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鏡よ鏡(☆)

挿絵(By みてみん)


 馬場馬術ドレサージュ用の馬場には馬のステップを確認する為の大きな鏡がある。今朝、鏡の前で我が愛馬マイダス君とピアッフェという足踏みの練習をしていた時のこと。

 鏡に張り付いて何やらジタバタしている雄のハウス・フィンチを発見。鮮やかな朱色の頭と胸を持ったフィンチくん。鏡から離れようとしない彼をナルシスト呼ばわりしてはいけない。彼は決して美しい自分の姿に見惚れているわけではないのだから。その証拠に、鏡に映る自分の姿に必死になって飛び蹴りを喰らわせている。

「なんだーてめー俺様のナワバリに入るとはいい度胸してんじゃねーか! これでも喰らえ! とりゃっとりゃっ」

 つまりこのフィンチくん、鏡に映る姿が自分であると認識出来ていないのだ。


 鏡の中の自分を認識出来ないのはフィンチくんだけではない。

 我がホワイト・シェパードの吹雪くんは生後五ヶ月の時にジェイちゃんの親友のアグレッシブなパグワワ(チワワとパグの雑種)に酷く虐められ、その日を境に突然犬嫌いになった。知っている犬なら良いが、知らない犬、特に小型犬を非常に恐れる。

 シェパードと言えば警察犬。賢く、勇ましく、時に怖いイメージを持つ人が多いと思うが、実はシェパードって物凄く神経質で臆病な一面があるのだ。この辺がロットワイラーやセントバーナードなどとは違う。ちなみにこの性格の違い、全身麻酔から醒めた時に顕著になる。ロットワイラーだと、麻酔から醒めて、気管内チューブを抜いてやると、トロンとした顔で辺りを見回し、「む〜ん、なんだかよく分からんけど、まぁどーでもいいや〜」と寝てしまう。これがシェパードだと、「何事だ何事だ何が起こったのだ」とふらつく身体で動き回ろうとしたり、朦朧としたままキャンキャンと悲鳴を上げたりする。ちなみに、私が今まで出会った中で最も神経質な生き物エンジュは、麻酔から醒めると凄まじい勢いで20分以上に渡りコヨーテ独特の遠吠えをするため、病院の麻酔リカバリー室は彼女の貸切り状態になる。


 話を戻そう。吹雪がパグワワに虐められて、心的外傷後ストレス障害を起こし数週間後のある日のこと。

 ふと気がつくと、ダイニングルームで吹雪が何やらひとりで唸っている。吹雪が吠えたり唸ったりすることは滅多にないのだが、そういう場合はエンジュも一緒になって吠える。しかしエンジュは吹雪を完全無視してソファーで寛いでいる。何事か……と不思議に思い、背後からそっと吹雪の様子を窺った。

 吹雪くんは買ったばかりの等身大の鏡の前で首の毛を逆立て、および腰で唸っていた。そんな吹雪をチラリと横目で眺め、ふわ〜っと欠伸するエンジュ。

「こいつバカじゃね?」と思っているのだろう。

 敵は自身の内にあり。真剣に敵を威嚇する愛犬の姿に思わずぷぷっと吹き出した。と、鏡越しに吹雪と目が合った。吹雪が唸るのを辞めて、何やら疑り深げな眼差しを鏡の中の私に向ける。そんな吹雪に足音を忍ばせてそっと背後から近付く私。突然両手を広げ、ウワッと吹雪に襲いかかる真似をしてみた。大ビックリして「後ろ向き」に跳びのく吹雪。背後に立っていた私にぶつかり、益々驚いた顔をする。床をのたうち回って笑う私と鏡の中の怪しい人物を、吹雪は本当に困った顔で何度も見比べていた。


 エンジュは仔犬の頃、よく鏡の前に座り込んで鏡越しにジッと私を見つめていた。そして時々、壁と鏡の隙間を覗き込む。鏡の裏に何か仕掛けがあるのでは、と考えているのだ。そして鏡の中の私と目が合うと、数秒考えてから背後の椅子に座る実物を振り返り、ゆっくりと尻尾を振る。そして再び鏡を覗き込む。鏡の前で行ったり来たりしてみる。鏡の「働き方」を確かめているのだ。

 声を出さずに鏡越しに「来い」とハンド・コマンドで指示すると、躊躇なく振り返ってトコトコと私の方に来る。つまり、鏡の中の私と背後に座っている私の間に何らかの接点があることを理解し、且つどちらが実物であるか知っているという事なのだろう。異様に賢いコヨーテ犬は、生後3ヶ月以内に鏡の世界を理解していたのだ。しかし彼女が鏡に映る犬を自分だと認識しているかどうかは定かではない。


 鏡に映る自身の姿を自己認識する能力は人間なら大体生後18ヶ月程で発達する。自己認識とはつまり、世界には「環境」とは異なる「自分」という存在があるという理解。そしてこれは、「他者」にも「自己認識」または「自意識」があるという他者への理解にも繋がっていると考えられる。

 人間以外で自己認識できる動物としてよく知られているのは、チンパンジー、ボノノ、オラウータン等の類人猿、イルカ、シャチ、ゾウ、そしてカラス科のカササギだ。特にカササギ達の自己認識能力は素晴らしく、一説ではチンパンジーよりも上だとも言われている。

 色々と議論はあるが、まぁ自己認識のテストとして最も一般的なのはミラーテスト。これは例えばチンパンジーの額にペンでマークを付け、鏡を渡した時、チンパンジーが鏡を見ながら自分の額のマークを指で触れば、「鏡に映っているのは自分」という自己認識の証拠と考えられる。ゾウならば瞼の上の黒い印を鼻で触り、鳥ならば嘴の下に付けられたマークを取ろうと必死になり、イルカなら背中のマークを見ようと鏡の前でグルグルとおかしな具合に回転する。鏡が無ければマークが見えないのでこのような行動はみせない。

 カササギくんの場合、マークが取れるまで懸命に嘴の下を引っ掻きむしり、最終的にマークが取れたかどうかを鏡で確認する。興味のある方は、PLOS biology Magpie mirror self recognition で検索してみて下さい。研究用のビデオをネット上で見ることが出来る筈だ。


 自己認識できるといわれる動物でも、全員が全員出来るわけではない。例えばミラーテストを合格するのはチンパンジーならおよそ三分の一、カササギで半数。自己認識出来ない個体は、馬場で私が見たフィンチや在りし日の吹雪のように、鏡の中の姿に襲いかかったり、反対に求愛行動に走ったりする。まぁ時折街を歩いていても、鏡に向かって求愛していそうなヒトを見かけることはあるが。


 しかし鏡の世界に疑問を持つのは何も人外及びヒトになりかけの子供ばかりではない。

 我が父の頭髪は著しく乏しいが(っていうか、もう殆ど残ってない)、30代の頃、河童ハゲになりかけた父に母がその事実を告げたところ、「そんな筈はない!」と彼は激しい抵抗をみせた。

「鏡にハゲなんて映ってない!」

 カナシイカナ。彼は合わせ鏡が出来なかったため、後方からの自分の姿なるものが確認出来なかったのだ。

 そんなある日のこと。家族・友人と海に行き、ワイワイと楽しくやっている姿を友人が写真に撮った。後日、焼き回しされた写真に映るひとりの男性の後ろ姿を指差し、「これ誰?」と首を傾げる父。

「誰って自分でしょ」

「そ、そんなバカな!」


 成長した人間にとっても自己認識とはムズカシイ問題なのだ。


挿絵(By みてみん)

吹雪に生涯残る精神的トラウマを与えた猛犬ティタンカ。


挿絵(By みてみん)

ティタンカとはアメリカ原住民の言葉で『バッファロー』という意味。

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