君にあげる(☆)
夕暮れの街の大冒険で、その不死身伝説に新たな一章を加えた砂ネズミのチュチュ君。翌日、この話を聞いた我が同僚のSさんは、「ジェイちゃん!」と叫ぶと大きく目を見開いてジェイちゃんの肩を揺さぶった。
「ジェイちゃん! 良かったね! イズミさんに殺されずに済んで……!」
「うん、たとえ肉体的に殺されなくても、事あるごとにこの一件を持ち出されて、一生精神的に嬲られ続けて生き地獄になるところだった……」
手に手を取り合い、チュチュの強運がもたらした奇跡に感謝する二人。一方チュチュ君は、命懸けの大冒険のトラウマなど微塵も感じさせぬ元気さで、相変わらず鶏肉を求めて床を徘徊している。
二時間毎のお食事タイム。膝に敷いたペーパータオルの上に乗せられると、チュチュは期待に眼を輝かせてシリンジを待つ。シリンジが顔の前に現われる前から、ピッと片手を私の指の上に置き、首を伸ばして飲む準備に入っている。チキン入り完全栄養食……というよりは、僅かに完全栄養食の薫りがするチキンと呼びたくなるようなギリギリの割合のドリンク剤をゴクゴクと大喜びで飲むチュチュ。少しでもチキンの割合が少ないと、ムッとした顔で口を開けたまま、ダラーッと餌を垂れ流す。絶対に飲み込まない。
うっとりと目を細め、濡れタオルで食事後のグルーミングを私にやらせていたチュチュが、不意にハッとした顔で辺りを見回し、ゴソゴソと私の膝から降りようとする。
「ジェイちゃん、チュチュがオシッコって言ってるから、ちょっとそこのチュチュトイレ(紙を敷いた靴箱)取って!」
「1グラムも無いような脳ミソでそんなこと解る訳がない」
どこまでもチュチュを過小評価するジェイちゃん。しかし靴箱に入れられたチュチュは、10秒もしない内に大量のオシッコを放出。そして少し考えた後、コロリとひとつフンをする。食事が肉食中心になったチュチュのフンは、体重70グラム弱のネズミのモノとは思えないほど立派だ。事を終えたチュチュが箱の壁に手を掛けて、「出せ出せ」と要求する。チュチュは決して家の絨毯や私の膝の上ではトイレをしない。
「トイレしたくなったら、ちゃんとトイレって教えるんだよ? 賢いでしょ?」
「……奴が賢いって言うより、砂ネズミ如きとそこまで意思疎通しているイズミがおかしいんだと思う」
トイレから出たチュチュが絨毯を探検してまわる。トテトテヨロヨロと歩くチュチュの背後を、ゆっくりと尻尾を振りながらエンジュがついてまわる。ふんふんと興味深げにチュチュの背中を嗅ぐエンジュ。本当は前足でコロリと転がしてみたいのだが、私が見ている事を知っているので、決して手は出さない。舌舐めずりしながら匂いを嗅ぐだけだ。
チュチュはなぜか吹雪の犬用ベッドがお気に入り。トテトテと近付いてきたチュチュを見て、吹雪が慌ててベッドから逃げ出す。ヨイショ、ヨイショとベッドによじ登り、体重48キロのシェパードの代わりに70グラムの砂ネズミがふかふかのベッドを占領する。満足気にベッドを前足で掘り掘りするチュチュ君を遠くから見つめる吹雪。優しい彼は、ふーっとひとつ溜息を吐き、硬い床に寝そべる。
二十分程遊ばせた後、ひょいっとチュチュを摘まんで膝に乗せる。チュチュは何の抵抗もなく、当たり前のように私の膝の上ですうすうと寝息を立て始める。
一見元気そうなチュチュ君だが、それでも少しづつ病状は悪化している。肺水腫のコントロールはほぼ完璧だが、しかし肝心の心臓が良くなるわけではない。血圧を下げたり、心臓のポンプとしての力を高めたりする薬がない訳ではないが、しかしそういった薬は副作用もきつい。抗生物質も含め、一日四回注射針で刺されているチュチュをこれ以上突つきまわすつもりは無い。肺水腫で苦しむことなく、でも心臓が止まったらそれでお終い。それがチュチュに対して私が引いたラインだった。
だがしかし。
保って三日から一週間……という獣医仲間達の予想を完全に裏切り、六週間経ってもまだ元気なチュチュ君。我儘に益々拍車がかかり、「昼寝はママの膝の上!」と決めた彼は、ケージに入れられると怒って中々寝ない。まぁナンダカンダ言っても身体が怠く、独り寝は寂しいのかも知れない。普通、病気の動物は静かな暗いケージで寝ることを好むが、チュチュは私に抱かれている時が一番大人しく、幸せそうだった。
ソファーに寝転び、チュチュを胸の上に寝かせて本を読む。チュチュが上に乗っていると寝返りが打てなくて辛いのだが、タオルに包んだチュチュをそっとソファーに移動させると直ぐに目覚めて私によじ登ろうとする。隣に座っているジェイちゃんの腹に乗せても嫌がる。私の胸なんぞより、ジェイちゃんの腹肉の方が余程ふかふかで寝心地が良いと思うのだが、チュチュは私の呼吸や心音、体温などが好きなのだろう。
チュチュのような小動物にとって、「私」とはどのように認識されているのだろうか。同じ小動物でも鳥と違って視力の弱い砂ネズミは、人間の全身像を把握することは出来ない。恐らく私の顔すら見えていない。だからきっと「私」とは、遊んでいる彼をひょいっと背中から掴む手であり、「チュチュちゃ〜ん」と自分に話し掛ける声であり、何処からともなく鶏肉というスバラシイモノを持ってくる指であり、それに匂い・体温・心音などが混ざった「よくわからないけれど、でも確かにそこにある存在」なのだろう。
そんな束の間の平和を愉しんでいたある日のこと。
自転車に取り付けたカゴにチュチュを乗せて一足先に仕事場へ行った私の元へ、ジェイちゃんから電話が掛かってきた。
「吹雪の様子がおかしい」
「何? 下痢? いつものことでしょ」
「下痢じゃないけど、でも朝御飯を食べないんだ。手に乗せて顔の前に持っていっても、ぽりぽりと一口食べてみるだけで……」
ラブラドール等の食欲魔神と異なり、シェパードの吹雪は特に餌に執着することはないが、しかし貰ったモノはきちんと食べる。吹雪が餌を食べなかったことなんて、彼の七年の犬生で一度もない。
慌ててチュチュと共に家へ帰り、玄関を開けて吹雪を見た瞬間に思わず呻いた。ほっそりと背の高いモデル体型の吹雪の横腹に、ボコリと妙な出っ張りがある。横隔膜の直ぐ後ろを触診する。肝臓……いや、脾臓かもしれない。熱は無いし、名前を呼べば愛想良く尻尾を振っているが、腹腔内の超音波検査が必要だ。近所の大きな動物病院に予約無しの飛び込みで吹雪を連れて行く。
ここでアレ?と思った方がいるかも知れない。アンタって獣医なんでしょ? なんで自分の病院に連れて行かないの?
実はワタクシ、ここ数年来は脳理学研究を中心にやっていまして。私の仕事場には吹雪のような大きな動物を手術出来るような設備はない。精々チュチュや鳩程度のサイズまで。チワワくらいならイケるかも知れないが、規格外サイズのシェパードなんて絶対に無理だ。だから犬が病気になると、イチイチよその病院に連れて行かねばならない。知り合いの病院なら融通が利くから良いが、予約無しの緊急時には非常に不便だ。
吹雪を連れて行った病院は、近所で一番大きく、専門医はいないが二十人もの一般臨床医がいて、設備もまぁまぁ。MRIやCTは無いが、とりあえず必要なのは超音波検査だけだから別にいい。自分が獣医である事を先に断ってから状況を説明し、超音波検査を頼む。あぁ、だけどその獣医さん、超音波検査がちょっと……いや、すごく下手だった。どうも機械を使い慣れていないらしい。私が隣でジーッと見ていると言うのにもプレッシャーを感じているのかも知れないが。
「脾臓がちょっと大きいみたいだけど……」
手際悪く脾臓のサイズを測る獣医さん。いやいや、ちょっとどころじゃなく大きいのは触診するだけで十分に分かるでしょう。それよりも何故脾臓がそこまで肥大しているのかを知る必要がある。
「脾臓の血流をドップラーで調べてくれませんか?」
「ドップラー? え、えっと……」
「カラードップラーです。ほら、そこのスイッチを切り替えて──」
「あのう、もしあれでしたら、御自分でやりますか?」
「……いえ、すみません。大丈夫です」
超音波検査のプローブを奪い取りたいのをグッと堪える。私は今、自分が最悪な種類のクライアントであることを自覚している。しかし自分の家族の命が懸かっているのだから大目に見て欲しい。いや、そもそも超音波検査の機械くらい使いこなそうよ!こういった機械系が下手なのは年寄りの獣医だけかと思ったが、そうでもないんだなぁ、と変な感慨に耽っていたら、その若い(と言ってもあまり私と歳は変わらないだろう)獣医さんが一言。
「まぁ、よく分からないけれど、とりあえず食欲増進剤を出しておきますから、家に帰ってしばらく様子をみて……」
思わず殺意が湧いた。私が普通のクライアントだったら、「ああ、そうですか」と何と無く納得しないまま家に帰り、そして手遅れになることころだ。
「……よく分からないって、これ、脾臓捻転起こしてると思いますが」
急に低くなった私の声に、視界の端でジェイちゃんが慌てている。
「脾臓捻転?」
「さっきカラードップラーで見ましたよね? 血流の流れが悪かったでしょう?」
黙り込む獣医師。そうか、彼女はカラードップラーの使い方だけでなく、見方も知らないのか。超音波検査に$300もチャージするんだから、それくらい分かって使おうね。クライアントはお金持ちばかりじゃないんだよ。
脾臓は免疫機能を持つ臓器で、血液中の細菌を濾過したり、古い赤血球を壊して血中から取り除いたりする。犬や馬などでは余分な血液が貯められ、運動時などに一挙に血液を放出して運動機能を高めたりもする。そして脾臓は時々体内で勝手にひっくり返り、血管が捻れた状態になる。突発性脾臓捻転はシェパードやグレーハウンド等の胸の深い犬に多い。動脈流の血圧は高いので、血管が捻れた状態でも血液は脾臓に送られ続ける。反対に静脈の血液を押し出す力は弱く、捻れた静脈は潰れてしまい、脾臓に入った血液が出て行かない。脾臓にはどんどん血が溜まり、放っておけば脾臓が破けて大出血する可能性もある。脾臓は特に必要な臓器ではないので、捻転した場合は緊急摘出されるのが普通だ。
短気な私は苛々MAXだが、怒っても仕方が無い。ドップラーの使い方を知らない獣医さんに別れを告げ、少し離れた町の有名な病院で外科医をしている友人に電話を掛ける。
「手術室貸してあげるから、イズミ、自分でやる?」
うん、それって病院のルールでは絶対に違法だと思うけど、出来るものなら自分でやりたいよ。獣医の中には自分のペットの手術は見ることすら出来ないという人も結構いるが、私は無論その様なデリケートな神経とは無縁である。
ところで、こんな時でもチュチュ君は靴箱に入って、病院から病院へ、私達の旅のお供している。数時間毎に餌と薬が必要だから、私から離れる訳には行かないのだ。待合室でシリンジから餌を食べるチュチュを見て、飼主さんや看護師さん達が「可愛い〜♡」と笑いながら寄って来る。吹雪の緊急事態にもかかわらず、なにやらほのぼのとした雰囲気が辺りに漂う。
友人は緊急で吹雪のオペを夕方にスケジュールしてくれたのだが、その直前に交通事故に遭った犬が病院に運ばれて来た。今のところ脾臓破裂を起こしていない吹雪よりもそちらの方が緊急事態なので、吹雪の手術は翌朝に持ち越しとなった。しかし翌朝、今度は交通事故の猫が来て、またもや吹雪の手術は遅れ……いやはや、吹雪もつくづく運の無い犬だ。
「チュチュの運を少し吹雪に分けてあげてくれないかな?」などと冗談で何気無く呟いたせいだろうか。
その日の昼過ぎから、突然チュチュの様子がおかしくなった。
肺水腫をおこしている訳ではないが、餌を欲しがらない。急に大人しくなり、寝てばかりいる。しかしケージに入れると落ち着かず、必死になって私に抱かれたがる。
夕方早くに仕事を切り上げて家に帰った。そのまま電話を手元に置き、ソファーに座ってチュチュを抱いていた。チュチュはオシッコの要求をする時以外は、ただひたすら大人しく私の手の中で眠っていた。時々眼を開けて、ぼんやりと辺りを見回す。顎を撫でてやると、うっとりと眼を細め、頭を斜めに傾けて首を伸ばす。
チュチュはまるで猫のように顎の下を撫でられるのが好きだった。噛みつき魔のチュチュを恐れ、以前は私しか撫でてくれる人がいなかったのだが、しかし近頃はジェイちゃんも恐々と撫でてくれるようになった。初めてチュチュを撫でた時、「五年以上一緒に暮らしてきて初めてチュチュを触った……」とジェイちゃんは感慨深げに呟いていた。
「慣れれば可愛いけど、でも慣れるのに五年も掛かるのはなぁ」とも。
夜の七時過ぎに、ようやく吹雪の手術が終わったと友人から電話があった。血が溜まって膨らんだ吹雪の脾臓は38センチもあり、破裂寸前だったそうだ。
そしてその二時間後、チュチュが私の手の中で五歳三ヶ月の生を閉じた。
今でも時々思う。チュチュは、腹に溜め込んだ最後の命を、吹雪にくれたのかも知れないと。
そしてもうひとつ。命の重さとその存在の大切さは、体重では測れない。




