Night Owl(☆)
夜型人間のことを night owl(夜の梟)と呼ぶ。私は完全な夜型で、不眠症で2ー3時間しか寝ていない時でも夜の二時を過ぎると俄然元気になる。そして朝日を見ると急に眠気が兆し、「ううう、身体が灰になる……」 などと言いつつベッドに潜り込む。
エンジュも夜型だ。別に半コヨーテだから夜行性というわけではなく、ヒト嫌いの彼女はただ単に日中は家の外に出たくないだけだ。仔犬の頃から首輪とリードを見た途端にベッドの下に隠れ、引き摺り出して綱をつけても抵抗して絶対に歩こうとしなかった。だからエンジュの散歩は夜の十時から朝の五時までの間に行っている。夜ならば勇んで外に出るのだ。そして興奮して鹿かウサギのようにポーンポーンと高くホッピングする。野ネズミなどを狩る時にコヨーテが使う独特の走り方だ。
一番多くの動物を観れるのはやはり早朝と日暮れどきだが、夜は夜でちょっと毛色の違う生き物に会える。
ひと気の無い自然公園を歩いていると、塀の上をチョロチョロと小さな影が走った。月明かりの中、ふと止まって此方を振り向く。
「あ! ラット!」
喜ぶ私。ラットとは所謂ドブネズミですな。我が家に時折出没する野ネズミくんやチュチュの7ー8倍はある。ラットくんが塀の上を走り去る。いつも同じ時間に同じ場所で出会うので、私はこれをラットくんとのランデブーと呼んでいる。彼はとても時間に正確だ。きっとラットくんにも生活スケジュールみたいなモノがあるんだろうなぁ、規則正しい生活を送ってるなぁ、と感心する。
公園の街路灯の周りを無数の蛾が飛び回っている。そして蛾を狙って二匹の蝙蝠がジグザグに飛ぶ。翼があっても蝙蝠の飛び方は鳥とは違う。なんかこう、直線的にカクカクと進路を変え、予想し難い無秩序な飛び方なのだ。
ご存知の方も多いとは思うが、小型の蝙蝠は反響定位(エコロケーション)を使って狩りをする。ピー、ピーと連続で音を出し、その複数の音が獲物に当たって跳ね返ってくる角度と時間を元に獲物が飛んでいる方角とその進路、更に速度を瞬時に計算して獲物を捕える。しかし蛾も負けていない。蛾のモフモフした羽や体毛は蝙蝠の出した超音波を吸収して居場所を分かり辛くする。更に蛾の種類によっては蝙蝠の出す超音波を察知すると、突如飛ぶのをやめてポトンと地面に落ちる子もいる。そんな変な動きをされると蝙蝠も捕らえにくいし、地面に反射するエコーが邪魔で蝙蝠くんは蛾が何処にいるか分からなくなる。蝙蝠と蛾の攻防はいつ見ても面白くて見飽きない。
中学の頃、鍵をジャラジャラと鳴らす音の周波数が蝙蝠の出す音に似ているので、蛾のそばで鍵を振り回すとポトリと地面に落ちる奴がいると授業で習った。本当かね? それ以来、私は街路灯のそばを通る度に頑張ってジャラジャラやるのだが、未だポトリと落ちる子に出会った事は無い。私の鍵がダメなのか、それともあの話は都市伝説的なモノだったのか、真相は謎に包まれている。
「毎晩毎晩、いつまでソレやってんの?! 蚊に刺されるから早く行くよ!」
真相究明に向けてジャラジャラやっていると、痺れを切らしたジェイちゃんに鍵を取られた。
「ちょっと返してよっ、今日こそはポトリってなる子が見たいんだから! ジェイちゃんだって見たいでしょ? 蛾がポトリ」
「全然」 チッ、このロマンが分からないとは、センスのない奴だ。
「あっ、梟!」 ジェイちゃんが頭上の枝を指差した。
「なにっ?! 梟?!」 即座に蛾の事など忘れる私。
「どこどこどこ?!」
「ほら、あそこのちょっと突き出た枝の陰」
そんなこと言われても全然分からん。自慢じゃないが私はド近眼の上に鳥目で夜目が利かないのだ。それに対し、ジェイちゃんは原始人的な遠視だ。テレビとコンピューターの前で一日15時間くらい過ごしている癖に裸眼で2.0以上とかあり得ん。それって一種の病気じゃないのか?
不意に音もなく黒い影が枝から飛び立ち、草原を低く旋回した。
「あ! ホントだ!」
興奮する私。梟なら乗馬クラブの馬房にも住んでいるし、夜の散歩中に何羽も見かけるのだが、暗くてはっきり見えない分、神秘的で新鮮さを失わない。
「今のは面フクロウ(barn owl)だったね」
「は? なんでそんな事わかるの?」
「え? だって顔がお面みたいに白かったじゃん。見えなかったの?」
見えるかソンナモン。原始人と一緒にするな。
大学時代に住んでいた家の近くのゴルフ場の周りには穴掘りフクロウが沢山いた。地リスが掘った穴に群れで暮らす小型のフクロウ達は、フクロウにしては珍しく昼間にも活動する。まぁ狩りのメインは夜らしいが、しかし朝の10時くらいでも、バッタなどを追って長い脚でテケテケテケと前屈みに走る彼等の姿をよく目にした。無論普通に飛べるのだが、何故か走ることが多い。眼が大きく頭デッカチな彼等が懸命に駆け回る姿は何やら頭に手足の生えた妖怪が走っているようで可愛いのだ。繁殖期になると巣立つ直前の雛達が10羽ほど並んで、興味津々に道ゆくヒトを眺めていたりして微笑ましい。犬を連れて散歩するヒトも多いのだが、かなり手厚く保護されているせいか、彼等にヒトや犬を恐る様子は無かった。
知恵の神様と呼ばれる梟くん。同じ猛禽類でも精悍な鷲や鷹に比べて、梟くんはどことなくお茶目だ。
三頭身の彼等はその大きな頭で如何なる宇宙の深淵に想いを巡らせているのか。目を細めてじっと考え込むようなその仕草は、時々廊下ですれ違うノーベル賞学者が大学のカフェテリアのランチメニューの前で黙考している姿を彷彿とさせる。
吹雪少年時代のあだ名はウサギコウモリ。耳で空が飛べそうだ。




