14:結局はその4文字に帰結するわけで
最近の銀之介は栄養不足で、ずっとイライラしていたのだ。
栄養の名は鈴緒である。つまり彼は、だいちゅきな彼女たんとのイチャイチャが全然足らず、イライラしているのだ。
もちろん、己が馬鹿である自覚はたっぷりある。馬鹿で何が悪い、とも開き直っているが。
毎週土曜日の昼に不銅が日向家に出没するためか、近頃の鈴緒は二人きりの時も甘え方がかなり控えめになっていた。おまけにここ最近、緑郎も締め切りに追われているため家にいがちだった。
彼がいれば、当然イチャイチャの濃度も下がってしまう。性行為なんてもってのほかだ。だって緑郎は、ドアをノックしないノンデリの民である。
そのため銀之介は少しずつやすりで擦られるかのような、小さな傷を胸の内に溜め込んでおり――そんな時に出くわしたのが、あの光景だった。
一人で博物館に向かったはずの鈴緒が、不銅の車に乗って戻って来た光景を見た瞬間、何かがプッツンした。
にもかかわらず、怒りのままに不銅をぶん投げなかった自分を褒めたいぐらいだ。
しかし自分の前でちんまりと座る鈴緒は始終困惑気味で、何故怒られているのかピンと来ていない様子である。彼女が以前言っていたように、鈴緒にとって不銅は兄同然なのだろう。
兄と仲良くして恋人に嫉妬されるなど、夢にも思わないはずだ。
銀之介だって、緑郎と鈴緒が仲良くしていれば「いいなぁ」とはちょっぴり思うものの、それを邪魔しようなどとは一切思わない。
だが従兄は別だ。あくまで兄同然であって、兄ではない。
それに銀之介にとっては、鈴緒が不銅をどう思っているかよりも、不銅が彼女をどう思っているかの方が重要だった。
彼の鈴緒を見る目には、妹――いや、親戚の枠を超えた好意があるように思えるのだ。
なので困り顔の鈴緒に罪悪感を薄っすら覚えながらも、怖い顔で詰め寄った。
「鈴緒ちゃん、車内とはいえ男と二人きりになるのはあまりに不用心だ。そのまま押し倒されたり、何処かへ連れ込まれたりしたらどうするつもりなんだ」
そんなイチャモンを付けられるとは想像していなかったのだろう。鈴緒の目がまん丸になっている。
「え? でも、あの不銅くんだよ? そんな――」
「相手が品行方正な従兄君でも、万が一はある。それに君だって、彼の交友関係までは把握していないだろ? もしも月山さんが、誰かに鈴緒ちゃんを連れ出すよう脅されていたらどうする? そんな可能性がゼロじゃない事は、先見の巫女である君が一番よく分かっているはずだろ」
鈴緒が驚きを通り越して、ぽかんと銀之介を見上げて固まる。
銀之介もここまでまくし立てたところで、頭に上りまくっていた血が段々と下降していった。同時に冷静さも取り戻し、真顔の裏で今更ながら焦る。
(そこまで言う必要あるか、俺!? ただ一言、『俺じゃなくて、月山さんを頼った事に嫉妬しちゃいました』と言えば済む話だろうが! なのに何故、月山さんに犯罪者疑惑まで擦り付けてるんだ! 自分がよくヤクザに間違えられている腹いせか!?)
これまでにも己の減らず口で何度かトラブルに見舞われ、それがきっかけで入院しちゃったことだってあるのに、全く懲りていない。
自分はどこまで馬鹿なのだろうか、となんだか泣きたくなって来た。
でも彼は、それぐらい鈴緒のことが好きなのだ。
最初は可憐な容姿に一目惚れし、今では容姿に反してなかなか鼻っ柱の強いところや、学業も巫女の勤めも真摯にこなす誠実なところや、照れ屋で少しだけ(注:銀之介基準)意地っ張りなところも含めて、全てが愛おしいのだ。
鈍くさいと言うか、身体の操縦が不得手な点だけは――いつか大怪我をしそうで、結構心配であるけれど。だが、それすらもひっくるめて鈴緒に惚れこんでいる。
だからたとえ相手が従兄であろうとも、鈴緒の隣は譲りたくなかった。我ながら、心が狭い限りである。
銀之介が無言・無表情で己の減らず口と狭量さに落ち込んでいると、呆然としていたはずの鈴緒が動き出した。前のめりになって、銀之介の怖い顔を覗き込む。
彼女の灰青色の瞳を見るのが申し訳なく、銀之介はつい視線を斜めに向けた。
目をそらす彼に気分を害した様子もなく、鈴緒はしばし銀之介を観察した末に
「あの、銀之介さん……?」
「……なんだ」
「ひょっとしてなんだけどね。ヤキモチ……焼いてくれてるの?」
こう尋ねたのだ。
この指摘に、銀之介は目を見開く。自分の情けない胸の内を、ど真ん中ストレートに言い当てられたからではない。鈴緒の声が、どう聞いても嬉しそうだったからだ。
意固地にそらしていた視線を、慌てて彼女へ向けた。
そこには、ほんのり頬を赤らめてはにかむ天使がいた。とんでもなく可愛いのは結構だが、何がそんなに嬉しいのだろうか。
「はい?」
今度は銀之介が、間抜けな声を上げて呆ける番だった。
だがアホ面になりながらも、微笑む鈴緒を眺めたくて仕方がないと思ってしまうのだから。自分はやはり相当であろう。




