表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/100

隣人(☆)

動物薀蓄多めの回を、というリクエストを頂きましたので、取り敢えず日本・アメリカに共通の動物の話にしてみました。

挿絵(By みてみん)


 カシャカシャと猫の餌皿を掻き回す音に顔を上げると、アライグマと目が合った。

 アライグマのラスカル君だ。

 私と目が合った途端にビクリと体を硬直させ、数歩走って逃げる。しかししばらくすると用心深く私の方を窺いつつ餌箱に戻ってくる。そして手掴みでムシャムシャとドライフードを食べる。隣に水の容器もあるのだが、ラスカル君は餌を水に漬けたりはしない。

 アライグマの名前の由来でもある「餌を水洗いする」という行動だが、彼等は別に餌を洗っているわけではない。アライグマの手の感覚は物凄く発達していて、彼等は手の中のモノを擦るように触ることで様々な情報を得る。餌についても然り。アライグマの手はやや硬い皮膚に覆われていて、水に漬かると皮膚が柔らかくなって感覚がより鋭敏になるのでは、と言われている。野生のアライグマ達が必要もないのに餌を水でジャブジャブするのは珍しいらしいが、猫の餌を狙ってお隣のおばさんの家へ侵入してくるアライグマ達は思いっ切りジャブジャブやってくれるので、後始末が大変で非常に迷惑だ。


 アライグマは北アメリカ原産だが、日本でもペットとして輸入されたモノが野生化して農作物や在来種への被害が問題になっている。雑食で繁殖力が高く、長生き。野生で10年以上、飼育下では20年以上生きる例もある。おまけに大変頭が良く、適応力に優れ、田舎でも都市部でも生きていける。外来種としては非常に迷惑な類いだが、悪いのは無論アライグマではなく、彼等を逃がした無責任で大馬鹿なニンゲン共だろう。


 数ヶ月前にどこからともなくやって来たラスカル君は、馬房の横の樹に住んでいる。精々一〜二歳といったところか。太った猫程のサイズで身体はあまり大きくないが、その分敏捷で毛艶も良い。毛艶が良いのは猫の餌を盗んで食べているせいもあるのだろう。

 アライグマは雑食で、鳥類の卵から魚、ザリガニ、昆虫、果物など何でも食べる。リスや鼠、蛇などを捕食することもある。生ゴミなども大好きで、先日など食べかけのハンバーガーを何処かで拾ってきて、意気揚々と樹まで持ち帰ってきた。ちなみにラスカル君は大きなハンバーガーを口に咥えず両手に抱え、背中を丸めて後脚二足歩行でテケテケテケと走っていた。アライグマは二足歩行が上手なのだ。

 アライグマはタヌキに似ているとよく言われるが(分類学上は全然違う)、木の股にヒトのように後脚を広げて尻でデンと座り、手に持ったハンバーガーを目を細めるようにしてモグモグと味わう姿は、タヌキよりも何処ぞのおっさんだ。しかし縞模様の尻尾と仮面舞踏会風マスクはお洒落でラブリー。


 若いせいか、ラスカル君は非常に好奇心旺盛だ。ヒトや馬をよく樹の上からジッと見つめている。あまりにも興味津々に身を乗り出してくるので、ラスカル君が馬の上に飛び降りてくるのではないかと恐れるヒトがいるくらいだ。しかしラスカル君は馬鹿じゃないので、間違ってもそんなことはしない。ただ首を傾げながらじーっと人馬を観察しているだけだ。


 納屋には長毛種の大きな猫が二匹住んでいる。対鼠用のBarn cat(厩舎の猫)と呼ばれる半野良ちゃんで、ヒトにはあまり懐かない。猫達にラスカル君を気にする様子はない。それどころか納屋の屋根の上に並んで座り、三匹で仲良く日向ぼっこしている。身体の大きさや生活習慣が似通っているので、「少し変わった猫」くらいに思っているのかもしれない。ラスカル君も相手を「ちょっと変わったアライグマ」と勘違いしているのだろうか。どちらにせよ、猫くん達にもラスカル君にも隣人を拒む気配は無い。


 木登りと言えば猫だと思い勝ちだが、高いところまで登り過ぎて自力で降りられなくなるドジな猫くんは意外に多い。よくあるでしょう、消防車を使った猫の救出劇とか。

 私の観たところ、ラスカル君の方が遥かに木登りの腕前は上だ。猫なら決して登らないような樹高20メートル程の木の細い梢まで悠々と登り、木の股に仰向けに寝そべり、腹をボリボリ掻きつつのんびりと昼寝している。アライグマの指は長く、物を掴むのに適している。爪しか使うモノのない猫くん達より木登りが得意なのにも頷ける。


 私はラスカル君を純粋に可愛いと思うし、いつか機会があったらアライグマを飼ってみたいとも思う。しかし以前にも書いたがアライグマにはヒトや犬猫には危険なアライグマ回中なるものがいる。全てのアライグマが持っているわけではないが、しかし確率は高い。野生動物には基本的に手を出さない主義なのだが、ラスカル君と仲良しの猫くん達及び人間に害が及ぶ恐れもあるので、回虫駆除薬を混ぜた餌をラスカル君に与えるべきか悩んでいる。

 回中の他にも狂犬病等、アライグマが持っている可能性のある病気は幾つかあるが、まぁそれは野生動物ならどれでも同じだろう。回中以外の面では彼等が他の野生動物に較べて特に汚いとか危険だということはない。


 しかしラスカル君の評判はかなり悪い。


 今朝も、「馬房が水浸しだった!」と怒り狂っているおばさんがいた。

「まぁあなたのところも?! 先週は私の馬房だったのよ!」と言いながら、樹の上で寛ぐラスカル君を忌々しげに睨むおばさん達。

 ここ最近、馬の水飲みバケツから水が溢れ、夜中に馬房が水浸しになる事件が相次いでいる。夜中に何者かが蛇口の栓を捻り、水を溢れさせているのだ。

 手先の器用なアライグマにとって、水道の栓を捻るなど簡単なことだ。栓どころか鍵だって開けるし、ある研究によると一度学んだ事は最低三年は忘れない。アライグマは赤毛ザル並みに賢いのだ。

 農場にはラスカル君以外にもアライグマはいるし、そもそもそれが本当にアライグマ達の仕業だという証拠は無い。しかし「アライグマ=水好き」という方程式はアメリカでも一般的で、おばさん達は口を揃えてラスカル君を責め立てる。まぁ一回くらいなら誰かが栓を閉め忘れたという事もあり得るが、こう何度も続けばラスカル君かも知れないな……とは私も思う。しかし証拠が無い。


 怒り狂うおばさん達の脳内には、「疑わしきは罰せず」などという言葉はない。

 水浸し事件以外にも、ラスカル君に対する苦情は後を絶たない。これはアレですね、人間関係でもあるでしょう。一旦誰かが気に食わないとなると、そのヒトの全てが鼻につき、悪い事は何でもかんでもそのヒトのせいにしたくなるって事が。おばさん達がラスカル君を見る目付きには、御近所に新しく引っ越してきたチョット派手で軽薄そうな女のコを見る目に通じるモノがある。


 馬が軽い鼻風邪を引いてもラスカル君のせいになる。

「あのアライグマが病原菌を運んできたに違いないっ」とか言っているヒトを見て、う〜むと唸る私。

「例えば何?」と試しに尋ねると、「アライグマは汚いから、色々とあるでしょっ!」という答えにならない答えが返ってくる。

 狂犬病はともかく、アライグマから馬へ感染するウイルスなんて滅多にないし(ウイルスはかなり厳しくホスト動物を選ぶのだ)、私が知っている病気でアライグマが馬に媒介するようなバクテリア系のモノなら、ラスカル君自身も病気でグッタリしている筈だし、そもそもそんな病気に罹った馬が一日二日で抗生物質も使わず元気になるわけがない。それタダの鼻風邪だろー、と思うが、感情論を振り回すおばさん達が怖いので私は何も言わない……ってか言えない。


「あのアライグマを捕まえて何処か遠くへ捨ててこよう」と言い出すヒトが現れた。

「アライグマを移動又は殺害の目的で捕まえるのは動物愛護法に違反するので、市か州の許可が必要ですよ」と言ったら思いっ切り睨まれた。

「たとえラスカル君を追い出しても、あっという間に次のアライグマが来るから意味ないと思いますよ。そもそもラスカル君は木に住んでいるからまだマシで、馬房や納屋に住むようなアライグマが来たら回中が怖くて返って大変ですよ?」とだけ一応言っておく。しかしおばさん達は都合の悪い事は聞こえない振りをしている。


 多分、ラスカル君は目立ち過ぎたのだろう。使われていない納屋や農場内でも少し離れた所に棲むアライグマ達に較べて、馬房の真横の樹に棲むラスカル君は昼間でも目につきやすい。

 私は誰もいない早朝や真夜中に乗馬することが多いので、農場を無数のアライグマやコヨーテ達が自由気儘に駆け回っていることを知っている。数メートルの距離でコヨーテと鉢合わせすることもあるが、彼等はちらりと横目で私を見るだけで静かに歩み去る。お互いに騒ぎ立てることもなく、私達は平和に共生している。

 しかしこれがおばさん達なら、彼女等はきっと口から泡を吹く勢いでコヨーテ排除を喚き散らすのだろう。


 知らないという事は幸せだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ