ガサガサゴソゴソ
夕方から雨が降り出した。今年の秋の最初の雨だ。
雨 = ナメクジ という術式を思い浮かべ、私は気持ちが薄暗くなる。
しかしここで私はハッとした。この秋最初の雨……!
キーワードは『最初』だ。
私の住んでいる土地は滅多に雨が降らない。というか、5月から10月までは一滴も降らない。目に映る景色は全て真っ茶色で、山火事が多いのも頷ける。10月半ばくらいから4月にかけてショボイ雨が週に何度か降り、その間だけ山が緑になり、なんだかホッとする。日本はいつ帰っても景色がグリーンで、目に優しいなぁと思う。
では何故『最初』の雨が大切なのか。
今住んでいる家は小さな自然保護区域の端に立っているのだが、雨が降ると『ガサガサゴソゴソ』が大挙して押し寄せてくるのだ。『ガサガサゴソゴソ』とは私が虫に付けたアダ名だ。お恥ずかしながら、私は彼等を初めて見た時、ソレが何か分からなかったのだ。
ツルツルぴかぴかした濃い焦茶色の節足動物。全長10〜12cmくらいで、硬い外骨格と無数の足を持ち、体の断面は直径1.5cm程のほぼ円形で、言うならば物凄くコロコロと太った硬いミミズに無数の手足が付いた感じというか、巨大ダンゴムシをびよーんと伸ばした感じなのだ。ムカデではない。
引越してから初めて雨が降った日の夜、家に帰って来て玄関の明かりをつけると、足元にこの巨大な『ガサガサゴソゴソ』が20匹位いた。私も驚いたが相手も驚いて、「うわーっ」って感じでドアの前を縦横に走り回っている。壮観だ。
「ナニコレナニコレッ?!」 ギャーッと興奮しながら iPhone で写真を撮ろうとしたが、残念、バッテリー切れ。ジェイちゃんの携帯を借りようとしたが奴は脱兎の如く逃げた。仕方無い、明日撮ろうと思いその日は諦めて家に入った。
しかし翌日、ガサゴソ達はどこにもいなかった。道端に潰れた彼等の姿をチラホラ見かけたが、私は生きて走り回っている彼等の姿が撮りたいのだ。死体になんぞ興味はない。雨が降ったら出て来るのかな〜、と思い期待したが、翌週の雨にもガサガサゴソゴソ達は現れなかった。
翌年最初の雨の日、私は偶然家を留守にしていてガサゴソ達に会えなかった。
そして今年最初の雨! 今年こそはあの物凄まじい光景を写真に収めたい! めっちゃテンションの上がる私。携帯の充電もバッチリだ!
そして家に帰って来ると、いましたよいましたよ。無数のガサゴソ達がガレージの前を走り回っている。急いで写真を撮ろうとしたが、暗くて上手く映らないし、フラッシュを使うと硬い外骨格が光っちゃってダメ。もう少し明るい所に移動してもらおうと思い、鍵の先で突ついてみた。と、ガサガサゴソゴソがクルリンと渦巻き状に丸まった。
「おおおおおっ」
感動して次々と辺りのガサゴソ達を突ついてみる私。皆綺麗にナルトのように丸まる。超面白い。
硬いナルト達を一列に並べていると、がちゃりとドアを開けてジェイちゃんが顔を覗かせた。
「……何やってるの?」
「ねぇ! 見て見て、凄いんだよ、このガサゴソ達! ちょっと触るとクルリンってなるの!」
「……ダンゴムシとかで遊ぶのって幼稚園くらいの幼児だけだと思ってた」
「え? だってコレめっちゃ面白いよ?! ダンゴムシの50倍くらいサイズあるし、見た目だって100倍くらい衝撃的だよ? ちょっとジェイちゃんも突ついてみなって。クルリンってなって超面白いから!」
奴は私の提案を黙殺し、バタンとドアを閉め、なんと中から鍵をかけた。むっとする私。なんて感じの悪いヤツだ。この渦巻きダンゴムシを一匹ジェイちゃんのベッドに仕込んでやろうか。私はこの感動と面白さを誰かと分かち合いたいのだ。
翌日、私は同僚のSさんののんびりした顔を見てぴんと来た。Sさんは日本から短期間アメリカに仕事に来ているのだが、彼ならあのガサゴソ達の面白さを分かってくれるかもしれない。
「Sさん! 昨日の雨で出ましたよ、以前話したあのデッカイ虫! 見ましたか? 道とかにも結構いた筈なんですけど」
「え、いや、僕は見てないですけど……」
「凄いんですよ! もうガサガサゴソゴソって玄関の前だけで30匹位いて。今朝見たらまだいましたから、今晩ちょっとウチに寄って見て行きませんか?」
「え、いや、あの、遠慮しときます……」
「でも見ないと勿体無いですよ! よく分からないんだけど、最初の雨の時しか出て来ないみたいなんで、早くしないと見れなくなっちゃいますよ!」
「……」 無言で黙々とコンピューター画面と向き合うSさん。いつもならこういった無駄話に乗りまくる癖に、今日に限って何故か忙しいフリをしている。
「じゃあ折角だからSさんの為にビデオ撮っときますね。本物の方が断然迫力あるんだけど。Sさんにもあのド迫力の光景を見て欲しいなぁ」
あのですね、とSさんが不意に振り返り、やけに平坦な口調で話し始めた。
「僕、以前住んでたマンションにムカデが出た事があるんですよ」 何故かマンションの上の方の階で原因不明のムカデ大発生事件があったと暗い声で語るSさん。
「それである日、ぽたっと僕の上にムカデが落ちてきて」
「噛まれたんですか?」
「噛まれませんでしたけど、でも僕が取って取って、って言ってもカミさんも『あぁっ!あぁっ!』って言葉も出ないくらい怯えて逃げちゃうし。僕もどうしていいか分からなくて、そのうち服の中に入ってきて、もう凄くトラウマ体験だったんですよ」
「あ、でも私がお見せしたいのはムカデじゃないし、大丈夫ですよ」
「いえ、あの、でも同じようなモノと言うか……」
「全然違いますって。一杯ワラワラいて、もっとギャーっとなる光景というか」
「いや、あんまりギャーっとなりたくないと言うか……」
「でも凄い迫力ですよ? ハリウッド映画より凄いんですよ?」
「……でしょうね」
「話に聞くだけじゃなくて実際に見たくありません?」
「いえ、全然」
「あの感動をSさんと分かち合いたいんですけど」
「……」
しつこく食い下がる私の誘いをSさんはやんわりと退け続けた。いつもなら簡単に私に押し切られるのに、この時ばかりはやけに頑なだった。そして私と感動を分かち合うこと無く、とうとうガサゴソ達の群れを見ないままSさんは逃げるように日本に帰ってしまった。
今年の分のガサゴソ達はすでに姿を消し、私は未だ誰ともガサゴソ達の感動を分かち合えていない。
ガサゴソ達の正体はオオヤスデでした。 アフリカ産は30cmにもなるらしい。NINの『Closer to God』のアルバムジャケットの写真のアンモナイトみたいな不思議生物がまさに私のガサゴソ君です。




