表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/100

爆弾魔(☆)

挿絵(By みてみん)


 氏より育ち、などと言うが、こと動物に関しては、生まれ持った本能としてのうじなるモノが非常に重要なのではないかと我が愛犬を見ているとつくづく思う。


 エンジュはコヨーテと犬の合いの子。父親は不明だが母親が野生のコヨーテだったので、少なくとも50%はコヨーテの血が混じる。


 コヨーテは北アメリカに広く分布するイヌ科で、狼の近縁。平均体重15kg程で狼よりかなり小さいが、狼とも犬とも交雑が可能だ。豊かな自然を必要とし、群れを組むことの多い狼に対して、コヨーテは一匹又は夫婦二匹で行動し、大きな群れは滅多に組まない。そして小柄なコヨーテの主食は地リス、モグラ、ネズミやウサギなどで、人家の近くや近郊都市でも生きてゆくことが出来る。


 エンジュは生後5週間程で母親を殺され、生後6週間程で私と出会った。エンジュには弟妹がいたのだが、妹はパルボウイルスに感染し、残念ながら助からなかった。弟の行方は私には分からない。


 生後5週間までヒトを知らなかったイヌ科の動物ははっきり言ってほぼ完全に野生だ。おまけにエンジュの母親は純粋なコヨーテだったので、エンジュの野生味にも拍車がかかっている。しかし初めてエンジュに出会った時、私は彼女にコヨーテの血が混じっているなど全く知らなかった。エンジュはぱっと見はクリーム色の普通の仔犬で、やけに毛質が柔らかく不思議な手触りだったが、それ以外は本当にタダの犬だった。

 タダの犬じゃなかったのはその行動。三匹の白い仔犬達は異常なまでにヒトを恐れた。ヒトがケージのそばを通るだけでガタガタと震え、三匹でツミツミに積み重なってケージの奥に隠れようとする。決して声を立てず、餌も殆ど食べず、ただひたすら震えている仔犬達。成犬では別に珍しくもないが、しかし物心もつかないような仔犬でこのような行動は見たことがなかった。ものすごく異様な光景だった。


 三匹の中から私がエンジュを選んだ理由は唯ひとつ。エンジュが一番怯えていたからだ。


 大学で一人暮らしを始めた私は犬を飼おうか迷っていた。だがアパートなどの問題もあったので絶対というわけではなく、まぁいい子がいたら考えてみようかな、程度だった。その頃私は保健所でボランティアをしていたのだが、ふとこの事を口にした途端、その場にいたオフィサー達が一斉に顔を見合わせた。

「…イズミにぴったりの凄くイイ仔がいるよ」

 連れて行かれたのは例のふるふる仔犬達のケージ。ナンデこの仔達?と思いつつ、「いいからどれか一匹見てみなよ〜」と言われ、では折角だからと思い、私は一番ふるふるしていた仔犬を指差した。


 仔犬は凄い怯えようで、80cm程の奥行きしかないケージから出すのでさえ大騒動だった。オフィサーに抱かれ、口から泡を吹く勢いでブルブルと震えまくるおかしな仔犬。雑種でも大体犬種の予想がつくものだが、この仔は全く見当がつかなかった。

 すっごいノミだらけだな〜、でも耳・口・お尻はキレイだな〜、等思いつつ、眼を調べようとして仔犬の顔を正面からまじまじと見た。と、それまでポンコツの発電機のようにガタガタブルブルしていた仔犬がふと震えを止め、大きく黒々とした瞳でひたと私を見据えた。数秒見つめあった後、不意に仔犬が短い尻尾をぱたぱたぱたと三回振った。


 ズッキューン ♡


 かくしてエンジュは私の子となった。


 エンジュは初対面30秒でイキナリ私に懐いた。仔犬を引き取る為の書類にサインするためケージに戻して部屋を出た瞬間、クワオーンキャウオーンとおかしな遠吠えをした。そして戻ってくるとサッとケージのドアに走り寄ってくる。


 他の人間が近付くとガタガタブルブルとポンコツ発電機化するが、私にだけは甘え、じゃれつく。私が机に向かっている時などは大人しく一人遊びしているが、しかしふと気付くと、しんとした眼でじっと私を見つめている。コレが可愛くない人間がいるだろうか。


 おまけにエンジュは普通の犬とは比べようもないほど賢かった。

 エンジュ伝説はまずトイレの躾から始まる。


 家に連れて帰り、部屋の中にトイレの用意をしている最中にエンジュが早速絨毯の端でチョロっとオシッコをした。まぁ仔犬なんてそんなモノだ。私はトイレットペーパーでオシッコを拭くと、それを新聞紙の上に置いた。

「オシッコはここね」と言ってエンジュにそれを見せると、エンジュは興味深げにふんふんとトイレットペーパーの匂いを嗅いだ。

 30分程してルームメイトに呼ばれ部屋を出て、数分後に帰ってくると、部屋からプ〜ンとウンチの匂い。何もわざわざ私がいない時にやらなくても…と思いつつ諦めて絨毯を掃除する準備をして気がついた。エンジュは大小きっちり新聞紙の上でやっていた。そしてその後、一度もトイレの失敗をしなかった。犬を飼ったことのあるヒトなら分かると思うが、生後たった6週間でコレは驚異的な速さだ。吹雪もシェパードだけあって賢い仔犬だったが、それでも完全に失敗しなくなるまでに3日かかった。私が育てた仔犬でも大体5日から2週間はかかる。


「この仔天才だ!」と親バカ全開の私。しかし。

 エンジュのトイレの躾の良さにはひとつ落とし穴があった。


 興奮したり叱られて怖かったりした時に、ジャーっとオシッコ漏らしちゃう犬ってよくいるでしょう? アレだけは自律神経系の反応なので躾ではどうしようもない。なるべく興奮させないようにして、叱る前に膀胱を空にして、あとは諦めるしかない。

 エンジュは何があってもオシッコを漏らしたりはしない。

 恐怖を感じた時に彼女が漏らすのは大の方なのだ。


 怖いモノ(=人間)が近づいて来た時、エンジュは目にも留まらぬ速さで逃げる。そして走りながらボロボロと地雷を落としていく。全力疾走中にウンチ出来るなんて、お前は馬か。(馬はキャンターしながらでも大が出来ます。)

 そんなエンジュにジェイちゃんが付けたアダ名が爆弾魔ボマー

 エンジュを撫でようと近付く危険人物達は皆エンジュの落とす地雷に驚いて足を止めるので、これはかなり有効な自衛手段と言えよう。


 それでも捕まってしまった時はどうするか。

 エンジュ防衛手段第二弾・毒ガス攻撃の発動だ。

 犬は肛門の近くに肛門線というモノがあり、糞とは違った一種独特の臭いの分泌物を出す。犬によっては分泌物が溜まってしまうので、時々手で絞ってやる必要があるのだが、これがもう凄い臭いなのだ。一滴で糞の1000倍位の威力がある。

 そしてエンジュの肛門線は常にパンパンだ。絞っても絞らなくてもパンパン。そして身に危険が迫った時、彼女は溜まったモノを一挙に放出する。

 そんなエンジュをジェイちゃんはスカンクと呼ぶ。ラッキーな事に家の中でコレをやられたことはまだ一度も無いが、しかしスカンク化したエンジュは風呂場直行となる。


 生後6週間から片時も離れず私と一緒に過ごしてきたエンジュ。彼女ももうすぐ13歳だ。相変わらずスラリとした体型と素早い身のこなしで、獣医仲間にですら3歳位だと思われている。そして13年間ヒトと暮らしてきたにもかかわらず、相変わらずのヒト嫌い。まぁ10年前に比べればだいぶマシだが、それでも彼女の行動の数々は野性味を帯び、爆弾・毒ガス攻撃は止まらない。


 エンジュがばら撒いた地雷を片付けつつ、育ちより氏だなぁ、とつくづく感心する今日この頃。


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ