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先見の巫女は自分の将来(バカップル化)をどうにかしたい  作者: 依馬 亜連
シーズン3

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81/86

15:着心地はいいんだけどね

 鈴緒は嬉しくてニヤけながら、銀之介を見上げる。まさか鈴緒が、叱られてはしゃぐとは思っていなかったのだろう。銀之介は珍しくぽかん、と呆気に取られた様子で固まっていた。

 そんな呆け面にもついキュンとして、鈴緒の笑顔がますます濃くなる。


 ややあって、銀之介の凛々しい眉が訝しげに寄せられた。見慣れた怖い顔である。

「何故、君はそんなにもウキウキしているんだ?」

 ウキウキしているのだろうか――しているね、むちゃくちゃ。鈴緒は瞬時に自問自答して、照れ隠しで肩を揺らす。


「だって……銀之介さん、ヤキモチとか焼かないから。いつもお澄まし顔で、平常心って感じだし。だからちょっと……嬉しくて」

 言っていて、なかなか自分勝手だなと自覚してしまう。心配させて「嬉しい」などと。つい語尾が尻すぼみになった。

 彼女の回答に、銀之介の眉間のしわがますます深くなった。しかし彼女の自己中心的な感想に怒ったわけではないらしい。


 鈴緒の前にしゃがみ込んだ彼は、じっとり彼女をにらんだまま口を開いた。

「平常心な訳あるか。去年のストーカー男の時も、本当なら農学部の肥溜めに頭から突っ込んでやりたかったんだよ。モアトピアのナンパ野郎だって、人目がなきゃぶん殴ってやったのに」

「えっ?」

 銀之介の余裕が皆無な時にまろび出るぶっきらぼうな口調に、鈴緒も思わず目をぱちくりさせる。久々のご拝聴である。


「入学式で君をからかうつもりだったあのクソガキも、猿ぐつわを噛ませて手足を縛って、床に転がしたかったぐらいだ」

 しかし、思っていたよりも過激派思考である。どうやらあのヤクザ風ファッションでの威嚇ですら、色々考えたうえでの妥協案だったらしい。


 想像以上に溺愛されていたのだと、鈴緒はつい笑った。そのまま、彼の癖のない真っすぐな黒髪を撫でる。

「そっかぁ……銀之介さん、いっぱい心配かけてごめんね?」

 相変わらずの硬い髪質だが、鈴緒は彼の頭を撫でるのが案外好きだった。それに今は、普段ならば見えないつむじも拝め、特別感もひとしおである。


 鈴緒がデレデレと笑って頭を撫で始めると、銀之介の険しい表情がわずかに緩み、そのまましばらく彼女の好きにさせてくれた。

「……俺こそ、狭量ですまない」

「ううん。だってずっと不銅くんのこと、我慢してくれてたんだよね?」


 どうやら図星らしい。銀之介が無言で再び視線をそらした。気まずそうなその仕草にまた、鈴緒が微笑む。

「わたしこそ、銀之介さんの気持ちを考えられなくてごめんなさい。これからはちゃんと、気を付けるね」

 根と言わず、茎も葉も「真面目」で構成されている不銅だ。「お互いにいい年の男女なので、距離感を適切に保つべきだろう」云々と言い訳すれば、あちらから距離を取るに違いない。


 仲のいい親戚に割って入った負い目だろうか。それとも、鈴緒の提案を喜んでくれたのか。あるいは両方か――銀之介は一瞬だけ顔を歪めると、すぐに鈴緒へ抱き着いた。

 鈴緒はソファに片膝を乗せた彼に、覆いかぶさられる体勢のまま、広い背中をぽんぽんと叩いた。


 銀之介の表情は、鈴緒の肩に顔を埋めているため窺えない。だが小さな声で「ありがとう」と聞こえたため、鈴緒もつい微笑む。気にしないで、と伝える代わりにゆるりと首を振った。


 ややあって彼女の肩口から、銀之介が顔を上げた。すぐ近くにある、ほっそりした白い首に薄い唇を寄せる。

「んっ」

 不意打ちの口づけに、鈴緒が甘えた声をこぼした。同時に銀之介のフランネルのシャツを、ぎゅうと握りしめる。

 彼女の声と仕草に、銀之介が小さく笑う。


 気をよくした彼は、もう二度ほど首筋にキスを落とした後、今度は鈴緒の耳介もぱくりと甘噛みした。途端、鈴緒の背中にむず痒い痺れが走る。たまらず、先ほどよりも大きな嬌声を上げてしまった。


 銀之介はそのまま鈴緒の体をソファの座面にやんわりと押しつけ、本格的な愛撫を始めた。彼女の細い足も開き、その間にちゃっかり収まっている。

 鈴緒はされるがままであったが、シャツワンピースのボタンを三つ外され、露出した胸元を強く吸われた辺りでようやく察する。

(あー! このままリビングでしちゃうヤツだ、これ!)

 恋愛初心者とはいえ、今更のお察しである。


 しかし今まで、ベッド以外で彼に抱かれた経験のない鈴緒は、気付いた途端に及び腰となった。おまけに今は、レースカーテン越しに日差しもポカポカと降り注いでいる。どスケベ行為を致すには、あまりにも明るすぎるだろう。

 おまけにまだ、シャワーすら浴びていない。


「あっ、銀之介さ、だめっ……お兄ちゃん、帰って来るからぁ!」

 鈴緒は内ももを撫でられて恥ずかしい悲鳴を上げながらも、無様に抗う。

 しかし一度スイッチが入った銀之介も、この程度では引かない。そもそもここしばらく、ずっとお預け状態だったのだ。引けるわけがなかろう。


 銀之介は鈴緒の肩口にも所有印を残すと、軽く首を傾げた。

「原田さんの家に行く、と言っていたんだ。どうせそのまま泊まりだろ」

「で、でもっ……」

「それに先程、ここのドアの鍵も施錠済みだ」

「ギィィィ! 策士ぃ!」

「お褒めに預かり光栄だ」

 鈴緒の奇声も、笑って受け流された。しかし細められた目が、彼女の痴態に煽られてギラついている。物欲しそうなその光に、鈴緒もつい怯んだ。


 だが、彼女にもここで引けない理由があった。

 正直あちこち散々いじられ、彼女も彼女でヤる気満々にはなっている。ただ「風呂前」「真っ昼間」よりも優先すべき、そして秘すべき事項が一点だけあるのだ。


「でも、わっ、わたしっ……今日、下着、手抜きだからぁ……」

 鈴緒は握りしめた両手で真っ赤な顔を隠しながら、半泣きの声で訴えた。体もぷるぷると、子羊よろしく震えている。

 銀之介も、哀れ度満点な彼女の声に手を止めた。そのままキョトン、と目を瞬く。

「手抜き?」

「うん……だって、こうなるって、思ってないもん! なんか、今日は、ないかなぁって!」


 気が強い一方で乙女思考の鈴緒は、恋人に腑抜けた下着姿を一度も見せたことがなかった。夜間に彼と二人きりの時は、そんな空気であろうとなかろうと、必ず上下揃いの可愛い下着を身に付けていたのだ。

 時折、銀之介が結局十着ほどお買い上げした、セクシー下着に着替えさせられたこともあるが。


 なお普段は寝る時に、ブラジャーなんて絶対しない。ナイトブラすらお断りである。

 だって窮屈だもの。


 半泣きでのこの訴えに、銀之介は「ふむ」としばし考える。

 次いでおもむろに、鈴緒のワンピースを豪快にめくった。

「ぎにゃあ!」

「成程、これが手抜きか」

「見なくてもいいじゃん! どうして見るの! ばかぁ!」


 愛想もレース飾りもへったくれもない、カップ付きキャミソールとボクサーショーツのコンビをしげしげと眺められ、鈴緒は両腕だけばたつかせて怒った。色だけは、どちらも黒で統一されているのが救いか。


 鈴緒が涙目でじっとり彼をにらむと、思いがけず凛々しく引き締まった表情とかち合った。彼はいい表情のまま、サムズアップを決める。

「鈴緒ちゃん、安心してくれ。これはこれで、むちゃくちゃ興奮する。すっごく可愛い」

「やだぁーっ!」

 鈴緒はとうとう本格的に泣き出した。まさか恋人が変態だっただなんて。


「泣かれると、それもかえって興奮するんだが」

「ぎゃあっ! 八方ふさがりじゃん!」

 まさかのドS発言まで繰り出され、もはや打つ手なしである。


 せめて文句を言ってやろうとするが、鈴緒が低IQな罵倒を繰り出す前に、銀之介が彼女の白く華奢な足を持ち上げた。そのまま彼女が履いていた深緑色の靴下を、恭しく脱がせる。次いで小さな膝小僧に、口づけをした。

 鈴緒はブチ上がる羞恥心と謎の自己肯定感に、うぐぅ……と喉の奥から異音をこぼす。


 言っていることは変態かつサディスティックだというのに、銀之介が鈴緒に触れる手はいつもと変わらず優しいのだ。そして壊れ物を扱うかのような仕草の一つ一つから、自分が愛されているのだと実感させられてしまう。


(もう、見られちゃったし……いいかな……)

 そんな諦めの境地に達した鈴緒は、精一杯のふくれっ面でソファから身を起こす。そしてじろりと銀之介をねめつけた。

「……ワンピ、しわになっちゃうから、脱がして」

「ああ、分かった」

 銀之介は可愛げゼロなおねだりにも一つ笑い、彼女の濡れた目元と唇にキスを落とした。

 そしてビスチェを留めるリボンと、シャツワンピースのボタンも全て外す。


 結局彼にほだされちゃった鈴緒は、銀之介の数週間分の補給に付き合う羽目となった。

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