にょろにょろ(☆)
蛇その他の写真多数。苦手な方は要注意。
穏やかな夏の夕暮れ時、隣を走っていたジェイちゃんが盛大な悲鳴を上げて飛び退いた。見れば何のことはない、ただの蛇。Pacific gopher snake という種類で毒はない。大きいモノは体長2メートルくらいになるが、その子は精々1メートルちょいで、やや青味を帯びたダークグレーの複雑な模様が美しい。
「ガラガラヘビ?!」
「違うよ、よく見てみなよ。尻尾にガラガラ付いてないでしょ。身体も細いし、ガラガラヘビはもっと太くて頭がデカイ」
ジェイちゃんが恐る恐る私の背後から蛇くんを観察する。いつも思うのだが、何故コイツは私を盾にするのだろうか。
「……模様がガラガラヘビに似てる」
「ガラガラヘビは背中が楕円の鎖模様で、ゴーファー・スネークは長方形の模様だよ。ジェイちゃんみたいに蛇の見分けのつかない人間が多いから、ゴーファー・スネーク君達はガラガラヘビと間違えられて無駄に殺されるんだよね」
「……普通の人間は夕暮れ時の道端でイキナリ蛇と顔を突き合わせた時に模様が楕円か長方形かなんて見ている余裕は無い」
だからと言ってイキナリ殺戮に走られては、ゴーファー・スネーク君だってイイ迷惑だ。
ゴーファー・スネーク君に別れを告げ、再び乾燥し切った野原の道を走り出す。夏のカリフォルニアは煤けた茶色で目に優しくない。しかしこんな枯れ切った環境でも、野生生物は意外に多い。
と、黒いもふもふ発見。
丁度私の掌に乗る程のサイズのブラック・タランチュラだ。
タランチュラは動きが鈍い。ゆっくりと一歩一歩確かめるように脚を動かす。しかしこれでも獲物に飛びかかる時は素早いのだろう。なんせネズミなども捕まえて食べるくらいなのだ。
カリフォルニアには野生のタランチュラが多いが、たいした毒はない。精々蜂に刺される程度。アレルギー反応でも起こさない限り、タランチュラの毒で人が死ぬような事はない。しかし牙そのものは太く、猫の爪が深々と突き刺さる程度の物理的衝撃はあるので、下手な手出しはオススメしない。そしてタランチュラの腹は柔らかく、1メートル程度の高さから落とされただけでも簡単に死んでしまう。
野山をウロついているタランチュラの殆どは雄。特に秋にはお嫁さん探しの旅に出るタランチュラ君達の大移動が始まる。季節はまだ八月の終わりだが、しかしそろそろ気の早いタランチュラ君たちが地面に掘った巣穴から出てウロウロし始めているのだろう。今日だけで3匹の旅するモフモフを見た。
雌のタランチュラは野生で15年前後、飼われているモノなら30年以上生きるケースもあるが、雄は精々三〜六年。交尾を終えた頃に寿命が来る。寿命でなくとも、交尾を終えると同時に雌のオヤツになってしまうことが多い。この辺、カマキリ君の生涯に似ていますな。何故だろう。虫系は圧倒的に雌が強いケースが多い気がする。
「共喰いってコワイ」とジェイちゃん。
「でも理想的タンパク源ってのは、自分の体を作っているモノと一番近いモノなんだよ? つまり、蜘蛛にとって一番理想的なタンパク源は蜘蛛であり、ヒトにとって一番理想的なタンパク源はヒトなんだって。大学の栄養学の講義で習った。だからさ、もし世界的食糧危機に襲われたら……」
「僕と吹雪は一目散にイズミとエンジュから逃げる」
「心配しなくても、私は脂身好きじゃないから。赤身派だから」
蛇と言えば冷血動物の代表だが、アレで中々心温まる愛玩動物になる。
上の写真は我が友人ソウル君とグレッグ君のコーンスネーク。別名アカダイショウ。この脱皮したてのお肌がツヤツヤと美しい蛇ちゃんの名はハリー・ポッターに因んでシリウスちゃんといい、元々はソウル君のペットだった。しかし彼は蛇の正しい育て方など何も知らず、憐れなシリウスちゃんの幼少期は飢えと寒さとの戦いだったらしい。シリウスちゃんの生活はソウル君が素敵なルームメイトを得ることによって一転した。几帳面で世話好きなグレッグ君のお陰でケージの湿度・温度は適度に保たれ、餌は定期的に与えられ、シリウスちゃんはたった半年で2倍以上に成長したそうな。
「彼女はとても賢いんだ! 彼女は数を2まで数えられるんだ! マウスを一匹しかあげないと、絶対に二匹目を貰うまで探すのを辞めないんだ!」とシリウスちゃんをベタ褒めするグレッグ君。
そりゃ幼少期の飢えのトラウマのせいでは……と密かに思う私。
我が師匠カズ兄ちゃんは、中高生の時に自宅のガレージでマムシを飼っていたそうな。私は話に聞いただけなのでそれが実際にマムシだったのかアオダイショウだったのかは定かではないが、なんでもカズ兄ちゃんが隠していたダンボール箱を「コレなんや?」と開けたお母さんが第一発見者となったらしい。生粋の田舎育ちでありながらニョロニョロ系が大嫌いなお母さんに、カズ兄ちゃんが凄まじい勢いで叱られる姿を想像するのは難しくない。
中学生くらいの時だったか。ズバリどのオタマジャクシがどの蛙になるのか知りたくて、私は様々な種類のオタマジャクシを捕まえてオタマ・コレクションを作っていた。田んぼでオタマジャクシ達を追いまわしている最中に何かの気配を感じてふと顔を上げると、目の前を一匹の蛇が通り過ぎて行った。体長は1メートル弱だが、中々骨太でしっかりとした体型のその蛇は、田んぼの端に積み重なった石の隙間にスルスルと入っていった。薄い茶色の縞模様のその蛇を、私は「シマヘビくん」と名付けた。その後もシマヘビくんが石の隙間から出入りするのをしばしば見掛けたが、我々は特にお互いに干渉することもなく平和に共生していた。
しかし我々の和平条約は一週間程で敢え無く崩壊。祖母の家の内庭には鯉の泳ぐ池があり、その周りには体長10センチ以上ある立派な蛙たちが沢山いた。ある日、凄まじい蛙の悲鳴に驚いて庭を見ると、シマヘビくんが蛙を咥えていた。
「一匹くらい仕方ない」と思ったが、シマヘビくんはその後も頻繁に庭の蛙達を襲った。蛙など田んぼにも沢山いるのに、どうやら庭に棲む平和ボケしたデカ蛙の方が餌として効率が良いと思ったらしい。おまけに彼は数日ごとに蛙を攫いにくるのだ。蛇は十日に一回くらいしか餌を食べなくて良いのではなかったのか?
食欲旺盛なシマヘビくんのせいで庭の蛙密度が急激に下がってきた。私は池のそばに石を用意して、シマヘビくんが庭に来たらそれを投げて蛙くん達を守ることにした。しかしシマヘビくんは滅多に物音を立てず、気配も少ない。襲われた蛙くんがシマヘビくんの口の中で甲高い悲鳴を上げるまで彼の侵入に気付けず、大抵は手遅れになった。
ところで私はつい最近までマムシの姿形を知らなかった。マムシの話はよく聞くが、実際に出会ったことがなかったからだ。先日ふと興味に駆られてネットでマムシを検索してみたところ、色と言い形と言い、それは我がシマヘビくんと瓜二つだった。
もう十年近く前の話だが、ペットとして大切に飼われていたキング・スネークの病理解剖をしたことがある。キング・スネークとは北アメリカに生息する毒のない野生の蛇で、模様や色のバリエーションが多く、派手な縞模様がとても綺麗な蛇だ。ちょっと変わっているのは、彼等は他の蛇、それも自分と同等サイズの蛇を捕食する。その凄まじい筋力でガラガラ蛇まで絞め殺して食べるというのだから、「蛇の王」の名も伊達ではない。
病理解剖は私の専門ではないが、しかし最低限の知識くらいある。そして蛇の解剖などゾウの解剖に比べれば余程ラクだ。しかしここで思わぬ落とし穴が。その蛇くん、「最終的に剥製にしたいので皮は綺麗に縫い合わせて下さい」という飼主さんからのリクエスト付きだったのだ。
愛するペットを剥製にしてその姿を手元にとどめておきたいと思う人だって世の中にはいる。それ自体は問題ではない。私だってエンジュが死んだら骨格標本にしたいと思っている。多くの脳神経外科の専門医は犬猫の頭蓋骨と背骨の骨格標本を持っているが、そんな何処の馬の骨とも分からんモノに高い金(1000ドル以上)を払って大切にデスクに飾るくらいなら、私はエンジュの骨を学びの友としたい。そして私が死んだらエンジュの骨を自分の骨と一緒に埋めて貰うのだ。素晴らしいアイデアだと思うのだが、コレを一般人に言うと何故か冗談だと思われる。または引き攣り笑いと共に物凄く微妙な空気が流れる。
話を戻そう。
蛇くんの標本を作るのはいい。しかし蛇の皮ほど縫いにくいモノはないのだ。まず鱗が硬くてすぐに針先がダメになる。鱗の隙間を縫うように針を入れようとしたが、蛇の鱗って意外にきっちりと重なっていて隙間に針を通すのだって難しいのだ。更に解剖で中身を抜かれた蛇くんの皮はクルリと内側へ巻いてしまい、多少綿などを詰めた程度ではどうしようもない。
蛇くんの体長は1.5メートルほど。そして解剖時の傷は顎から尻尾の先まである。「そんなに大きな子じゃないから大丈夫だろう」などと軽い気持ちで引き受けた自分の甘さを噛み締める。
「コレって剥製にするなら今は縫わない方がいいんじゃないの?」と思い、飼主さんに確認の電話をしたところ、「やっぱり剥製にはしないことにした」とのこと。しかしホッとしたのも束の間、「でも最期にちゃんとお別れしてから埋めてあげたいから、綺麗に縫って下さい」
ここまで想われるなんて幸せな蛇くんだなぁ。なんでも自分の家の裏庭で捕まえた蛇くんをペットにしたらしいが、皮膚癌の放射線治療までしたらしいし、きっと大切に飼われていたのだろうなぁ。キング・スネークは懐きやすいって言うしなぁ。
……などと蛇くんの生涯に思いを馳せつつ、泣く泣く針を手に取った。
「おやつだ!」 道路で轢かれたキング・スネークを見つけて喜ぶコヨーテくん。(ジェフ・シェナーさん提供)




