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観察眼(☆)

 趣味は生き物観察とか言ってる私。しかしコアなバードウォッチングなどといった趣味はない。ちなみに近所の海はクジラウォッチングで有名なのだが、私は一度も行ったことがない。何故か。理由は唯ひとつ。私はモノグサなのだ。

 双眼鏡を手に、リュックに地図やら水やらノートや図鑑やらを詰めてわざわざ山へ行くとかメンドイ。鯨を観る為に船を予約して時間通りに行動するとか超メンドイ。そもそもそこまでして目的の鳥や鯨に会えなかったらガッカリするではないか。私は無駄になる可能性のあることに時間を費やすのが嫌いなのだ。そんな事をするくらいならソファーに寝転んで本を読みたい。海辺でのゾウアザラシウォッチングは好きだが、それは春先ならば必ず無数のオス・メス・仔アザラシ及び彼等のドラマが観れると分かっているからだ。


 日本から友人が遊びに来た時などは、よくサンフランシスコに行く。シスコの波止場には野生のアシカが常時群れている。私はアシカ君達とは仕事上のお付き合いが多いので感動が少なく、おまけにあの臭さには辟易とするが、観光客には人気だ。


挿絵(By みてみん)


 そんな私にとって、ジェイちゃんがソファー横の出窓に設置してくれたバードフィーダーは最高だ。寝転んで本を読みつつゴロゴロしながら、次々と窓辺に現れる小鳥及びリス君の姿を楽しむ。嘆き鳩や雪姫鳥は仲良く一緒に餌を食べるが、カケスは皆を追い散らす。多くの鳥達はつがいで現れるのだが、必ず雄一羽雌二羽来るフィンチ達がいる。彼等はどういった関係なのか。フィンチ君達の三角関係に思いを馳せる。


挿絵(By みてみん)


 昨日は風が涼しくて気持ちが良かったので、バルコニーのドアを開けてソファーで昼寝していた。ふと気が付くと、やけに近くでチュンチュンと小鳥の囀りが聴こえる。頭の横に雪姫鳥がいた。

 どうやら開いていたドアから家の中に入って来たらしい。チュンチュンと独り言を言いつつ、絨毯を啄ばむ雪姫鳥くん。それをじーっと見つめるエンジュ。

「エンちゃん、獲ったらダメだよ」

 エンジュは小鳥狩りには余り興味が無いのだが、一応注意しておく。

 チッチッと囀りながら私の蘭コレクションを眺める雪姫鳥くんの姿は中々メルヘンだったが、それにしても犬やヒトのいる家の中まで入ってくるとはドジな鳥だ。彼は中々出口が分からず、その後30分程キッチンやリビングルームを飛び回り、あっちこっちにフンを落としてくれた。


挿絵(By みてみん)


 わざわざ生き物を探して歩くのは好まないが、しかし道端で偶然出会えば全力で観察する。我が家の近所には地リスが多い。同じ巣穴で集団生活をしている地リス達は皆それぞれ『自分専用の出入り口』を持っていて、他のリスの穴からは出入りしない、と何かで読んだ。先日ふとそれを思い出し、仕事場への道すがら、サッカー場にボコボコと空いた穴から出入りする地リス君達をしげしげと眺め、ハッと我に返ったら二時間くらい経っていた。私の二時間は何処(いずこ)へ……。ちょっと時空間トリップした気分だった。


 小学六年生の頃。

 買い物から帰って来た母に「これ家の中に持って入って」と醤油の一升瓶を渡された。デカイ醤油瓶を抱え、車庫からヨロヨロと玄関へ歩く私。門灯の横で家の壁に張り付いている大きなカマキリ君発見。私はカマキリが大好きだ。背中まで鎌の届く彼等を上手く捕まえるのは至難なのだが、見つければ必ずトライする。私は大喜びでカマキリに近づき、その細くクビれた胴体部にそっと手を伸ばし、「ざけんなテメー」と怒ったカマキリ君と格闘。上手く捕まえたところで嬉々として背後を振り返ると、母が何やら喚いている。母の隣ではお向かいの小母さんが呆然とした顔で私を見ていた。

「もう何やってんのよアンタはっ!」

「何って何が?」

「足元見てみなさいッ!」

 言われて下を見れば、何やら黒い水溜りと粉々に割れたガラスがある。私の靴下と靴も真っ黒だ。

「うわ、何これ?」

「何これってアンタが醤油落としたんでしょ !」

 そう言われれば、醤油瓶がどーのこーのといった感じの指令を受けた気がするが、その瓶を落とした記憶など全くない。って言うか、一体いつ落としたのかでさえ分からなかった。これだけ大きなモノを割ればかなり凄い音もすると思うのだが、それを聞いた記憶すら無かった。

 このようなアクシデントが多かったせいであろうか。私は勉強等で苦労したことは一度もないのだが、しかし御近所では少しトロイ子……と言うより、かなりカワイソウな子だと思われていたらしい。


 家から仕事場まで歩いて10分、自転車なら3分なのだが、ジェイちゃんは私が自転車に乗るのを非常に怖がる。アメリカでは自転車は車と同じルールで車道を走るのだが、奴と一緒だとうるさくて(かな)わない。

「ほらっ! 信号が青でも渡る前に左右を確認して! 車線変更する時は後ろを見て! 手でシグナル出して!」

「もーうるさいなぁ、それくらい分かってるよ。あ、見て見てウサギ」

「よそ見するなッ!!! 集中しろッ!!! イズミは注意力散漫でコワイッ!!!」


 私は注意力散漫なのではない。超一点集中型なのだ。ちなみに集中して一気読みした本の中からランダムに一文を読み上げられれば、それが本の右ページにあったか左ページにあったか憶えている。

「ふ〜ん。じゃあ僕の誕生日は?」

「……三月六日?」

「それは吹雪の誕生日でしょっ! なんで付き合って八年にもなるのに僕の誕生日は憶えられないの?!」

 仕方無いじゃん。興味の無い事には脳細胞を無駄に使わない。私は超一点集中型の上に超合理主義なのだ。そもそもそんなに誕生日を祝って欲しいなら、もっと自己アピールすれば良いではないか。私なんか「バースデー」なんてショボイ事は言わない。毎年誕生日の前後一週間は「今週はバースウィークだから家の掃除はジェイちゃんがやって。料理もしない。洗濯もしない」と宣言してチョコレートを食べつつソファーでゴロゴロしている。

「僕は別に特別なお祝いをして欲しいわけじゃない。プレゼントが欲しいわけでもない。ただ誰かが僕の誕生日を憶えていてくれる、というのが大切なんだ」などと(のたま)うジェイちゃん。面倒な奴だ。


 メンドイオトコ、ジェイちゃん。そんな彼は一種独特と言うか、かなり異様な観察眼を持つ。

 玄関を出たところでイングリッシュ・ブルドッグのオリバー君を発見。

「オリバー!」と声を掛けると、オリバー君はブヒブヒと鼻をならし、尻尾の無い尻をブリブリと振り、興奮の余りオシッコを撒き散らしながら駆け寄ってくる。オリバー君は私が大好きなのだ。ジェイちゃんの事はガン無視。

「オリバー君ももう3歳かぁ。大きくなったよねぇ。ついこの前までコロコロの仔犬だったのにねぇ」とオリバーを連れていた金髪の女の子に話しかける私。彼女はオリバー君の飼主さんのガールフレンドなのだ。彼女は何故か少し困った顔で笑っていた。

 オリバー君と女の子が去った後、ジェイちゃんが一言。

「イズミ、分かってなかったでしょ。アレってオリバーの飼主の新しい彼女だよ。3ヶ月くらい前に彼女が変わったんだよ」

「えっ、まじ?! 似たような金髪だから全然気が付かなかった! それにしてもなんでジェイちゃんそんな事知ってるの? 別にオリバー君の飼主と友達でもないのにさ」

「そんなの普通に見ていれば分かるでしょ? イズミはただ単に白人の顔の見分けがつかないだけじゃないの?」

 失礼な奴だ。私は白人の顔の見分けがつかないわけではない。ニンゲンの顔の見分けがつかないだけだ。時々レストランやスタバなどで、「ドクター・イズミ!」とか知らない人に挨拶されて困ることがある。恐らく私のクライアントなのだろうが、ペットが一緒でないと病院内で出会っても誰かよく分からないのに、病院外などで話しかけられて分かる訳が無い。しかしペットの名前や過去数年分の病歴は決して忘れない。私以外の獣医もほぼ全員が同じ事を言っているので、獣医とはそういう人種なのだろう。


 バルコニーでハチドリ君達の熱い戦いを見物していると、ジェイちゃんがお向かいのバルコニーを指差した。

「あのさ、あの家の奥さん、もう一週間くらい家にいないんだけど」

「ふ〜ん」と興味の無い私。ってか、ここに住んで三年になるが、あの家の奥さんなんて見た事もない。

「あの家の奥さんって、殆ど家から出ないんだよね。家で仕事しているって感じでもないし、ちょっと病的なんだよね」

「……ふ〜ん」なんでそんな事知っているんだ、コイツ。

「それでさ、最近旦那さんがやけに憔悴した感じというか、なんか暗いんだよね。いつもすごく規則正しい生活を送っていて、朝九時には家を出て、五時きっかりに帰って来て、十一時までには必ず消灯するのに、ここ数日は家に帰って来る時間がバラバラで、明け方までベッドルームの電気がついてたりして」

「……ジェイちゃん、アンタなんでそんなお隣さんの事情に詳しいの?」

「は? そんなの普通に観てれば分かるでしょ? イズミに観察力が無さ過ぎるだけじゃないの?」

 お前はどこぞの暇を持て余したおばちゃんか。カーテンの隙間から御近所さんをジッと観察するジェイちゃんを想像してちょっと背筋に寒気が走った。

 この話を同僚のSさんにしたところ、彼も「ナニソレコワイ」と言って怯えた表情をみせた。

「そもそもジェイちゃんって家に帰るのはイズミさんと一緒で八時とか九時過ぎじゃないですか? 自分が家にいないのに、なんでその奥さんの日中の行動とか、旦那さんが五時に家に帰るとか知ってるんですか?」

「でしょ? それがお向かいさんだけじゃなくて、ちょっと試しに訊いてみたら、まじで近所中の事を知ってるんだよ! お隣さんどころか十軒くらい離れた家の家族構成まで知ってるんだよ! 私なんか隣の家の家族構成すら知らないのに!」

「もしかしてあっちこっちにカメラとか仕掛けているんじゃ……って言うか、イズミさん大丈夫?!」

「何が?」

「ジェイちゃんってもしかして、スパイなんじゃないですか?! ほら、本物のスパイは一見普通で人柄も良くて、目立たずに人々の生活に溶け込むようなニンゲンだって言うじゃないですか!」


 Sさんにスパイ容疑をかけられているジェイちゃん。ニコニコと愛想の良い彼の正体はいまだ不明だが、取り敢えず、御近所さんで孤独死等があった場合の第一発見者がジェイちゃんになることだけは確かだろう。

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