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先見の巫女は自分の将来(バカップル化)をどうにかしたい  作者: 依馬 亜連
シーズン3

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20:課長の好きなおかずは肉巻きポテト

 鈴緒が大学内のカフェで、友人二人から「暴」一択の解決手段を伝授されていたちょうどその頃――銀之介は、職場で課長から叱られていた。


 入学式に、新宿歌舞伎町スタイルで乱入していたことがバレてしまったのだ。課長に呼び出された彼は、休憩室で困り顔の上司と長机越しに向かい合っている。

 なお二人の手元には昼食があった。銀之介は大学生協で買った爆弾おにぎりの弁当で、課長は愛妻弁当だ。

 課長は焼き海苔も一緒に巻いた出し巻き卵を一口食べ、ちょっとだけ怖い顔を作る。


「旭谷君。ヤクザファッションはさすがに駄目だよ……日野君に写真を見せてもらった時、おじさんビビったよ。本職にしか見えなかったもん」

 入学式当日もデスクで事務作業に明け暮れていた課長が、何故彼の乱入を知っているのかと思ったら。後輩の日野が情報源だったか。


(いつ写真なんて撮ったんだ、あいつ……)

 銀之介は初めて知る、後輩の「隠し撮り」という嫌な才能に戦慄した。課長が見せてくれたスマートフォンには、下衆な新入生の隣に座る銀之介がばっちり映っている。全然気づかなかった。しかも、結構な至近距離からの撮影である。

 顔見知りに一切気付かれずの隠し撮り――日野の天職はスパイ、または探偵ではなかろうか。


 銀之介が日野の適職診断をしている間に、課長が一度、自分の方へスマートフォンを向けた。弱々しい顔を、更に情けないものにする。

「ちなみにこの、学生さんを挟んで座ってるモデル?ホスト?みたいな人は……」

 課長はスマートフォンに映る、パリコレ風の上井を指さしていた。銀之介が内心で「やっぱり訊かれたか」と舌打ちをする。

 しかし表向きは、澄ました無表情のままだ。そのままいけしゃあしゃあと答える。


「全く知らない人です」

「……本当に? どう見ても、旭谷君と同類だけど」

「失礼な。どう見ても、赤の他人ですが」

「礼は失してないよ。血のつながりはないと思うけど、同じ匂いがして仕方ないんだよ」

「まさか。恐らく俺のトンチキファッションに共感して、近くに寄って来た新入生でしょう」

「トンチキな自覚はあったんだ。それよりこの新入生……君より年上っぽいけど?」

「老け顔なんでしょうね、不憫ですね」


 さすがに完全部外者を巻き込んだ、とまでバレるわけにはいかない。銀之介は頑なに、上井(三十二歳・バツイチ)との関係を黙秘する。

 しかしトンチキが集まっていれば、高確率で関連性があると考えて然るべきであり、実際その通りでもある。課長は訝しげに顔をしかめていたものの、銀之介の無表情に観念したのかやがて背中を丸めた。


 そのまま彼は、大きくため息を吐く。

「……まあ今回、保護者からも何か言われたわけじゃないから、いいんだけどね。万が一、うちが暴力団と仲良しなんて噂になったらよろしくないし、今度からはもっと穏便な格好でね」

 コスプレ紛いの格好で、入学式に潜入すること自体はいいらしい。

 その判断はどうなのかと思うものの、鈴緒が最優先の銀之介としては願ったり叶ったりの温情だ。丁寧に頭を下げる。

「次は素浪人スタイルにしておきます」

「うん……刀は持ち込まないでね」


 チョンマゲと着物は黙認しつつ、課長が笑った。

「それにしてもこのスーツ……本当に似合ってるよねぇ。白スーツがこんなに似合う人、初めてお目にかかったかも。なんというか、『極道の妻たち』に出てそうって言うか……広島にいそうだよね」


 まさか同日同時刻に、構内の別の場所でも広島県への誹謗中傷が行われているとは、課長も銀之介も夢にも思っていなかった。


 銀之介は広い肩を軽くすくめ、課長の苦笑いに応じる。ついでに鶏つくねも、一口かじった。

「顔は母譲りなので。恐らくそれが原因だと思います」

「えっ、君、お母さんに似てるんだぁ!?」

 課長が今日一番の大声でのけぞった。銀之介の厳めしい顔と上背から、勝手に父親似と思っていたのだ。あるいは先祖(つまり鬼)返りかと。


「はい。近所ではそっくりと有名でした」

 銀之介はそう答えながら、ジャケットの内ポケットからスマートフォンを取り出す。フォトアプリを開き、写真を遡った。

 数年前に帰省した時に撮った、実家の愛猫と母のツーショット写真を課長に見せる。

「こちらの、毛の少ない方が母です」


 この「もうちょっと説明方法があっただろうに」な軽口にも、課長は反応できなかった。セミロングヘアでムーミンの部屋着を身にまとった銀之介の母の姿に、目が釘付けだったのだ。

「アラマァ……ソックリ……」

 やがてか細い声を絞り出して、それだけ答えた。


 ちなみに緑郎に母の写真を見せた際には「お前が色白になって毛伸ばしたら、こうなるのかー」と何故か感心され、鈴緒には「銀之介さんのお母さん、遺伝子が強いねぇ。禿げなさそうでよかったね」と斜め上からの褒めを賜っていた。

 そのため課長のシンプルな困惑が、案外新鮮な反応だったりする。


(日野も良い反応をしそうだな)

と、ふと考えた時に気付く。昼前から今まで、日野の姿を見ていないなと。

「課長。そういえば日野は? 外出予定は無かった筈ですが」

 言ってなかったっけ、と課長が少し申し訳なさそうに肩を揺らした。

「うん、日野君ね。今度の社会人講座のお手伝いをする事になってね」


 予想外の回答だったので、銀之介は三白眼を瞬いた。

「社会人講座と言うと、市民向けの?」

「そうそう、役所で毎年募集かけてるやつ。だから今、市役所の人との打合せに同席してる最中だと思うよ」

 佐久芽市では市内在住の社会人を対象に毎年、大学の講師による無料または超低価格の特別講義を開設している。


 その特別講義の場所と人材は、佐久芽大の提供がほぼ恒例となっていた。市内には他に何校か私立大学もあるものの、キャンパスの広さとボロさがどうにも市役所に気に入られたらしい。

 この社会人講座の運営は、クセつよ教員たちの手綱を握る研究支援課が主導を取っている。


 そこの手伝いに駆り出されたということは――

「いよいよあいつ、異動が近そうですね」

 諸々を察した銀之介の言葉に、課長もほっほと笑う。

「日野君は、偉い人から可愛がられるタイプだから。向こうも欲しくて仕方がないらしいね」

「同感です」

 偉い人からもビビられるタイプの男が、静かに同意した。


 すっかり埋まっている外堀に、気付いているのかいないのか。

 たぶん気付いていなさそうな日野の能天気笑顔を中空に描き、銀之介と課長はつい合掌をした。

 研究支援課は、大学局内において最も激務の「戦場」として有名なのだ。


 戦う相手はもちろん、クセつよ教員たちである。

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