19:チキンが先か、エッグが先か
思想が修羅の国ナイズドな牧音のアドバイスは、果たして参考になるのかならないのか――極端過ぎて、判断が難しかった。
伯母たちが婉曲な嫌味を言って来た場合には、突然の暴力に打って出るとかえって揉めそうである。下手をすれば、新たな禍根を生み出しかねない。そもそも、暴力枠には既に銀之介がいる。
鈴緒は視線を、コーヒーのお替りを貰っている倫子に固定した。彼女は三人の中で一番現金もとい、現実的でドライな性格をしている。
うるさい外野への、ちょうどいい大人な対応方法も熟知していそうである。
「倫子ちゃんは彼氏のことで、親に口出しされたことってあった?」
「えーっと、どうだったかなー……」
倫子は高い天井を見つめて記憶を掘り返しつつ、コーヒーを一口飲んだ。ここは大学内にあるカフェのためか採算度外視で、ホットコーヒーとカフェオレはおかわり自由なのだ。よって鈴緒たちは、ここを「ジェネリック・ミスド」と呼んでいる。なお、店の正式名称は知らない。
倫子はそこそこ美味しいコーヒーを堪能している途中で目を見開き、鈴緒へ身を乗り出す。
「あ、あった、あった。高校の時なんだけど、自称ギタリストのフリーターと付き合っててさ。十歳ぐらい上だったかな? で、そん時はめっっちゃくちゃ、両方から反対された。ってか、おじいちゃんとおばあちゃんと従姉にも反対された」
友人の、元とは言え恋人の肩書きに、アレコレと難癖を付けるべきではないのだろうが。あまりにもあまり過ぎたため、鈴緒と牧音はほぼ同時に目をつぶってうめいた。牧音に至っては、腕まで組んでいる。
「自称って……それ、ただのフリーターってことだよね?」
「だよな。たぶんアタシも、その場にいたら反対する。そいつ、地雷臭ヤバいし」
「ギタリスト志望じゃなくて“自称”なのが、本当にアウト」
「それな。マジ度し難い」
散々なご意見だが、現在の倫子は二人と同意見らしい。あっけらかんと、キツネっぽい顔を笑顔に変えている。
「今は私も、ないなーって思う。でもそいつ、顔と愛想はよくてさ。その時はガチ恋だったの」
女子高生に、顔と愛想がいい年上の男性への免疫なんてあるはずもない。当時の倫子がうっかりはまってしまったのも、仕方がなかろう。
「だから反対された時、超デカい声で『うるせー!』って叫んで黙らせた」
「こっちは音の暴力じゃん」
「まあ結局浮気されちゃって、そん時も『地獄に落ちろ!』って叫んでぶん殴って別れたけどね」
「手も出ちゃってるじゃん」
やはりと言うべきか、牧音と同じく理屈も論理も皆無な解決法に、鈴緒は肩を落とした。
何故二人とも、解決手段が暴力なのか。法治国家に生まれ育っておいて、そんな世紀末思考でいいのだろうか。
しかし彼女たちは、鈴緒が殺される先見を視た時も、犯人への報復を目論んでいたのだったと続けて思い出す。
(うん。わたしの周り、過激派ばっかりだ)
未曽有の大災害に見舞われた時には頼もしい面々ばかりだ、と鈴緒は考えることにした。
たとえばゾンビ系パンデミックが起きた場合など、顔見知りがゾンビになっても躊躇なく殴り倒しそうな人材揃いである。うっかりミスですぐゾンビになりそうな自分にとっては、心強い限りだろう。たぶん。
だが、過激派もしくはハリウッドB級映画思考揃いのメンツに囲まれている鈴緒も、ゾンビウイルスに侵される人間さながら、きちんと毒されているので。
脱力していた体を引き起こし、何かを決意したような達観の面構えになる。
「やっぱり、暴力しかないのかなぁ」
絶対そんなわけないのだが、ここにそれを訂正できる人間はいなかった。牧音がキリリといい表情で、握りこぶしを作る。このまま市議会選挙の、告示ポスターに使えそうなポージングだ。
「だな。相手だって、鈴緒とか職員さんのメンタルへし折って、言うこと聞かせようとしてくんだろ? ならこっちはフィジカル折ったって、お互い様じゃん」
「そうそう。それに私のカスカス元カレと違って、職員さんは浮気もしないしタバコもギャンブルもしないし、お酒も飲まないし借金もないし。超優良物件じゃん」
優良物件か否かの判断基準のハードルが、かなり低すぎる気もするけれど。自分の友人も、恋路を応援してくれているのは素直に嬉しい。鈴緒もはにかむ。
「うん、ありがと。いきなり殴るのはさすがに蛮族過ぎだけど『文句言うならぶん殴ってやる!』ぐらいの気持ちで、頑張ってみるね」
「おう。ついでにバットも貸すから、それ構えて大声で威嚇してやれよ。そしたら何も言って来ないだろ」
鈴緒はつい、想像した。親戚一同が集まる応接間の奥に、バットを肩に担いで仁王立ちする自分を。なかなか物騒だな、とつい噴き出してしまう。
「そりゃそうだよ。そんな危ない人、親戚でも関わりたくないよ」
そうは言いながらも、彼女もバットを握るようなジェスチャーをしていた。
親戚相手には平和的な話し合いを望んだ鈴緒だが、基本的には短気である。そして咄嗟の時に手または足が出る程度には、血の気も多い。
ひょっとすると彼女の周囲に偶然武闘派が集まったわけではなく、彼女の無意識下の闘争心が武闘派を呼び寄せたのかもしれないが――そこは知らないままがいいだろう、きっと。




