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先見の巫女は自分の将来(バカップル化)をどうにかしたい  作者: 依馬 亜連
シーズン3

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17:着る or KILL

 鈴緒も銀之介も、お互いに独り身の時に付き合い始めている。今だって双方共に、浮気とは無縁だ。

 鈴緒が実際に銀之介の火遊びを調べたことはないけれど、ここまで彼女にべったりで浮気をしていたとなれば、もはやプロの犯行だ。一周回って、その胆力と体力とタイムマネジメント能力に拍手喝さいである。


 たしかに鈴緒は結婚前に学生の身分で同棲を始めているものの、緑郎だって一緒に住んでいるのだ。広義ではただの同居であり、そこに至るまでに(やま)しい事情も一切ない。

 それに彼女は学生である一方、婚姻の自由が守られている巫女が本職だ。巫女としての定期収入だってあるのだ。もちろん銀之介も定職に就いているし、光熱費や生活費を家に入れてくれている。


 何より彼は、社会の問題児な緑郎と仲良くしつつガッツリ叱ってくれる超絶優良物件なのだ。こんな逸材、そうそういないはずである。

 そんな逸材へ、数年に一度会うか会わないかの、本家で飲み食いしても一銭も入れない親戚連中が難癖を付ける権利があるのだろうか。いや、全然ない。

 もちろん金の問題ではないが、せめて後片付けぐらい手伝えよ。話はそれからだ。


 鈴緒は小さな手を、銀之介の胸元に重ねる。日に焼けた肌は、体温も肌触りも自分のものとは違った。そして鍛えられた筋肉は、意外と柔らかい。

 鈴緒はなめし革のような、どこかしっとりとした彼の肌を控えめに一つ撫で、銀之介へ呼びかけた。

「ねえ、銀之介さん」

「うん? どうした?」

「次に不銅くんがお家に来た時、銀之介さんとお付き合いしてるって言おうと思うの」

 銀之介の三白眼の目が見開かれる。濡れて、額に貼りつく前髪を後ろに撫でつけてから、彼は眉をひそめた。


「良いのか? 月山さんの母親から、口出しされるんじゃないのか?」

「うん、口は出されると思う。でもね、もう何言われても平気かなって。だってわたしも銀之介さんも、悪いことしてないもん。結婚前に一緒に暮らすのだって、お互いの価値観のすり合わせが出来るから。結婚後に『なんか違うなぁ』ってなるよりずっと、コスパもタイパもいいでしょ?」

「それもそうか」

 効率重視な主張に、銀之介がニヤリと笑う。

「では君が追々煩わされる事の無いよう、伯母様方が物申して来た時は俺も応戦する」


 彼が応戦した場合、誇張や比喩表現抜きにして血を見る事態になりそうだ。鈴緒もちょっと小難しい顔になる。

「それは嬉しいけど、暴力は本当にやめてね。わたしだって、ちゃんと言い返すネタはあるんだから」

「ネタ? 月山さんの父親が会社の部下と不倫している、といった弱みか?」

「そんな昼ドラ展開はない、と思うんだけど……あと、親戚のそういうのは知りたくないかも。なんか生々しいし」


 全員の顔を知っているだけに、余計に湿度が高くなる。銀之介も自身の親戚筋をぽわわんと思い返し、眉をしかめた。

「確かに」


 そんな洒落にならないマジもんのスキャンダル以外にも、鈴緒には一応の手札があった。湯舟の中で正座になって姿勢を正し、人差し指をピンと立てる。

「実は不銅くんがお家に来た時、お兄ちゃんに何回か写真を撮ってもらってまして」

「何故そんな事を?」

 恋敵認定していた相手の写真に、銀之介は強面の強度を増した。違う違う、と鈴緒は苦笑いで首を振る。


「お兄ちゃん、自撮りとか珍しいものの写真を撮るのが好きでしょ? だから伯母さんへの近況報告用に、不銅くんとのツーショットもお願いしてたの」

「成程」

「で、その写真を使って、伯母さんが文句言ってきたら反論しようと思います。『お宅の息子さんの、ファッションセンスの方がどうかしてませんか?』って」


 鈴緒のこの提案に、銀之介が顔をそむけてむせた。

「ああ……確かにあれは……そうだな……まあ、人それぞれ好みはある、とは思うんだが……うん……」

 銀之介は口元を手で押さえながら、モニョモニョと歯切れ悪く言った。だが彼の真ん前にいる鈴緒には分かる。隠れた口元が、絶妙に笑いをこらえていることが。


 人の服装にあれこれと難癖を付けるのは、全くもって褒められた行為ではない。それに銀之介が言った通り、好みは人それぞれだ。そして流行だって、常に移ろいで行くものである。

 よって三人ともあえて触れずにいたのだが、不銅のファッションセンスはよく言えば「時代を百八十年ほど先取りしている」であり、悪く言えば「クソダサい」であった。


 銀之介が彼と初対面した時は、長さ三十センチほどのバカデカい十字架を首からぶら下げ、ゴシック体で「Love Is Over」と書かれた薔薇柄のシャツを着ていた。シャツの襟も、エリマキトカゲに匹敵するボリュームだった。

 このエリマキ薔薇トカゲシャツと一緒に、チェーンがジャラジャラと生えたダメージジーンズも履いていたのだ。テーマは、ヴィジュアル系バンドにハマった太陽王であろうか。


 彼と初遭遇だった銀之介は、平静を装うのには相当な労力を要したはずである。


 そして今日は、赤ジャージの上にレザーチャップス(荒野のガンマンが、ジーンズの上に履きがちな革製のアレである)を重ね、ドット絵で赤いカニが描かれた蛍光グリーンのトレーナーを着ていたのだ。

 胸に燦然(さんぜん)と輝くドットガニの真下には「CYBER-KANI」という虹色の文字も踊っていた。博物館の売店の従業員が、彼のカニを二度見していたのも記憶に新しい。


 これがせめて「CYBER-CRAB」であれば、ギリギリ面白シャツという枠組みに入れられるのだが――いや、もはやそういう次元の話ではないか。


 首から下は多種多様なトンチキぶりを披露する一方、首から上はいつだって学級委員長然としているのだから、鈴緒も彼と喋っていると視界が麻痺する感覚を覚える。いわゆる、脳がバグるというものだろう。

 しかし彼は、どこであんな呪物めいた服を調達しているのか――鈴緒はそこまで考え、ふと閃いた。


「銀之介さんと上井さんも、入学式で不銅くんにお洋服を借りたらよかったのにね」

 そうすれば反社会的勢力よりも平和かつ触れるのがはばかられる、単純明快なヤバい人を演出出来たのかもしれないのに。

 妙案だ、と瞳をきらめかせる鈴緒を、無表情の銀之介はじっと見つめた。


 そのまま数秒間見つめ合った末、鈴緒の小さな両手を無言で取る。そして痛くない程度に握りしめたまま、彼女の手に自身の額をぐりぐりと押しつけた。何かを懇願または、祈るような体勢である。

「銀之介さん……? どうしたの?」

 突然の挙動に鈴緒が困惑していると、抑揚のない低い声が聞こえてくる。


「あれを着るぐらいなら、死なせて下さい」

「え。そこまで嫌なのっ?」

「うん、嫌だ」

 親戚という優しさフィルターを外した場合、不銅のファッションは「死んだ方がいい」レベルなのかもしれない。

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