるんじゃないの?」

「……でもかなり気に入ってるみたいだし」


 少し悩んだが、特に怪我する様子もないのでそのまま様子をみることにした。

 私の知る限り、その晩チュチュはほぼ一睡もせずに滑車を回し続けた。


 かくして滑車はチュチュの大のお気に入りとなった。

 滑車の中で眠り、滑車の中で食べ、滑車の中で後ろ足立ちして彼の小さな世界を睥睨する。そして食べて寝ている時以外は常にカタカタやっている。滑車の中でやらないのはトイレくらいだ。(チュチュは彼が「ここ!」と心に決めた場所でしかトイレをしない。ハムスターやウサギなど、意外にそういう小動物は多い。)


 環境の充実とダイエットのために買い与えた滑車だが、運動量が劇的に増えたせいか食べる量も増えたような気がする。しかし食生活に厳しい私はオヤツは絶対に一定量以上はあげないようにしているので、渋々固形の完全栄養食を食べている。まぁアレなら食べ過ぎることもなさそうだからイイかな、と思い静観する。


 そして滑車導入から一ヶ月程経ったある日。


 ジェイちゃんがペットショップから生きたコオロギを数匹買ってきた。高カルシウムかつ狩猟本能を刺激するチュチュのお気に入りのおやつだ。


 コオロギが逃げないようケージの上にネット状の蓋をする。頭上に普段存在しないネットが現れた時は何か面白いことが起こると知っているチュチュは、既に興奮の面持ちで滑車を掘り掘りしている。コオロギをケージに放ち、いざチュチュくんの狩猟タイムスタート。


 ……凄かった。


 チュチュは目にも留まらぬ凄まじい身のこなしで悪鬼の如く獲物に襲いかかった。全長1cmにも満たない五匹の小さなコオロギ達は、あっという間にチュチュに狩られ、3分ほどで跡形もなく食べられてしまった。


「……コレっていつもは全部捕まえるのに1時間くらいかかってるよね?」

「うん、それどころか捕まえ損なったコオロギがその後一週間くらいケージの中でチュチュと共生してたりして」


 何を思ったか、ジェイちゃんが無言で家の外に駆け出した。数分後、2cm程の蛾を捕まえて戻ってきた。ジェイちゃんは時々私に内緒でチュチュに蛾をあげているようだが、私はチュチュに蛾を食べさせるのを嫌がっている。だってなんか粉っぽくって不味そうでしょう? 特に根拠はないのだが、なんか変な寄生虫とかいそうだし。パリパリと歯応えも良く、栄養素の高そうなバッタやこんがりとした色合いの美味しそうなコオロギならいいけどさ。しかしこれはあくまでも私の個人的見解である。ジェイちゃん曰く、チュチュは蛾もコオロギと同じくらい好むらしい。


 ケージに入れられた蛾がハタハタと動いた途端、滑車の中で毛繕いしていたチュチュがキッとやけに精悍な顔で振り返った。そして次の瞬間、ケージの上部を飛んでいた蛾に飛びつき、見事空中キャッチしてみせた。40cm以上飛び上がったと思う。つい一ヶ月前までボテボテと膨らんだ腹を引き摺ってのんびりと歩いていた我が愛鼠は、いつの間にか空飛ぶモモンガと化していた。


 満足気にムシャムシャと粉っぽい獲物をむさぼるチュチュの二の腕は太く、肩のあたりも何やら筋骨隆々としている。モフモフの腹の毛を剃れば腹筋くらい割れていたかもしれない。


「やっぱり運動って大切なんだねぇ」私が感心して呟くと、我が家でただ一匹公認のデブとなってしまったジェイちゃんが暗い顔で寂しげに頷いた。


 チュチュに触発され、ジェイちゃんのジム通いが始まった。しかしやはり運動すると腹が減るのか、お菓子などの余計な間食も増え、どうも筋肉と脂肪の混じった霜降り状態になりつつある気がする。


 ちなみにランニングなら月100マイル、週5で乗馬の障害ジャンプをしている私の腹はゴキブリのように割れている。

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