コンドルは飛んでいく
私が住んでいるところは、全ての土地を大学が所有しているというかなり特殊な大学町だ。建築法や道路のガス規制なども非常に厳しく、お陰で自然が豊かで沢山の野生動物がいる。しかし決して田舎ではない。どちらかというとかなり小洒落た都会なのだ。朝夕の通勤ラッシュは交通量も多く、そして皆さん一般道を時速70キロ超で走る。かくいう私も8気筒350hpの愛車で飛ばしてまくっている。
そして豊かな自然とヒトの営みというモノは、往々にして相入れないのですな。
日本でも田舎に行くと、よくあるでしょう、『イノシシ注意』とか『シカ注意』って看板。かなり都会とはいえ自然豊かな我が近所でも、このシカの看板をよく見かける。しかしですな、一体何をどう気をつけろと言うのだ。片側6車線、おまけに日本と違い街路灯がひとつも無いハイウェイで、シカ注意とか言われても困る。夜中に時速130km超で走っている時にシカなんか飛び出してきたら、避けようがないではないか。落石注意の看板と同じくらい注意の仕方が謎なのだ。
看板で思い出したが、以前東海岸を友達と旅行中、方向音痴な私のナビのせいで思いっきり道に迷い、足元の道さえ見えないような草ボウボウの山の中を車で数時間彷徨った事がある。その時、その舗装もされていない道の途中に、『Watch out! Blind crossing!』(注意! 盲人が通ります)という看板発見。山の真ん中の、地図にも載っていない道で、人家など全く無いところだ。何かのブラックユーモアだろうか。あまりにシュールな光景に感動した私が写真を撮ろうと思い車を停めようとしたところ、ジェイちゃんと連れの友人(男)の猛反対にあった。
「こんなの全然面白くないっっ、早く下界に返してくれっっ」 と叫ぶ彼等。そんなメチャメチャ怖がらなくったってさぁ。私も怖がりだけど、でも真昼間ですよ?
話を戻しましょう。
シカが出てくるのはハイウェイに限らない。普通に大学内や一般道を横切ったりする。そしてその度にこっちの寿命が縮む。奈良なんかに住んでいたら、私は平均寿命の半分くらいしか生きられないような気がする。
道を横切るのは無論シカだけではない。
前を行く車が一斉に急ブレーキをかけたから何かと思ったら、真昼間の校内を野生のメスの七面鳥が一羽、トコトコと道を渡っていた。七面鳥ならまだマシで、夜の校内でスカンクの親子が歩き回っていることもある。
スカンクは白黒縞模様がオシャレだし、長くてふわふわの尻尾が凄く可愛いのだが、彼等が交通事故にあったりすると悲劇だ。独特で強烈な異臭が半径数キロに渡って広がり、夏などは、「あっ、誰かがスカンク轢いたっ」と叫んで慌ててアパートの窓を閉めることもある。スカンクなんか轢いちゃったら、私は車を乗り捨てて歩いて家まで帰ると思う。時々スカンクにちょっかいを出し、オナラをかけられた犬が病院に来ることがあるが、他人の迷惑なので病院の外でお待ち頂く。スカンクのオナラ攻撃にあう犬というのは結構いるもので、『犬用スカンク臭い消しシャンプー』なるものが市販されている。
スカンクと同じくらい愛らしく、そして70倍くらいの密度で我が家の近所に生息しているのがアライグマとオポッサムだ。オポッサムというのは北アメリカ特有の有袋類で、多くのアメリカ人達は「でかいラット」呼ばわりして毛嫌いする。私は可愛いと思うんですけどね、あの尻尾を使ってぶら〜んと枝からぶら下がる姿とか。
アライグマ君達は勿論のこと、オポッサム君達も人を恐れず、普通に人家の近くに住み着く。そして平気であっちこっち歩き回り、交通事故にあう。この辺りはあまり飼い猫を外に出す習慣が無いせいか、猫の交通事故は滅多に見ない。猫サイズの動物が轢かれていれば、高確率でアライグマ君及びオポッサム君なのだ。
しかし交通事故被害者ダントツ1位は地リス達だろう。
グレーのかかった薄茶の毛に白い斑点模様の地リス君。彼等は地面に穴を掘って生活するのだが、もうホント、校内だろうがサッカー場だろうがゴルフ場だろうが高級住宅地の芝生だろうが、土のある所ならどこにでもいる。そして勿論、自然豊かな道路脇の茂みの中にも。
道路脇で真剣に車の流れを伺うリス君達を毎日のように見かける。そしてじーーーっと用心深く見ている割には、彼等は何故か車が目の前に来た瞬間に道へ飛び出すのだ。最早自殺志願としか思えないあのタイミング。
「ぎゃーっ、カミカゼ攻撃?!」 飛び出すリス君に悲鳴を上げるジェイちゃん。
「あいつら絶対背中に爆弾背負っている! これはバイオテロリズムだ!」
先日、爆弾ではなかったが、ある意味爆弾以上にオソロシイモノを運んで道を渡るリスを目撃した。
朝、ジェイちゃんの運転する車でのんびりと隣に広がる大学のゴルフコースなどを眺めていたら、突如目の前にリスが飛び出してきた。そこまでならいつもの事なのだが、このリスはなんと子リスを口に咥えていた。二人で同時に子リスに気付き、ぎゃーっ、と叫び、ジェイちゃんが急ブレーキを踏んで大きくハンドルを切った。狭い道で車が尻を振り、一瞬ヒヤリとしたものの、なんとかリス母さんと子リスを轢く悲劇は免れた。しかし対向車線に飛び込むリス母さんに二人で再び悲鳴。対向車もギリギリでブレーキをかけ、親子は無事反対側の茂みの中へ逃げ込んだ。
しばらく二人共無言で、はぁはぁと荒い息をついた。やがてジェイちゃんが叫んだ。
「なんでっ?! 右も左も似たような環境なのに、なんでこんな危険を冒してまで引っ越ししてるの?!」
「それもそうだけど、私はそれよりもあのリス母さんに複数の子供がいる可能性が怖い」 今はギリギリセーフだったけど、もし他に子リスがいるなら、母さんは再びあの道を渡って元巣へ戻り、そして子リスを咥えてまた同じ道を……。何度も行ったり来たりして無事生き延びる確率は天文学的に低いような気がする。
「やめてっ、そんなオソロシイこと、考えたくもないっ」 髪を掻き毟るジェイちゃん。ちょっとちょっと、運転に集中してね。さっきもかなり危機一髪だったよ?
「たとえ犬を轢きそうになっても咄嗟にブレーキを踏んだりハンドルを切ったりしてはいけない。交通事故で自分や他人を殺してしまうかもしれないから」とかよく言われるが、やはり咄嗟の時ほどハンドルを切ってしまうヒトの方が多いのではないだろうか。たとえ小さなリス一匹だって、轢いたりすれば寝覚めが悪い。
不幸にも交通事故死してしまった動物もいれば、それを狙ってやってくる動物達もいる。
ハイウェイの乗り口で、スピードを上げて車の流れに乗ろうとした時のこと。
目の前に何やら黒くて大きな物体発見。ヤバイ、動物の死体らしいがデカイ! 避け切れない、と思った瞬間、その黒い物体が顔を上げ、2メートル近くある翼を広げた。 その毛の無い頭を見て、「ハゲワシっ」と叫びそうになって慌てて言い直す。
「コンドルっ」
ハゲワシとコンドルは同じタカ目で禿頭が一見そっくりだが、ハゲワシは旧大陸、コンドルは新大陸の鳥。
「コンドルの訳ないでしょ。カリフォルニアコンドルは絶滅寸前だよ? 野生では200羽くらいしかいないんだよ?」と冷たく言い放つジェイちゃん。
「じゃあ何?」
「Turkey vulture」 とつまらなそうに言う。
お言葉ですが、turkey vulture とはヒメコンドルのこと。カリフォルニアコンドルよりは小さいが、しかし立派なコンドル科なのだ。
「すごーいすごーい」 上空のヒメコンドル君の黒い影に感動して、ル・ルルルル、ルルルルル〜♪ とコンドルは飛んでいくを口ずさんでいると、ジェイちゃんがおぞましげに私を見た。
「あのさ、あいつらって屍肉を食べるんだよ? 自分で狩りとかしないんだよ?」
「あんな大きな体なのに殺しをしないなんて、心優しいよねぇ。食べ忘れて腐った肉とか置いといたら、ウチの庭にも来るかなぁ」
「……絶対やめてよ。あんなのが庭にいたら、気味が悪いでしょ? オマケに頭は禿げてるしさ。キタナイモノに頭を突っ込むから、あんな進化を遂げたんだよ?」
何やら意味不明な恐怖心をコンドル君に対して抱くジェイちゃん。バカめ。お前と同じ事を思った人間共の迫害によって、カリフォルニアコンドルは絶滅の危機に瀕しているのだ。私はそんなジェイちゃんを白い目で見てふふんと鼻先で笑う。
「ハゲた人間なんて腐るほどいるじゃん。遺伝的に考察するに、ジェイちゃんだってそのうちコンドル化するよ? ジェイちゃんのハゲはコンドルみたいに意義のあるハゲじゃないけどさ」
それにしても、ハイエナにしろシデムシにしろ、屍肉食性の生き物を嫌がるヒトのなんと多いことか。自分達の引き起こした交通事故の後始末をタダでやってくれるコンドル君など、もっと有難く思って丁重に扱うべきだ。そもそもハクトウワシだって動物や魚の死骸とか漁って食べるでしょうが。 なのにかたや国鳥、もう一方は嫌われ者。不当な差別断固反対!
地面に生きるヒトの思惑など気にかける風もなく、コンドル君は頭上をゆったりと優雅に旋回する。




